第19話 藤原からの夜中の電話

 23時45分が過ぎたところだった。


 友里恵は居間の壁掛け時計に目をやる。

 相変わらず国府からの連絡はない。繋がらない電話。もう居ても立ってもいられない心境だった。

 ソファに座りながら、ひたすら藤原からの連絡を待っていた。

 いつもなら、国府とテレビを見ながら夕食を食べ、『うまい!!』と喜ぶ顔、『今日はこんな事があってさー』、『次の休みは〇〇に行こうか!』、『買い物行きたいからついてきてよー』、『このモデルさんあんな細いのになんでラーメン30杯も食べれるんだ? 体のどこに入ってるんだろうね?』と、ごく普通の会話をして笑い合ってるはずだ。

 風呂からあがった国府が好物のサラミをつまみながらビールを飲む姿を眺め、たまにつまみを作って一緒に晩酌したり、ふたりでソファに座って深夜番組を見たり、ネットフリックスでドラマや映画を見たりして、なんの変哲もない夫婦生活を過ごしているはずだ。

 なのに、今日はそれが無い。


 友里恵は、いつもならもうすでに寝る準備を終えてベッドに入っている時間だ。隣に国府もいるはずなのに。

 しかし、国府のことが心配でそんな余裕は無い。

 頭の中が良くないことの想像や妄想で埋め尽くされていく。胸がぎゅーっと握りつぶされるような感覚が襲ってくる。

 今は藤原からの連絡を待つしかなかった。


 その時、友里恵のスマホの着信音が鳴った。

 心臓が飛び出しそうになった。

 スマホの画面を覗き込む。


 その画面には、『藤原さん 巧の上司』


 『ふぅ~』と深呼吸をしてから、電話に出た。


「はい、国府です」

 消えてしまいそうな細い声で電話に出る。


「友里恵さん、夜分遅くにすみません。お休みでしたよね?」

「あ、いえ。起きてました。夫が心配でどうしても眠れなくて」

「ですよね。連絡が遅くなってしまい申し訳ないです」

「いえいえ、連絡いただけると信じてましたから。それで‥‥夫のこと何かわかりましたか?」

「はい。色々わかったことがあります。今から話すことは冷静になって聞いていたただきたい」

 友里恵は藤原の慎重な話し方に心拍数が上がる。


「え‥‥‥はい」


「まず、今日国府さんはあのグランドオープンしたスーパーダイドーで、SoCoモバイル宮神店主催のイベントだったってことは大丈夫ですよね?」


「えぇ。いつもお世話になっているショップだと夫から聞いてます」


「国府さんはその宮神店の副店長とチーフ、あとベテランスタッフの3名と一緒にダイドーのイベントに入っておりました」


「はい」


「結論から言います。現在その3名のスタッフとも音信不通です」

 藤原の声が少し震えたように聞こえた。


「えっ、どういうことですか!?」

 友里恵は声を荒げた。


「私は友里恵さんとお電話した後、宮神店に行ってきました。21時を過ぎていたにも関わらず、電気がついていたのでお店のインターホンを鳴らしました。そしたら、店長が出てきて中に入れてもらい、その3人と音信不通だという話を聞きました」


「一切連絡も無いのですか?」


「はい。いつもなら副店長から午後にイベントの進捗状況などの報告電話が1回は絶対あるとのことです。万が一何かトラブルがあったとしても必ず連絡や報告があると。ただ、それが一切無いってのいうのはおかしいと仰ってました」


