第18話 藤原と松江
ガチャン。
松江は藤原を店内に入れて扉を閉めた。
「藤原さん、棚橋達が戻ってきません。しかも全員電話が通じないんです。いつもなら午後に1回は棚橋か宗宮から連絡がくるのですが、全然こないので電話してみたら誰も繋がらなくて‥‥‥」
松江は不安の表情を浮かべながらそう言った。
「棚橋さん達もですか!? こちらもさきほど国府の奥様からお電話をいただきまして、『夫と電話が通じない』って仰ってたんです」
「え、国府さんも繋がらないんですか!?」
松江は驚きを隠せない様子だった。
「はい。それで私も何度かかけてみたんですが通じませんでした。浅川店長の業務携帯にもかけてみたんですが、同じく繋がりません」
「そうなんですか。そもそも電話が通じないのもおかしいですが、イベントも終わってる時間なのに戻ってこないのもおかしいです。少なくとも何かあれば棚橋からいつも電話があるのにそれすらない。何か変なことに巻き込まれていないか心配です」
松江の表情がさらに曇る。
「ちょうど私は出張の帰りで運転中だったんですが、国府の奥様からお電話いただいてから違和感を感じました。松江さんがまだ店内にいて良かった」
「ずっと待ってましたからね。もしかしたらもう少しで帰ってくるかもしれないと思って。でもそんな気配すらない。藤原さんから話を聞いて確信しました。内のスタッフも国府さんも恐らくは同じ状況で、何かトラブルに巻き込まれた可能性が高いですよね」
「私もどこか胸騒ぎがします。松江さん今から一緒にダイドーに行きませんか?」
藤原も、ただ事ではないな、という考えに変わりそう提案した。
「えぇ、そうしましょう」
松江は、きりっと目に力が入った。
「私の車で行きましょう。ここは1台で行動した方が良いです」
藤原は言った。
「わかりました」
松江はバックヤードの電気を消した。
藤原は車にキーを向けて開錠する。松江はバックヤードの扉を施錠した。
藤原は、どうぞっと助手席のドアあけた。松江は乗り込む。ナビを設定しエンジンをかけ発進させた。
♢
時刻は21時50分を回っていた。
ヘッドライトが暗い夜道を照らす。田舎道ということもあり、車通りは多くはないし人も歩いていない。
たまにシカが急に飛び出してくることもあるので夜道には特に注意して運転しなければならない。
白別町へ行くには、バイパス道路を使って行くのが効率が良いことから、幌平町ではいちばん大きな4車線道路に出た。
少し走ると、『白別町』の方向が書いてある大きな青看板が見えてきた。ナビを頼りに左側のカーブを上がりバイパス道路に乗った。
「今までイベントをやってきてこんなことは一度もなかった‥‥‥」
松江はボソッと呟くようにして言った。
「えぇ、嫌な予感がします」
「藤原さんは今日国府さんと連絡はとりましたか?」
「昼に一度電話しています」
「え! 何か言ってませんでしたか?」
松江は藤原に顔を向けた。
「その時は途中経過の報告でした。午前中の前半戦で乗り換えが3件とダイドーカードを12件の成約が出せたと。ガラポンの抽選数も伸びてブースも盛り上がっているという内容の電話で、国府には特に変わった様子はありませんでした」
「午前中の段階で乗り換え3件にカード12件!?」
「えぇ。ただそれよりも今は皆の安否が心配です。着いたらまず店内を探りつつスタッフにも話を伺いましょう」
「そうですね。ダイドーに着けば何かわかりますよね」
松江は杞憂であることを願うしかなかった。
「きっとそうです。ようやく看板が見えてきました。もう少しです」
≪白別町へようこそ≫の看板が見えた。
看板を通り過ぎて、少し走らせるとバイパス道路を降りる道が左手に見えたので、左ウィンカーを上げて下っていく。そこからダイドーが見える。看板の電気はついているようだ。
♢
藤原はダイドーの東側入口に近いところに車を停めた。
東側入口が国府達のイベントスペースにいちばん近いからだ。
2人は車から降りた。この時点で藤原はダイドーの違和感に気付いた。
「藤原さんこれって‥‥」
松江も首を傾げていた。2人は東側入口の自動ドアに近づいた。
「自動ドアが真っ白ですね」
(なんだ、これは)と、藤原も意味がわからなかった。
「なんか靄がかかったような、昨日はこんなんじゃなかったですよね?」
松江もそう言いながら困惑するしかなかった。
「はい。しかもなんで開かないんだ? まだ22時半なのに。ダイドーの営業時間は23時までのはずなんですが」
藤原は自分の腕時計に目を配りながら言った。
「確かに。これじゃあ中に入れないですし、中の様子も全く見えないですね」
松江は目の前のびくともしない真っ白な自動ドアを掌で触れながら眉間に皺を寄せる。
「松江さん、この駐車場なんか異様な空気漂ってませんか?」
藤原は周囲を見渡しながら言った。「え、」松江もきょろきょろする。
「どうして閉店まであと30分切っているのにこんなに車が停まっているんでしょうか。しかも入ってきた車は引き返していくんです。ほら! あの車も!」
