第75話 まだ見ぬ明日の邂逅 下




 ★


 竹美とりんごちゃんの模擬戦サバイバルゲームは、日が暮れるまで続いた。

 フラグ戦の次は、山本陸尉の提案で殲滅せんめつ戦を試してみた。殲滅戦は、一度でも撃たれたらアウト。撃たれた者は即退場して、戦線には復帰できない。そしてチームが全滅したら負け。という厳しいルールの戦いだ。当然、これまで以上に動きも慎重になる。たった一度のミスが敗北を意味するから、撃たれることを過剰に恐れてしまうのだ。


『いきなり殲滅戦にしちゃうと、ビビッて物陰から動かなくなる奴が多いんだ。それじゃあ、戦況が硬直して無駄に時間が過ぎるだけだ。なんの経験値にもならないだろ?』


 竹美の脳裏に、山本陸尉の言葉が蘇る。痛い程、その意味が解った。竹美は、自チームのスタート位置近くの物陰に潜んだまま、暫く身動き出来なくなっていた。


『どうしたんですか?』


 りんごちゃんが、小声で問う。


『大丈夫。ちょっと怖くなっただけ。先に無限復活戦をやっといて良かった。


 と、竹美は強気に笑う。

 こうして、竹美とりんごちゃんはコソコソ敵陣を目指したが、結局、一度も殲滅戦に勝つことは出来なかった。草陰に潜んで移動しても、全力で走ってみても、簡単に発見されて撃たれてしまうのだ。


「ま、そう落ち込むこともないさ。殲滅戦ではモロに経験の差が出る。自衛官俺たちに勝てるわけないだろ?」


 なんて、山本陸尉は励ますが、竹美はシュンとして、ろくに強がりも言えなくなっていた。

 明日のバディ戦に備えて、もっと戦術を工夫する必要がありそうだ。そんな危機感を胸に、竹美はその日の練習を終えた。

 山本陸尉とあんずちゃんは、竹美との模擬戦を終えてからもバトルフィールドに残った。竹美たちばかり練習させるのはフェアじゃないから、他の二組のバディにも、指導を行うそうだ。


 ★ ★ ★


 竹美とりんごちゃんが林を抜け出すと、見覚えがない学制服を身に着けた二人組が立ち尽くし、ヒソヒソ耳打ちし合っていた。二人とも赤茶色の髪をした少女だった。竹美同様に玩具の空気銃を担ぎ、じっと竹美を見つめている。その顔は見分けがつかない程にそっくりで、体型も、ほぼ同じだった。

 双子なのだろうか?

 竹美は朧げに感じて口を開く。


「えっと、貴女たちは?」


 その問いに、双子が同時に、ふっと鼻でわらう。


「訊かなくても分かるでしょ? 邪魔やから早くどいてくれる? うちらも練習するんやから」


 双子の一人が言い、ライフルの筒をポン、と叩く。竹美は少しムッとした表情を浮かべるが、無言で道を開け、双子を通してやる。


「あんたも練習頑張ったみたいやけど、うちらに勝てると思わんといてな。無能力者さん」


 言い残し、双子は林へと分け入ってゆく。その背中を見つめる竹美の傍らに、りんごちゃんが肩を並べる。


「な、なんなの。なんなのよ、あいつら!」


 悔しさを露わにする竹美に、りんごちゃんが優し気な眼を向ける。


「明日、バディ戦をやる人たちですね。勝てれば良いのですが」

「うん。絶対に勝とうね。でも、無能力者って、どういう意味なんだろう」

「もしかして、山本さんから聞いていないんですか?」


 と、りんごちゃんの顔に驚きが浮かぶ。


「え? なんの話?」


 竹美が問うと、りんごちゃんは暫し、逡巡してから口を開く。


「その、ここに集められた学生は、皆、何か特別な力があるんです。竹美さんにも凄い身体能力がありますよね?」

「……言われてみたら。でも、私の場合は超能力というより、バカ力かも」

「私たちの背後には様々な勢力の後押しがあって、他の勢力をけん制し合っています。竹美さんの場合は日本国内の保守系の、ある程度まともな人たちの後押しがあります。明日のバディ戦は、そういった勢力の代理戦争みたいなものです。あの双子については、まともではない勢力が後押ししているので、何を仕掛けてくるか分かりません。お互いに気を付けましょう」

