第44話 死闘~ 奥原 一 VS 牛【後編】
ドタッドタッドタッドタッドタッドタッドタッ
牛は奥原が身を潜めている家具・家電コーナーの商品棚に猛スピードで突進した。
ガシャアァァァァン、バリバリ、ガシャシャァァァァンッ!!
ガン、ガン、ガシャアァァァァンッ!!
商品棚がドミノ倒しのように倒れていった。脳が震えるような音が響き渡り、商品がいたる所に散らばった。
「うわぁぁぁっ!!」
奥原は倒れてきた商品棚の下敷きになってしまった。
牛は倒した商品棚に向かってマシンガンを構え、
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!
マシンガンを連射させた。金属部分に当たった弾が弾かれる音や、散乱した商品が舞い上がり火薬の臭いが充満した。
「うっ‥‥‥」
奥原は右肩、左太腿、左脇腹を1発づつ撃たれてしまった。激痛が走ったが、ぐっと堪え左手で口を押えた。叫んで居場所がすぐに特定されないようにするためだ。
(クソ‥‥、ここから出ないと殺される)
倒れてきた商品棚は展示されていた家具につっかえて少しの隙間ができていた。奥原は撃たれた痛みを我慢し、
隙間から出ようとしたその時、目の前に2本の脚が見えたのだ。奥原は心臓が凍り付いたような感覚に襲われた。牛がすぐ目の前に立っているのだ。
牛は倒された商品棚に手を掛けた。奥原は今の状況からでは反撃することはできない。
ガシッ、
ガシャアァァァァンッ!!
牛はドミノ倒しにされた商品棚をいとも簡単に押し上げた。覆い被さっていた商品棚は逆側へまた倒れていった。
「ふしゅうぅぅぅぅぅぅぅ‥‥‥」
牛は奥原を見下ろしながら、ゆっくりとマシンガンの銃口を向けた。
「‥‥っお前どんな怪力してんだよ」
奥原はそう言って、
パシュッ!
ネイルガンを1発発射させた。その釘は銃口の中に吸い込まれるように入っていった。
牛はマシンガンの引き金を引いた次の瞬間、
ボガァァァンッッッ!
マシンガンは破裂し、半分ほど吹き飛んだ。
「ふっ‥‥お前の武器はもう使い物にならないな」
奥原のこの状況下での判断能力と命中力は半端なものではない。もしマシンガンを破壊できなければ間違いなくハチの巣にされていただろう。
「‥‥うぅぅぅぅ」
牛は唸り声をあげた。怒りなのか悔しさなのかはわからない。ただ人間の心を持っていない牛のメンタルに何かしらのダメージを与えたのは確かだった。
破壊されたマシンガンを放り投げ、右手で奥原の首根っこを掴み持ち上げた。床から足がみるみる離れていき、気道が圧迫され苦しくなった。奥原の顔色が徐々に赤くなり、撃たれた傷口の痛みも追い打ちのように襲いかかってきた。
「うっ、く‥‥‥」
奥原は両手で牛の右腕を掴むがびくともしない。このまま喉を潰されるのかもしれないと思った。
(なんて硬い腕なんだ‥‥、はっ!?)
そして、牛の背中に背負っている物が何なのかがはっきりと見えた。
—―—―—ショットガンだ。牛の肩からかけられたベルトには円柱型の弾が装備されている。
(こいつ、もう一丁持ってやがるのか!?‥‥)
牛は奥原を斜め上へ投げ飛ばした。
「うわぁっ!」
奥原は宙を舞った。「ゲホォッ、ゲホォ、ゲホォ‥‥」急に開いた気道に酸素が送り込まれ咳き込んだ。喉を押さえながら牛に焦点を合わせたその時、
「おい嘘だろ‥‥‥」
牛はショットガンの銃口を無防備である奥原に向けている。空中では牛の攻撃を回避することは不可能だ。奥原は咄嗟にネイルガンを胸の位置に持っていき防御体勢に入ろうとした。
ズドォォォォォォンッ!!
