第28話 殺戮 —サツリク— ⑦

(バックヤード内、従業員更衣室)


 時刻は8時30分を過ぎたところだった。

「なんかやけに静かになったな‥‥‥」


 鮫島だ。鮫島 龍仁は生きていた。


「えぇ確かに。銃声や悲鳴も何も聞こえなくなりましたね。ちょっと表を見てきます」

「わかった。気を付けろよ奥原。あんたらもまだここで静かにしていてくれ」

 鮫島はバックヤード内の従業員用更衣室に、浅川店長含め従業員や少数ではあるが客達をかくまっていた。

 皆震えが止まらないでいる。



 鮫島はダイドーが封鎖された時に、別の出入り口や脱出できるところが無いか探し回ったり、非常口を開けるための非常ボタンを強引に押した後、バックヤード内も隅々まで詮索していた。


 5体のソイツラが現れた時、鮫島はスーパー内にいた。

 ソイツラが見える位置まで移動し観察していた。近づかなかったのは異様な雰囲気を感じ警戒したからだった。


 チャラついた若者が殺され、5体がそれぞれ動き出し殺戮行為を始めたのを見て、ソイツラの動きを一瞬で予測し、周囲の客達に声をかけながらバックヤードへ真っ先にダッシュしていた。

 バックヤードに入り、

 「俺について来てくれ! みんな殺されるぞ!」

 と、繰り返し大声を上げながら走った。

 客や従業員の悲鳴で、鮫島は声すらも掻き消されそうになりながら声を張り続けた。


 復旧作業をするため『システム室』という部屋に浅川がいることを知っていた鮫島は、そのシステム室に入り、自分の行き場に困っていた浅川に「店長! こっちだ! 早く!」と声をかけた。

 浅川も周囲のスタッフに声をかけ、鮫島と共にぞろぞろと避難した。その行きついた避難先が、休憩スペースを通り過ぎた先にある従業員用更衣室(以下:更衣室)だったのだ。


 更衣室はバックヤードの休憩スペースの隣の部屋にある。

 これだけ広いスーパーダイドーだ。かなりの従業員数を考えて造られており、休憩スペースも更衣室も広々として清潔に保たれていた。新築の木材や化学物質が混ざった様な何とも言えないにおいが漂っている。


 更衣室にはふたつの扉がある。

 ひとつは休憩スペースに行くための扉、もうひとつはバックヤードに出てスーパーやホームセンター、各売り場に繋がる道に抜けることができる出口となっている。


 鮫島は5体の動きを鑑みて、ソイツラ全てがここに来るという確率は極めて低いと考えた。

 もし来たとしても1体がいいところだろう。

 ここまで侵入してきたとしてもどちらかの扉から逃げることができるし、従業員一人一人の分のロッカーがずらりと並んでいるため拡散もできると踏んだ。

 さらに、ここまで来るのにも歩行スペースからかなり距離もあるし時間もかかる。だからこそ、鮫島は安全地帯の候補として考えるなら従業員更衣室だと瞬時に考えたのだ。


 現時点で助かったのは浅川店長含め従業員10名、客7名の計17名だ。

 鮫島の声かけに応じなかった人達、あるいは聞いていなかった人達は殺された。突発的かつ不意を突いてきたかのような殺戮だ。

 鮫島の早い判断でさえ、あのパニックの中での人の救助や避難指示は不可能に近かった。それでも鮫島は17人を殺戮から保護していたのだ。


 ―――の協力と共に。



 ――奥原おくはら はじめ——

 34歳、身長は172㎝。薄手の茶色いコートに、中には白いシャツ、下はジーンズを穿いている。細身で、すらっとしたスタイルをしている。

 北海道警察白別中央警察署の警察官である。巡査部長の位で正義感が強く、どんな困難も恐れない勇敢な性格だ。大学時代は弓道部に所属していた事もあり引き締まった身体をしている。弓道部で鍛え上げた自慢の命中率で拳銃の扱いは敏腕である。

 母親が、元新撰組であり明治維新後に警察官として奉職した『斎藤さいとう はじめ』の大ファンであったため、息子にも『はじめ』と名付けた。

 父親を高校1年の時に交通事故で亡くしてから母子家庭で育った奥原は、母親から『警察官になって世のため国のために奉公しなさい、そしてお母さんを安心させて欲しい』と幼い時からそう言われてきたので、今では母親が望んだ警察官として北海道の治安を守っている。

