第65話 被害者の会 【はじまり】

 ♢


 次の日、国府はスマホでチラシに記載されたQRコードをかざしていた。


 友里恵が言ったことは一理あると思った。被害者の会に参加することで、心を癒してもらおうなんて思っちゃいない。ただ日常が返ってきたとは言え、国府の心の中で、(なぜ罪もない人達が殺されなきゃならなかったんだ)、という憤りだけが残っているのも事実だ。


 国府はスマホの画面に表示されたURLを見ると、胸を締め付けるような思いが錯綜した。

 (あの死闘で、みんな生きてスーパーダイドーから脱出するために棚橋さんや宗宮さんも命を懸けてヤツラと闘った。だが、殺された。無残にも。あれは目を覆いたくなるような光景だった。今も昨日のように思い出せる。自分は助かり、この先ものうのうと生きていくのだろう。たしかにそれは生き残った人間の定めである。でもそれでいいのか? せめて死んだ棚橋さんや宗宮さんに示しがつく何かをしたい。全て決して忘れてはならないんだ。今は情報を集め続ける。何が正解かはわからないけど、今はそれしか思いつかない。今は‥‥‥、)


「行くことにしたんだ」

 友里恵はキッチンで食器を洗いながら、カウンター越しでそう声をかけた。

「うん。そうすべきだと思ってさ」

「いいと思うよ」

 友里恵は言った。


 国府はそのURLをタップすると、必要事項を入力するページが表示された。

 名前・住所・連絡先・メールアドレスを入力し送信してから、返信メールを受け取る形式だった。返信メールはすぐに届いた。



~『ダイドー事件 被害者の会より。


 スーパーダイドーの悲惨な事件に巻き込まれた被害者の方々へ。

 あなたのその参加しようと決意した強いご意志、勇気こそ、人生の望みと大きな希望を秘めています。ともに大きな一歩を。


 後日、日程と会場の詳細を記載したメールをお送りいたします。今しばらくお待ちください。


        NPO社会福祉法人 慰心の会 代表 香咲 真理』~


 という内容のメールだった。



 国府はメールを友里恵に見せた。

「どれどれー。ふ~ん、なんか宗教みたいじゃない?」

 友里恵はさらっとそう言った。

「あぁたしかに言われてみれば」

「わかんないけどさ、もし変な勧誘とかあったらすぐ断りなよ。どんな人達が来るかわからないんだしさ」

「もちろんそうする」

 国府は返信メールを待つことにした。


 ♢

 

 返信が来たのは2日後の10月23日だった。


~『大変お待たせ致しました。

  被害者の会の日程が確定しましたのでお伝えします。


 場所;東和大宝ホール 大会議室

 住所:北海道 東和町1条13丁目2-1

 TEL:01○×-●×-△■×♦

  ①:10月28日 13:00~15:00

  ②:11月2日 13:00~15:00

  ③:11月7日 13:00~15:00

 ご都合がよろしい日時の番号を選びご返信くださいませ。

 ※ 例えば、①番の日程がよろしい場合は、『①』とだけ書いてこのアドレスに返信してください。(上記日程での参加が難しい方も個別にご返信ください。)


 皆様に、お会いできることを心待ちにしております。


        NPO社会福祉法人 慰心の会 代表 香咲 真理』~



 国府は『①』とメールに打ち込み返信した。休暇中の国府にとって日時はいつでもよかった。

 (被害者の会とはどういうものなんだ? どこまでが被害者なんだ? ダイドー事件に巻き込まれた人達は殺された後、ほとんどが喰われてしまった。もちろん生き残った人間は被害者だが、殺された人の遺族もある意味被害者とも言える。藤原さんだって、松江さんだってそうだ。

 もし被害者だと感じた人達が全員参加したとすれば、かなりの大人数なのではないか? 会場はそれだけ広いのか、どんなことをするのだろうか。八城さん達はどうしているだろう。さすがにあの人達は参加するわけがないよなぁ‥‥)