「え。じゃあ、りんごちゃんも何処かからプッシュされてるの?」

「はい。詳しくは言えませんが」

「そう。じゃあ、りんごちゃんにも何か超能力があるの?」

「……はい」

「どんな?」


 竹美の質問を受けて、りんごちゃんはポケットから小さな水晶を取り出した。その水晶は、所謂いわゆる、ダウジングに使う道具だった。


「それって、ダウジングに使う水晶だよね。りんごちゃんは、占いみたいなことが出来るの?」

「見ての通りです。戦いに向く能力ではありません。それに、多少、超能力なり霊能力があったとしても、異世界帰りの人たちには到底敵いません」


 りんごちゃんの言葉を受けて、竹美に、数か月前の記憶が蘇る。

 竹美は数か月前、明智あけちひかりという異世界帰りの少女から命を救われた。光は、水の剣の一撃でドラゴンを倒し、巨大な蜘蛛を容易く両断していた。光が親しそうにしていた金髪の少女もまた、魔法で、瀕死の重傷を負った人をあっという間に癒してしまった。あの時目にした全てが、竹美の想像を絶する凄まじい能力だった。オカルト雑誌で見かける類の超能力とは比較にもならない。

 仮に、スプーンを曲げるぐらいの念動力とか霊能力を使える者がいたとしても、異世界帰りの圧倒的な異能を前にしたら、無能同然だろう。異世界帰りは歴史上前例がない、特別な人たちなのだ。


「そう。でも、どうせなら私も超能力とか霊能力みたいなのが良かった」


 なんて、竹美は愚痴る。りんごちゃんは苦笑いを返しながら、そっと竹美の肩に触れた。


「じゃあ、せめて幸運のおまじないでもかけてみましょうか? ちちんぷいぷい、いと高きところにおわす我がラボニ、どうか迷える友人を見守って、幸運をお授け下さい」


 りんごちゃんの冗談はあまりにも平和な感じがして、竹美は思わず、ぷっ。と噴き出して笑い出す。りんごちゃんも、釣られてクスクス笑い出した。


 ★ ★ ★


 竹美はりんごちゃんと夕食を共にして、自室へと戻った。

 シャワーを浴び、ベッドに腰を下ろしてやっと一息吐く。まだ、外から銃声が聞こえている。正規の自衛官が、夜戦の訓練をしているらしい。

 竹美は、小さな手鏡を取り出して、まじまじと顔を眺めてみた。また瞳の色が変化している。彩光が微かに金色を宿し、少し印象が変わった気がする。

 変化は、一週間程前から現れ始めた。まず、視力が格段に良くなった。一キロ程も離れた道路標識の文字が、難なく読めるのだ。続いて嗅覚が鋭くなり、肌感覚の感度も上がった。気が付いたら足も速くなっていた。そして昨日の朝、いつも通り採血を受けたら、注射器の針が腕に刺さらなかった。医師は針を変え、注射する個所を変え、何度も採血を試みた。しかし、結局は注射器の針が折れるだけだった。

 竹美は、悲壮な面持ちで溜息を吐く。

 不安が胸を満たしてゆく。変化は、外見にまでも起こってしまっている。こんな私を見て、もしも幸人から嫌われたらどうしよう。

 落ち込んでいると、部屋のドアがノックされた。


「や。竹美ちゃん。ちょっとお喋りしてみない?」


 訪ねて来たのは山本陸尉だった。山本陸尉は何故か、ノート型のコンピュータを抱えている。


「なんだ。山本さんですか」

「あれ。なんだかご機嫌斜めだね。出直そうか?」

「そうして下さい。今ちょっと、話す気になれなくて」

「そうか。せっかく、カウンセラーシティで行われたチーム対抗戦、録画しといてあげたのに。真田さなだ幸人ゆきと君だっけ? 大活躍だったのになぁ」


 なんて、意地悪な笑みを浮かべながら山本陸尉は背を向ける。その肩を、竹美がしかと掴む。


「なんですかそれ。聞いてないんですけど!」

「まあ、外部の情報は入れないようにしといたからね。じゃあ、また今度」

「ちょ、意地悪言わないで下さいよ」


 と、竹美は山本陸尉の袖を引っ張った。


 ★


 一時間後。竹美は目を血走らせながら、コンピュータの画面を食い入るように見つめていた。


「な、なんなの、この織田って人。嫌い! 幸人に何してくれてるのおおおっ!」


 竹美は必死に声援を送っている。モニターには、チーム対抗戦の決勝戦の様子が映し出されていた。織田おだ信秋のぶあきが幸人に馬乗りになり、ボッコボコに殴りつけている。一応、試合に出ている者の身体がアバターだと説明を受けてはいるのだが、幸人が攻撃を受けて吹き飛ばされたり腕を切り落とされる度に、竹美は悲鳴を上げ、涙を滲ませていた。

