第24話 殺戮 —サツリク— ③

 5体目の黒い羊のマスクをかぶったソイツ(以下:羊)は、黒いレインコートを羽織るように身につけている。両腕は袖を通していない。


 動かしていた頭をぴたっと止めて前進しはじめた。


 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ‥‥‥


 羊は歩行スペース東側に向かって歩き出し、さきほど馬の犠牲になった男性3人の重なった死体の前で、ぴたっ、と止まった。


 そして、両腕をレインコートから出して横に広げた。腕は細身で長い。

 その長さはひざ下まである。上半身は裸で筋肉質。肌の色は薄墨うすずみ色で、少なくともその容姿は人間などではない。


 胸からへそまで縦に手術痕のような大きな傷がある。


 がしっ


 目の前の死体を鷲掴みにして持ち上げ、体を後ろに反らした瞬間



 ぐゔぁぁばぁぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁ‥‥‥‥‥



 上半身の手術痕のような傷が、横に大きく開いたのだ。

 くちだ。

 細かな牙が無数に生えており、唾液のようなものが横に糸を引いている。


 ぱくっ‥‥‥


 羊は掴んだ死体をその化け物のような大きな口の中に押し込んだ。


 むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ、、、、、


 咀嚼そしゃくしている。死体を食べている。


 目の前にある死体を両手で掴み、大きな口に放り込んでいく。

 咀嚼し終わったその口は縦の傷口に戻る。咀嚼嚥下そしゃくえんげが早い。強靭な咬合力こうごうりょくだ。胸から血を流している。いや、閉じた口から食べた死体の血を垂らしているのだ。


 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ


 がしっ、がしっ、


 ぐゔぁぁばぁぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁ‥‥‥‥‥


 ぱくっ‥‥‥、むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ

 ぱくっ、ぱくっ‥‥‥、むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ、


 さらに、歩行スペースを軽快なステップで歩きながら、目の前に転がっている死体を次々に食べていく。

 羊は客達を襲うというより、死体を食べることにずっと夢中になっている。


 羊の前方で馬の動きが止まった。

 歩行スペースにはもう誰もいない。逃げ遅れた客や、体の不自由な客は全員殺された。

 そして、食われた。

 

 むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ‥‥‥


 羊は咀嚼しながら馬の隣に並んだ。頭をぐるぐる、きょろきょろ、と動かしている。


 

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ‥‥‥


 スーパーからはマシンガンを連射させている射撃音が聞こえてくる。

 撃たれた客達の悲鳴やうめき声が聞こえてくる。

 羊は頭をスーパー入り口の方に向けて、ぴたっ、と止まった。


 チャキンッ

 馬は刀を鞘に納め、国府達のいたイベントスペースの方に真っすぐ目を向けている。

 のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、真っ直ぐ歩き出した。


 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、

 羊は牛が通った仕切りを通過し、スーパーに侵入した。たくさんの死体と薬莢やっきょうが転がっている。

 

 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、


 ぱくっ、ぱくっ、ぱくっ、ぱくっ


 羊はどんどん目の前に転がっている死体を食べる。

 むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ、


 がしゃっ……

 羊はベビーカーを掴んで持ち上げた。中には腹を打たれた子供の死体が乗っている。

 

 ぐゔぁぁばぁぁぁぁぁあ゛ぁぁ‥‥‥‥‥、でかい口が開く。


 ばきっ!、バリッバリッ!!、ばきばきばきばきばき、バキバキバキバキバキバキッ!!


 むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃ


 羊はベビーカーごと子供の死体を食べた。咀嚼の早さは人を食べるのとなんら変わりはない。

 牛は奥の酒コーナーのところで動きを止めている。その時、


 ひゅんっ、ドゴンッ! 


