第63話 それぞれの想い 下
本気だ……。
「信じるわよ。勝ちなさい」
光が呟くと共に、水のバリアーに人が通れる程の隙間ができる。幸人はバリアーの外に出て、再び、斎藤と向かい合う。ゆるりと、
斎藤の構えは柔らかではあるが、眼には静かな闘志が宿っていた。
「なんだ真田。棒は使わないのか?」
斎藤の指摘通り、幸人は、魔法の棒を水のバリアーの中に置き去りにしていた。
「斎藤君は武装していないじゃないか」
「なんか思ってたのと違うな。お前はもう少し腹黒い奴だと思ってたぜ」
「正々堂々と戦う人は、正々堂々と戦うに値する相手だ。
「ふうん。成程。ご立派だな」
そこまで言って、斎藤は言葉を止める。もう、戦いは始まっているのだ。互いに機先を探り合いながら、幸人と斎藤はじりじりと間合いを詰める。
ドン。と、床が踏み鳴らされる。
斎藤と幸人、双方同時に踏み込んで、攻撃を放つ!
幸人は瞬時に七回、拳を繰り出す。その攻撃は一回、斎藤の脇腹に命中。だが、残りの六発は受け流されて、三回の反撃が飛んで来た。
パアン。と、衝撃音が発生し、幸人と斎藤が弾き飛ばされる。
「痛……」
幸人の口元から血が滲む。鳩尾と胸にも、鈍重な衝撃の余韻が残っている。対する斎藤も、眉をしかめて脇腹を押さえてはいるが、幸人程、大きなダメージは受けていない。
──やっぱり、少し分が悪いか。流石は斎藤君。徒手格闘のスペシャリストだね。でも……。
幸人は意を決し、再び踏み込んだ。
ドシ。パァン、と、肉を打つ音が繰り返されて、床のタイルが次々と踏み割られる。秀実もせんりも、光でさえも、幸人たちの攻防を目で追う事すら出来ずにいる。攻防は尚も続き、舞台には点々と、血の雫が散らばってゆく。
ふと、閃光が放たれる。次の瞬間、強烈な衝撃波が発生して、幸人が吹き飛ばされる。幸人は二〇メートル程も宙を舞い、どかり。と、観客席を覆うコンクリートの壁に叩きつけられる。
「悪いが、全力で撃たせて貰ったぜ」
斎藤が、構えを解く。【氣功術】による衝撃波を放ったのだ。
幸人は舞台外の地面に突っ伏して、ピクリとも動かない。
「真田選手、ダウンです。一○秒以内に舞台に戻れなければ、敗北が決定します」
寧々ちゃんのアナウンスが響き渡り、カウントが開始される。
闘技場の誰もが幸人に視線を向けて、固唾を飲んで見守っている。幸人は、ぐぐっ。と、身を起こし、緩やかに立ち上がる。そしてふわりと飛び上がり、舞台へと舞い戻った。
「ゆ、幸人、大丈夫なの?」
光が心配そうに声をかける。
「当たり前。こんなの、痛くも痒くもないね」
幸人は振り向いて答える。が、瞼の上がぼっこりと腫れあがり、紫色に変色している。足もふらふらしていた。
嘘吐きなさい!
言いかけた言葉をぐっと飲み込んで、光は苦笑いを返す。その傍らでは、池田せんりが既に土の
「まさか立ち上がるとはな。いいぜ。なら、もう一度かかって来い。次は俺のとっておきを見せてやる」
斎藤の目つきが変わる。これまでのやる気のなさそうな気配が消え、強い闘志が滲んでいる。構えも、前のめりの攻撃的な物へと移行する。
必殺技とやらを使うつもりなのか。ナーロッパ能力者はズルいな……。
幸人は内心愚痴りながら、再び、攻撃の機先を探る。隙なんて、少しもなかった。斎藤はドッシリとした相打ち覚悟の構えを見せている。仕掛けるなら、幸人も相応の覚悟をしなければならない。
それならば!
幸人はぐっと拳を握る。正直、勝算なんてなかった。幸人に記憶が残っていれば、斎藤の必殺技に匹敵するような奥義を繰り出せるのかもしれない。だが、ない物はない。だとしたら、今この場で編み出すしかない。
幸人はじわじわ間合いを詰めながら、術理を構築する。今の幸人の闘争術は、幼い頃から学んだ空手の知識が軸になっている。それを応用するしかない。通用するだろうか?