「ぐはぁぁぁあっ‥‥」
奥原はショットガンの威力で忍者村コーナーの方へ吹っ飛ばされた。
ガシャアァァン、めきめきめき、ガシャシャアァァァァン‥‥‥。バキバキ‥‥。
奥原は忍者村コーナーの木材で作られた長屋型イベントブースに激突した。イベントブースには大きな穴が空き、そこでぐったりと倒れている。
忍者グッズや歴史資料、お土産用のお菓子などが散らばった。その衝撃でガラスショーケース棚が割れて、中で展示されていた忍具や模造刀も散乱した。
「ゲホッ‥‥」
奥原は吐血した。
ネイルガンは粉々に粉砕され、背負っていたショルダーバッグからもロール釘が消えていた。武器はもう無い。
咄嗟に胸の位置に構えたネイルガンが、ショットガンの弾から心臓を守り致命傷を紙一重で免れたが、細かな散弾が肺や腹部を貫いた。とてつもない痛みが襲う。身動きひとつ取れない。意識が朦朧としてきた。口の中は血の味しかしない。
「ぐっ、く‥‥、う、動け‥‥ねぇ‥‥‥」
カシャコン
牛はショットガンのハンドクリップを前後にスライドさせた。使用済み弾薬がコロンコロンっと転がった。ショットガンを右肩に乗せるように添えて、奥原が飛ばされた方向へゆっくりと顔を向け、忍者村コーナーへと歩き出した。
奥原は痛みを堪えながら、どうにかして体を動かそうとした。うつ伏せになり腕の力だけで少しづつ移動した。
「がはぁっ‥‥。うぅっ、はぁはぁ。ダメだ、体がいうことをきかねぇ。あばらも何本かやられてやがる」
そう呟きながら、『死』という一文字が脳裏に浮かんだ。
(鮫島さん。みんな‥‥。署長‥‥。相馬さん‥‥。南‥‥。俺はもうダメみたいだ。短い警察人生だったな。昇進して母さんを安心させてやりたかった。母さん‥‥ごめん)
奥原はそう思いながら床につけている耳に、のしっのしっのしっと牛がこっちに近づいてくる足音が伝わってきた。その足音は死へのカウントダウンかのように感じた。
(はぁ‥‥、父さん、俺ももうじきそっちに逝くよ)
奥原は目を瞑ろうとした時、あるものが転がっているのに目が止まった。
(ん? あれは‥‥)
わずかな力でそれに手を伸ばした。届きそうで届かない。
「ふぅんんーっ」
足に力を入れ、床を蹴りながら腹這いで動いた。右手を限界まで伸ばしてぎゅっと掴んだ。奥原は小さな笑みを浮かべた。
—―——弓だった。
忍者村コーナーで展示されていた忍具のひとつだ。側には矢も1本だけ落ちていた。
「父さん‥‥、死ぬのはまだ早いって言ってんのか」
奥原は大学時代に弓道部に所属していた。全道大会では準優勝した経験もあるほどの腕前だ。忍具だからなのか弓道部で使用していた弓と比べてややコンパクトな弓だ。矢の先には鋭利な
(この矢、本物だ。殺傷能力は十分にあるだろう。もうこれに賭けるしかない)
しかし、もう立つ力は残っていない。弓を左手に持ち、右手で矢を握り、両膝をついてなんとか上体を起こした。
「はぁ、はぁ‥‥。来やがれ‥‥」
牛は前方からショットガンを抱えながら、のしっのしっと歩いて近づいてくる。そして、ショットガンを下ろしいつでも発射できるような体勢に変えた。
奥原は弓に矢を
キリキリキリキリキリキリ
弦がしなる音が耳に伝わる。向かってくる牛にしっかりと鏃をむける。
牛は奥原の態勢に警戒し、歩くのを止めショットガンを構えた。
「ふしゅぅぅぅぅ」
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!!」
奥原は叫びながら右手をしゅっと離した。
ヒュンッ
放たれた矢は目にも留まらぬ速さで一直線に飛んでいった。
—―—―—―—グザッ!!
「うぉおおおおおおおおお」
その光線のような矢は牛の頭に突き刺さった。
プシューーーーーー
額から血が勢いよく噴き出した。
ズドォォォォォォンッ!!
その反動でショットガンが発射され、牛はそのまま背中から倒れ、床には大きな血だまりができた。牛は二度と動くことはなかった。
「うっ‥‥、はぁはぁ‥‥。任務、完‥‥」
バタッ
奥原は左手で右胸をぎゅっと抑えて倒れてしまった。
放たれた矢は、最後の力を振り絞った渾身の一撃であった。
第45話へ続く・・・。
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