 ♢



 10月28日、国府は被害者の会当日を迎えた。時刻は12時を回ったところだった。


 友里恵は昼食を用意してくれた。パンケーキにブラックコーヒーだ。国府はバターとブルーベリージャムを付けて食べた。

「そろそろ行くのね」

 友里恵は声をかけた。

「うん行ってくるよ。車ちょっと借りるね」

「おっけー。東和町だから車で20分くらいかな?」

「まぁそのくらいだな」

 国府は靴ベラを使いスニーカーを履いた。

「気を付けてね」

「うん。行ってくるよ」

 国府はそう言って駐車場に向かった。



 車を走らせ20分が過ぎた。

 東和町は国府が住む幌平町の東側に位置する。その東和町の北側に、あのスーパーダイドーが聳え立つ白別町がある。

 東和町に行くにしても、JRも通っているし、車もあればそれほど遠くもない。

 町自体は白別町の方が大きいが、被害者の会があえて白別町で開催しないのは、スーパーダイドーがあるからだそうだ。あの忌々しい建物を見てトラウマに感じている被害者の方もいるかもしれない、という主催者側の配慮だと、そう返信メールに小さく書かれていた。



「これが東和大宝ホールか」

 時刻は12時40分。国府はスマホのナビを閉じ駐車場に入った。開始まではまだ時間がある。

 建物は半円柱を横に倒したような白い建物である。

 入口はガラス張りで、まるでコンサートホールをイメージさせるような外観だった。ちょろちょろと人が入っていくのが見える。


 国府は車を降りて中に入った。

 2階建てでエントランスは広く、吹き抜けの天井が高かった。2階からはエントランスを見下ろせるつくりになっている。

 天井には所々に四角い窓のようなガラスや、ステンドグラスが装飾されており、いろんな角度から光が差し込んでいて綺麗だった。

 通路や端に置かれているソファ、通路中央にある大きな柱に設置されているベンチには被害者の遺族と思しき人達や、ひとりで始まるのを座って待っている人達がいた。

 最初の日程なので、参加者が多いのか少ないのかは正直わからなかった。


 エントランスを歩いていると、右の通路側に向かい合って座れるようなソファが置かれた空間があった。そこに目を移した時、国府は男と目があった。

 その男は、肩まである長髪をグレー色から茶色へグラデーションカラーにしている男だった。


「あっ!」

 国府は思わず声が漏れた。



 その男は、―――――—八城 伸だった。



「国府さんじゃないですか」 

 八城はソファから立ち上がり国府に近づいた。

「や、八城さんっ!」

 国府は驚いて声を張った。

 とその時、

「しっ」

 八城は人差し指を口元に立てた。

「えっ」

 国府はまた驚いた表情をした。

「話はあとで。こちらへ」

 八城は少し声のトーンを小さくしてそう言った。

「あ、はい」

「みんなもいますよ」

「え、みんなって!?」

「来たらわかります」

 八城は国府をがいるというソファのある場所へ誘導した。



―――――「よう、国府」

―――――「国府さん、お久しぶりです」

―――——「あ、SoCoモバイルの」



「鮫島さん、奥原さん、阿古谷さん!」

 3人はソファに座っていた。国府は驚きを隠せなかった。

 向かい合ったソファの間には、ガラスのテーブルが置かれている。


「まさか同じ日程にかぶるなんて。にしても国府さんにまたお会いできて良かったです」

 と八城は言った。

「みなさん無事で良かったです。もう会えないかと思いました」

「3人から色々とダイドーの後日談を聞きました。棚橋さんと宗宮さんのこと、非常に残念です」

 八城は表情を曇らせた。

「店長さんのことも自殺という線で捜査しています。遺書のようなモノもあったので、恐らくふたりの死が関係していると踏んで間違いないと思います。ほんと残念です」

 と奥原。

「はい‥‥。それもあって今日参加しようって覚悟で来ました」

 国府は真っすぐな目でそう言った。

 八城はその目をじっと見た。


「我々警察は首謀者の行方を追っています。俺は八城さんに誘われたとき、この会自体が捜査対象として役に立つかもしれないと思いここに来ました。絶対に見つけ出してムショにぶち込んでやる」

