第20話 深夜 【前編】

(~1時間45分前~ ダイドー内)


 時刻は22時45分。


 ピーンポーンパーンポーン。アナウンスが流れた。


≪店長の浅川です。今後の動きについて再度周知致します。ただいま毛布の配布を行っております。全員分は用意が難しいので2人から3人で共有をお願いします。さきほどお伝えしました日用品も、ハクチョウドラッグストアから必要な分だけとってご利用ください。随時補充はしていきます。バックヤード含め洗面所等は混雑が予想されますのでスタッフや警備員の指示に従いご利用ください。また、ホームセンター店内にも絨毯や布団、毛布や布団、アルミロールマット、クッション、枕等もございますので必要な方は1組様各ひとつとってご自由にご利用ください。在庫がある限りこちらも補充していきたいと思います。ただこちらも人数分のご用意は難しく数に限りがございます。奪い合い等の争いは避けたいので譲り合いでお願い致します。就寝する方もいらっしゃいます。周囲のお客様へのご配慮をお願い致します。安全のため警備員も常に巡回します。0時過ぎましたら店内の照明を徐々に暗くしていきますが、間接照明や防犯灯はつけたままにしておきます。アナウンスに関しては、今日はこれが最後になります。この度、地震発生からのシステムトラブルによりこのような事態になってしまい大変ご不安、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。ここまで大きなトラブル等も無くご理解、ご協力に感謝してます。まだ復旧の目処が立ったわけではございませんが、スタッフ一同全力でこの事態を改善させる所存であります。ご不明点やご相談があればいつでもスタッフや警備員にお申し付けくださいませ≫


 ピーンポーンパーンポーン……。


 浅川はあえて『地震』という表現を使った。

 国府達と話し合ったことをしっかり遂行し、新たな混乱を招かないようにしている。


 国府は周囲の動きを観察した。

 ドラッグストアに向かう人、スタッフの誘導を受ける人、相談している人、ちょうど国府達のいる広場の前の左にカーブした歩行スペースを通ってホームセンターに向かう人など、今のアナウンスで客達は就寝の準備などをするため動き出し始めた。店内はざわつく。


「あたしらも必要なものとりにいきましょうよー」と宗宮。


「そうだね。ちょっと俺先にトイレいって来るからちょっと待ってて」

 棚橋はすっと立ち上がりイベントスペースを出て行った。


 国府はふとガラスブロックの方に目を向けた時黒い影がふたつ見えた。

 不自然にゆらゆらと動いている。

 ただ、それがぼやけていて何なのかはっきりとはわからなかった。するとその影はすぅっと消えていった。


「どうしました? 国府さん」

 海藤は国府の様子を気にして訊いてきた。

「あ、いや、あのガラス張りの外に影の様なものが見えたので」

 国府は指をさしながらそう言った。

「え? 影?」

 海藤はその方向に目を向けた。

「そんなものはないですけど」

「消えていきました」

 国府は首を傾げながらそう言った。

「えー、気のせいじゃないですか?」

「そうかもしれませんね」

 国府は気に留めるのをやめた。

「もー! 国府さん怖いこと言わないでくださいよー」

 宗宮は困り顔でそう言った。


「そうそう。宗宮はお化けとか幽霊とか苦手だもんな」

 海藤は揶揄うような口調でそう言った。


「べ、別に怖くなんかないもん」


「変なこと言ってすみません。気にしないでください」


「ごめんごめん、お待たせ」

 棚橋が戻ってきた。


「おかえりなさーい。じゃあとりにいきましょー」


「3人にまたお願いしていいかな。俺はいつも通りブースの番人やらなきゃだからさ」


「了解でーす! 棚橋さんの分の歯ブラシとかもとってきますね」

 宗宮は言った。



 (20分後)


 3人は戻ってきた。

 宗宮はアルミロールマットを2セット両腕に抱え、海藤はロングクッションをふたつ両肩にのせている。

 国府は歯ブラシ4本と歯磨き粉や洗顔用品、コンタクトの保存液をしっかりレジ袋に入れて持ってきた。


「ただいま戻りました」

 宗宮はそう言ってマットを床に置いた。その丸まったマットを広げ、円柱の柱の横に2枚並べて敷いた。「マット結構大きい! これで4人で川の字になって寝れますよー」


「えー、4人で寝るのかよー」

 海藤はダルそうに言った。


「しょうがないでしょー。こんな事態なんだからー。固まってた方がいいって。なーに恥ずかしがってんのさー。ねー国府さん?」

 宗宮は両手を腰に添えながらそう言った。


「僕はかまいませんよ」

 国府はにこっとしてそう言った。


「そうだぞ。宗宮の言う通りだ。固まってた方が安全だ」

 棚橋も同感した。


「あ、いや、恥ずかしがってなんかないすよ」

 海藤は照れくさそうにそう言った。


「もうー、わかったわかった。あたしが隣で寝てあげるからー。固まってみんなで寝ようー」


「え、あ、いや、いいよーべつに‥‥‥」

 海藤は顔を赤くした。


「良かったじゃないかー! 海藤」、「良かったですね! 海藤さん」

 棚橋と国府は、海藤の方に向けて親指を立てた。


「だからそんなんじゃ‥‥」


「はい! じゃあこの海藤くんが見つけてくれたロングクッションを並べますねー。枕代わりにしてくださーい」

 宗宮は海藤のセリフを遮るかのように言った。そして配付された毛布2枚を敷いた。


「いい感じですね」と国府。

「でしょでしょー! とりあえず今日は休むしかないですよー。なんか今日は疲れちゃったー」


「そうだな。よーし、あと15分で消灯だ。それぞれ就寝準備とかあると思うから、各々で行動してくれ。準備が終わったらすぐに戻ってきて欲しい。俺は3人が準備終わるまではここにいる。みんなが終わった後に俺も洗面所いくわ」

