第20話 チーム明智、始動! 中





 帝都学園の制服は、ブレザーが基本だ。男子も女子も、濃紺のブレザーを身に着けている。

 幸人たちの目の前を、沢山の、制服姿の学生たちが行き交っていた。

 帝都学園の男子寮と女子寮の間には、広々とした中庭がある。中庭には噴水があり、沢山のベンチもあって、人通りも多い。辺りはもう日が暮れて、街灯の灯りが煌々と中庭を照らしている。

 幸人ゆきとひかりは中庭で足を止め、アナライザーを装着した。


 ★


「ごめん。俺、チーム武田に入ってるんだわ」

「ごめんなさいね。私、もうチーム北条に属してるの」

「あ? 何言ってるんだ。俺はチームリーダーだぞ。名前? 伊達だよ。覚えとけやカス」

「誘ってくれるのは嬉しいんだけど、無理! チーム今川に入ってるから」

「俺、もうチーム上杉なんだけど……」


 幸人は、ピンときた生徒に片っ端から声をかけてみたが、色よい返事は返って来なかった。


「やっぱり、出遅れたのが痛かったわね」

 光は少々落胆する。


「ねえ、光。あそこにいる人はどうかな?」

 幸人はめげず、次の生徒に指を差す。


「あ。あのは止めといた方が良いかも。あたしの能力と、あまり相性が良くないというか」

「ふうん。相性、ね」


 二人が視線を送るベンチには、やや幸の薄そうな女子生徒が腰掛けていた。その少女は一人で頭を抱え、何かぶつぶつ言っている。髪が長く、見るからに暗い雰囲気を放ち、やせっぽちで、目の下には薄い隈がある。

 だが、幸人には、その少女の後頭部の辺りから、薄い金色の輝きが見えた。

 幻覚? 否、オーラか?

 幸人は内心、その少女に、無視できない何かを感じ取っていた。


「そっか」

 言いながら、幸人は少女に歩み寄る。


「バ、バカ。駄目って言ってるのに……」

 光は言いながら、とぼとぼと付いて行く。


「ねえ。君。もう何処かのチームに入った?」


 幸人は少女に声をかける。

 すると少女は幸人を見上げ、プルプル頭を振って、大きなため息を零した。


「自分、チーム織田に入れて欲しいって言ったんすけど、断られたっす。チーム今川からも蹴られて、チーム足利からすらも相手にされなくて。どうせ、自分なんて役立たずなんす。はい。解ってるんです。自分は駄目っす。駄目駄目っす。生まれてきてごめんなさい……」

 少女はぶつぶつ言う。


「だったらさ、僕等のチームに入らない?」

「ゆ、幸人?」


 光が顔を青くする。それを振り切って、幸人は、ぽんと、少女の肩に手を置く。


「僕は君の事よく知らないんだけど、なんか、予感がするんだよね。君はなんていうか、凄い人な気がして」


 幸人が言うと、少女は驚きを浮かべ、幸人を見上げる。


「ほ、本当、すか?」

「うん。お願い出来るかな?」

「で、でも、自分、駄目駄目っすよ? 何処に行っても役立たずだってつまはじきにされてきたっす。能力だって、そんなに強くないし……」

「能力……は、どうか分からないんだけど。僕は自分の嗅覚を信じるよ。能力というよりも、君が必要なんだよね」

「自分が……必要?」

「ああ。君が必要だ」


 幸人が言うと、少女の瞳にうるうるキラキラと、涙が滲む。


「ほ、本当っすか? 本当の本当っすか? 自分、役立たずっすよ?」

「そういうの、自分で決めつけない方が良いと思うよ? 君が役に立つか立たないかは、これから決まる事じゃないか。僕等だって、君の役に立てるかどうかわからないし」

「そ、そんな! ほまれ高い三十三勇者の真田様と、水の姫君の光様が役立たずだなんて、とんでもないっす!」

「僕らの事、知ってるの?」

「と、当然っすよ! 真田様も光様も、とっても強くて有名っすから」

「で、どうするのかな? 君は、僕等を必要としてくれるかな?」


 幸人が言うと、少女はいよいよ泣き出した。


「う、うぐ。嬉しいっす。自分、頑張るっす」


 少女が泣きじゃくる一方、幸人はアナライザーを装着し、少女のステータスを確認する。



 ◇


 名前 羽柴はしば秀実ひでみ  年齢 16

 ステータス UNKNOWN

 能力    UNKNOWN


 備考

 シャングリラ能力者。

 運動も勉強も苦手。小学校から中学校までずっと虐められていた。

 仇名は「ハゲネズミ」

 特技はゲーム。中学二年生の時に「同時多発人体消失事件」により、シャングリラに転移する。現世帰還後は織田おだ信秋のぶあきに片思いをしているが、まるで相手にされていない。ストーカー気質で極度のメンヘラ。男性免疫が低く、少しでも優しくされるとすぐに男性を好きになってストーキングしまくる癖がある。現在も、優しくしてくれた真田幸人を絶賛ロックオン中。「私はこの人の子供を産むために生まれて来た!」と、自己暗示をかけている真っ最中である。

 趣味はBL本鑑賞。


 ◇



 幸人は静かに金縁メガネを外し、そっと頭を抱えた。

 あれ。おかしい。なんかおかしい。僕の嗅覚って、ポンコツだったのかあっ!

