第4章 ダイドー事変 ~殺戮~

第22話 殺戮 —サツリク— ①

 (その男性Bが触れようとした瞬間~)


 その1体は突然、敏捷びんしょうに右腕を大きく動かした。

 筋肉質なその右腕は斜め上にあげられを持っている。そのまま動きが止まった。


 その途端、男性Aと男性Bは胴体を同時に真っ二つに両断された。

 まるで居合道の試し斬りで用いられる巻藁まきわらがスパッと斜めに斬られたかのようだった。

 その両断された胴体はスルスルと滑るように、ぼとっ、と落ちて倒れた。両腕もバラバラと転がり、血飛沫ちしぶきが辺り一面に飛び散った。

 床には大きな血だまりができている。その血飛沫は雨の如く周囲の客にまで飛び散った。



 ダイドー内は、時間が止まったかのように沈黙になった。



 その1体の動きで、さっきまでのざわつきは一瞬にして消し飛んだ。


 客達も国府達もきょとんとした顔でその光景を見ていた。一瞬の出来事過ぎて何が起きたのかわからない、そんな感じだ。



『き、き……、きゃあああぁあぁあぁあぁぁぁぁっ!!』



 いち早く状況を理解した女性客が、絹を裂くような悲鳴をあげた。絶叫に近いかもしれない。

 その女性の悲鳴を皮切りに、周囲の客達も我に返り悲鳴をあげた。


男性C:『うわぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁっ!! あつしぃぃぃっ!! ひろあきぃぃぃっ!! う、うぇぇえっ‥‥』 

 嗚咽をあげながら叫び嘔吐した。


『きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

『うおわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

『に、逃げろおぉ!!』

『やべぇぞぉぉっ!!』

『殺人鬼ぃぃっ!!」


 周囲の客達は、狼狽し悲鳴や叫び声をあげながら右往左往に逃げ回った。


 国府達はお互いの顔を見合わせた。

「え、なに!? なんなの!?」

 宗宮は後退あとずさりしながら言った。


「え‥‥、えぇ!? あっ」

 棚橋、海藤、国府も言葉にならない声が喉の奥から洩れる。

 国府は遠くからではあったが、をよく観察した。


 右手に持っているのは刀だ。刀を握っているのだ。

 その刀身は長く反っている湾刀だ。。日本刀の類だろう。

 一般的に太刀たちと呼ばれるものだ。恐らく、あの黒いレインコートに隠し持っていたのだ。鞘を左腰に装着している。

 頭には、黒い馬のようなマスクをかぶっている。

 そのマスクはとてもリアルだが、動物の皮を雑につなぎ合わせたようないびつな作りで気色悪さを感じさせる。


 その他の4体も別の動物のようなマスクをかぶっている。それらのマスクも歪で気色悪いものだった。

 馬以外の4体はまったく動く気配はなく、じっと下を向いている。


 そして黒い馬のマスクをかぶった(以下:馬)は、刀を素早く真下に向かって血振りし、ゆっくりと左腰の鞘に納めた。

 その動きは、うまく言葉では言い表せないが不気味だった。


 馬の目の前に転がっている男性ふたりは即死だった。

 周囲の客達が逃げ惑う中、ふたりの友人だった男性Cは、地べたにひざまずいていた。そして、ゆっくりと立ち上がった。

「てめぇ‥‥‥、許さねぇ」

 男性Cは涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになりながら、怒りをあらわにする。

「よくも俺の大事な友達をっ!」

 そう叫んで、拳を握りながら馬に向かって走りとびかかった。


 スパッ‥‥‥


 男性Cは視界が逆さまになった。同時に一瞬激痛が走った。


「え‥‥‥」

 血が天井に向かって噴水のように吹き出した。


 それを見た客達はまた悲鳴をあげながら逃げ惑う。


 馬は目で捉えることが不可能なくらいの早い太刀筋で、男性Cの首を根っこからねた。

 馬は右腕を床と平行にして横に伸ばしたまま、ぴたっと動きを止めた。

 首はごろごろと転がっていった。

 残された胴体は、殺された友人ふたりと重なり合うようにどさっと倒れ、手や指先が痙攣しているかのように、ぴくっぴくっと動いている。


 馬はゆっくりとした動作で刀を鞘に納めた。


 その光景を見て国府は、周囲の客達と一緒に早く逃げないと、と思うが、恐怖で足がすくんでしまい体が動かない。

 (動け! 動け!)

