閉鎖スーパー、「ダイドー」

格沢 糸

第0話 プロローグ 【国府の仕事】

「どうぞ!」


 国府くにふ たくみは、目の前を通る老夫婦にポケットティッシュを渡そうとするも素通りされた。

(まぁ、いつものことだ。無視されて当たり前だ)


 客の思考はきっとこうだ。

(何か売られるんじゃないか)

(興味がない)

(聞いてもわからん)


 断る理由は多種多様だ。


 国府は、今日「ハンエイスーパー」という地元北海道にある幌平町の中小規模スーパー内で、SoCoモバイルのPRイベントにモバイルアドバイザーとして参加していた。

 SoCoモバイルショップ宮神みやがみ店主催のイベントだった。


 ショップスタッフは以下3人。


 副店長の棚橋たなはし 雄太ゆうた

 チーフの宗宮そうみや 歩美あゆみ

 ベテランスタッフの海藤かいどう 広大こうだいだ。


 いつも一緒に入るメンバーである。


 因みに、SoCoモバイルのキャッチコピーはこれだ。


【あなたの隣に便利と繋がりを! ほら! ソコ! モバイル!】


 イメージキャラクターはあの超人気声優、水樹みずき 星名せいなちゃんだ。


 ステージで

 『ソコ! ソコ! ソコ! 私とあなたは繋がってる〜♫』

 と盛大に歌っていて、アニオタ層からもユーザーとして絶大な支持を得ている。


 国府の業務のひとつとして、主にショップスタッフと一緒にイベント会場で、他社携帯企業(=以下キャリア)の利用客にSoCoモバイルの魅力と料金の安さやお得さを伝え、乗り換えさせるためのサポートをするのが仕事だ。



 現代、スマホ戦争が起こっていると言っても過言ではない。


 国も『もっとスマホの料金を安くするべきだ』と議論をしているくらいだし、各企業も『まだまだスマホの料金が高すぎる!』とCMを打ってるくらいで、実際に料金が高くて損をしている人は多いのが現状だ。


 国府はそれをしっかり客に伝えて、ブースに誘導・着座してもらい、見積もりを作りながらよりさを視覚化させる。

 納得してくれた客は、その場で乗り換えの手続きに移行し、初めてショップの売り上げに貢献できたことになる。


 その背景としては、今の世の中顧客のショップ離れが起こっている。

 わざわざショップに行かなくてもオンラインで安く携帯も買えるし、SIMカードだって手に入る。

 自分でなんでもできる若者は、故障やトラブル以外ではショップに足を運ばなくなってきている時代なのだ。


 ショップで待っていても客足は少ない。

 外に出て携帯のPRイベントを打たないと、ショップの売上は上がらず頭打ちになり、恐らく閉業に追い込まれるショップも出てくるだろう。

 そうなると、ショップスタッフは慣れない別店舗に飛ばされるか、または退職するかという選択肢を迫られる羽目になる。


 なぜならショップは、お上(大元や本部)から営業成績基準なるものが毎月送られてくるのだが、その基準に満たない赤字店舗は閉業命令が下る可能性が高くなる。

 現に売れない赤字店舗は容赦なく閉店に追い込まれている。

 その基準とは、

 《今月の乗り換えの目標は〇件です。スマホ総販売件数◯台、生活関連商材契約件数〇件、水樹 星名ちゃんネル登録件数○件は売りなさい》

 というものだ。


 その基準の中で、店舗に対する評価の割合がいちばん大きいのは「他社キャリアからの乗り換え」(ポートイン)の項目だ。

 SoCoモバイルだけではなく、どのキャリアもその評価の割合は大きいので、ショップスタッフ達は乗り換え提案に躍起になっている。


 たまに客から「SoCoモバイルに乗り換えたいんですけどー」と問い合わせがあるが、それが成約になっても営業成績基準クリア件数には全然とどかない。


 だからこそ、イベントを開催しティッシュやガラポンで客を捕まえて、

「どうぞ!」

 という声かけから、

「今携帯はどちらをお使いですか?」

「料金って毎月どのくらい掛かってますか?」

「ご家族でSoCoモバイルを使ってる方とかいますか?」

「インターネット回線はどちらお使いですか?」

 と話を膨らましていき、SoCoモバイルへ乗り換えていただくためのメリットを伝えながら訴求や提案をするのだ。


 つまり携帯ショップのイベントは、どのキャリアもショップの営業を継続させるためにやっている。

 

 国府はこれまでも普通に仕事をこなし、普通に生活を送り、普通に妻である友里恵と共に過ごすという、なんの変哲もないごく普通の日常を送ってきた。その普通に過ごせるということが当たり前のようにあるし、それを幸せに感じていた。






――――—あんな前代未聞の事件に巻き込まれるまでは‥‥‥‥。






 (どうして‥‥。


 何のためにこんなこと‥‥!? 


 友里恵‥‥、今、何してる?

 心配かけてごめん。

 今すぐ電話したいんだよ‥‥。

 声が聞きたいんだよ‥‥。


 はぁ、友里恵のビーフシチュー、食べたかった。

 俺はもう帰れないかもしれない。

 友里恵‥‥、

 藤原さんに連絡をしてくれたらまだ望みはあるかもしれない。

 覚えているかな。

 俺に何かあったら連絡してくれって言ったことを。



 悪夢だ。ここは地獄の悪夢だ。

 俺は眠ってなんかいない。

 じゃあ本物の地獄か。

 あれは空想上の世界なんじゃないのか!? 

 でも鬼なんかいない。ヤツラは鬼なんかじゃない。

 じゃあ、いったいヤツラはなんなんだ!? 

 何者なんだ!?


 嘘だ。嘘だと言ってくれ。 

 ‥‥‥俺の日常、返せよっ!!)



「おぉい! みんなこっちだ! こっちへ逃げるぞ!!」


「ヤツラが来る! こっちへ向かってる!」


「そっちはダメだ!! いくなぁ!!」


「逃げろぉぉぉぉぉぉ!!」


「きゃあああぁぁぁぁ!!」




第1話へ続く・・・。

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