第58話 再会
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国府は目を開けているのか、呼吸しているのか、心臓が動いているのかわからなかった。自分の意識が今どこにあるのだろうか。周囲はなんだか白く明るい光に照らされているようだった。その光はどこか優しさを感じる。なんだか守られているみたいに。そして左手に温もりを感じるのだ。この温もりはなんだ?
そして、誰かの話し声が聞こえているような気がした。耳を澄ましてみても、それが誰のものなのかさっぱりわからなかった。自分の今の意識が現実のものなのか、はたまた夢の中なのか、釈然としない世界にただひとり漂っているような感覚だった。
(う、うぅ‥‥。ここはどこだろう。俺は死んだのか? 生きているのか? ここは黄泉の国へ続く途中世界か? あの悪夢は終わったのか? わからない。何もわからない)
『‥‥‥み! ‥‥‥くみ!』
(ん? やっぱり何か聞こえる‥‥)
『‥‥‥くみ!』
(女性の声だ。俺の名前を呼んでいる、のか?‥‥ 誰だろうか‥‥‥、気のせいか』
—―——『巧っ!!』
「はっ」
国府はぱっと目を開けた。自分の名前を呼ぶ声がはっきりと聞こえたその時、突然タイムワープしたかのように視界がばっと開けた。最初に目に映ったのは白い壁紙の天井だった。少し意識が朦朧としているが、どこかの部屋にいるということだけは理解できた。
「巧!」、「国府さん!」
国府が振り向くと、友里恵と藤原がいた。友里恵は両手でぎゅっと国府の左手を握ているのを見て、あの左手に感じた温もりは友里恵の手の温もりだったのかとすぐにわかった。
「ん、、、え! ゆ、友里恵!? 藤原さん!?」
国府はふたりの姿を目の当たりにして仰天した。
「良かった!! 本当に良かった!!」
友里恵はそう言いながら、握っていた手を解き国府に抱きついた。
「ずっと何かにうなされていたよ」
と藤原は低い声で言った。
「うなされてた‥‥」
「そう。だから必死に声をかけていたんだけどさ、気が付いて本当に良かった」
藤原は安堵の表情を浮かべた。
「こ、ここは?」
国府は友里恵の背中をぽんぽんっと叩きながらそう訊いた。友里恵は顔を国府の胸にうずめて泣きじゃくりながら、言葉にならない言葉で何か喋るのでうまく聞き取れなかった。
「国府さん、ここは白別町にある北悠会病院というところだよ。ずっと気を失っていたんだ」
藤原は友里恵の代わりにそう答えた。
「北悠会‥‥病院?」
「そう。ここは病室だよ」
「もう! 一生目を覚まさなかったどうしようかと思ったぁ!!」
友里恵は抱きしめる腕に力が入る。
「イテテテ」
国府は渋い表情で声が反射的に漏れた。友里恵の腕の力が、国府の右脇腹の傷に堪えた。
「あっ! ごめん巧。肋骨折れてるのに‥‥」
友里恵は国府が傷を負っていることを忘れていた。それだけ国府の意識が回復したことに歓喜したのだ。
「いやいいんだ。ごめん。心配かけて本当にごめん‥‥」
「ううん。いいの。巧が無事ならそれでいいの」
「友里恵‥‥。あっ!」
国府は何かを唐突に思い出したかのように声を上げた。
「どうしたの? 巧」
「鮫島さんは!? 八城さん達は!?」
国府は友里恵の両肩を掴み、急に目を見開きながらそう訊いた。
友里恵は誰の名前なのかさっぱりわからないというような、きょとんとした表情をしていたので、藤原にも顔を向けた。
「え、誰の名前だい? ん、サメジマ‥‥さん??」
藤原は首を傾げながら訊き返した。
「あっそうか‥‥、いや、そうですよね。すみません取り乱してしまって。あの悪夢から僕らを守ってくれた方達の名前です‥‥」
国府は冷静になり俯いた。
「その人達は生存者の中にいるの?」
友里恵は心配そうに訊いた。『悪夢』とは何なのか、物凄く気になったが、順を追って訊いていこうと思った。
「いや、わからないんだ。生きてるのか。あの後どうなったのかも‥‥」
「あの後って、その悪夢の後ってことだよね?」
「友里恵さん、いったん看護師さん呼びましょうか。意識が戻ったことも伝えないと。そこのナースコールで」
藤原は国府が取り乱す可能性もあることを懸念してそう言った。
「あっはい、そうですよね」
友里恵は枕元にあったナースコールを押した。
