第13話 混乱
4人は周囲を
歩行スペースや売り場内では、動ける人達が怪我をした人や具合が悪い人を隅に運ぶ光景が広がっていた。
第2波がいつ来るかわからないという状況から、物が再び倒れてきたり、落ちてきたりしない安全な場所へ避難させる動きだ。
浅川店長のアナウンスから、自動ドア付近に群がっていた客達は状況を理解し、怪我人の救護に手を貸そうとする人達や、恐怖心や気の動転から座り始める人達、崩れ落ちた物や倒れた物を直そうとする人達など、周囲の動きに変化が見られ始めた。
エプロンをした店員やドラッグストアの販売員が中心に、転倒し打撲や捻挫をした客や、物にぶつかり体に傷を負った客に対して、ガーゼや包帯、冷却パック、体の固定に使えそうなもの、消毒や絆創膏など、応急処置に使えそうなものを用意している。
一般客や怪我を負った人の家族もそれらを運び、周囲に浸透させるのを手伝い始める。その中には、医者や医療関係者であろう人達も垣間見えた。
『私は医者だ!』
『私は看護師です。何か手伝わせてください!』
『俺も運ぶの手伝うよ!』
『みんな手を貸してくれ!』
『俺らは他に出口が無いか探そう!』
『出口を見つけてみんなに知らせようぜ!』
ざわついた中でも、自発的に声を発する人達が出てきた。応急処置も行われていく。各々がそれぞれの考えに沿って行動に出た様子が見て取れる。
その光景は、困った人がいたら助けたい、困難な状況を皆で協力して打破したい、という人間の心理が作用し始めた瞬間だった。
「俺らも手伝いにいきますか?」
海藤は隣にいた国府にそう訊いた。
「僕もそう思ったんですが、今人手は足りているようにも見えます。逆に、僕らは一旦他に出口が本当に無いのか建物内を偵察してみませんか?」
「俺もそれは有りだと思う。もしかしたら浅川さんも把握していない出口があるかもしれないしね。3人で店内ぐるっと見て来てもいいぞ。俺はさっきの揺れで落ちた備品の破損が無いかチェックしないといけないから」
棚橋もそう言った。
「偵察! 偵察ー!」
宗宮はのんきに握った右手の拳を上にかざしてそう言った。
「おい、遊びじゃねーんだぞ。てか頭の痛みはもう大丈夫なのかよ」
「平気平気!」
「宗宮さんも体調悪くなったりしたらすぐに教えてくださいね。とりあえず僕らは僕らなりに行動してみましょうか」
国府は宗宮に気を配りつつそう言った。
「そうだね。ただ条件がある。無理な行動と3人の別行動は禁止。第2波もいつ来るかもわからない。常に警戒心だけは忘れないように。ぐるっと見たらすぐ戻ってきてくれ。約束だ」
棚橋は3人にそう警告した。
『はい!』
3人は返事をしてブースを離れていった。
棚橋は3人を不安そうな眼差しで見送った。
3人はまず1階のフロアを見て回った。
歩行スペースや、売り場内では怪我人の応急処置が行われている。
怪我人は主に高齢者が多いように見える。若者はある程度の反射神経で揺れを回避できた者が多かったのかもしれない。
隅で、家族同士固まって警戒しながら不安気な表情で待機している者もいれば、うずくまっている者、各々自分なりに行動しようとしている者、周囲を窺っている者など、まさにダイドー内は『カオス』と言っても過言ではない状況だ。
スーパーとして、買い物を楽しむ場という概念が全て失われている。
3人は出口になりそうな所を注力して見て回った。
「確かに自動ドアも動く気配はありませんし、他に出口はなさそうですね」
国府は言った。
「そうですね。主に出入り口は東側と西側にある自動ドアのみですからね」
海藤も周囲をキョロキョロ見渡した。
「あ! あそこに非常口あるじゃん。非常口マーク発-っ見!」
宗宮は西側のフードコートの奥を指差した。
しかし、その非常口の方から人が5人ほど出てきたのが見えた。