 自分の右足を叩く。


 宗宮も海藤も顎をガクガクさせながら固まっている。

 たったひとりで人間ふたりを同時に一刀両断するなんて、あの滑り落ちるかのような斬られ方、もし馬の中が本当に人であるなら只者ではない。

 あの刀の斬れ味は規格外だ。常軌を逸している、と国府は思った。



 馬がゆっくりと前進した。のそっのそっ、と国府達のいる東側に向かって歩き始めたのだ。


 「おい! 逃げるぞ!!」

 棚橋は恐怖に慄く国府達3人にそう言いかけた。



 馬が動き出したのがまるで合図かのように、他の4体もゆっくりと頭を上げて動き出した。



 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ‥‥‥



 2体目の黒い牛のマスクをかぶったソイツ(以下:牛)は、黒いレインコートの内側から右手でマシンガンをゆっくり取り出し、いきなり逃げ回る客達に向かってぶっ放してきた。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ‥‥‥

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ‥‥‥、

 ダダダダダダダダダダ……


 無差別に撃ちまくってくる。


 客達はさらに悲鳴をあげながら逃げる。弾にあたった客達は血を吹き出しながらどんどん、どんどん、次から次へと倒れていく。


『おいおい! なんでマシンガンなんて持ってるんだよっ』

『うわぁぁっ、いてぇ、いてぇよぉ‥‥‥』

『きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

『誰か助けてくれぇぇぇぇ‥‥‥!』

『なんなんだよ!!』


 馬も、のしっのしっ、と闊歩かっぽしながら刀で斬りつける。


 年寄りが次々と犠牲になっていく。

 走ることのできない老人や、体調が悪くて逃げ遅れた老人は馬に追いつかれ、絶えず刀で斬られて殺されていく。

 背中を斬られ背骨が見えている人、腹を斬られ腸が飛び出した人、足を切断されてもがく人など、のた打ち回っている。


 同時に、牛が容赦なくマシンガンをぶっ放してくる。

 その弾丸は、もがいている人や死にかけて『うぅ‥‥、うぅ‥‥』と声を発している人の頭や心臓などの急所をぶち抜き、息の根を完全に止めていった。

 


 3体目の黒い兎のマスクをかぶったソイツ(以下:兎)は、何歩か歩いた後、2階フロアに目を向けていた。

 じーっと上を見つめて動かなくなり、両手を耳のあたりに添えている。周囲の音を聞いているかのようだった。

 その後、両手を床にだらんと下げた途端、指先から湾曲した鋭い鉤爪かぎづめのようなものが、シャンッと突き出した。

 そして両膝を曲げて姿勢を低くした瞬間、、、


 ピョーーーーーンッ!


 その場から2階フロアにジャンプで上がってきた。その2階の手摺りの柵の部分に乗っかっている。とんでもない跳躍力である。


 『きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁぁぁ‥‥‥!!』


 2階フロアから客達の大きな悲鳴が聞こえた。

 兎は手摺りから2階フロアに降り、その長い爪で客達を切り裂き始めた。

 それに加え、俊敏に走りながら追ってくる。走る速度は尋常じゃない。脚力が人間離れしている。

 もはや人ではない。


『うわぁぁぁっ‥‥‥』

『きゃあああぁぁ!!』

『ぐわはぁぁっ』


 シャン、シャン、シャン、シャン、シャン‥‥‥、


 兎が人を切りつける音が響く。

 2階から血が降ってくる。1階のクリーム色の艶でぴかぴかだった床が血で赤く染まる。まるで噴霧器で吹きかけたような血が付着する。


 『うぅ、がはぁ‥‥、あ、あ‥‥」

 胸をバッサリ切り付けられたチェックのシャツを着た男性客は、胸の傷をおさえ、脚を棒のようにふらふらと歩きながら柵にぶつかり、そのまま1階の歩行スペースに垂直に落下していった。


 ドシーン‥‥‥‥! 

 鉛球が落とされたような音が響き渡った。その男性はそのまま首の骨を折り即死した。



 4体目の黒い山羊のマスクをかぶったソイツ(以下:山羊)は、シルバー色の長い棒のようなものを背中から取り出した。

 黒いレインコートの背中に隠し持っていたのだ。頭の2本の角も不気味な弧をえがきながら生えている。

 その長い棒を右手で真ん中あたり、左手で下あたりを握りながら前に構えた。


 ガシャッ


 その音とともに、大きな刃が下から上にスライドしながら出てきた。まるで死神の大鎌のようだ。その大きな刃は折りたたみ式だ。


 そして、山羊はその大鎌を右肩に担ぎながらスーパー内に侵入していった。




第23話へ続く・・・。

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