第19話 チーム明智、始動! 上





 その生徒は見るからに異質だった。赤黒い髪に、精悍せいかんな顔立ち、目つきは鋭く、妙に威厳と風格がある。彼は談話室奥のソファーにゆったりと座り、その傍らには、数人の仲間をはべらせていた。


 幸人はその生徒のパラメーターを確認して、思わず顔をしかめる。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 名前 織田おだ信秋のぶあき 年齢16 レベル?

 職業 覇者  固有属性 火

 HP 287  MP ?

 筋力  ?

 耐久値 186

 早さ  ?

 知性  ?

 精神  139

 運   59

 魅力  91


 スキル 

 ? S

 剣、刀、双剣、盾使用術 C

 ? C


 魔法 

 ファイアーボール(攻撃魔法)C

 ファイアウォール(炎のバリア)B

 ファイアウェポン(属性武器を出す)A


 備考

 ナーロッパでは有力な武将として活躍した。四つの王国を征服し、三種族の亜人種を従えた。魔王すらも織田信秋を恐れたとされる。ナーロッパを統一する寸前で現世へと帰還した。帰還後は日本の状況を知り、政府の無策ぶりに失望している。岩戸閉じ作戦では自衛隊から要請を受けたが、断った。腐敗した政府が一度潰れた方が良いと考えたからである。極めて高い戦闘能力を誇るが、心を許せる友人はおらず、孤独。

 趣味 屋根にボールを投げて、転がり落ちて来たのを一人でキャッチする遊び。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 幸人は、織田おだ信秋のぶあきのパラメーターをチェックして、言葉を失っていた。


「ま。驚くのも無理はないわよね。言いたい事は解るわよ。ハテナになってる部分についてでしょ?」

 光が耳元で言う。


「あ、うん」

「ハテナになってる個所は、消し消し君ってマジックアイテムでパラメーターを秘匿してるのよ。消し消し君は一つにつき一項目しか秘匿してくれない上にバカ高いけど、それだけ大量の消し消し君を買う財力があるって事ね」

「成程。ハテナの理由についてはわかったよ。それにしても、織田君はランクSのスキルを習得しているみたいだね」


「ああ、あれね。消し消し君で隠してるけど皆知ってるわよ。織田おだ信秋のぶあきのランクSスキルは『詠唱短縮』よ。詠唱えいしょう短縮たんしゅくは、チートスキルとされている。無詠唱でいきなり高火力のファイアーボールを打ち込んで来るんだからね。この点では、シャングリラ能力者の「速さ」というアドバンテージも意味を為さないわ」


 幸人ゆきとひかりは耳打ちし合う。

 するとやがて、織田が幸人たちの視線に気が付いた。織田は、二人の金縁眼鏡アナライザーを見ても顔色も変えず、指先で、くいっと手招きをする。

 幸人は光と顔を見合わせる。

 光が幸人に頷いたので。幸人は、織田へと歩み寄った。


「よお。明智あけちひかり。それに、真田さなだ、だったか?」

 織田は涼し気な顔で言う。


真田さなだ幸人ゆきとだよ。君は、僕の事をあまり知らないみたいだね」

「まあな。お前にはあまり興味がない。強いのは認めるが、俺達のこの状況について、何の疑問も抱かない程度の男だからな」


 織田おだ信秋のぶあきに言われ、幸人は軽くムッとする。それを無視して、織田は光に手を伸ばす。


「よお、明智。お前は相変わらず綺麗だな」

「ちょ、急に何言ってるの、バカ」

 光は顔を赤くする。


「お世辞で言ってるんじゃないぜ。明智は綺麗だ。俺の女になれよ」

 言いながら、織田はゆるりと腰を上げる。そして両手で光の頬を包み込み、水色の瞳をじっと覗き込む。


「ちょ、やめ……」

 モジモジ恥じらう光の横顔に、鋭い視線が突き刺さっていた。


信秋のぶあき様……」

 視線の主が呟く。


 それは、とても背が高い女子生徒だった。幸人よりも十五センチ以上は背が高い。長い黒髪に、黒い瞳。夏場の水泳部員のように日焼けしており、やけに肉感的グラマラスな体形をしている。胸のサイズも規格外だ。

 幸人の金縁眼鏡アナライザーに、背の高い女子生徒のパラメーターが表示される。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 名前 柴田しばた勝奈子かなこ 年齢16 レベル63