『非常口も開かねーのかよ。非常事態だっていうのによー』
と、その人たちの会話が国府達の耳に入ってきた。
「非常口もダメみたいですね……」
海藤は立ち止まった。
「非常口が本当に開かないのか確認しに行きましょう」
国府はそう言って、3人は非常口の前まで行き、ドアノブをガチャガチャと回してみたがびくともしなかった。
(確かに開かないな)
「ねぇこの非常扉さぁ、ひねる鍵のつまみ部分とかもなくない? 何だっけ、サムターンってやつ? 開けたり締めたりできないじゃん。非常扉って元々付いてないんだっけ?」
宗宮は扉の眺めながらそう言った。
「確かに……。おかしいな。鍵穴とかも何も無いし、ノブしか付いてない」
国府も扉に違和感を感じた。
それはまるで、ドアノブみたいなものが付いているだけの分厚い鉄板のように見えた。
「もしかしたらこの非常扉もシステムとかで遠隔で開閉するようになってるのかも。わからんけど」
海藤は国府の方に顔を向けながらそう呟いた。
「うーん‥‥。まぁ今わかることはこの非常口も役に立たないということですね。後でここのスタッフに聞いてみましょうか」
「ねー! 屋上は? 屋上も駐車場だったよね?」
宗宮は咄嗟に次の出口の候補になりそうな場所を口にした。
「行ってみましょう」
国府はそう言って海藤も頷いた。
3階の屋上へ行くには、エレベーターか階段でいくことができる。
「エレベーターで行くのは危険ですよね。階段で行きましょうか」
電気は使えるためエレベーターは動くのだが、海藤は災害の場合にエレベーターに閉じ込められてしまうケースも想定した。
「そうですね!」
屋上の駐車場出入口は3階にある。3人は階段を駆け上がった。
3階に行くと、白色基調の床が広がっておりフロアは広く、隅には大中のカートと子供用のカートが乱雑に散らばっていた。恐らく揺れる前はきれいに並べられていたのだろう。
この3階は屋上の駐車場出入口のみのフロアである。その出入り口も自動ドアであり開閉しない。あとはエレベーターがあるだけだ。
ただ、このフロアでも自動ドアの前で復旧待ちをしてたむろする人や、休んでいる人、また応急処置を受けている人もちらほらいた。
国府は、自動ドアの前に立っている30代くらいの痩せ型の男性に話をかけた。
「やはりここの自動ドアも動かないですか?」
「あ、あぁ、そうなんだよ。参ったよ。急な地震だから仕方ないとはいえ、嫁と子供が家で待っているしな。ケータイも繋がらないし。多分今頃嫁から鬼電がきてるかもしれない。俺、子供が産まれたばっかりだからさ、ホームセンターで粉ミルクとおむつを買ってすぐ帰るつもりだったのに。いつになったら復旧するんだよまったくー」
その男性は自分のことに加え、家で待つ家族の心配をしていた。
それもその筈。産まれたばかりの赤ちゃんがいるのなら、1秒でも早く帰ってあげたいというのは父親の心情だろう。
国府も友里恵がいるからこそ、その気持ちは理解できる。
買い物は自分の生活を便利にするために行うものだ。
買い物をしている時はわくわくするし、それがストレス解消になるという人もいる。欲しいものが手に入った時は幸福だ。ただ先程の急な揺れがその多くの幸福を一瞬で奪い去り、人々を不安と恐怖に陥れた。
「ここにいても何もできそうにないですね。あとは2階のフロアを見てみましょう」
国府はそう言って、宗宮、海藤は大きく頷いた。3人は上がってきた階段を下りていく。
2階は100円ショップ、とぐち書店、ちょっとしたゲームコーナーがあるフロアだ。
2階での声かけはNGだったため、どんな風になっているかしっかりと見れていなかったが、100円ショップは『ダイドー』なのでとにかくデカい。
道内でも100円ショップの中ではトップクラスだろう。
