第56話 連絡
時刻は17時。相馬に一本の電話が入った。
「はい相馬です」
部下からだった。
周囲が騒がしい。女性の喚くような声や男性の何かを規制するような声、サイレン音も聞こえた。部下は早い口調で話すので、始めは何を言っているのかわからなかった。隣にいた南は、ぽかんとした顔をしている。
相馬は、落ち着いてゆっくり話してくれと促した。部下は話を続ける。受話口からぼそぼそと微かに声が漏れている。南はそれを拾うように耳を澄ました。
「で、どうしたんだ。あぁ、‥‥‥‥‥えっ!? なんだって!? ダイドーが!? あぁ‥‥、ん? それはどういうことだ!? 生存者は!? あぁ、数名‥‥。うん、うん‥‥
「どうしたんです!?」
南は相馬の様子からただ事ではないことを察した。
「ダイドーが開いたと」
「なっ‥‥」
「店内はかなり悲惨な状況らしい」
「藤原さんの情報はやはり事実だったと!? 奥原は無事なんですかね!?」
「‥‥まだ何もわからない」
相馬の顔つきが険しくなる。
「どんな状況なんですか!?」
「それは後で話す。とりあえずダイドー周辺にいる警官達の招集は中止だ。そのまま情報収集に当たらせる。南、お前は先に準備に取り掛かってくれ。俺は藤原さんに連絡する! 急げっ!」
「わ、わかりましたっ」
南は敬礼をして駆けていった。
相馬はすぐさま藤原に電話をかけた。
プルルルルル‥‥、プルルルルル‥‥、プルルルルル‥‥、
—―———「はい、藤原です」
藤原は運転中だったため、ブルートゥースイヤホンで電話に出た。
「相馬です。さっきはどうも、と言いたいところだが、藤原さん! 今どちらにいますか!? まだそう遠くまでは行ってないですよね」
「え、今幌平町に向かっていたところですが」
「藤原さん! 今すぐ引き返してくれ!!」
「ど、どうしました!?」
藤原は突然の相馬の台詞に動揺した。
「ダイドーが開きました! 自動ドアが開いたんですよ!!」
「えっ本当ですか!?」
藤原の声のトーンが上がる。
「はい。今さっき部下から連絡が入りました」
「生存者は!? 中の状況とか何か聞きましたか!?」
藤原自身いちばん気になっていたことだった。
「生存者は数人だそうです。部下の話によると中の状況は物が散乱してぐちゃぐちゃで、さらには至る所に血だまりや血痕があったそうです」
相馬は部下から聞いた状況を話し始めた。
「数人‥‥」
藤原は息を呑む。
「はい。それに壁や床には銃弾の痕のようなものや、鋭利な刃物か何かで斬られたような大きな外傷がたくさん見受けられたと‥‥」
「そ、そんな‥‥。せ、、生存者達は今どこに!?」
「白別北悠会病院に運ばれたそうです。生存者の中に藤原さんの部下がいたかどうかまではわかりませんが、病院へ行って確認した方がいいと思います。私もこれから捜査に当たります。また何かわかり次第すぐにご連絡します」
「わかりました。ご連絡ありがとうございます‥‥」
電話を切った後、藤原は急いで白別北悠会病院に電話をした。しかし、中々電話が繋がらない。ただならぬ事態が起きていることを物語っているように。
何度かかけ直し、繋がったのは4回目のコールだった。電話に出たのは女性だった。事務の人なのか看護師なのかはわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。国府 巧という男性が搬送されていないか伺ったが、怪我人の大量搬送で慌ただしく身元確認が追い付いていないという現状らしい。直接行って確認するしか方法がなかった。
藤原は、ダメもとで国府に電話をしてみたがやはり繋がらなかった。昨日は『おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか‥‥‥』というガイダンスが流れていたが、今はきちんと発信音が聞こえた。電波は繋がっているということだ。
藤原は当惑した。胸がぎゅっと握り潰されそうになった。相馬との電話を切ってから何を優先して行動すべきなのかわからなかった。国府や宮神店のスタッフ達の安否を知りたい。ダイドーの状況を自分の目で確かめたい。松江さんにも報告しなければ。様々な考えや思いが脳内を旋回する。手が震えた。冷静でいることがこんなにも難しいなんて。真実を知るのが恐いとも思った。(逃げてはだめだ。国府さんの安否を誰よりも心待ちをしている人がいるではないか。友里恵さん‥‥。友里恵さんにまず電話だ。そう約束していたじゃないか)