「え‥‥、じゃあ夫と全く同じ状況だってことですか?」


「はい。その通りです。国府さんとも連絡が繋がらないことを話すと驚いておりました。そこで店長と話し合いさきほど一緒にダイドーに行ってきました」


「行って来たんですか!? 私、もう心配でダイドーに今から行こうとも思ってたところだったんです。何か手掛かりがあるんじゃないかって」


「そうだったんですか!? 行くのは危険です!」

 藤原は焦った感じでそう言った。友里恵が家を飛び出す前に連絡して良かった、とも思った。


「え、危険ってなぜですか? 何か手掛かりはあったんですか?」

 友里恵は早口になる。


「えぇありました。友里恵さんはそもそもダイドーにオープンしてから行きましたか?」


「あ、いえ、行ってはいないですがテレビの特集で見ていました」


「なるほど。ではだいたい建物の大きさや雰囲気はわかりますね?」


「はい、わかります」


「友里恵さん、まず、電話繋いだままでいいので、スマホでスーパーダイドーのホームページを見てみてください。『スーパーダイドー 公式』って検索かけていちばん上に出てくるやつです」


「あ、はい。わかりました。少々お待ちください‥‥‥」

 そう言って友里恵はスマホを耳から離し、ネットでホームページを検索して中身を開いた。

 それを見て友里恵は鳥肌が立った。

「なんですか‥‥‥これ」


「はい。私も見た時目を疑いました。なぜか営業が一時停止になってるんです」


「赤い文字で表示されているのも気味が悪い」


「えぇ不気味ですよね。駐車場に車を停めた時すでに異様な空気を感じました。その時の時刻は22時半くらいでした。閉店まであと30分なのに、客の車がかなり停まっていたということ、また、入ってきた車がすぐに引き返して帰っていくんです。その帰ろうとする車を追いかけて、事情を聞いたらそのサイトのことを教えてくれました。その運転手は『営業していないことを確認しに来た』と仰ってました。そして、メインの出入り口の自動ドアが2つありますが、真っ白でドアも開かない状態なんです。だから中に入ることも、中の様子を見ることすらできませんでした」


「自動ドアが真っ白?」


「はい。なんか靄がかかっているような感じでした。そして異常な事態を確信せざるを得ないことがありました」


「えっ」

 友里恵は言葉につまる。


「ダイドーの裏側には従業員用駐車場と出入り口があるんですが、出入り口は開きませんでしたし、チャイムを鳴らしても反応は無し。さらにその駐車場に宮神店の社用車が停まっておりました。恐らく国府さん含めスタッフ全員店内にいるということです」


「ちょっと待ってください。どうしてこんな時間まで中にいるんですか? まさか、まだ手続きしてるとか!?」


「いえ、SoCoモバイルのシステムでは、セキュリティ上21時以降の手続きできないようになってます」


「え、全く意味がわかりません。じゃあ、早く切り上げて帰ってくればいいのにどうして」

 友里恵は混乱した。藤原の言うことが全く理解できなかった。


「単刀直入に申し上げます。まだ現段階では仮定の話ですが、国府さんも宮神店のスタッフも、その他の客達も皆ダイドー内に閉じ込められている可能性があります」


「え、閉じ込められてる!?」


「何かしらトラブルに巻き込まれた可能性が高いということです。東側出入り口の方にあるガラス張りの壁の部分から中を覗いてみたんです。ガラスがブロック素材でぼやけてはっきりと見えませんでした。ただ、そのガラス張りのスペースは店内ではちょっとした広場の様になっていまして、そこで国府さん達はイベントブースを出しておりました。覗いた時に4人分の黒っぽい影が見えました。つまり、その影は国府さんとスタッフ3人であると思います。テーブルを出して4人で座りながら固まっていたんでしょう」


「えっ」


「そして、通信機器の電波は遮断されているとも仮定します」


「確かに、そう説明されると辻褄が合う気はします‥‥」

 友里恵は少しづつではあるが状況を理解しようとした。

 驚いてばかりはいられない、現実と向き合わなければ、と思った。


「もし店内に閉じ込められて外に出ることができない、通信手段も遮断されて外部との連絡を絶たれているということであれば、わからないのは原因です。どうしてそうなったのか‥‥‥」


