第50話 迷宮防衛戦線 中




「なんだよ真田。美味しい所だけ持っていきやがって」

 斎藤さいとう道三みちみつが愚痴る。


 幸人ゆきとは斎藤に苦笑いを返してやる。


「あのね斎藤君。そんなに小さい事言っちゃダメだよ? この作戦は幸人君が立てたんだ。先生に幻覚能力者を探させたのも幸人君だし、ボクに時間を稼ぐよう言ったのも、幸人君なんだよ? おかげで誰も死なず、丸く収まったじゃないか」

 徳川とくがわ家理亜いりあは幸人を弁護する。


 一方で、凪子なぎこ先生は、突然、着ていた服を脱ぎ始めた。

 まずはジャケットを脱ぎ、長い髪を縛り、スカートのベルトを外す。ベルトを外したらスカートがずり落ちたので、それも脱いで遠くに放り投げる。最後に、愛用の長刀を家理亜に預けると、仲間達に視線を向ける。


「せ、先生、一体何を? 服を着てくださいよ……」

 幸人は少々困惑している。


「ば、バカ真田。止めてどうする!」

 斎藤は、ハアハアと息を荒げながら、幸人の言葉を制す。


 無理もない。凪子先生はかなり肉感的グラマラスで、妖艶な色気に満ちている。そんな大人の女性が、下着姿で目の前に居るのだ。男子高校生には刺激が強いに決まっている。そして、凪子先生はついにブラウスを脱ぐ。すると、スポーツブラに包まれた見事な膨らみが露わになる。

 斉藤が「なんでスポブラなんだよぉぉおっ!」と、絞り出すような痛切な叫びを上げているが、幸人はツッコむ気にはなれなかった。


「真田。その能力? を解除して、長安ながやすの拘束を解いてくれないか? そして斎藤は、拘束が解けたら長安ながやすを取り押さえて、持っているパチンコ玉を全部取り上げろ。それが済んだら徳川、長安に回復魔法をかけてやれ」

「でも、先生?」

「真田、頼む……」


 凪子先生は真剣な眼差しで言う。幸人は少々逡巡したものの、結局、緋碧ひへきの魚を操って、長安の拘束を解いてやった。すると、斎藤は慌てて長安に関節技を仕掛けて取り押さえ、ポケットからパチンコ玉を全て取り出してゆく。その傍らで、家理亜も渋々、長安にウォーターヒールの魔法をかけてやる。


 やがて、斎藤が全てのパチンコ玉を取り上げて、家理亜が回復魔法をかけ終わる。準備が整うと、凪子先生は、斎藤に指示して長安ながやすの拘束を解かせた。


「何のつもりだよ」

 長安が、ゆるりと立ち上がる。


 それに対し、凪子先生は、おもむろにファイティングポーズを作った。


「かかって来い。長安ながやす……」

「あ?」

「お前はさっき、私が長安よりも弱いと言ったな? だったらそれを証明してみせろ」

「先生よお。あんた馬鹿なのか?」

「なんだ。怖いのか? 超能力におんぶに抱っこして貰わねば、裸の女にも勝てんのか? 安心しろ。私のスキルは【槍、棒、長刀術】と【敵性生物感知】と【詠唱短縮】だけだ。格闘スキルや筋力強化スキルは持っていない。魔法も、使わないでおいてやる」

「舐めやがって……良いぜ。その喧嘩、買ってやるよ!」


 言い合って、二人は踏み込んだ。


「オラァッ!」


 長安が拳を振り抜いた。凪子先生はそれをギリギリで回避して、カウンターの拳を放つ!