 斎藤 一は警察官時代は警部まで勤め上げたというのを何かの本で知り、奥原自身も警部まで階級を上げることを目指して日々尽力している。



 (1時間ほど前…)

 奥原と鮫島はバックヤードで知り合った。奥原も鮫島と同様にバックヤード内を詮索していた。

 5体の殺戮行為が始まった時、警察の勘というか直感的に体が動きバックヤードに逃げ込んでいた。

 その時、声を張っている鮫島の姿が目に入り「俺も手伝いますよ。鮫島さん」と駆け寄り声をかけ、鮫島と並行しながら走った。奥原はあの緊急措置の時から鮫島の名前を憶えていた。

 鮫島は、なんだこいつは、と八城に初めて会った時と同様の視線を浴びせたが、「俺は警察だ」と言う奥原への信頼度がぐんっと上がり、

「ならお前も手伝え」と言った。

「鮫島さん、どこを目指していますか?」

 奥原は走りながら訊いた。

「更衣室だ。まずは店長を見つける。たぶんシステム室だ」

 鮫島は端的に説明した。

「なるほど。あそこなら」

 奥原は鮫島の考えに気が付いたかのように言った。


「おい! こっちだ! みんなついてきてくれ!」、「こっちです! 早く!」

 鮫島と奥原は声を張ったが、表では客達の悲鳴や物が壊される音、マシンガンの連射音が聞こえる。

 バックヤードにいた従業員たちもパニックでふたりの声は中々届かない。


 システム室から浅川店長と従業員達を引き連れて更衣室に匿まい、奥原は鮫島に言った。

「鮫島さん、皆さんをよろしくお願いします。俺に考えがあるので、ここで待機していてください」

「おい、お前どこにいく気だ。危険だぞ」

「大丈夫ですよ。すぐに戻りますから」

 そう言って奥原は飛び出していった。



 15分後、ガチャッと更衣室の扉が開いた。

 鮫島達は警戒態勢をとっていたが、奥原の顔を見て気を緩めた。

 奥原は、はぁあ、はぁあ、と肩を揺らしながら呼吸をしていた。

「鮫島さんこれを」

 奥原は何かを渡してきた。


「ん?」

 鮫島はまじまじと見つめる。

 それはピンクの迷彩柄のもので、奥原が手に持っているものは黄色の迷彩柄だった。

「トランシーバーか」

「そうです。子供用のおもちゃですけど。浅川さんこれ使わせてもらっていいですよね?」

 奥原は念のため浅川に訊いた。

「え、えぇ。どうぞ、お使いください」

 浅川は、何に使うのだろう、という表情をしていた。


「なるほど。これはいいな。どこにあったんだ?」

 鮫島の口角が上がる。

「ホームセンター内のおもちゃコーナーです。パッケージをあけて、この単3電池を入れてください」

 奥原は電池を1本鮫島に渡した。

 鮫島は裏の説明や注意事項などが記載されている厚紙を、びりびりと破いてパッケージを開封し電池を入れた。


「チャンネルは適当に周波数を2番に合わせましょう」

 そのトランシーバーにはふたつのボタンがついており、左には上の矢印、右には下の矢印が描かれている。そのボタンで簡単にチャンネル調整ができる仕様だ。


 奥原は上の矢印ボタンをぽちぽちっと鮫島に押して見せた。鮫島も同じようにボタンを押して周波数を合わせる。


「あー、あー、テステス。こちら白別中央署の奥原 一。どうぞ」

 奥原はトランシーバーの音声テストを兼ねて、警察手帳を見せながら自己紹介をした。

 浅川達もここに警察官がいることを知り、安堵の表情を浮かべていた。


「なんで俺のはピンクなんだ」

 鮫島はトランシーバーを使って恥ずかしそうに文句を言った。

「かわいいじゃないですかピンク。あ、このストラップも必要であれば付けてくださいね」

 奥原はパッケージに付属していた首掛け様ストラップをトランシーバーに付けながらそう言った。

「ふん、奥原か。覚えとく」

 鮫島は右口角を上げた。この時初めて男の名前を知った。


「よろしくお願いします。じゃあ俺は表の状況を随時状況を報告します。このおもちゃでもある程度の距離間は声は届くはずです。ヤツラがそっちに近づいたりしてもすぐに知らせますから」