「もし藤原さんのその仮定が事実なら、今頃夫は私に連絡できないことへの不安や焦りを感じているに違いありません。スタッフさん達も家族が心配していますね」


「えぇそうですね。従業員用駐車場で、息子を迎えに来ていた女性にも会いました。22時になっても出てこないから電話しても、その息子さんと電話が繋がらないと言っていました。だからそう仮定付けるしかないと」


「だから夫は帰って来ないし、電話も繋がらない‥‥、そういうことなんですね。なら、今日は夫は帰って来ない、いや、帰って来れない‥‥‥」


「そう思っておいた方がいいかと。友里恵さん以外にも家族と連絡が取れず、帰って来ないと不安に思っている人達がたくさんいるでしょう。恐らく警察に相談して捜索願を出す人も出てくると思います」


「そうですよね。なら私も警察に連絡して、今からやっぱりダイドーに行ってこの目で確認してきます」

 友里恵の声のトーンが一気に上がる。


「ちょっと待ってください! あくまでもまだ仮定の話です。決まったわけではありません。友里恵さんの気持ちはすごくわかります。ただ、今は時間も時間です。白別町までかなり距離もありますし危険です。今友里恵さんがダイドーに行っても恐らく何もできることは何もありません」

 藤原は友里恵の身の安全を考慮した。

 藤原自身ダイドーに行った時、できることは全て確認してきたつもりだ。その事もあり、友里恵が今からひとりで行っても何もできないということは明白だった。あのダイドーの雰囲気は明らかに異様だったのだから。


「で、でも、私だって夫が」

 友里恵は涙ぐむ。目頭が徐々に熱くなるのを感じた。

「1日だけ私に時間をください」

 友里恵の言葉を遮るようにしてそう言った。

「えっ」

「1日だけでいいです。明日、私はこの件に関して動きます。一旦私に国府さんのことを託して欲しい」


「‥‥‥」

 友里恵は黙り込む。


「友里恵さんの今の心境はすごくわかります。ただ、今からひとりで行動して友里恵さんの身に何かあったら、いちばん悲しむのは夫である国府さんじゃありませんか?」


「あ‥‥‥、えぇそうですよね」

 友里恵は、はっと我に返るようにそう呟いた。


「私の仮定が事実かどうか明日答えを出します。もし事実ならやるべきことが出てきます。国府さんは私の大事な部下です。このままほっとけないのは私も同じです」


「わかりました。藤原さんを信じます。夫を助けてください」

 友里恵の目から涙が一粒ぽろりと頬を伝った。

 今すぐにでも家を飛び出したい気持ちだったが、藤原の説得がストッパーになった。

 友里恵の心にいちばん響いたのは、『何かあったらいちばん悲しむのは夫だ』という台詞だった。


「任せてください。明日また連絡します。友里恵さんも不安と緊張で精神的にもお疲れでしょう。とりあえずもうゆっくり休んでください。今日は眠ってしまった方がいい」

 藤原は穏やかな声でそう言った。

 友里恵が今から家を飛び出してダイドーに向かいそうになったのは、一瞬冷やっとしたが、冷静に説明をして友里恵のことも落ち着かせた。


 友里恵は壁掛け時計に目をやると、時刻は0時30分になろうとしていた。

「はい。そうですよね。そうします」

「また明日ご連絡します」

「色々ありがとうございました。よろしくお願いします」

「えぇ、ではまた」

 藤原との電話が切れた。


 友里恵の不安や心配は消え去ったわけではないが、何も知らないで国府を待ち続けるよりは気持ちが少しマシになった。

(巧も自分と同じように不安でたまらない状況なんだ)

 そう思った。


 友里恵は藤原を信じ、重たい足取りでベッドに入った。

 スマホの電池をみたら『5%』になっていた。普段あまり長電話をしない友里恵にとって、こんなに話してたんだと思った。

 スマホが少し熱をもっていた。充電器をスマホに差し込み、雷マークがついた。

 (巧がいないとこんなに静かなんだな)

 と感じた。


 友里恵は寝室の電気を消し、目を瞑った。耳鳴りがしているような気がした。




第20話へ続く・・・。

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