 バキャ。と、肉を打つ音がして、長安が殴り倒される。長安は地面を転がって、岩に頭を打ち付けた。


「……立て」

 冷徹に言う凪子先生に、長安が恐怖の眼差しを向ける。


「立てえええっ!」

 再び、凪子先生が叫ぶ。


 すると、長安が慌てて立ち上がる。


「かかって来い、長安!」

「く。う……うわあああっ!」


 再び、二人は激突する。だが、長安は再び、一撃で殴り倒されてしまう。

 それは一方的な戦いだった。

 長安が倒れる度、凪子先生は立ち上がらせる。そして何度でも、長安を殴り倒す……。


「いいか長安。超能力なんてものは銃と同じだ。銃を持っても人は強くはならない。強いのはそいつじゃなく、銃だからだ。強いとは、こういう事だあああっ!」


 言いながら、凪子先生は渾身の拳を叩き込む。長安は散々に打ちのめされて、地面を這いつくばって呻き声を上げる。

 ついに長安は地面に突っ伏して、ひい、ひいと泣き出してしまった。


 凪子先生はやっと拳を下ろし、そっと、長安の肩に手を置いた。


「いいか長安。私達は常人に比べると、色々な事が出来てしまう。でも、勘違いしてはいけないよ。私達は別に、特別って訳じゃない。本当に強い人間は、なんの力も持たなくても、どんなに辛くても怖くても苦しくても、負けずに、誰かを幸せにしてやれる人の事を言うんだ……お前は力が欲しいと言ったな。だったら、本当の意味で強くなれよ……」


 言いながら、凪子先生は泣いていた。

 幸人はそっとジャケットを拾い、凪子先生にかけてやる。家理亜いりあはそれを見て、ぷくっと頬っぺたを膨らませた。



 ★



 一分後。

 凪子先生は再び服を身に着けた。彼女が長安と戦うに当たり服を脱いだのは、超能力対策だった。長安の能力は【金属を爆弾に変える】能力だ。凪子先生が来ている服のボタンや留め具には、金属が使われていたのである。


「で、肝心のダークボールはどこにやったんだ? 何処にも見当たらねえが」

 斎藤さいとう道三みちみつが長安の荷物を漁りながら愚痴る。


「マジックアイテムは俺の爆破能力で破壊した……」

 長安が答える。


「破壊? それは変だ。ナーロッパの魔法マジック道具アイテムはとても頑丈だ。いくら長安がシャングリラ能力者だとしても、そう、簡単に破壊できる代物ではない。もしかすると、長安は何者かに踊らされたのではないか……?」

 凪子先生が、誰にともなくぶつぶつ言う。


「破壊? なんでだよ」

 斎藤が、長安に問う。


「俺の目的はモンスターを操る事じゃねえ。政府やNSJの切り札を奪う事だ。あのアイテムがあれば、強力なモンスターの軍勢がダンジョンから這い出しても、操って追い返す事が出来る。それが出来なくなった時、政府の連中はどう考える?」


 言った長安ながやすの眼に、再び力が宿る。その言葉を聞いて、冒険者たちは思わず呼吸を止める。


「……政府は異世界帰りに縋るしか方法が無くなる。僕等や、カウンセラーシティの重要度が増す。と、いう訳だね」

 幸人は、すぐに長安の狙いを理解した。


「そうだ真田。連中は、おいそれと俺達を暗殺出来なくなる。カウンセラーシティの発言力も増すだろう。だけどそれだけじゃ足りねえ。煉獄門を破壊しておく必要がある」

「より強力なモンスターが品川ゲートから溢れ出すようになれば、政府は事態を自覚する。そう言いたいのかな?」

「ああ。そうだ」

「じゃあ、結局のところ、長安君は自分や仲間が生きていけるよう、考えて動いていただけ。って事かな?」

「ああ。だが、本願寺さんは違うぜ。あの人にはあの人の思惑がある。俺にも、あの人が何を考えてるかは分からねえ。解るのは、本当に世界をぶっ壊したがってるって事だ……」

「だろうね。確かに、本願寺君は異常だったよ……」


 幸人は言い終えて、暫し黙り込む。一方で、長安は後ろ手に縛られて、立ち上がらされた。


「では、一旦戻ろうか。長安を学校に連れ戻したい」

「え? 治安維持局とかクエスト管理局に引き渡さないのかよ?」

「私の生徒だぞ。簡単に引き渡してたまるか!」


 斎藤と凪子先生が言い合った。次の瞬間……。


 ドオオオンッ! と、煉獄門から音がして、迷宮ダンジョンが揺れる。


「な、何が起こったの……?」


 霧隠きりがくれ才華さいかが困惑の声を漏らす。そこに更に、ドカンと、音が響き渡る。

 何かとてつもない物が、煉獄門を破ろうとしているのだ。


「不味いな。この感じだと、中層の主クラスのモンスターが煉獄門を破ろうとしているようだ。爆発の音に呼び寄せられたのか……」

 凪子先生も、薄く冷や汗を浮かべている。


 そして……。

 まるで爆発するようにして、煉獄門が砕け散る。門の向こうから姿を現したのは、巨大なミノタウルスだった。それだけではない。ミノタウロスの背後には、巨大な狼や甲虫、蜥蜴戦士リザードマン、大蜘蛛や骸骨アンデットの大群がひしめいている。