 幸人は一人、とても後悔していた。その肩に、光がぽん、と、手を置く。


「ふふ。もう、どうなっても知らないわよ?」

 光の微笑には、薄い怒りが滲んでいる。


「じゃ、じゃあ……不束者ですが、末永くよろしくお願いしますっす」


 羽柴はしば秀実ひでみは三つ指をついて幸人を見上げ、にへらっと、笑った。



 ★ ★ ★



 幸人ゆきとひかりのチームに、羽柴はしば秀実ひでみが加わった。三人は次なるチームメンバーを求めて、今度は、女子寮へと向かっていた。


「ところで、羽柴はしばさんは何が出来るの?」

 歩きながら、幸人が言う。


「じ、自分は手から衝撃波が出せるっす。一回撃ったら十秒ぐらいはインターバルが必要っすけど」

「ん。そういう弱点みたいな事まで、僕等に話してもいいの?」

 幸人は秀実の素直さに、少し驚きを浮かべる。


「あ。自分のは申告しんこく能力っすから」

「申告能力?」

「学校に、自分の能力を申告してるって事っす」

「ふうん」

「さっきあげた資料に書いてあるから、後で読んでおきなさいよね」

 光が口を挿む。


「あ、うん。後で読んでおくよ。で、羽柴はしばさんは自分の能力が弱いって言ってたけど、どういう事なのかな?」

「それは、その……」


 羽柴秀実は問われて押し黙り、チラリと幸人の顔を見る。そして目が合うと、すぐに逸らして顔を赤くする。


「ええと。羽柴はしばさん?」

「そ、その、教えてもいいっすけど、条件があるっす」

「…………何かな?」

「その、自分の事も、光さんみたいに名前で呼んでほしいっす。チ、チームメイトっすから。あ、でも、もし嫌ならいいです。ごめんなさい。調子こきました。生まれて来てごめんなさい」

「名前で呼べば教えてくれるんだね?」

「は、はいっす」


 すると、幸人は秀実ひでみの肩をポン、と、押し、植木の幹に軽く押し付ける。そして壁ドン状態で逃げ道を塞ぎ、じっと、秀実の瞳を覗き込む。


「あ、真田……様?」


 秀実ひでみは思わず赤くなり、困惑する。幸人は秀実のあごを、指先でくい。と上げ、唇を秀実の耳元に寄せる。


「君の秘密が見たいな。僕に教えてよ。秀実……」


 幸人は、そっと囁いた。

 秀実、秀実、秀実……。

 幸人の声が、残響音を伴って、秀実の脳内で木霊する。


「く……はっ、ふ……ふうぅっ……!」


 興奮が最高潮に達し、秀実は陰鬱いんうつな吐息を漏らしながらモジモジもだえる。


「あんた……絶対に自分のイケメンを自覚してやってるでしょ……」

 光が、呆れて言う。


「見せます。なんでも見せます! 真田様になら、自分の全部をあげるっすぅ……!」


 秀実の、取り返しのつかない好意の眼差しが、幸人をロックオンしていた。


 ★


 一分後、幸人たちは、女子寮裏の人気の無い場所までやって来た。秀実の能力を人目に晒さない為だ。


「じゃあ、いくっすよ?」


 秀実は、両手を前方に突き出して腰を落とす。的は、目の前の頑丈そうな植木だ。

 と、その時……。


「きゃ」


 小太りな女の子が悲鳴を上げながら、建物の影から転げて来た。幸人は声をかけようとしたが、その寸前で、秀実が幸人の服の裾を引っ張る。


「や、ヤバいっす。あいつら。隠れたほうが良いっす」


 秀実が言うので、幸人たちは植え込みの陰に身を潜めた。その直後、建物の影から更に二人の女子生徒が姿を現した。一人は意地悪そうな顔をした金髪の女子生徒。もう一人は、小柄で派手な化粧をした黒髪の女子生徒だった。


「見つけたよお。子豚ちゃん。あんた、一体なにをやったの?」

 二人の女子生徒は、嫌味な微笑を浮かべながら、小太りな少女の髪の毛を掴む。


「何やったかは知らないけど、あんた終わったね。本願寺ほんがんじさん激ギレしてるよ。あはは。殺されちゃうね?」


 言いながら、金髪の女子生徒が、小太りの少女の顔に唾を吐きかける。

 幸人の胸に、言い知れぬ怒りがこみ上げる。立ち上がろうとするその足に、秀実が、必死でしがみ付いていた。



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