 棚橋は責任者としてルールを定めた。その方が絶対にいいと思った。まだこの後何が起こるかもわからないのだから。


『はい!』

 3人は返事をした。


「ここも3人で行動した方がいいと思います」

 海藤はみんなの身の心配を配慮してそう言った。誰か戻ってこないとか、いなくなったりするのを懸念した。


「そうですね。その方が安全ですね」

 国府も納得した。


「じゃあ、先に歯みがきしたーい」

 宗宮はそう言って、皆に歯ブラシを配った。


「じゃあバックヤードの洗面所とやらに行ってみますか」

 と海藤は言い、3人はスーパー内のバックヤードに向かった。



 ♢



 0時が過ぎたところで、ダイドー内は徐々に消灯していき暗くなっていった。同時に、間接照明と防犯灯が点灯し薄っすら明るい状態となった。


 0時10分頃に国府達3人は戻ってきた。

「ただいまでーす」

 宗宮は言った。


「おう、おかえり」

 棚橋は椅子に座りながら待っていた。


「とうとう消灯しましたね」

 国府は天井をチラチラ見ながらそう言った。


「だなー。バックヤードは混んでた?」


「そこそこ混んでいました」


「そうだよな。じゃあ俺はそこのトイレの洗面台で歯みがいてくるわ。毛布に入るなりしてここにいてくれ」

 そう言って、棚橋はホームセンター側のトイレに向かって行った。


「らじゃー」

 宗宮は敬礼のポーズをして返事をした。


 ♢


 (15分後)

 棚橋も戻ってきた。

「くつろいでるねー。あれ? 宗宮は逆ハーレムかな?」

 国府達は毛布に入っていた。海藤はいちばん端、その隣に宗宮、国府。

 宗宮は男ふたりに挟まれた状態だった。

 アルミロールマットのサイズが大き目だったので、4人で川の字で寝たとしても窮屈ではないのは救いだった。むしろ間隔にも余裕がある感じだ。これなら多少寝相が悪くても大丈夫かもしれない、と棚橋は思った。


「えー、違いますよー。ハーレムでもなんでもありませんよー。あはははは」

 宗宮はスマホにインストールしていた音楽聞いており、片耳のイヤホンを外しながら言った。


「おい、静かにしろって、周りも寝てる人いるんだから」

 海藤は宗宮に背を向けながら本を読んでいた。持参したライトノベル小説だ。海藤は仕事の休憩中によく小説を読んでいるのだ。

 国府はうつ伏せになってノートに文字を書いていた。


「寝心地はどうだい?」と棚橋。


「まあまあですよ。ロールマットも無いよりマシって感じっすかね」

 海藤はそう言った。


「そかそか、俺も今日はさすがに疲れたから寝かせてもらうわ」

 棚橋はそう言って、国府の隣で毛布に入った。

 まさか4人で川の字で寝る日が来るとは、とそう思った。

「ん? 国府さんは何書いてるの? まさか遺書とかじゃないよね?」

「あ、いや、これは今日実際に何が起こったのか、不可解な出来事を念のため書き留めてるんですよ。何かの証拠になるかなと」


「あぁなるほどね。良かったー遺書じゃなくて」

 棚橋はホッとしながら、眼鏡を外しクッション元に置いて仰向けになった。右腕をおでこにのせる。


「勝手に殺さないでくださいよ。でも今日は本当にお疲れさまでした。棚橋さんとても心強かったですよ。ありがとうございました」

 国府は声をひそめるようにして言った。


「お、おぅ。みんなで乗り越えような」


「はい。おやすみなさい」


「おや、すみ‥‥」

 棚橋はものの数秒で寝息を立てた。国府はそれを見てくすくす笑ってしまった。

 寝るの早っと思ったが、さすがにあの緊張やストレスだ。疲れがピークだったのは皆同じだろう。


 棚橋に関しては、あの状況下でも責任者としての責務を果たそうと頑張っていた。国府達3人の身の上の管理や店の在庫も盗難に遭わないようにしっかりと管理してくれていた。

 そう思っていたのも束の間。国府にも睡魔が襲ってきた。徐々に瞼が重くなってくる。そして右手にボールペンを持ったまま意識が遠のいた。


(友里恵、今何してるかな、ちゃんとご飯食べたかな、ちゃんと眠れてるかな……、ビーフシチュー食べ損ねたな……)




第21話へ続く・・・。

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