第21話 深夜 【後編】

 時刻は深夜0時45分。


 宗宮はイヤホンを両耳から外した。

 あれだけざわついていたダイドー内は閑静な空間と化していた。間接照明や防犯灯が薄っすらと店内を照らしているのも、人の心を落ち着かせる作用があるのかもしれない。


 イベントスペースのこの場所も、壁に備え付けられている間接照明が周囲を薄っすらと照らす。


 そして、ガラス張りの壁に目を向けると、月の光が差し込んでいる。その光を眺めていると、あの揺れの後の緊張や不安を掻き消してくれるような気がした。

 こんな薄暗いスーパーの中で過ごすことになるなんて誰が想像しただろうか。ましてやスーパーに閉じ込められて毛布にくるまり宿泊する羽目になるなんて。

 そう考えると、本当にここから出られるのだろうか、誰が解決してくれるのだろうかと、考えてしまう。


 宗宮は、天井を眺めながら四方八方から聞こえてくる音に耳を傾けた。


 誰かのいびきや寝息の音、誰かのクスクスという笑い声やヒソヒソと談笑する声、遠くから聞こえてくる赤ちゃんの泣き声と母親があやす声、警備員のダイドー内を巡回する足音など、様々な音や声が暗闇の中から聞こえてくる。

 それらを聞いて、少しでもこのスーパー内にいる大勢の客達とも、皆同じ境遇だ、皆で協力してここから出るんだ、という仲間意識を抱くことで不安な気持ちを紛らわそうとした。


 隣にいる国府と棚橋からも寝息がスースーっと聞こえてくるので、ちらっと首を傾けて見た。

(ふふ、国府さんペン握りながら寝てるしー)


 右隣で背を向けて小説を読んでいる海藤に目を向けた。よくこんな薄暗いところで本なんか読めるな、と思った。

「ねーねー、海藤君」

 宗宮は左隣で寝ている国府を起こさないようにヒソヒソと声をかけた。


「ん? どうした?」

 海藤も声を小さくしながら振り返った。

「こんな薄暗いのに文字読めてんの?」

「うん。読めてるけど」

 海藤は小説にしおりを挟んでチラッと宗宮の方を向いた。


「目、悪くするよ?」

 宗宮も海藤の方に体を向けた。


「あぁそうだね。そろそろ寝た方がいいかな」

 海藤は目をこすりながらそう言った。


「だね。なんか今日は散々だったしねー」

「まったくだな。こんな状況は正直信じられないけど」

「松江さん心配してるよね」

「うん。でも連絡取る手段がないからな。今店がどんな感じになってるのか見当もつかないよ」

「ほんとだよねー。スーパーに泊まることになるなんてね」

「普通はこんなことないよな。なんか疲れた」

「あたしもー。まさか海藤君の隣で寝ることになるなんてー」

「俺は端っこで寝たかっただけだし。ていうか勝手に俺の隣で寝だしたの宗宮だろー」

 海藤は冷静にツッコミをいれる。


「えー? そうだっけ?」

 宗宮はとぼけるように言った。


「そうだよ」

「でも海藤君が一緒で心強かった」

「え、そう? 俺は別に何もしてないよ」

「ううん、色々支えられたよ。ありがとね」

 宗宮はにこっと笑った。

「な、なんだよ急に」

 海藤は顔が少し熱くなり宗宮から目を逸らした。

「ふふ」

「……」

 海藤は黙り込む。


「てかさ、ここから出たらお疲れ様会しようよ。あたしん家で」

「え、え? 宗宮ん家で?」

 海藤は動揺した。毛布で少し口元を隠した。


「うん。だって前タコパしよって言ってたじゃん」

「そ、そうだけど‥‥」

「泊ってもいいし」

「はぁ!? え、と、泊り!?」

 海藤は唐突な宗宮のセリフに動揺を見せた。


「なーにそんな焦っちゃってるのー? あぁっ! なんかエッチなことでも想像したんでしょー」

 宗宮は口を押さえながら、控えめな声量でボソボソっとそう言った。

「ば、バカ! んなわけねぇーだろうが」

 海藤の顔が真っ赤になった。心拍数が急上昇。


「へー。んじゃ決まりねー、おやすみなさーい」

 そう言って宗宮は仰向けになり毛布をバサッとかぶった。


(はぁ、まったく‥‥)

 海藤は心の中でそう呟き、ゆっくり目を閉じた。

 胸の鼓動が耳や脳に響きだした。こんなにも、ドクドクドクドク‥‥、と聞こえるものなのか。目を閉じてもなかなか眠れない。

 何故だ。

 こんなに寝つきが悪いのは初めてかもしれない。そのまま黙って3階まで吹き抜けになっている高い天井をじっと眺めていた。

 ちらっと宗宮に目を向けた。毛布の中で寝息を立てているようだ。どのくらい時間が経っただろうか。ガラスブロックの外はまだ暗い。胸の鼓動が落ち着いてきたと同時にだんだんと意識が遠のいていった。