 奥原はあくまでも捜査のためだそうだ。聞き込みでもするのだろう。たしかに被害者や被害者遺族が集まるこの場所は、警察組織が知り得ていない情報が転がってるかもしれない。奥原にとっては絶好のチャンスということだ。奥原以外には警察の人間はいないらしい。


「うちはこの男に誘われて稽古放棄して仕方なく来てやった。なんか色々言いくるめられてさぁ」

 阿古谷は八城を横目で見て、腕を組んで嚙んでいたガムを膨らませた。

「あー言いくるめられちゃったんですね。八城さんそういうの得意そうですもんね」

 国府がそう言う隣で八城はふふんっと鼻を鳴らした。


「ところで国府、海藤はどうした?」

 鮫島は訊いた。

「あ、えっと、あれからどうしてるのかはわかりません。この会に参加するかもわからないです」

「そうか。まぁ無理もねぇか」


「はいでは国府さんも集まったことですし、会が始まる前に少しみんなと話をしておきたいことがあるのですが」

 八城は掌を軽くパンッと合わせ鳴らした。

 みんな八城に顔を向ける。

「そもそも僕らはこの会で心を癒そうとは思っていません」

 と八城は国府にそう言った。

 国府は、自分もそうだ、と言うようにコクリと頷いた。

「国府さんもそのようですね。あなたのさきほどの目を見たらすぐにわかりました」

 八城の観察眼が働いたようだ。相手の目の動きでおおよそ心が読めるというあれだ。

「さすが八城さんですね。こんな会で心が癒えるとは到底思えません。僕は情報を集めに来たんです。死んだ棚橋さんや宗宮さんのためにも。でも八城さん達がいてくれて心強いです」