藤原はそう思い、友里恵に電話をかけることを優先した。
プルルルルル‥‥、プルルルルル‥‥、プルルルルル‥‥、、、
—―———「はい‥‥。国府です」
友里恵は弱った声で電話に出た。声に力が感じられない。恐らく眠れていないのだろう。
「藤原です。今お電話大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。夫のこと何かわかったんですね?」
「はい。ダイドーの件なんですが——」
「ニュース‥‥‥」
友里恵は藤原の言葉を遮ってそう呟いた。
「えっ」
藤原は言葉を詰まらせた。
「今速報でニュースになってます‥‥。藤原さんの言ってたこと本当だったんですね」
「そうなんですね! すみません、私は今テレビをつけられる環境にいなくてですね」
「夫は無事なんでしょうか!?」
「国府さんに電話してみましたが、お出になりませんでした」
「‥‥ううぅ」
友里恵が受話器越しで泣いているのがわかった。
「友里恵さん、落ち着いて聞いて頂きたいのですが、ダイドーで事件があったことは事実です。端的に申し上げるとダイドー内で殺人事件が起こりました。しかも大量殺人です。私はその事件の情報を入手し、警察にもその事実を告発しました。警察も今動き始めています」
「さ、殺人、事件‥‥‥、あ‥‥‥、あ」
友里恵はひどく動揺している様子だ。
「生存者は数名だそうで、白別北悠会病院に緊急搬送されたと聞きました」
「北悠会‥‥病院‥‥‥」(グスッ)
友里恵は鼻をすする。
「えぇ先程病院に電話して確認してみたのですが、緊急搬送される怪我人が多く、搬送者の身元がまだ確認できていないそうなんです」
「そんな‥‥」
「私はこれから病院に向かおうと思います。ご不安かとは思いますが友里恵さんも一緒に———」
「行きます!!」
友里恵は力強い口調で藤原の言葉を遮り返答した。
「外出できる気力は大丈夫そうですか? 体調とか‥‥」
藤原なりに気を遣ってそう訊いた。
「大丈夫です! うちにいても不安で居ても立ってもいられませんから」
「わかりました。では北悠会病院で待ち合わせましょう。何が起こったのか詳しい話もお会いしてからお伝えしたいと思います。私は今白別町にいます。私の方が早く到着すると思いますので友里恵さんを待っています。到着したらお電話ください」
「わかりました。至急向かいます」
友里恵はそう言って電話を切った。
涙をティッシュで拭って出発の準備を始めた。頭の中は不安でいっぱいだった。国府が生きていることだけをただただ願った。今は詳しいことはわからない。またそれも恐怖だった。わかっていることは、自分の夫が危険な目に遭ったという事実だけだ。しかも最悪の場合‥‥‥。悪い方向にばかり考えていると余計に悪い方向へと思考してしまう。国府が今どういう状態なのかその答えだけを知りたかった。しかし、その答えを知るとなると、どんな現実であろうと受け入れる覚悟も必要だということも突き付けられる。北悠会病院に到着するまでにその覚悟を決めなければならない。
財布を鞄に雑に入れ、車のキーを持ち、上着を羽織って玄関に向かった。友里恵は外出するときは少し高めのヒールを履くことが多いが、動きやすいようにスニーカーにした。そして、戸締りをしっかりしてから、小走りでエレベーターに向かった。下のボタンを連打する。エレベーターが来るまでの数秒間がもどかしかった。いつもならぼーっとしながら待てるはずのに。エレベーターが到着して乗り込んでからも1階のボタンを連打した。
エレベーターが1階フロアに到着しドアが開くと同時に駆け出し、小走りで駐車場に向かった。スニーカーにして正解だったと思った。
車のキーのボタンを押して、助手席に鞄を放り込んだ。エンジンをかけ深く深呼吸をしてから白別町へ向かった。
(巧‥‥‥、いまどうしてる?)
第57話へ続く・・・。
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