第12話 完全閉鎖 【後編】

『俺のケータイが電話出来ないんだ』

 と50代男性。


『主人が足を挫いてしまって動けなくて、救急車呼びたいのよ。電話貸してくれない?』

 と70代女性。


『電波が立っていないんです! ネットも見れなくて! どうしたら良いんですか?』

 と30代ご夫婦。5歳の子供連れ。


『再起動してみたけど全然ダメなんです』

 と40代男性。


『私も救急車呼びたい。女房が頭をぶつけて少し切ってしまって、血が!』

 と80代男性。


『お宅らならどうにかできるんだろっ?』

 と60代男性。


『Wi-Fiを貸してくれませんか?』

 と20代女性。



 様々な年齢層の客がイベントブースに押し寄せてきた。国府は恐らくこうなるだろうと予想はしていた。


 イベント中、ティッシュキャッチを無視した客達。

『ガラポンやっていってください!』と声かけした時に無視した客達。


『けっこうです』

『急いでるんで』

 と、イベントに興味すら示そうとしなかった客達が、今は国府達を求めてる。押し寄せてくる客がこれ以上こちら側に来ないよう抑えないといけないくらいに。

 人とは何とも都合の良い生き物である。



「国府さん! 一旦お客様に状況説明をお願いできるかな? これを使ってくれ! 俺もこっちのお客様に説明する!」

 棚橋はバックパネルの後ろ側から呼び込み用メガホンをパスしてきた。それを国府は右手でパシッと受け取った。


「了解です! 任せてください」

 国府は大勢の客の前に立ってメガホンを向けた。


「お客様! 突然の地震で混乱しているかと思います! お怪我もされている方もおられるでしょう。こんな状況ですが、まずは落ち着いて私の話を聞いてください!」

 国府は押し寄せてきた客達の混乱した状況を鎮めた。

 客達も国府のメガホンから響く声に耳を傾けようとしている。


「今皆様の携帯電話の電波が立っていないと思います。どのキャリアの携帯電話も、電話やネットができない状況だと思います。それは我々も同じ状況です。スマホやタブレットも圏外で全く使えない状態です。端末の再起動やSIMカードの抜き差しを試みても改善されませんでした。恐らく、今の揺れの影響で周辺の基地局に何らかの異変があり、このような状態になっている可能性があります。つまり、悔しいですが、今この場ですぐにお客様の力になれることは何もございません!」

 国府は、精一杯わかりやすく伝えようと意識しながら大きな声で話した。


 国府の説明を聞いた客達はざわついている。棚橋、宗宮、海藤も目の前の客に対して個別に説明している。


『Wi-Fiは? Wi-Fiがあれば通信ができないスマホからでもネット使えるわよね? この建物内のWi-Fiはダメみたいだけど、あなた達のは何か無いの??』

 60代の白髪交じりの女性が、国府に問いかけた。


『アラートも鳴らなかった‥‥‥』

 20代後半の若い女性もそう言った。


「Wi-Fiも携帯電話と同じ基地局からの電波を利用しています。今どのキャリアの電波も通信障害が発生している以上、Wi-Fiも無力です。私も自前で使っているこのポケットWi-Fiも電波が飛びません。つまり、Wi-Fiの電波もお貸しすることができませんのでご理解いただきたいです! アラートに関してもなぜ鳴らなかったのか原因不明です。これだけの数のスマホがあるのに」

 国府は、自前のポケットWi-Fiを上に掲げながらそう言った。


『うーん、そうなんだ』

『なるほどなー』

『困ったなー』

『じゃあどうすれば‥‥』


 ザワザワザワザワザワ‥‥‥、ザワザワザワザワ、、



 さらに、国府は続けて述べた。

「今できることは、電波が復旧するのを待つしか方法はございません。震災や嵐などの自然災害が発生した時にもよくあることなんです。だからみんなでこの状況を乗り越えましょう。あとは、どうしても今すぐ電話が必要な場合は、外に出て公衆電話や―—―」

 と国府が話をしているその時、



――――『外に出られないんだ!』

 ひとりの男性が、国府の話を一刀両断にするかのように割って入ってきた。



 その言葉に、国府、宗宮、海藤、そしてまさに今社用車を取ってこようとしていた棚橋は耳を疑った。目の前の客達は首を縦に振っている。

「え? あ、あの、外に出られないってどういうことですか?」

 国府は戸惑いながら目の前の客達に訊いた。


『自動ドアが開かないんだ! 見てみなよあれ』

 そう言われて、国府達は一瞬言葉を失った。

 4人とも自動ドアの方に目をやった。

 イベントブース、ホームセンター側の東側自動ドアと、フードコートやスーパー入り口側の西側自動ドア周辺にも多くの人だかりができていた。


「そうなんですか!? 我々はまだ電波のことしか状況を掴めておりません。とりあえず、皆さまここに居てもらっても何もできませんので、お体を休ませたり、ご家族やお子様の傍にいてあげてください。我々も色々と対処を考えますので」