 ごろごろごろ‥‥‥‥。


 スーパー中央の日用品コーナーの方からが勢いよく飛んできて、ホームセンターへの連絡通路の壁に当たり、羊の足元に転がった。


 そして陳列棚の陰から、ぬぅっと山羊が姿を現した。

 まるでこっちはり終えたぞ、と言うように大鎌を右肩に抱え、左手には首の無い女性の半裸死体を引きずっている。

 羊の足元には女性の首が転がってきたのだ。羊はそれを掴み、大きな口で食べた。

 山羊は左手で引きずっていた半裸死体を羊の口に向かって放り投げた。


 ぱくっ! むしゃ、むしゃ、


 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、

 羊は山羊がいたスーパー東側に軽快に移動していった。山羊が残してきたがあるからだ。


 山羊と牛はスーパー内にがもういないことを確認する仕草をし、ホームセンター連絡通路前まで来て、ぴたっと動きを止めた。


 2体は同時に体を反らしたり、左右にひねったり、首をぐるりと回して、ポキポキ、ゴキゴキ、とクラッキングさせてから目の前の通路に入っていった。





 のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ


 馬はガラス張りの壁があるSoCoモバイルのイベントスペースにやってきた。

 その広場にももう誰もいなかった。馬はじーっと眺めている。

 そして、向きを変えホームセンターへ繋がる左にカーブしている歩行スペースを前進しようとしたその時、


 コトンッ‥‥‥


 馬は足を止めた。

 また広場の方にゆっくり顔を向ける。音のした方に歩き出した。


 のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、


彼氏 :『おいっ! 何音立てたんだよ!』

彼女 :『まさしごめん‥‥、スマホがポッケから落ちちゃって……』

彼氏 :『ばかやろうっ』

 ガチャポンと自動販売機の物影に20代前半のカップルがしゃがんで隠れていたのだ。

 コソコソと2人は言い合いをする。


彼女 :『わざとじゃないんだから!』

彼氏 :『ふつうそんなスカートのポケットに入れないだろうが!』


彼女 :『もう、静かにして! もうしないから』

彼氏 :『だいたいお前はいつも‥‥‥』

彼女 :『あ‥‥‥』

 彼女の方は上を見てガクガクし始めた。彼氏はその視線を追う。


彼氏 :『うそ‥‥‥』


 馬がガチャポンの物陰を覗き込んでいた。


彼氏 :『やばい! 逃げろっ! 明海あけみっ!』

 彼氏は、うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!、と馬に飛び掛かった。

 両腕で馬の上半身にがっしりとしがみ付いた。その隙に彼女は逃げ出した。振り向きながら、

彼女 :『雅志まさしぃっ!!』と叫ぶ。


彼氏 :『いいから! 逃げろっ!! 早く!! 俺も後から追いつくっ!』

 おらぁぁぁぁぁあ!! 馬を両腕でしめ上げる。


彼女 :『う、うぅ‥‥‥絶対だよ!!』

彼氏 :『おう!』

 彼女は彼氏の言うことを信じて、ホームセンターの方に逃げた。


 その時、馬は彼氏に膝蹴りを食らわした。鳩尾みぞおちに膝が思いっきり入り、彼氏は唾液を吐いた。

彼氏 :『ぐはぁぁ‥‥‥』 


 馬が刀を抜こうとした時、彼氏は苦しみながら立ち上がった。そして、SoCoモバイルのイベント時に使っていたL字看板を持ち上げ、馬めがけて苦し紛れに振り回した。


彼氏 :『おらぁぁっ!』


 シュパッ、


 馬は抜刀し、彼氏の両腕をL字看板ごと切り落とした。

 一瞬だった。


 プシュゥゥゥゥゥゥッ


彼氏 :『あぁぁぁぁ腕がぁぁぁ!!』

 血を吹き出している。


 彼氏は両腕から血をぼたぼたと垂らしながら両膝を地面につけた。


 ズバッ


彼氏 :『ぐはっ‥‥‥、ごめん。あけ‥‥』


 ぼたっ‥‥、


 馬は彼氏の左肩から右脇下へ斜めに両断した。

 刀の縁を手先でくるりと回しながら血振りし、ゆっくりと鞘へ納めた。


 のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、

 馬は何事も無かったかのようにホームセンターの方に足をすすめた。



 国府達はすでにホームセンターの方に避難していた。

「はぁはぁはぁ、なんなんだよ、あいつら」

 棚橋は息を切らしながら言った。


「もう意味わかんない!」

 宗宮もパニックになっていた。


「悪夢だ」

 海藤は片膝をついて呟いた。


「ヤツらがここまで来るのも時間の問題ですね」

 国府も言う。


 ホームセンターもかなりの広さである。隠れる場所はたくさんある。ただ、5体全員がこのホームセンターを襲撃してきたら抵抗の余地はないだろう。国府達4人は一先ず、奥のDIY資材コーナーの陰に身を潜めることにした。


 

 2階フロアでは、悲鳴以外の声が響いていた。

 



第25話へ続く・・・。

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