第50話 迷宮防衛戦線 中
「なんだよ真田。美味しい所だけ持っていきやがって」
「あのね斎藤君。そんなに小さい事言っちゃダメだよ? この作戦は幸人君が立てたんだ。先生に幻覚能力者を探させたのも幸人君だし、ボクに時間を稼ぐよう言ったのも、幸人君なんだよ? おかげで誰も死なず、丸く収まったじゃないか」
一方で、
まずはジャケットを脱ぎ、長い髪を縛り、スカートのベルトを外す。ベルトを外したらスカートがずり落ちたので、それも脱いで遠くに放り投げる。最後に、愛用の長刀を家理亜に預けると、仲間達に視線を向ける。
「せ、先生、一体何を? 服を着てくださいよ……」
幸人は少々困惑している。
「ば、バカ真田。止めてどうする!」
斎藤は、ハアハアと息を荒げながら、幸人の言葉を制す。
無理もない。凪子先生はかなり
斉藤が「なんでスポブラなんだよぉぉおっ!」と、絞り出すような痛切な叫びを上げているが、幸人はツッコむ気にはなれなかった。
「真田。その能力? を解除して、
「でも、先生?」
「真田、頼む……」
凪子先生は真剣な眼差しで言う。幸人は少々逡巡したものの、結局、
やがて、斎藤が全てのパチンコ玉を取り上げて、家理亜が回復魔法をかけ終わる。準備が整うと、凪子先生は、斎藤に指示して
「何のつもりだよ」
長安が、ゆるりと立ち上がる。
それに対し、凪子先生は、おもむろにファイティングポーズを作った。
「かかって来い。
「あ?」
「お前はさっき、私が長安よりも弱いと言ったな? だったらそれを証明してみせろ」
「先生よお。あんた馬鹿なのか?」
「なんだ。怖いのか? 超能力におんぶに抱っこして貰わねば、裸の女にも勝てんのか? 安心しろ。私のスキルは【槍、棒、長刀術】と【敵性生物感知】と【詠唱短縮】だけだ。格闘スキルや筋力強化スキルは持っていない。魔法も、使わないでおいてやる」
「舐めやがって……良いぜ。その喧嘩、買ってやるよ!」
言い合って、二人は踏み込んだ。
「オラァッ!」
長安が拳を振り抜いた。凪子先生はそれをギリギリで回避して、カウンターの拳を放つ!
バキャ。と、肉を打つ音がして、長安が殴り倒される。長安は地面を転がって、岩に頭を打ち付けた。
「……立て」
冷徹に言う凪子先生に、長安が恐怖の眼差しを向ける。
「立てえええっ!」
再び、凪子先生が叫ぶ。
すると、長安が慌てて立ち上がる。
「かかって来い、長安!」
「く。う……うわあああっ!」
再び、二人は激突する。だが、長安は再び、一撃で殴り倒されてしまう。
それは一方的な戦いだった。
長安が倒れる度、凪子先生は立ち上がらせる。そして何度でも、長安を殴り倒す……。
「いいか長安。超能力なんてものは銃と同じだ。銃を持っても人は強くはならない。強いのはそいつじゃなく、銃だからだ。強いとは、こういう事だあああっ!」
言いながら、凪子先生は渾身の拳を叩き込む。長安は散々に打ちのめされて、地面を這いつくばって呻き声を上げる。
ついに長安は地面に突っ伏して、ひい、ひいと泣き出してしまった。
凪子先生はやっと拳を下ろし、そっと、長安の肩に手を置いた。
「いいか長安。私達は常人に比べると、色々な事が出来てしまう。でも、勘違いしてはいけないよ。私達は別に、特別って訳じゃない。本当に強い人間は、なんの力も持たなくても、どんなに辛くても怖くても苦しくても、負けずに、誰かを幸せにしてやれる人の事を言うんだ……お前は力が欲しいと言ったな。だったら、本当の意味で強くなれよ……」
言いながら、凪子先生は泣いていた。
幸人はそっとジャケットを拾い、凪子先生にかけてやる。
★
一分後。
凪子先生は再び服を身に着けた。彼女が長安と戦うに当たり服を脱いだのは、超能力対策だった。長安の能力は【金属を爆弾に変える】能力だ。凪子先生が来ている服のボタンや留め具には、金属が使われていたのである。
「で、肝心のダークボールはどこにやったんだ? 何処にも見当たらねえが」
「マジックアイテムは俺の爆破能力で破壊した……」
長安が答える。
「破壊? それは変だ。ナーロッパの
凪子先生が、誰にともなくぶつぶつ言う。
「破壊? なんでだよ」
斎藤が、長安に問う。
「俺の目的はモンスターを操る事じゃねえ。政府やNSJの切り札を奪う事だ。あのアイテムがあれば、強力なモンスターの軍勢がダンジョンから這い出しても、操って追い返す事が出来る。それが出来なくなった時、政府の連中はどう考える?」
言った
「……政府は異世界帰りに縋るしか方法が無くなる。僕等や、カウンセラーシティの重要度が増す。と、いう訳だね」
