第48話 死闘~ 国府・棚橋・宗宮・海藤 VS 羊【中編】

 宗宮は言葉を失った。


「棚橋さん! 棚橋さん!」

 海藤は何度も何度も呼びかけていた。棚橋はぐったりとしていて動く気配がない。辛うじて呼吸はしているようだ。

「血が止まらない。どうしたら‥‥」

 国府は自分の膝の上に棚橋の頭を置いて寝かせていた。


「ねぇ、どう‥‥したの」


「宗宮さん! そこのキッチンにタオルが掛かっていますので取ってきていただけませんか!? 出血が止まらなくてっ!」 

「は、はい!」

 宗宮は、一体何が起こっているのか訳がわからなかったが、良くないことが起きているのはすぐに理解できた。キッチンへと急いで走っていきタオルをあるだけ持ってきた。

「よし!」

 海藤はタオルを2枚を繋げ、棚橋の両目を覆うようにしてぐるっと縛り止血を試みた。

「う‥‥、うぅ‥‥‥」

 棚橋は喉の奥から絞り出したような弱弱しい声を漏らした。


 棚橋の両目は潰されたのだ。側にはレンズが溶けた眼鏡が落ちていた。出血もひどい。


「ねぇ、何が‥‥あったの」宗宮は震えた唇を動かす。


「‥‥‥棚橋さんは俺らをかばったんだ」海藤は俯きながら重たい口を開いた。


「え‥‥、どういうこと!?」


「ヤツに炎を浴びせてカプセルの投入は成功したんです。ヤツは苦しみだして、あの胸の大きな口から急に唾液を飛ばしてきたんです。棚橋さんは咄嗟に僕らの前に出てかばってくれて‥‥‥。ヤツの唾液は八城さんの言うように、強力な酸で出来ているのは間違いありませんでした」

 国府も現実を受け止めきれないというような表情で説明した。


「目に唾液がかかってしまったんだ‥‥」

 海藤は酸で火傷した自分の腕の傷を押さえながら唇を嚙んだ。

「そ、そんな‥‥」

 宗宮は棚橋の痛々しい姿を見て、両手で口を塞いだ。

「ふたりのその傷も唾液胸で!?」

 よく見ると、国府と海藤の頬や腕にも火傷のような傷があり血が滲んでいた。羊の飛ばしてきた酸の唾液の影響だ。

「俺らが多少の傷で済んだのは棚橋さんが守ってくれたから‥‥」

 棚橋は顔だけではなく、首や胸、脚などにも唾液を浴び、衣類が溶けて出血している。


「棚橋さんは一旦このまま安静にしておきましょう。まだ息は———」

 国府はそう言いかけたその時、


「ふた、り‥‥とも、‥‥‥無事‥‥‥か」


(!?) 国府達は驚きながら棚橋に目を向けた。


「棚橋さん! 宗宮です!! 聞こえますか!?」

「‥‥宗、宮か。すま‥‥ない。こんな‥‥‥ことに、なってしまって‥‥」

「棚橋さん! 俺らは無事です。どうしてあんな無茶を」

 海藤は目に涙を浮かべながら棚橋の肩に手を添えて言った。


「言っただろ。何があっても‥‥3人を守るって‥‥」


「で、でも、棚橋さんの目がぁ!」

 宗宮は今にも泣き出しそうだった。


「‥‥いいんだ。守るのは‥‥当たり前の、ことだ‥‥」


「うぅぅ棚橋さん、あまりしゃべっちゃダメです。じゃないと出血が‥‥」

 宗宮はとうとう目に溜めこんだ涙を零して棚橋の手を握った。


「くそっ、出血が止まらない。もっとタオルで止血しましょう」

 海藤は出血部分にタオルを押し当てていく。


「悪いが俺は、もう‥‥。だから、みんなに頼みたいことが‥‥あるんだ」


「諦めないでくださいよっ!!」

 海藤は声を張り上げた。


「いいから、聞いてくれ‥‥。生きて、ここから脱出するんだ。必ず‥‥。そして、松江さんには‥‥今まで大変、お世話になり‥‥ました、と伝‥‥‥、」


 棚橋の口は動かなくなった。話している途中で息を引き取った。


「棚橋さん! 棚橋さん!! なんでだよぉ‥‥。なんで棚橋さんが死ななきゃならねぇんだよ‥‥」

 海藤は棚橋の体を揺らすがもう動かない。

「くっ、くぅ‥‥」

 国府も声にならない声で歯をぐっと食いしばって泣いた。思いつく言葉が見当たらない。

「嫌だ。こんなのウソだ‥‥」

 宗宮は棚橋の手をもっと強く握った。棚橋の手の甲に涙が一粒落ちた。


「宗宮‥‥‥、ヤツは?」

 海藤は顔を上げて訊いた。その目は怒りや悔しさが入り混じり血走っていた。

「中央の柱のところで倒れてる。こっちにヤツが来た時に襲われそうになって燃やしたの」

「まだ生きてるかもしれません」

 国府も惜しい気持ちをぐっと抑えながら言った。

「えぇ、行きましょう」(棚橋さん。ここまで守ってくださって本当にありがとうございました。絶対ここから出てみせます)

 と海藤は目を瞑って手を合わせた。国府も宗宮もゆっくり手を合わせた。

「行こう」

 3人は立ち上がりテナントを出た。


「見てあそこ!」

 宗宮は指をさした。中央の柱の側に羊は仰向けになって倒れている。


「国府さん‥‥」

 海藤は国府に目を向けた。国府は『うん』と頷く。

「危険だから宗宮はここにいてくれ」

「う、うん、わかった」

 国府と海藤は羊に近づこうとした次の瞬間、



 むくっ‥‥‥、むくむくむくっ、、、、、、




「メェエェェェェェェェェェェェェェェェえぇェェェェェッ!!」




 羊は仰向けの状態から脚の力だけでむくっと起き上がり、いきなり鳴き叫びだした。



第49話 【国府・棚橋・宗宮・海藤戦 後編】へ続く・・・。

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