ポロロロロロロロロン‥‥、ポロロロロロロロロン‥‥、
『はい、どうされましたか?』
看護師の声がスピーカーから聞こえた。
「あのぉ! しゅ、、主人が目を覚ました!」
友里恵はスピーカーに口を近づけ、波打つ心臓が口から飛び出しそうになりながら言った。
『あ! はいっわかりました! 今行きます』
看護師は少し驚きながら返答して切った。
—―—1分後、病室の扉が開き、北出が入ってきた。
「あっ! 北出さん主人が!」
友里恵は早口で言った
「ご主人体調はいかがですか?」
北出は国府の顔色を窺いながら優しく問いかける。
「大丈夫です。右脇腹がまだ痛みますけどね。なんかずっと気を失っていたんですね」
国府は弱った声で答えた。
「肋骨が数本骨折しています。それと頭も強く打っていますので」
北出がそう説明すると、国府は自分の頭をぽんぽんと触った。包帯が巻かれていることにその時に初めて気が付いた。
「あ、あぁ‥‥」
国府はたしかに頭に打撲のような痛みが感じた。羊に脇腹を殴られて吹っ飛ばされたときにテーブルの角に頭をぶつけたんだっけ、と回顧した。
「ずっと閉じ込められていたんですからね。相当なストレスだったんだと思います。これ飲んでください。水分補給も欠かさずに。病院で患者様用に支給しているものです」
北出はそう言ってミネラルウォーターを床頭台に置いた。
「あ、ありがとうございます」
国府はミネラルウォーターのキャップを開けて一気に飲み干した。
「ぷはぁぁぁーっ」
「一気飲み」
藤原は国府の喉をごくごく鳴らして水を飲む姿を見て言葉が漏れた。
「喉、乾いてたのね」
と友里恵も呟くように言った。
「あの! 北出‥‥さん? でしたっけ」
国府は水を一気飲みしたおかげからか、生き返ったかのようなはっきりした顔つきで言った。
「あ、はい。北出です」
「ダイドーの事件に巻き込まれた生存者は、全員この病院に運ばれたんですか?」
「はいそうですよ。生存者はですね————、」
北出は改めて運ばれてきた生存者について詳しく話をしてくれた。国府が目を覚ます前に藤原と友里恵に話した病室のことや重傷患者のことも聞けた。
「じゃあ他の個室の人達は今集中治療室での処置を受けているんですね」
「はい。ただ‥‥」
「?」
「ひとりだけ意識がはっきりしていた高身長の男性がいました。体中に大きな刃物で斬られたような傷があって、胸にも大きな傷があるのに」
「その男性って上半身にタトゥーが入ってませんでした?」
と国府が訊くと、
「そうそう! ちょっと強面な感じの。先生はあのままだと出血多量や感染症の恐れもあるとかで命の危険もあるからって、身元確認よりも先に処置に入ってしまいまして」
「その人、鮫島って人です! 鮫島 龍仁」
「あれ、それさっき言ってた名前だよね? 知り合いかい?」
藤原は訊いた。
「いえ、ダイドーで知り合った方です。ただ鮫島さんがいなかったら恐らく僕ら全員殺されてました。生存者で無傷の人がいたのも鮫島さんが助けてくれたおかげです。鮫島さんだけではありません。重傷者の方みんな、無力な僕らを守ってくれたんです!」
「守ったって‥‥、何から!? 犯人とか!?」
友里恵は国府の目を見ながらそう訊いた。
「いや、そんな次元の話じゃない。ヤツラは化け物だった。そう‥‥化け物」
「化け物!?」
「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ」
国府は呼吸が荒くなった。悲惨なあの光景を思い出したのだ。恐怖心で胸が押しつぶされそうになった。
「国府さん! 大丈夫ですよ。落ち着いてください。今はゆっくり休みましょうね」
北出は国府の背中をさすりながらそう言った。
「巧ごめんね、今は何も考えないでゆっくり休んで」
友里恵はまた手を握った。
「国府さん。今日は俺も奥さんも一緒についてるから」
藤原もそう言った。
「あの、藤原さん‥‥‥」
国府は藤原にそっと顔を向けた。
「ん? どうした」
藤原は国府が目を細めたのを見逃さなかった。
「‥‥‥棚橋さんと、宗宮さんは‥‥亡くなりました」
第59話へ続く・・・。
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