藤原はこの駐車場内で感じる違和感を肌で感じ始めた。
その時、ふたりの目の前を徐行しながら出口へ向かおうとする1台の車を発見した。その車を藤原はダッシュで追いかけた。
「あの! すみません!」
藤原の声で、その車はブレーキランプを光らせた。
その車の運転手は70代くらいの頭の剥げた男で、窓を開けて藤原に目を向けた。
「なんだね?」
と、男は仏頂面で訊いてきた。
「急に申し訳ありません。入口が開かないのですが何か知りませんか? まだ営業時間内のはずなんですが」
藤原は呼吸が乱れながらその男性に問いかけた。
「あぁ? あんたはまだ見てないのかい」
男の仏頂面は崩れ、唖然としたような表情に変わった。
「ん? 何をですか?」
その男の意味不明な言葉に、藤原は狼狽した。
「これこれ」
男はスマホの画面を見せてきた。藤原はまじまじとその画面の内容に目を通した。
そこには、赤い文字でこう書かれていた。
≪本日より、店内メンテナンスのため一時営業停止致します。オープンしたばかりで大変恐縮ではございますが、ダイドーはより一層素晴らしい店内に生まれ変わります。営業再開のご連絡は、この公式ホームページにてお知らせいたします。今しばらくお待ちくださいませ≫
「え、」
藤原は言葉を失った。松江も藤原の後ろからその画面を覗き込んだ。
「さっきこのサイト見たんだよ。ゴルフ仲間がこのことをおせーてくれてよ。ホームページ開いたらこんな風になっとった。あれじゃねーの? 客が多すぎて色々店が回らなくなったんじゃねーのけ? わからんけども。俺は家もすぐそこだからよ、オープンしたばかりでそんなことあるかよって思って見に来ただけなんだぁ。案の定ここに書かれている通りだったよ。だから自動ドアもあぁなってんだろ? なんかブラインドシートみたいなの貼ってるんだろう。ま、気長に待ちましょうや。あんたらもはよ帰んな。風邪ひくど。んじゃあ」
そう言って、男は窓を閉め、駐車場から出て行った。
「藤原さん、一体‥‥」
松江はダイドーのホームページを検索し開きながら見せた。
「おかしい‥‥、そんなのありえない‥‥‥」
松江のスマホにも、さきほどの男と全く同じ内容のホームページが表示されており、藤原はそれを凝視しながら呟いた。
「えぇ‥‥」
「もしそんなことになっているのなら、浅川店長か神矢部長から直接連絡がくるはず。でもそんな連絡は一切来ていないです。意味がわかりません」
藤原はスマホのメール等の履歴を確認しながらそう言った。
「しかもこのサイトもなんか大雑把過ぎませんか? 公式ホームページなのに赤い文字でこんな文章を表示させているだけなんて。不気味です」
松江も違和感を感じざるを得なかった。
「えぇ、仮に営業が終わっているのならこんなに客の車が停まっているのもおかしい。自転車も結構停まってますし。裏の従業員入り口に行ってみましょう。従業員用駐車場に宮神店の社用車があれば間違いなく国府や棚橋さん達が中にいるということになります」
「えぇ、それ以外考えられませんね」
「裏まで回るのに若干距離がありますから車で行きましょう」
藤原はポケットから車のキーを取り出した。
「そうですね」
藤原は車のキーを開け、ふたりは車に乗り込み発進させた。
ぐるっとダイドーの敷地を半周し従業員用駐車場に入った。この従業員用駐車場もかなり広い。それだけ多くの従業員が活用するのだろう。
徐行しながら周囲を窺った。
この従業員用駐車場も不穏な空気が漂っていた。かなりの数の車が駐車されている。閉店に近い時間帯なのに。もっと言うと何か静か過ぎるのだ。
藤原はまず、昨日入館した従業員用入口のところに車を停めた。
降りてからその従業員用入口の扉をガチャガチャと開けようと試みたが、鍵がかかっていて開かない。
(ダメかっ)
扉の隣にチャイムがあったので押してみても、なんの音沙汰も無い。
また、別の車の中には人影が見えた。50代くらいの女性だ。
その人に話を訊こうと近寄り、コンコンと窓ガラスをノックをした。
すると窓を開けてくれた。
「誰か待ってるんですか?」
藤原は問いかけた。
「待ってるもなにも22時にうちの息子がバイト終わるから迎えに来たんですよ。あの子ったら電話しても全く繋がらないんですよ。残業なら残業って連絡のひとつくらいくれればいいのに、まったくいつまで待たせるんだか、あなたなんか知らない?」
「あ、そうでしたか。わかりませんね。失礼しました」
そう言って藤原は余計なことは話さなかった。
ここで『私もなんですよ』と話をすれば、この女性から色々質問攻めに合い、自分達本来の行動を阻止され兼ねない。共感したい気持ちを抑え車に戻り発進させた。
「あの女性なんか言ってましたか?」
「ここでバイトしてる息子を迎えに来たんですって。ただ、息子と全く連絡が取れないって」
「え、それって・・・」
「私達と全く一緒です」