 竹美の様子があまりにも真剣なので、山本陸尉は声もかけられずにいた。

 やがて試合が終わり、チーム明智が優勝する。モニターでは、舞台の上で飛び跳ねる光たちの姿が映っていた。


「凄い凄い! やっぱり、光ちゃんは凄いよ。幸人も、信じられないぐらい強くなってる!」


 竹美は喜びを露に飛び跳ねて、山本陸尉とハイタッチを交わす。すっかり機嫌が良くなっていた。

 やがて、山本陸尉は静かにコンピュータを閉じる。竹美は山本陸尉の差し入れのクッキーを齧りながら、山本の言葉を待っていた。


「で、本題なんだけど」

「はい。多分、私の身体のことですね?」

「ああ。君の変化については、科学的視点からだけでは分からないことが多すぎる。で、困り果てた我々は、いくつかの秘教結社とか宗教団体とか、霊能力者によって構成されるシンクタンクから意見を聴くことにしたんだ」

「はあ。シンクタンク、ですか?」

「ああ。連中の団体名については言ってはいけなくてね。連中は、竹美ちゃんの変化の原因についてもある程度は察しは付いているらしいんだが……俺には教えてくれない。だから明日の昼、君が直接出向いて話を聞いてくるといい」

「私一人で、ですか?」

「勿論、途中までは送るよ。でも、連中に接触するのは君だけだ。連中、かなりのお偉いさんらしくてね、俺はお目通りが叶わなかったんだよ」

「はあ」

「そういう訳だから、準備はしておいて。明日のバディ戦は、君がここに戻ってから始めることにする」

「……解りました」


 竹美は答えて黙り込む。

 薄い不安が胸を覆っていた。


 ★ ★ ★


 翌朝、竹美はいつも通り起床して、すぐに身体検査を受けた。

 また、不可解なことが起こっていた。


「あれ。針が刺さる」


 女医が、ダメで元々といった調子で竹美の採血を行ったのだが、すんなりと注射針が刺さったのである。竹美も、再びの変化に戸惑いを露にする。

 その後、竹美はいつも通り走り込みや身体能力の計測を行ったのたが、前日までの超人的な運動能力は失われており、常人とそう変わらない記録しか出せなくなっていた。どんなに息を切らしても、どんなに汗を掻いても……。辛うじて、嗅覚と視覚が鋭いまま残ってはいるが、それ以外は平均的な女子高校生と大差のない結果だった。

 当然、竹美は焦りまくっていた。

 ──不味い。だいぶ不味い。今日はもう、バディ戦が行われる日なのに。殆ど無能力者の私が勝ち抜けるのかな? 突然、能力が失われた理由も分からないのに。


「山本さんが言っていた人たちに会ってみるしかない、のかな」


 結論して、竹美は洗面所の鏡を覗き込む。能力の殆どが消えているにも関わらず、瞳の金色は鮮やかさを増していた。


 ★ ★ ★


 竹美は朝食と訓練を済ませ、山本二等陸尉の自動車に乗り込んだ。そして走ること三〇分。連れて来られた場所は、とある住宅街の入り口だった。


「この坂道を真っすぐ上がって行けば、正面に、三本足のからすの家紋が付いた建物がある。一目で分かると思うから、ピンポンしてごらん。後は竹美ちゃん次第だ。健闘を祈る」

「そんな。無責任な」

「いっとくけど、俺だってかなりヤバい橋を渡ってるからね。本来なら俺のような木っ端役人が立ち入れない領域の問題なんだよ?」


 と、山本陸尉が竹美を送り出す。

 竹美は自動車を降りて、坂道をとぼとぼと歩き出す。長い長い上り坂だった。数分歩いて振り返ると、まだ、遠くに山本陸尉の自動車が停車している。

 やがて竹美は息を切らし、汗を掻き始めた。普通の女子高校生に戻ってしまった竹美には、少々きつい道のりだ。目当ての建物も見えてこない。不安がじわりと胸に満ちてくる。それでも、竹美は歩みを止めなかった。竹美が歩いている道は、単に秘教結社やらの隠れ家に続く道、という訳じゃない。

 この道は、幸人へと繋がる道なんだ!

 弱気を振り切って顔を上げる。すると遠く、坂道の先から一台の自転車がこちらへと下って来た。自転車には、中学生ぐらいのとても可愛らしい女の子が跨っていた。


「赤。白。緑。黄色。青! あはははは! 茶色。黒。白。灰色。紫!」


 自転車の女の子は、何故か笑いながら、あちこちに指を差しまくっている。

 少し奇妙な光景を目にして、竹美は思わず足を止める。自転車の女の子も、やがて竹美に気が付いた。


「美人!」


 と、自転車の女の子が竹美に指を差す。竹美は少し驚いて呼吸を止める。それに構わずに、自転車の女の子は竹美とすれ違って坂道を下っていった。

 見送る背中が、どんどん小さくなってゆく。竹美は何故か、自転車の女の子と、以前何処かで出会ったことがあるような、そんな気がしていた。


「美人だって。えへへ。美人……かあ」


 竹美は一人呟いて、再び坂道を進み始める。その視線の先に、古い鳥居が飛び込んで来た。



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