第50話 死闘~ 鮫島 龍仁 VS 馬【前編】
八城、奥原、阿古谷、そして国府達4人は、この広々としたダイドー内でうまくヤツラを拡散させることに成功した。
♢
その時、歩行スペースでは、ただならぬ空気が漂っていた。
歩行スペースには、馬と鮫島しかいない。
お互い向かい合って動かない時間が何分経過したのだろうか。
いや、むしろふたりの間ではすでに殺し合いは始まっていた。殺気と殺気がぶつかり合っているのだ。
ダイドー内は、牛のマシンガンの連射音や、2階フロアから響く阿古谷の気合の声、山羊が鎌を振るって物を壊す音など、四方八方から様々な音や声が響き始める。
しかし、鮫島には周囲の音など聞こえていない。『馬を殺す、』それだけしか考えていない。馬に殺されるかもしれないという恐怖心は無い。
馬は何を考えているのか一切不明だ。ただ茫然と立っているだけである。マスクの下ではどんな表情で顔を向けているのか想像もできない。笑っているかもしれないし、睨んでいるかもしれない。どちらにせよ不気味である。
「おい、お前らは人間様をナメすぎだ。罪の無い人間を殺しまくったんだ。その代償は高くつくぞ」
鮫島は怒鳴り散らすわけでもなく、冷静な口調でそう言った。しかし、この冷静さの裏側には計り知れないほどの怒りや憎しみが隠されていたに違いない。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
馬は黙っている。
「お前を殺す。全力でな。後悔するヒマも与えねぇから覚悟しろ」
鮫島はすぅっと目を細めた。鞘に納めたままの刀を左手で握りながら、一歩づつ馬に近づいていった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
馬は動くことも、声を出すことも、動揺を見せることさえも無くずっと沈黙している。
鮫島はぴたっと歩む足を止めた。その瞬間、
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!! 風を切る勢いで馬に向かっていった。
シュパーーッ!!
鮫島は刀を鞘から抜刀し、目にも留まらぬ速さでそのまま斬り上げた。
—―——キィィンッ!!
ボォォオフゥゥゥゥゥゥーーーーー!!
風が勢いよく舞い上がり、馬の黒いレインコートが
「なっ!?」
馬は刀身を半分抜き、鮫島の抜刀術を防いだのだ。
(いつ動いた!?)
鮫島が刀を抜く瞬間まで、馬は指一本動かしていなかったはず。
しかし、鮫島の攻撃をいとも簡単に防いだのだ。鮫島の抜刀する速さをさらに上回る速さで刀を抜いたことになる。しかも、馬は真っすぐ顔を向けたままで、鮫島を見ていなかった。鮫島の動きが速すぎて、目が追い付かなかったのではない。馬にとって鮫島の刀を防ぐことは、呼吸をするのと同じだったのだ。
カチッカチ、キリキリキリキリキリ‥‥‥
鮫島と馬の刀は交わり、刃が軋む音が響く。
「おらぁぁああ!!」
バゴォ!
鮫島は、左手で握っていた鞘を逆手のまま馬の脇腹に向かって振るった。メキメキと食い込む感触があった。
馬は怯みながら後退りしたが、何事も無かったかのようにスッと体勢を立て直した。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
そして、馬は刀を静かに抜いた。その刀は光に反射し輝くほどの光沢を放ち、しっかりと磨き上げられている。刀を右手で握り刀身を下に向けたまま、ぴたりと動きを止めた。
(コイツ‥‥‥)
鮫島は馬の脱力したような体勢に違和感を感じた。構えなのか、構えではないのかわからない。むやみに攻撃したら一瞬で殺される気がした。隙がどこにも見当たらないのだ。ただの化け物ではない。武器や身体、闘気や威圧感つまりオーラというのが的確なのか、そういったもの全てが洗練されている。
鮫島は鞘を投げ捨て、刀を両手で握り刀身を横に向けて構えた。足を交差させ床を足で擦るように横へゆっくり移動し、馬をよく観察した。
馬も鮫島と同じ動きをする。馬からは攻撃してくる気配はない。鮫島は様子を窺っている。
「ふっ、化け物が」
鮫島は俊敏な動きで馬に近づき、首目掛けて真っ向から刀を振るった。考えていても馬を倒すことはできない、そう思った。少しでも傷を多く負わせ、首を切り落とすか、心臓を貫くか、四肢を切り落としてトドメを刺すか、と馬を殺すイメージを絞った。
キィィンッ!
馬は攻撃を防ぎ、そのまま鍔迫り合いになった。ふたりの刀が十文字に交わる。
「おらぁぁああ!」
キリキリキリキリキリキリキリ‥‥‥
馬は鮫島の強靭な力に押される。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「いくぞ」
鮫島はそう一言吐き捨てて、両手に力を込めて押し返した。
鍔迫り合いが解かれ、馬に僅かな隙が生まれた次の瞬間、
シュパッ、シュパッ、シュパッ、
鮫島は敏速な刀捌きで、馬に斬撃を食らわせた。浅いが馬の胸、腰、肩に傷を負わせた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ドゴォッ!!
そのまま馬の下っ腹に前蹴りを放ち、馬は後退りしながら体勢を崩した。
「遅ぇよっ」
馬がすぐに体勢を立て直す隙を与えることなく、馬の心臓を目掛けて一直線に突こうと向かって追撃した。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
しかし、馬は崩れた体勢から、刀を大きく横から振るってきた。その刀を振るう速さは尋常ではなかった。
キシィィィンッ!!