2階フロアの8割は100円ショップダイドーで占めている。ゲームコーナーには、沢山の種類のガチャポンが設置されている。おそらく100種類以上はあるだろう。いかにも子供や大人が立ち止まって眺めたくなるような種類である。
あとは若者が好きそうなプリクラ機や、クレーンゲーム機も多数設置されていた。とぐち書店は、100円ショップの真向かいにある。マンガや雑誌、ビジネス書や小説が豊富に陳列されていたであろうが、今はもうぐちゃぐちゃだ。揺れの影響を大いに受けている。
100円ショップの商品は床に散らばっており、食器やグラスもばらばらに割れている。
ゲームコーナーに設置されているガチャポンやクレーンゲーム機も少しずれている。
営業開始したばかりのダイドーにとって予想だにしなかったことだろう。多大な損害を被っている。ダイドーのオープンに携わった人達の努力が水の泡だ。恐らく今頃サイトやテレビでは大きなニュースとして取り上げられているだろう。
もちろん2階にも非常口があったが、1階の非常口と全く同じ造りになっており開閉は不可能だった。
1階の歩行スペースから3階の屋上の天井までは吹き抜けになっており、3階屋上と2階からは顔を出して、1階の歩行スペースを見下ろすことができる。
国府達は柵から頭を少し出して周囲を見渡した。そこからは、手当を受けている人やベンチに腰かけている人、数人でウロウロしている人達や、家族でまとまって事態を警戒している様子の人達、そして、イベントブースの方に目をやると備品を整理しているであろう棚橋を目視できた。
海藤が言葉を発した。
「この建物‥‥‥、窓無くないですか?」
『え?』
国府と宗宮は、海藤に目を向けた。
「窓がありません。さっきから探してたんですがどこにも」
「なんで窓なんか探してたのー?」
宗宮は訊いた。
「もしこのままこの最悪な状況が改善されなかった時に、窓があればそこから助けを呼べたり脱出の糸口とかになるかもしれないだろ?」
「言われてみれば確かに無いですね」
国府は周囲を再度確認しながらそう言った。海藤に言われて初めてそのことに気付いた。
「てことは外の様子を確認するには、1階の2つの自動ドアか、俺らがやってたイベントスペースのガラス張りの壁からしか確認できないってことですよね。しかも、あのガラスは分厚いブロック素材だから、中からだとぼやけて外をはっきりと見ることができませんよ」
海藤は分析する。
「ホームセンターの方にも窓は無かったのー?」
「俺はホームセンターの方でティッシュ配ってたからね。窓らしきものは無かったのは覚えてるんだ。結構周り見ながらやってたから」
「えー、もし本当にどこにも窓が無いとしたら、建築法みたいなのに引っかかったりしないのかなー? なんか建物を建てる時に『窓は絶対つけなさい!』みたいなのとかありそうだけどねー」
宗宮は首を傾げながらそう言った。
「確かに。ただ今言えることは、目視できる窓が存在しないということと、外と出入りするにはあの2つの自動ドアか従業員用出入り口しかないってことですね。つまり、やはり復旧するのを今は待つしかない。お店の方達も今必死に改善しようと努めている筈ですし」
国府は顎に右手を添えた。
「ついでになんですけど、歩行スペースのあの茶色い丸い模様なんか変じゃないですか? 国府さんなんか感じませんか?」
海藤は国府に共感を求めた。棚橋が言ってたやつだ。2階から見下ろして見たからこそ、余計に気になったのだろう。
国府も2階から見下ろしながら、茶色の丸い床の模様を全体的に見ることができた。国府はそれを見て海藤の言わんとしていることは何となく理解出来た。
「5つ、ですかね? 確かにありますね。まぁ模様の位置はバラバラで統一性はありませんね」
国府は海藤の指を差す方を凝視した。