 




 国府は周囲のざわざわする声で目が覚めた。


 ロングクッションの側に置いた腕時計に目をやると、時刻は7時15分だった。なんか騒がしいなぁ、と思いながら上体を起こした。


 隣で寝ていたはずの棚橋達がいなかったので、あれ?、と思いきょろきょろと周囲を見渡すと、イベントスペース入り口のところに棚橋達3人がいた。

 3人は西側のフードコートの方をじっと見ているようだ。何を見ているんだろう、と思った。


 毛布から出て靴を履き、喉が渇いていたので水筒の玄米茶を飲み干した。すると、「国府さん! 国府さん!」

 と、宗宮は呼びかけながら手招きしている。

 国府は空の水筒をテーブルに置いて3人の元へ駆け寄った。

「どうしたんですか?」


「おはようございます」

 宗宮は早口で挨拶した。

「おはよ!」と棚橋。

「ざすっ」と海藤。


「おはようございます。みんな起きるの早いですね」


「なんか周りの声に起こされて、あたし達も今さっき起きたばかりで」


「なんかあったんですか?」


「国府さんあれ見て!」

 宗宮は指を差した。

 棚橋も「あれなんだと思う?」と訊いてくるので、その方向に国府も目を向けた。


「ん? なんですかあれ」

 国府はまだ眠たい目をこじ開けながら凝視した。


「なんかキモくないです?」

 宗宮はまるでお化けでも見たかのようにしかめっ面でそう言った。


 国府達が見たその先には、あの広い歩行スペースに一定の間隔をあけて、黒いレインコートのようなものを着た5体の何者かが、ぬぅっと立っている。


 5体とも身長はかなり高い。ざっと2mはあるだろうか。

 その謎めいた5体は下を向いて身動きひとつしない。

 ずっと同じ体勢を維持しており、まるで黒い大きな蝋人形のように動く気配すらないのだ。

 遠くから見ていても不気味だ。

 近寄ってはいけない、と体が拒否反応を示している。

 さらに気味が悪いのは、その5体はそれぞれ何かのかぶり物をしていて素顔は全くわからないということだ。


 国府はそもそもこんな身なりの人物は、昨日ダイドー内に居なかったと思った。


 周囲の客達ももちろん近づこうとはしない。どんどん離れていく。

 みんな警戒した眼差しでその5体に目を向けている。2階にいた客達も手摺の柵から乗り出しながら、興味本位で野次馬のように俯瞰していた。

 その客達のざわつきで皆起きていた。こんな中では寝られないだろう。国府を起こしたのはこのざわつきだったのだ。


「なんなんだ? あれは‥‥」

 棚橋は眼鏡の位置を調整しながら呟いた。

「なんとなく近寄っちゃいけない気がします」

 海藤は言った。

「あたしは絶対近づきたくない。なんか怖い……」

 宗宮は真顔でそう言った。

「しかもでかくないですか」

 国府も5体をまじまじと眺めながらそう言った。


「でかすぎだろ。2m超えてんじゃないか? てかなんであいつら動かないんだ?」


「いつからいたんですか?」

「わからない。俺らが起きた時にはもうあぁやって立ってたんだよ」

「棚橋さん達は何時から起きてたんですか?」

「国府さんが起きてくる15分くらい前だよ。俺が先に起きて、その後宗宮と海藤も起きてきたんだ。そしたらあの5体が」


「あれ人間……ですかね? なんか変なマスクみたいなのをかぶってますけど‥‥。ここからだとよくわかりませんね」

 海藤もじっとその5体を見つめる。


 とその時、


 若い男性ふたりが、その5体の内の1体に近づいた。

 20代くらいだろうか。

 もうひとり別の男性は少し離れたところから「やめとけ! 近づくなって!」と、声をかけている。3人は友達同士なのだろう。

 しかし、ふたりの男性は近づいてその1体を見上げながら話をかけ始めた。

 そのふたりの勇気ある行動に他の客達は注目する。スマホで動画を撮ろうとしてる人達もいた。

 国府達も目を向けた。


「なにやってんの!? あの人たち!」

 と宗宮は呟く。


男性A:「おいおい、でけーな! おい」


男性B:「どっから来たんすかー? おーい」


男性A:「お人形さんすかー?」


男性B:「こんなときにハロウィンの仮装かよ! リアルでかっこいいじゃん」


男性A:「あ、そうか今10月だもんな! でもちょっとまだ早くね?」


男性C:「いいから、お前ら早くこっち戻って来いって!」


男性B:「大丈夫だって! なぁ、ちょっと触ってみよーぜ」

男性A:「だな! くくく」


 と、男性Bがその1体に触れようとしたその時、




第22話へ続く・・・。

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