幸人は、すぐに長安の狙いを理解した。
「そうだ真田。連中は、おいそれと俺達を暗殺出来なくなる。カウンセラーシティの発言力も増すだろう。だけどそれだけじゃ足りねえ。煉獄門を破壊しておく必要がある」
「より強力なモンスターが品川ゲートから溢れ出すようになれば、政府は事態を自覚する。そう言いたいのかな?」
「ああ。そうだ」
「じゃあ、結局のところ、長安君は自分や仲間が生きていけるよう、考えて動いていただけ。って事かな?」
「ああ。だが、本願寺さんは違うぜ。あの人にはあの人の思惑がある。俺にも、あの人が何を考えてるかは分からねえ。解るのは、本当に世界をぶっ壊したがってるって事だ……」
「だろうね。確かに、本願寺君は異常だったよ……」
幸人は言い終えて、暫し黙り込む。一方で、長安は後ろ手に縛られて、立ち上がらされた。
「では、一旦戻ろうか。長安を学校に連れ戻したい」
「え? 治安維持局とかクエスト管理局に引き渡さないのかよ?」
「私の生徒だぞ。簡単に引き渡してたまるか!」
斎藤と凪子先生が言い合った。次の瞬間……。
ドオオオンッ! と、煉獄門から音がして、
「な、何が起こったの……?」
何かとてつもない物が、煉獄門を破ろうとしているのだ。
「不味いな。この感じだと、中層の主クラスのモンスターが煉獄門を破ろうとしているようだ。爆発の音に呼び寄せられたのか……」
凪子先生も、薄く冷や汗を浮かべている。
そして……。
まるで爆発するようにして、煉獄門が砕け散る。門の向こうから姿を現したのは、巨大なミノタウルスだった。それだけではない。ミノタウロスの背後には、巨大な狼や甲虫、
ズシリと、ミノタウロスが踏み出した。そいつは一五メートル程の筋骨隆々の体躯で、牛のような頭部には真っ赤な角と目、手には血錆びた大戦斧を携えて、闘志を剥き出しにしている。
「ブゴオオオッ!」
ミノタウロスの雄叫びが、冒険者たちの頬を震わせる。
身構える冒険者たちの傍らに、クエスト管理局の監視用ドローンが降りて来る。
「緊急クエストノ内容ヲ更新。復元能力者ノ到着マデ、モンスターノ群レヲオシ留メテクダサイ」
ドローンが、冒険者たちに告げる。その要求に文句を言う暇もなく、モンスターの軍団が、広場へと殺到してきた。
「仕方ない。やるしかなさそうだね……」
幸人はミノタウロスへと踏み込む。仲間達も幸人に続き、戦闘態勢へと移行した。
★ ★ ★
時間は少し巻き戻る。
「暑い……中層が近いのね。そろそろ本願寺に追いつくだと思うけど。それにしても本願寺は、こんな所に来て何をするつもりなのかしら」
明智光が誰にともなく言う。
「もしかしたら、あの噂を信じたのかもしれませんね……」
池田せんりが答える。
「噂? それってもしかして、魔王とか?」
「ええ。あくまでも噂に過ぎませんが……」
光はせんりと言い合って沈黙する。その胸中は言いようのない、嫌な予感で満たされていた。
せんりが言った噂とは、以下のような物だ。
◇
品川ゲートの地下には広大な
迷宮は上層、中層、下層、そして深層に分かれる。冒険者たちの調査が進んでいるのは中層までだ。下層へ続く通路には、煉獄門以上に強固な門を建造して、モンスターの侵入を阻んでいる。
噂はここからだ。下層の下には深層があり、深層を抜けた先には、不浄なる生き物たちの世界が広がっているという。
つまり、迷宮の先には魔界が広がっている。と、考えられているのだ。
魔界には、邪悪な怪物を統べる魔王がいて、地上へ進出する為に準備を進めている。その軍団は数億とも数十億とも言われ、軍団を構成するモンスターは、まだ、人類が出会った事がない未知の強力な魔物たちだとされる。
この情報は、とある冒険者が下層でダークエルフと遭遇し、闘った時に聞かされた話である。そしてその冒険者とは、
◇
光はやっと顔を上げ、口を開く。
「もしもせんりちゃんの言う事が事実なら、本願寺の目的は魔界への亡命。って事になるのかしら……」
呟いた光の肩に、とん、と、
「さあな。事実は本願寺の口から聞けば良い」
織田は言い、視線を前方へと向ける。光が織田の視線を追うと、長い洞窟の先が、ほの赤い光で満たされていた。
「……いるわね」
「ああ。本願寺の奴め。良い根性をしている」
光と織田は言い合って、迷宮を行く。
やがて通路を抜けて一気に視界が広がると、そこは広大な溶岩地帯だった。
「よう。遅かったな、織田……」
本願寺である。
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