「大丈夫なのか?」

「えぇ、俺は警察の人間です。この悲惨な状況を署に報告しないと。これは紛れもない虐殺事件です。この事件の真相を解明してヤツラを逮捕しないといけませんから。このスマホで撮影もしたい」

 奥原は、もはや自分の義務だと言わんばかりにそう言った。


「わかった。俺もこっちの状況を伝える」

「よろしくお願いします」

 そう言って奥原はまた表へ出て行った。


 奥原はバックヤード内の調理室の窓から、山羊が大鎌を振り回して客達を殺しているところ、牛が侵入してきてマシンガンを連射させているところをスマホで撮影した。

 バックヤードへのヤツラの侵入が無いか、ヤツラがこちらに近づいて来ないかを注意深く確認しながら逐一鮫島に報告した。鮫島からも更衣室が無事であることも報告を受けた。


 鮫島と奥原は連携を取り合い更衣室の安全を守った。

 このふたりが居たからこそ一部の従業員や客達は助かったのだった。





 ダイドーが閑静になってから10分以上が経過した。


 5体のソイツラは歩行スペース、スーパー内、2階フロア、フリースペース、国府達のイベントスペース、ホームセンターというダイドー内の売り場のほとんどで殺戮を行い客達を殺害した。

 唯一攻められなかったのはバックヤードだった。

 鮫島のトランシーバーから奥原の声が響いた。浅川達従業員や客達も耳を傾ける。


「こちら奥原。今スーパー内を詮索中。周りから物音ひとつ聞こえない。ヤツラの気配すら感じない。どこかに潜んでいる可能性もあるためこれから2階フロアを見てくる。どうぞ」


「了解した。こちら更衣室も異変無し。どうぞ」

 鮫島の応答だ。


「了解した」

 奥原はそう言って、歩行スペースに出て中央にあるエスカレーターを上がり2階フロアに行った。詮索を開始する。


「こちら奥原。2階フロアも同じ状況。誰もいない。ヤツラの気配も無し。あっ! 100円ショップ内に5名の生存者を発見! みんな負傷している。更衣室に保護します。どうぞ」

 奥原は生存者を発見し鮫島に報告した。

 八城が倒された陳列棚で作った即席の避難場所だった。

 生存者は、『あぁ』とか『うぅ』とは呻き声のような痛々しい声が口から漏れている。

 奥原は、陳列棚で隠れ蓑にするかのように生存者が集められているのを見て不思議に思った。

(誰がこんな隠れ蓑を‥‥?)


「了解。全員保護だ。どうぞ」

「了解。今から戻る。どうぞ」

「了解」

 怪我をした5名の生存者を2階フロアのバックヤードに連れて行き、運搬用エレベーターで1階へ降り、更衣室へ避難させた。


 そして生存者と共に更衣室に戻った奥原は、状況の詳細を全員に説明した。奥原は売り場内を見て不審に感じていたことを鮫島に話した。

「あれだけたくさんの客が殺されたはずなのに死体が無いんです。血痕や血だまりはたくさん残っているのに……」


「死体がないだと?」

 鮫島は耳を疑った。


「‥‥‥はい」

「死体が無いってのは理解が追い付かないが、俺も確認してみる。その前に合流したい奴らがいる。そいつらをまず探す。お前も手伝え」

 鮫島は真顔で言った。


「いいですけど、その合流したい人達もヤツラにやられてる可能性はありますよね」

「確かにそうだな。ただ生き残っている可能性が高い。俺の仲間だ。いいからついて来い」

「わかりました。鮫島さんがそう言うなら!」

「いくぞ」

「はい。浅川さん達はまだここで待機していてください。ここがいちばん安全です。状況がわかり次第お伝えします」

 奥原は言った。

「わかりました。よろしくお願いします」

 浅川は了承した。

 他の生存者もここから出たくない、という気持ちが顔に滲み出ていた。


 ふたりはバックヤードを出て行った。




第29話へ続く・・・。

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