無理だ。機の読み合いも、技も、防御力も斎藤に分がある。だが、不思議なのだ。
少しも負ける気がしない。
幸人は斎藤の目の前で構えを解き、だらりと立ち尽くす。
「舐めやがって……」斎藤は呟いて、ドシン。と、踏み込んだ。「喰らえ真田!」
叫ぶと共に、斎藤の両掌が輝く。こおっ。と、巨大な気弾が放たれて、幸人に襲い掛かる。この技は【絶掌波】。斎藤の必殺技である。
ドオオン! と、気弾が炸裂する。轟音と閃光が場を満たし、舞台が揺れる。
刹那──。
「があっ!」
爆風の中から、幸人が獣のように飛び出して、真っすぐに拳を繰り出した。
轟。
骨が砕ける音がする。幸人の拳が斎藤の胸に突き刺さり、斎藤が殴り飛ばされる。まるで矢のような勢いで吹き飛ぶ斎藤を、どしりと、柴田勝奈子が受け止める。
「が……ぐ……!」
斎藤が派手に血煙を吐き出す。
「おのれ真田。何をした?」
「何も。真直ぐに殴りつけたんだ」
幸人が答える。
「……は?」
「特に何も。斎藤君のその技に、小細工は通用しない。だから僕も、斎藤君以上に気血を高めて身体に纏い、全力の突きを放った。それだけだ」
「なんだって? 真田はシャングリラの超能力者の筈だろう。ナーロッパ能力者でもない者が、あの攻撃に耐えられる訳がないでしょう!」
困惑する勝奈子の肩に、織田がドシリと手を置く。
「余興はここまでだ」
織田の瞳に鋭さが宿る。次の瞬間、織田が前進を開始する。織田の歩みに従って、ファイアーウォールも舞台を進み、幸人へと迫る。
前進を開始したのは織田だけではない。
「頑張ったわね、幸人……」
明智光の水のバリアーが、幸人を包む。光もまた、バリアーごと前進して来たのだ。
「く……」
幸人は苦悶の声を漏らし、舞台に膝を衝く。その肩に、秀実がそっと触れる。
「真田様、ポーションっす。今の内に回復するっすよ」
幸人は、秀実から
「な、何をやってるんだ……織田。水蒸気爆発が起こる……ぞ……」
斎藤が、血煙と共に吐き捨てる。そんな斎藤に向けられた織田の眼には、狂気に塗れた自信が宿っていた。
「そ、そうっすよ明智さん。大爆発が起こるっす。不味いっすよ……」
秀実も、恐怖に顔を歪ませている。
「ううん。起こるんじゃない。起こすのよ。そうでしょ? 幸人……」
光は幸人にほんのり微笑を向けて、ぐっと踏み込んだ。
そして……。
狂おしい程の爆発が起こった。
閃光、爆風、耳を
闘技場が揺れ、吹き飛んだ舞台の破片が、観客席を覆う魔法障壁にぶち当たって砕ける。
やがて爆発が治まって、余韻が、人々に沈黙を強いる。粉塵で、まだ、舞台の様子は伺えない。
「明智、織田、両陣営の姿が見当たりません。舞台はどうなってしまったのでしょうか?」
寧々ちゃんがアナウンスが響き、やがて、粉塵が晴れる。
すると、舞台中央から、無数の衝撃が発生していた。織田と光が、激しくやり合っていたのである。
光が水の剣を飛ばし、織田が
そして、ドシン。と、重低音が響き渡る。巨大な影がぐぐぐ、と、身を起こし、立ち上がる。【アースアーマー】を纏った池田せんりである。せんりの足元近くには、幸人と秀実と
一方、織田陣営でも影が蠢く。なんと、織田陣営には光の水のバリアーに似た物が張られており、バリアーの中には斎藤道三と、柴田勝奈子の姿があった。
パチン。と、シャボン玉が割れるようにバリアーが解除され、斎藤道三と柴田勝奈子が踏み出した。
「う、おおおおおぉっ!」
雄叫びと共に柴田勝奈子が突っ込んで来る。池田せんりも踏み込んで、勝奈子と激突する!
まるで砲撃のような音が、闘技場に木霊する。せんりの足蹴りと、勝奈子の大長刀がぶつかり合い、幾度も衝撃波が発生する。舞台はたちまち瓦礫の山へと変わってゆく……。
「真田。さっきは俺を仕留めそこなったな!」
と、斎藤が明智陣営へと突進して、幸人が迎え撃つ。再び、幸人は斎藤を相手に激しい殴り合いとなる。
引かない。僕は勝つ。絶対に、絶対に……!