 ズシリと、ミノタウロスが踏み出した。そいつは一五メートル程の筋骨隆々の体躯で、牛のような頭部には真っ赤な角と目、手には血錆びた大戦斧を携えて、闘志を剥き出しにしている。


「ブゴオオオッ!」


 ミノタウロスの雄叫びが、冒険者たちの頬を震わせる。

 身構える冒険者たちの傍らに、クエスト管理局の監視用ドローンが降りて来る。


「緊急クエストノ内容ヲ更新。復元能力者ノ到着マデ、モンスターノ群レヲオシ留メテクダサイ」


 ドローンが、冒険者たちに告げる。その要求に文句を言う暇もなく、モンスターの軍団が、広場へと殺到してきた。


「仕方ない。やるしかなさそうだね……」


 幸人はミノタウロスへと踏み込む。仲間達も幸人に続き、戦闘態勢へと移行した。



 ★ ★ ★



 時間は少し巻き戻る。


 清原きよはら凪子なぎこの班が三好長安と戦っている頃、織田班は、別ルートから中層近くまで歩みを進めていた。迷宮ダンジョンの上層は、主に小鬼ゴブリンオーク、コボルト、小悪魔グレムリンの活動領域だ。織田班は、ここまでに何度もモンスターの群れと遭遇して、いくつもの戦いを潜り抜けていた。


「暑い……中層が近いのね。そろそろ本願寺に追いつくだと思うけど。それにしても本願寺は、こんな所に来て何をするつもりなのかしら」

 明智光が誰にともなく言う。


 迷宮ダンジョンの中層は、灼熱の溶岩地帯である。そこに近づいているせいで、周囲の気温は真夏のそれを超えていた。


「もしかしたら、あの噂を信じたのかもしれませんね……」

 池田せんりが答える。


「噂? それってもしかして、魔王とか?」

「ええ。あくまでも噂に過ぎませんが……」


 光はせんりと言い合って沈黙する。その胸中は言いようのない、嫌な予感で満たされていた。


 せんりが言った噂とは、以下のような物だ。


 ◇


 品川ゲートの地下には広大な迷宮ダンジョンが広がっている。

 迷宮は上層、中層、下層、そして深層に分かれる。冒険者たちの調査が進んでいるのは中層までだ。下層へ続く通路には、煉獄門以上に強固な門を建造して、モンスターの侵入を阻んでいる。


 噂はここからだ。下層の下には深層があり、深層を抜けた先には、不浄なる生き物たちの世界が広がっているという。

 つまり、迷宮の先には魔界が広がっている。と、考えられているのだ。


 魔界には、邪悪な怪物を統べる魔王がいて、地上へ進出する為に準備を進めている。その軍団は数億とも数十億とも言われ、軍団を構成するモンスターは、まだ、人類が出会った事がない未知の強力な魔物たちだとされる。

 この情報は、とある冒険者が下層でダークエルフと遭遇し、闘った時に聞かされた話である。そしてその冒険者とは、斎藤さいとう道三みちみつである。


 ◇


 光はやっと顔を上げ、口を開く。


「もしもせんりちゃんの言う事が事実なら、本願寺の目的は魔界への亡命。って事になるのかしら……」


 呟いた光の肩に、とん、と、織田おだ信秋のぶあきが手を置く。


「さあな。事実は本願寺の口から聞けば良い」


 織田は言い、視線を前方へと向ける。光が織田の視線を追うと、長い洞窟の先が、ほの赤い光で満たされていた。


「……いるわね」

「ああ。本願寺の奴め。良い根性をしている」


 光と織田は言い合って、迷宮を行く。

 やがて通路を抜けて一気に視界が広がると、そこは広大な溶岩地帯だった。


「よう。遅かったな、織田……」


 迷宮ダンジョンの奥から声がかかる。織田が目をやると、前方奥の大岩に、不敵に笑う人影があった。

 本願寺である。




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