 国府はそう言うと、ぞろぞろと不安げな面持ちで目の前の客達は散らばっていった。


「自動ドアが開かないってどういうこと?」

 宗宮はキョトンとしていた。

「とりあえず3人で自動ドアを確かめに行ってみてくれ。 俺はこの在庫達を守っておくから」

 棚橋はそう言った。

 責任者の立場から、在庫も数十万円分もの端末がコンテナケースに入っているためブースエリアからは離れられないのだ。盗難にでもあったら大変だ。

 

 3人は歩行者スペースを歩きながら東側、西側の自動ドアの側まで行き、本当に自動ドアが開閉されないことを確認した。


 歩行スペースには多くの人が床に座り込んでいたり、備え付けのベンチに身を寄せ合って座っている人、痛がっている人、スマホが使えなくてイライラしている人などがいた。

 また、歩行スペースの真ん中あたりでハイパーキメラのイベントをやっていたスタッフ達も地べたに座り込んでいた。


 さらに、これからダイドーに買い物しようと店内に入ろうとしている客は客で中に入れないため外に人だかりができている。

 風除室の間隔が広いため、中から大声を出している客もいたが、外の人達には一切聞こえていないようだ。

 3人は状況を理解しイベントブースに戻った。


「棚橋さん、ほんとに自動ドアが開かない状態でした」

 海藤は見たまんまを伝えた。


「まぁ一瞬だったとはいえ、あれだけの揺れだったし、自動ドアの緊急装置か何かが作動して一時的に動かなくなっただけだろ」

「そうだといいですけど」

「最悪もう少し待ってみて自動ドアが復旧しなかったら、裏口の従業員入り口とかから外に出ましょうよ。その方が車も近いですしー」

 宗宮も自分なりの案を述べた。

「そうですね。まずは少し待ちましょう。他のお客様もそうですが、僕らも急な出来事でまだ気が動転しています。一旦気持ちを落ち着かせてから行動するのがベストかと」

 国府もそう言った。


「そうだね。周りの整理整頓でもしておこうか。この状況下ではイベントはできない。まずはガラポンを片づけたり、散らばったノベルティを箱にしまおう。俺はPCとかシステム類を片づける」

 棚橋は、少なくとも今日のイベントの開催は中止と判断した。



 ピーンポーンパーンポーン。店内アナウンスが流れ始めた。



≪お客様にお伝えします。店長の浅川です。先ほどの大きな地震により、システムトラブルで自動ドアの開閉ができなくなっております。また、従業員入り口やシャッターもセキュリティーロックが作動してしまったようで、開閉ができない状況であります。よって、只今全ての出入り口やシャッターが一時的に開閉不可能となっております。スタッフ一同、復旧作業に取り掛かっております。少々お時間をいただく存じます。今は我々スタッフも同じく外に出ることができません。よって、お怪我をされた方は応急処置等を実行させていただきます。もし、お客様の中にお医者様や看護師様などの医療関係従事者様がいらっしゃいましたら、ご協力をお願い致します。同時に、通信端末の電波が立たないというトラブルも発生しております。原因究明を急ぐ次第であります。通信関係に詳しいお客様にもご協力を要請する可能性がございますので、その際にはよろしくお願い致します。当店のWi-Fiも利用できない状況です。ご迷惑をおかけいたしますが、全ての設備復旧に尽力して参りたいと思います。幸い電気・ガス・水道のライフラインに関しては利用できるようです。また、第2波の揺れも無いとは言い切れませんので、お体を守りつつ安全な場所にて避難、待機をお願い致します‥‥‥≫

 アナウンスが途切れた。


「え、マジ‥‥‥? 従業員入り口も出入りできないの!?」

 宗宮は独り言のようにそう言った。

「つまり、復旧するまでは事実上完全にこの建物に閉じ込められたってことか」

 海藤は俯きながらそう言った。

「そういうことになりますね。とりあえず復旧するのを待ちましょう」

 国府は言った。


「あたしさっきまで社用車にいたのにー」

 と宗宮は口を膨らませていた。

「ショップにも戻れないのか。さっきの地震は俺らの店まで揺れたのかな。全く状況が読めないな」

 棚橋も相当困った面持ちでそう言った。

「アラートが鳴らなかったことを考えたら、地震じゃない可能性もゼロではないかも」

 海藤は右手を顎に添えながら冷静にそう言った。

「ん? それどういうこと?」

 宗宮は海藤に問うた。

「つまり、この建物だけが揺れた‥‥みたいな?」

「え、え? なんの揺れ??」

「それは俺にもわからない」


「このままもし復旧の目処が立たない場合、ずっと閉じ込められたままってことになる。大混乱が起こりますよね。万が一に備えて、僕ら4人は平常心でいないと。まぁ、最新の建築技術で建てられたダイドーです。少し時間が経てば復旧するとは思いますが」

 国府はそう言うと、


「見てみろ。周囲が動き始めたぞ」

 棚橋は歩行スペースやホームセンターの方に目をやりながらそう言った。



第13話へ続く・・・。

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