「くっ」(刀身が見えなかった‥‥)
鮫島の刀は勢いよく弾かれ、腕ごと持っていかれそうになった。
馬は、鮫島の刀を弾いたその一瞬の隙で、体勢を立て直し構えを変えた。左脚を後ろに下げ重心を少し落とし、切っ先を自分の目線に合わせて鮫島に向けられた。
戦国時代、この構えは武士の間で『正眼の構え』といわれ、守りの構えとされている。切っ先が相手に向けられているため、敵は容易に攻撃ができないとされる。馬はその構えに一癖付け加えたような独特な構え方をしている。
しかし、鮫島は攻撃姿勢で構え、刀を肩に掲げるようにして刀身を後ろへ引き馬に向かっていった。
ここから光芒一閃。様子の探り合いから、鮫島と馬の凄まじい激闘攻防戦へ状況が一変した。
鮫島は鬼と化した。
「おらおらぁぁああっ!!」
キン! キン キン キン!! キン、キィン キィン キィン!!、キン キン
キンキン キン! キンキン キン! キンキン キン キンキン!! キン キンキン キン キン、、キシンッ! キシンッ! キシンッ、
キン キン! キン キン キン! キンッ キシンッ! キシンッ! キシンッ、—————
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
馬は黙って鮫島の斬撃を防ぐ。
鮫島は、むやみ容易に刀を振り回しているわけではない。一撃一撃適格に馬に僅かな隙を作らせて、そこを狙って攻撃しているが、その僅かな隙さえも馬の太刀によって塞がれ防御されてしまう。
「まだまだぁっ!!」
キン! キン キン キン!! キン キン キィン!!
キン キン キィン!! キィン キィン!!
キン キン !! キン キン キン キシンッ!!
キン キン キン! キン!! キン キン!
「はぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!」
キィン!! キン キィン キィン キンッ!! キン キン
キン キン キィン!! キィン キィン!! キン!!!
キン キンキン!! キィン キィン キシンッ! キシンッ!
キシンッ!!! キン キン! キン キン キン! キンッ
キシンッ! キシンッ! キシン!! キン キィン キン!!
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
キン!! キン キン!! キン キン キン キン !!!
キン キン キン キン!! キィン キィン キィン!!
キィン キィン !! キシィンッ! キシィンッ キシィンッ!!
キン! キン キン キン!! キン キン キィン!!
キン キン キィン!! キィン キィン!!
キン キン !! キン キン キン キシンッ!!
キンッ キンッ キン! キン!! キンッ キン!!!
激しくぶつかり合うふたり。ふたりの動きは刀の動きさえ見えないほど疾風の如く速く、目で追えないくらいである。鮫島は馬の速さに順応しつつある。しかし、技のキレは馬の方が一枚上手かもしれない。
シャアァァンッ!! 馬は敏捷に刀を横から斬りかかってきた。
ザッ! (あめぇよっ!)
鮫島は大きく跳躍し、馬の一振りを避わした。馬の左肩に足をかけ、一回転しながら空中で大きく刀を振り下ろし斬撃を放った。
キシィンッ!!! 馬は防御して弾き返した。
鮫島は、着地し前に顔を向けたその時、馬はすでに鮫島の横に立っていたのだ。
「なっ!?」(こいつ、いつの間にっ!)
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
シャァァンッ!
馬は、横に振り払うようにして、鮫島の背中目掛けて斬りかかってきた。一撃で鮫島を真っ二つにしようとしたのだ。
鮫島は、背後を斬られることを読んでおり、刀を背中まで持ち上げ、
「ぐはぁ」
鮫島は、飛ばされながら刀を逆手に持ち替え、床に突き刺し飛ばされた勢いを止めて着地した。
馬は、
キン!! キン キン! キン キン キン! キンキン キン!!
キン キン!! キシンッ! キシンッ!
キン キン キン キン キン キン!! キン キン
キン!! キン キン!!! キン!!!!
キン キン!! キィン キィン キィン! キィン キン
キン キン!! キィン キィン キィン! キィン!!!
鮫島も、馬の斬撃の速さに対抗していること自体人間レベルではない。鮫島の動体視力能力や潜在能力、運動神経、刀の扱い方や技は並大抵のものではなかった。
(なんて速さだ。消える刀身‥‥。ナメやがって。防ぐのがやっと‥‥‥)
とその時、
ジュパッ!!
(くっ!)
キン キン! キン キン キン! キンッ キシンッ! キシンッ!
ジュパッ!
キン キン キン キン キン キン!!
ジュパッ!
キン! キン キン!! キン キン! キン キン キン!!
キィン キィン キィン! キィン キィン キン!!
キィィィイン!!!!
鮫島は、腕、腿、肩を斬られ、さらに大きく刀を弾かれた。白いパンツが血が滲み赤く染まる。
シュパァァァァッ!!
左肩から胸にかけて斜めに斬られてしまった。
「うぐっ!」
ピシャッ!
床に血が飛んだ。傷口はそこまでは深くはなかったが、インナーシャツも切れて血で染まった。
—―——ドォスッ!!
「がはぁっ」
馬はさらに追撃した。一歩大きく踏み込みながら、
鮫島は突かれた衝撃で吹っ飛ばされたが、脚に力を込めて踏みとどまった。
馬は、左腕の肘を曲げて刀身を挟み血を拭き取った。
「クソがぁ。はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」
鮫島はすぐさま反撃しようとしたが、体が言うことをきかなかった。
片膝をつき刀を床に突き刺しながら身体を支えた。鳩尾を打たれたせいで呼吸が乱れた。それに加え、凄まじい馬との攻防かつ、尋常ではない速さの馬の刀捌きを防御していたのだから、さすがの鮫島の身体でも堪えたのだろう。
馬は鮫島に近づいてきたが、途中でぴたりと歩くのを止めて動かなくなった。太刀を肩の上に乗せてじっと鮫島を見ている。
第51話 【鮫島戦 中編】へ続く・・・。
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