「実は僕らも国府さんに会いたかった。でも国府さんは僕らよりも早く退院してしまったから」

「僕が今日この会に参加するって知ってたんですか?」

「いえ知りません。偶然ですよ。でも来るかもっていう気はしていました」

 八城はにこっと微笑んだ。

「八城さん達は同じ日に退院したんですか?」

「いえ。別々でした。僕から3人に参加を提案したんです」

「そうだったんですか」

「ラインを交換し日程を合わせたんです。後ほど国府さんとも連絡先を交換しておきたい」

「はい。わかりました」

「この男、うちが寝てるのに勝手に病室入ってきたんだよー。やっぱヘンタイだよねー」

 阿古谷は八城を指さして言った。

「ちょっと阿古谷さん、人聞きが悪いですよー」

「八城お前、夜這いが趣味だったのかよ」

 鮫島は両手を頭の後ろに組んで言った。

「そんなわけないでしょう。僕は阿古谷さんだけでなく、あなた方の病室にも顔を出してますからね」

 八城は、はぁっとあきれた表情をしながらそう言った。

 国府は3人のやり取りを見て目が点になった。隣で奥原はクスクス笑っていた。


「まぁいいです。本題に入ります。あまり大きな声で言えませんが、この被害者の会、何かがおかしいんです」

 みんなは『え?』っという顔をしながら、八城の不可解な言葉に耳を傾けた。


「おかしいって、何がだよ」

 鮫島は訊いた。

「僕がこの被害者の会に参加しようと思ったのは、その違和感を解明するためです」

「違和感の解明? 病院ではそんなこと一言も言ってなかったじゃん」

 阿古谷は首を傾げた。

「俺には『どうしても香咲 真理の話が聞きたいから付き合ってくれ』って、そう言ってたよな?」

 鮫島は頭の後ろに組んでいた両手を解き、前かがみになった。

「あれは嘘です」

「嘘かよ」

「えぇ。まず僕が持っているこのチラシ、どこにあったと思います?」

「え、もらったんじゃないの?」

 阿古谷は立って話してる八城を見上げて訊く。

「いいえ。僕がいた病室のベッドの下にあったんです」


『え!?』

 みんなは目を丸くした。


「みんなの病室には無かったんですが、国府さんの病室にも無かったですか?」

「はい。お見舞いに来てくれた上司が、外で配ってたからって受け取って僕に渡してくれたんです」

 国府はしれっとそう答えると、

「え、ちょっと待ってください。このチラシを外で配ってた人がいたんですか!?」

 八城は驚いた顔をして言った。

「は、はい。そう聞きましたが――」

「その配ってた人ってどんな容姿をしてたかとか何か聞いてませんか?」

「いえ、とくに何も言ってませんでしたよ」

「なるほど。配布してた人を見たって方はいませんか?」

 鮫島達は首を横に振る。

「まだ僕の意識が戻っていないときに、配布していたということですね」

「八城さん、そのチラシ誰がベッドの下に置いたのか謎ですね」

 奥原は警察官の目をしていた。鋭く、捜査モードの目だ。

「そうですね。まさかドアの下からスッと潜り抜けて入ってきたなんてことは考えにくい‥‥」

「なんか気持ち悪っ」

 阿古谷は言った。

「えぇ気味が悪いです。まずこのチラシのことを看護主任さんに伺ったら、心当たりが無いと言っていました。それに僕ら被害者が入院していた4階の掲示板にだけこのチラシが貼られていたことを伝えたら、そもそもこのチラシを配布または貼り付けること自体病院側は許可していないとのことでした」

「つまり勝手にチラシを病院内に浸透させて、被害者達を会に募ろうとしている、ということですか」

 奥原は気難しい顔をして言った。

「てか誰も注意しなかったのかよ」と鮫島。

「恐らく注意できなかった。病院側はそこまで気が回らなかったんでしょう。マスコミや遺族の方、被害者家族などでごった返してましたから」

「あえてそのタイミングを狙った‥‥とか?」

 阿古谷は訊いた。

「うーん、わかりませんが不自然なのはたしかです。『チラシを被害者全員に均等に配りました』ならまだわかるんですが‥‥。国府さん、そのチラシを受け取った上司の方にどんな容姿をしていたか訊いていただけませんか?」

「はい、もちろん大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

「あの、でも何のためにそこまでして被害者を募ろうとしてるんですかね?」

 国府も疑問を投げかける。

「わかりません。もし本当にこのチラシに書かれていることが目的ならツッコムところは無いんですが、腑に落ちないことがもうひとつあります」

「なんですか?」

 奥原は問う。

「このNPO社会福祉法人 慰心の会についてです。色々と調べてみたんですが、設立されたのがダイドー事件が起こる4か月前なんです」

「ん? 4か月前?」

「はい。そんな新設したばかりの法人が病院でグレーなことしてまで被害者を募り、今回のこの会を開催しようとしいる。しかもNPO法人がですよ?」

「なるほど。八城さんあなた、この会がダイドー事件と何か関係があるかもとお考えですね? あなたのことだ。きっとそうでしょう?」

「関係してると仮定したとしても、どう関係してるのか見当がつきません。ですが何かが引っかかるんです。念のため警察の捜査でも、この慰心の会という法人も捜査対象として調べた方がいいかもしれませんよ」

「わかりました。八城さんの仮説は当たりますからね」

 奥原はそう言ってメモ帳にすらすらとペンを走らせた。


 とその時、


 ガチャっという音がエントランスに響き渡った。

 国府は腕時計に目を向けると、13時05分だった。


 扉の向こうから白いスーツを着た女性が出てきた。その女性は、きらびやかな金色の布地に、白と黒のダイヤの模様が入った輪袈裟のような布を首にかけ、両肩から垂らしている。

 その女性は一礼して、

「大変お待たせ致しました。それでは被害者の会を開催しますので、中へお入りください」

 と言った。

 参加者はぞろぞろと中に吸い込まれるように入っていく。


 ソファに座っていた鮫島・奥原・阿古谷は立ち上がり扉に目を向けた。


「始まりますね」




第66話へ続く・・・。 

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