そしてふたりはとうとう、異常な事態だ、ということを決定づけるものを見つけた。
「藤原さん、あれっ! あのハイエース! 内の社用車です」
松江は指をさしながら言った。
「まさかっ」
藤原は目を丸くしながら車を停めた。サイドブレーキを引き、車から降りて白いハイエースに近づいた。
「間違いないですね。助手席のドリンクホルダーに宗宮がいつも飲んでるグレープフルーツティーのボトルがありますし、後部座席に海藤が身に付けていたパーカーもあります」
松江も降りてスマホの懐中電灯機能をオンにして中を照らし、その社用車が間違いなく自分のショップの車だということを確認した。
「なるほど。これで判明しました。恐らくみんなこの建物内にいます」
藤原は今まで困惑したような表情が溢れていたが、核心を突いたかのように表情を一変させた。
「このダイドー内にいるとしても何をやってるんですかね。そもそも連絡が取れないですし、もう色々わけがわかりません」
「松江さん、もうひとつ確かめたいことがありますので移動しましょう」
「え、あ、はい」
ふたりは車に戻り発進し、従業員用駐車場エリアから出た。
「どこへ行くんですか?」
「もう一度東側自動ドアの所へ戻ります。もしかしたらあのガラス張りのところから中を覗けるかもしれません」
藤原はアクセルを踏み少しスピードを上げ、最初に停めたところまで戻った。
「たしかに! あそこはちょうどイベントスペースの広場ですからね」
♢
時刻は23時になろうとしていた。
藤原は、最初に停車させた東側入口の自動ドア付近の駐車スペースに車を停めた。
ふたりは車から降り、ガラスブロックで施工された壁のところまで来た。
目玉が壁の表面に付くんじゃないかというくらいに顔を近づけながら、中を覗き込んだ。
しかし、素材が分厚く店内がぼやけて見える。ただ、あの自動ドアよりはマシだ、と藤原は思った。
ぼやけてはいるが薄っすらと人影が見える。恐らく4人分だ。
その人影らしきものは、ゆらゆらと動いているように見える。その中のひとつの影がすぅっと伸びた。誰かが立ち上がったのだ。
その伸びた影は動き出し、どこかへ消えていった。店内は明かりが灯っているのもわかった。
「松江さん、あの4つの影見えましたか?」
「はい、わかりました。ぼやけてはいましたが恐らく棚橋達と国府さんですよね」
「えぇ。間違いないと思います」
藤原はそう言って、そのガラス壁を拳でどんどんどんっと叩いた。俺はここにいるぞ、と知らせようとした。
しかし、そのガラスの厚みで全く音や振動が響かない。鈍い振動だけが拳に跳ね返ってきて少し手が痺れた。これじゃあ気付かれない。ふたりは壁から顔を離す。
松江も藤原に続いて、どんどんどんっと何度も叩いた。
「ダメですね」
「えぇ。全然気づいてくれませんね」
「そもそも棚橋達は何をやっているんですかね。早く出てくれば良いのに」
松江はイラつきを見せる。
「松江さん、もしかしたら出てこないんじゃなくて、出てこられないのかもしれません」
藤原はガラス壁から少し離れて、右手を顎の下に添えながら言った。
「え!?」
「わかりませんが、今はそう仮定するしかないです。何か良くないことが起こっているという考えにシフトした方が良いかもです。連絡に関しても、スマホが使えない何か別の理由があるんじゃないでしょうか? じゃないと彼らから連絡がこない、電話も通じないという説明がつきません」
「え、えぇ、確かに」
「もっというと、これは本当に私の勝手な憶測ですが」
「‥‥‥」
松江は唾をごくりと飲み込んだ。
「皆この建物内に閉じ込められてる‥‥‥」
「そ、そんな!? ダイドーに!?」
松江は目を見開くようにして藤原を見た。
「はい。そして、通信機器は何かの原因で全て遮断された」
藤原は目を細める。
「そんなことって‥‥‥」
「今はそう考えるのが妥当かと思います。と言っても正直まだ全然わかりませんが、急な一時営業停止も謎です。あれも余計な人間をこの建物に近づかせないためのトリックかもしれません。あんなホームページを見たら誰でも『今日はやってないんだ』って思ってしまいますよ」
「そうですよね。でももし藤原さんの話が本当なら大変なことですよ」
「えぇ。このままずっと国府や棚橋さんと連絡が取れないのもまずい。なんとかあのガラス張りの傍まで誰か来てくれれば何かコンタクトや文字とかで状況を伝え合える可能性はありますが」
「どうしたら‥‥、警察に相談した方が良いですよね」
「そうかもしれません。とりあえずもう23時過ぎましたし、明日私も動きます。松江さんにも随時連絡しますので、今日は一旦帰りましょう。全ては明日です」
「そ、そうですね。わかりました」
松江は不安一色の顔色でしぶしぶ納得した。今はどうしようもないと思ったのだ。
ふたりは車に乗り込み帰路についた。
第19話へ続く・・・。
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