肉を打つ音の中、幸人の脳裏にとある写真の記憶が過る。
猫みたいにツンとした、大きくて優し気な眼。肩に届かないぐらいの猫毛の黒髪。顔つきは童顔で、少し気が弱そうな印象。華奢な体躯に、何処かで見たようなセーラー服……。
写真には、幸人の恋人の、
幸人には、竹美の記憶は一つも残っていない。その写真が、何故、幸人の部屋の机の上に飾られていたのかも思い出せない。でも、竹美を思い出そうとする度に、どうしようもないぐらい切ない気持ちが胸を満たすのだ。
この記憶は、どうしても取り戻さなければならない。
写真を目にした時、光は言った。
『幸人が対抗戦で、チームを優勝に導くの。そうしたら、教えてあげてもいいわ』
幸人はその約束に応え、光と指切りをして優勝を誓った──。
言いようのない渇望が、激しい土石流のように押し寄せて、幸人を前へと踏み出させる。
「うおおおっ! 僕は取り戻すんだ」
叫びながら繰り出した拳が、斎藤の頬に突き刺さった。
一方、秀実は両手をかざし、チーム織田の隙を伺っていた。
──自分は織田様を狙う事はできないっす。かといって、斎藤さんに攻撃が通用するかは謎っす。さっきは斎藤さんを狙う気が無かったから時間停止能力が機能したっすけど、攻撃を目的として時間を止めた場合は、能力が効かない可能性が高いっす。自分の推測が正しければ、攻撃を目的としない能力であれば、斎藤さんにも効果がある筈っす。事実、緊急クエストの時、斎藤さんにはウォーターエンチャントの魔法がかかっていたっす。つまり、援護とか回復とか転移とか、害にならない能力ならば斎藤さんにも効く筈っす。真田様もその事に気が付いてるから、搦め手を使えばもっと簡単に勝てる筈なんすけど……全く、男子って不器用っす。でも、真田様がそこまで真っすぐ戦うのであれば、手出しは無粋っすね。
考えを巡らす秀実の首元に、冷やりと、冷たい物が触れる。刃物の感触だった。
「さよならぴょん、
秀実の耳元で声がする。
しまったっす……!
意識が追い付くよりも先に、刃が秀実の首を切り裂いた。
──かに思われた瞬間、ピタリと、声の主の動きが止まる。秀実は恐る恐る、目をやった。
それは、忍び装束に身を包んだ女子生徒だった。黒いショートカットに黒い瞳。やや童顔の顔立ち。そこまでは普通だが、その少女は頭から兎のような耳を生やしており、お尻の辺りにも、丸い尻尾を生やしていた。
秀実が目を凝らすと、細いワイヤーがうさ耳少女の全身を縛りつけていた。ワイヤーが、攻撃を阻止したのだ。次の瞬間、キュッ。と、ワイヤーが閉まり、うさ耳少女をばらばらに切り裂いた。
崩れ落ちるうさ耳の肉体が、ふっと、煙に包まれて消える。
「消えたっす……」
呟く秀実頭上から、ドロンと音が響き、先程のうさ耳少女が落下攻撃を仕掛ける。が、無数のくないが飛来して、その攻撃も阻止。うさ耳少女は素早く忍者刀を振り回し、くないを切り落とす。彼女は衝撃で少々弾き飛ばされて、秀実の眼前へと着地する。
秀実は事態を呑み込むより先に、後ろから腕を掴まれて、ぐっと引き寄せられる。
「そう。貴方が、
聞き覚えのある声がする。
秀実を救ったのは、
「へえ。じゃあ、貴方が霧隠才華っちぴょんね? 中々の使い手だって聞いてたから、一度戦ってみたかったぴょん」
うさ耳少女、否、
半菜と才華、双方、ピクリとも動かない。既にお互いに機先を探り合い、鋭い気当たりを放っている。周囲に強い緊張感が満ち、秀実の頬をピリつかせる。
この人が、徳川さんの二つ目の切り札にして、忍者の服部半菜さんっすか。それにしても、うさ耳で語尾がぴょん……。これは、絶対に真田様の視界に入れてはいけない相手っすね。多分、間違いなく、真田様はケモ耳少女が大好物な気がするっす。なんか無駄に胸も大きいっす。こんな反則的な萌えキャラは、今の内に、秘密裏に消しておく必要があるっす……!
秀実は内心、黒い呟きをして、大きく息を吸い込んだ。
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