「もーまだそれ言ってんのー? 国府さんも返答困ってんじゃーん」
宗宮は呆れ顔でそう言った。
「はいはい、もう言いませんよ。すみませんでしたー。じゃあそろそろ棚橋さんのところに戻りますか」
「あ、あぁ、そうですね。戻りましょうか」
「あたしら完全に閉じ込められちゃったねー」
「まぁ今だけさ」
海藤は冷静さを取り戻そうとそう言った。
3人は2階フロアをぐるっと見てから、階段を降り棚橋のいるイベントブースの広場に戻った。
時刻は14時05分を回っていた。
「おぉ、おかえり! どうだった? 偵察は」
棚橋は訊いた。
イベントブースの回りはきれいになっていた。ノベルティやモック(スマホの見本品)、システムを扱うノートPC、電卓やトレイ、テーブルシートが全てコンテナケースにしまわれ、円柱の柱の横に積み上げられていた。
ポップやポスターは外され丸めて紙袋にまとめて入れてある。バックパネルも横向きに寝かした状態にしてあった。
テーブルと椅子だけは出したままだった。3人が偵察に行っている間、棚橋はきれいに整理してくれていたのだ。
「どこにも出口になりそうな所はありませんでした」
海藤はすぐにそう答えた。
「非常口もなんか変なのー」
「え! そうなのか?」
「僕たちは確かに結構見て回りました。そこでわかったことがあります」
国府もそう言って息を吐いた。
「どんなことだ?」
棚橋は顔色を変えた。
「はい、4つあります。まず出入口はこの歩行スペースの2カ所の自動ドアと従業員出入口しかなく、今はやはり外には出られないということ。非常口もちゃんとあるのにその扉も開閉できないということ。3階の屋上駐車場の出入り口も自動ドアでそれも動かないということ。そして、この建物には窓が無いということです」
国府は指折りながら説明した。3人で偵察して少なからずはっきりとわかった情報をまとめて棚橋に伝えた。
「なるほど、おまけに通信手段も遮断されたままか。窓が無いっていうのもなんか変だね。普通どの建物にもどこかしらに窓はあるはずだけど」
棚橋は俯きながらそう言った。
「海藤君がそれに気付いたんですー」と宗宮。
「つまり今は復旧を待つしか方法はありません。最悪、状況が改善されなければ自動ドアを破壊することも必要になるかも」
海藤は呟くように荒い言葉を言い放つ。
「まぁ、とりあえずもう少し待ってみよう。何の指示もない状況で自動ドアを破壊なんてしたら器物破損で訴えられ兼ねない。今のうちトイレとか済ませておいた方がいいぞ」
「あたしトイレにいってくるー」
「じゃあ、俺も」
「いってらっしゃい。 とりあえず3人ともお疲れ様。貴重な情報をありがとう。3人も少し休みなさい。そのためにテーブルと椅子だけはこうやって出しておいたからさ。水分補給も忘れないようにな」
『はい!』
3人は、棚橋の言葉で希望を取り戻したかのように返事した。
♢
国府達は、イベントブースのテーブルに固まって座りながら復旧を待ち続けた。
地震発生から2時間が経過しようとしていた。この閉鎖された事態が未だに改善されない。
時刻は15時半を過ぎたところだ。
客達のストレスも溜まる一方である。そのストレスが極限に達するのも時間の問題かもしれない。店内の客は数百人、いや千人以上いるのかもしれない。その数は把握出来ない。
ただ、その未知数のストレスが一気に爆発したらたまったものではないだろう。想像が出来ない。ただそれは、復旧作業に一生懸命努めているスタッフ達も同じ状況だ。1秒でも早く改善したいに決まっている。
その時、ピーンポーンパーンポーン‥‥‥。アナウンスが流れた。
第14話へ続く・・・。
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