 職業 武将

 HP 342  MP 0

 筋力  598

 耐久値 348

 早さ  92

 知性  58

 精神  112

 運   46

 魅力  78


 スキル

 槍、棒、長刀術 B

 筋力増強  A

 防御力増強 C


 備考

 身長186 バスト99 ウエスト72 ヒップ102

 ナーロッパでは織田信秋に仕え、数々の戦功を上げた。大鬼オーガすら恐怖して逃げ出す事から「鬼殺し」と二つ名される。ナーロッパ屈指の怪力を持ち、単純戦闘能力が極めて高い。その割には可愛い物好きで、内面は乙女。料理や掃除、洗濯も得意とし、女子力高め。

 趣味は編み物。織田信秋の為に密かにマフラーや手袋をいくつも編んでいる。が、断られるのが怖くて渡せずにいる。織田信秋を酷く溺愛しており、たかる蝿はすべからく排除する方針である。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ちょ、やめなさいよ。勝奈子かなこちゃんが可哀そうでしょ」

 ひかりは勝奈子の視線に気付き、織田の手を振り解く。


「ふっ。そう照れるな。勝奈子はナーロッパでの主従関係を引きずっているだけだ」

 織田は笑って言う。


「そんな風には見えないけどね……」


 光はちらりと勝奈子に目をやって、織田から距離を取る。勝奈子の備考欄を見たら無理もない。

 織田は柴田勝奈子に目をやって、不敵な微笑を浮かべる。


「勝奈子」

「はい。信秋のぶあき様」

「お前が光よりも俺にふさわしいと思うなら、次の対抗戦で証明してみせろ。負ける事は許さん」

「はい。こんな害虫、捻りつぶしてみせます」


 勝奈子の視線がぎろりと光を捉え、光は冷汗を浮かべる。


「そうか。じゃあ、対抗戦が楽しみだな。明智も、気が変わったらいつでも俺の許に来い。歓迎してやるぞ」


 言い残し、織田信秋は仲間を引き連れて談話室を後にする。

 その最後尾を行く女の子が、去り際に、振り返って幸人にパチリとウインクをした。とても小柄で、栗色のショートカットが良く似合う、可愛らしい女の子だった。彼女は一言も言葉を発しなかったが、幸人は織田よりも、その少女にこそ、危険な香りを嗅ぎ取っていた。

 威圧感の残滓ざんしが抜けた頃になり、幸人は溜息を一つ吐く。


「で、あの化け物みたいな人達に勝つプランがあるのかな?」

 幸人ゆきとは言う。


「ある。あの人よ」

 光は幸人に問われ、部屋の真ん中あたりを指差した。


 光が指すソファーには、グラビア雑誌を顔に被って眠っている生徒がいる。幸人と光は、その生徒へと歩み寄った。


斎藤さいとう君。起きてよ」


 光はグラビア雑誌を剥ぎ取って言う。すると、斎藤さいとうと呼ばれた生徒は、じわりと目を開けて、慌てて幸人の金縁メガネを取り上げた。


「おっと。アナライザーはやめてくれよ。消し消し君、高くて買えないんだよ」

 言いながら、斎藤は身を起こす。


「それより斎藤君。チームに誘いに来たんだけど」

 光は言う。


「それなんだけどな。すまん!」斎藤は、パチリと合掌する。「俺、織田のチームに入っちまった」


「え? な、なんでよ。約束したじゃない」

「俺って織田に借金あるだろ? それをチャラにしてくれるって言うからさ。まあ、どうしてもっていうなら、光も織田のチームに入れよ。幸い、織田は光の事を気に入ってるみたいだからな。女を売りにすれば、チームに入れてくれると思うぜ?」

「それって……どういう意味?」

「悪いな。ちょっと言い過ぎたぜ。へへ」

「……参ったわね。斎藤君は、対、織田チームの切り札になると思ってたのに。なんとかならないの?」

「どうにもならないな。もう、チーム入りしちまったから。今回は勘弁してくれ」


 光は頭を抱える。幸人はサッと手を伸ばし、斎藤の手から金縁メガネを奪い返す。


「用がないならもう行こう……」


 幸人は何故か不機嫌な面持ちで、光の腕を引っ張って歩き出した。


「急にどうしたのよ。幸人?」

 光の顔に困惑が浮かぶ。


 幸人は娯楽室を出ると、光をそっと、壁に押し付けた。


「あいつがどれだけ強かろうが役に立とうがどうでも良い。これ以上、光が馬鹿にされたり頭を下げるのは我慢できない。メンバーは、僕が選んでもいいかな?」

「で、でも幸人……」

「光は恩人だ。君が馬鹿にされると、なんか腹が立つんだよ。僕の嗅覚を信じてくれるかい?」

「……」

ひかり

「勝たせてくれるなら」

「勝たせるさ。必ず」

「わかった。幸人を信じるわ」


 言い合って、二人は男子寮を出た。



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