第7章 ダイドー事変 ~開放~
第53話 閉鎖解除
海藤は、怪我を負っている国府と鮫島をベンチに座らせ、安静にしてもらっている間にハクチョウドラッグストアから、包帯や止血剤をカゴいっぱいに入れて持ってきた。ダイドー内がやけに静かである。その静寂さが気掛かりではあったが、急いでふたりの元へと戻った。
鮫島は体中の斬り傷と、胸を縦に引き裂かれたような大きな切創は、目も当てられないほど痛々しかった。国府は右脇腹から血が出ており打撲痕もひどい。海藤はふたりの応急処置を行った。止血剤を当て、その上から包帯を何重にもぐるぐる巻きにして、過去に見た医療ドラマのワンシーンを思い浮かべながら見よう見まねの処置を施した。自分にも羊の酸を浴びた火傷の箇所に止血剤を貼った。今は止血ができれば良い、そう思った。ただ、ふたりの痛がる顔を見て、自分も心が痛かった。
応急処置が落ち着いた時、
「鮫島さん、先程の質問のことなんですが————」
と、国府と海藤は、鮫島から問われた思い出すだけでも胸の中をえぐられるような辛い質問に答えたのだった。
♢
「そうだったのか‥‥」
事情を聞いた鮫島は、床を見つめながらそう言葉を漏らした。国府と海藤に何かかける言葉を探しているようにも見えたが、むやみにいたわるような言葉はかけなかった。
「俺がやりますなんて言わなければ、棚橋さんも宗宮も死なずに済んだのかもしれません。全部俺が巻き込んだんです。俺のせいです」
海藤は下を向きながら拳を力強く握った。
「海藤、お前本気でそんなこと思ってんのか」
鮫島は海藤に鋭い視線を送った。
「え‥‥」
海藤は顔を上げた。
「いちばん悪いのはこんな事態を起こした連中だろうが」
「‥‥‥‥‥」
国府も海藤も黙り込む。
「お前はなんにも悪くねぇよ。いまさら後悔なんてするもんじゃねぇ。お前ら4人は死をも覚悟して羊に立ち向かったんじゃないのか? その結果棚橋とお嬢ちゃんは残念な結果になってしまったが、命張った人間に後悔なんてかっこ悪い情は見せんじゃねぇ」
「で、でも‥‥」
「お前が思っているのは結果論だ。逆に4人とも生きて羊野郎を倒せていたら、それはそれで達成感に浸っていたんじゃないのか? 倒せて良かったって」
「‥‥‥」
海藤は言い返す言葉が見つからなかった。
「お前らは本当によく闘った。よく命を懸けて立ち向かった。人生で命を懸けたことなんて無いだろ」
「無い‥‥です」
国府は言った。
「こんな事態は現実的にはあり得ないことだ。夢かと思うぐらいのことが現実に起こったんだ。たくさんの人間が死んだ。ここはもはや戦場だった。お前ら含めて全員死を覚悟をして最後の最後まで立ち向かった。お前らふたりに言っておく。いいか? お前らのできることはひとつしかねぇ。事実を事実と受け止めて前を向いて生きていくことだ。死んだ棚橋とお嬢ちゃんに後悔の念をぶつけるヒマがあったら、ふたりの分まで精一杯生きろ、そして、ふたりのことを死ぬまで忘れるな。死んだ人間がいちばん辛いのは、自分が死んだことなんかじゃねぇ。人に忘れられてしまうことだ」
「う、うぅ‥‥」
海藤は大粒の涙を流した。国府はずっと俯いて鮫島の言葉に耳を傾け続けていた。
「鮫島さんは‥‥大切な人を亡くしたことはありますか」
海藤は涙を拭ってそう訊いた。
「‥‥あぁ、あるよ」
「どんな、方だったんですか?」
「まぁいいか。少し俺の話をしてやる。お前らの今後のためにもな。あれは4年前のことだった。ある国でテロ活動が活発化し紛争が起こった。救援救助、物資支援、援護のため、俺は自分の小隊を率いて海外派遣チームに参加した。小隊には相棒でもあり副隊長でもあった
鮫島は周囲に目を配った後そう話し出した。
「‥‥そ、そんなことがあったんですか」
国府と海藤は規模のでかい話を聞いて思考が追い付いていなかった。
「俺は自分の小隊を失い、自分だけ海外派遣チームの奴らと帰国した。『お前は自分の部下を置いてノコノコと帰ってきたのか?』、『お前はそれでも隊長か!』、『お前も戦場で死ぬべきだった』と色々と非難された。無理に同情されたりもした。あの時はとにかく底辺まで落胆し後悔ばかりしていた。どうして自分の小隊を連れて行ってしまったんだと。俺が部下達を巻き込んでしまったと。隊長であった俺も死ぬべきだったと。あいつらにも家族や子供がいたのにな。俺の小隊は優秀なチームだった。どんな任務もこなしてきた。天狗になってたんだと思う。だからこそ俺が海外派遣チームに選ばれた時にも、俺のチームも連れて行けばどんな救援や支援も、もしくはテロ組織にすら余裕に対抗も出来ると考え推薦した。しかし、その考えは甘かった。その選択が自衛官としての人生の歯車が狂った瞬間だった」
「鮫島さんが自衛官を辞められた理由って、もしかしてそのことなんですか?」
国府は恐る恐る訊いた。
「あぁそうだ。あの時の俺は後悔ばかりして酒におぼれて、落ちるところまで落ちたよ。何もかもどうでも良くなって現実逃避ばかりしていた。俗にいうダメ人間ってやつに成り代わっていたんだ」
「どうやって立ち直ったんですか?」
「退役してしばらくのことだった。一本の電話が鳴った。自衛官時代の上司からだった。復帰しないかっていう内容だった。俺はすぐさま断ったが、その電話のおかげで、ずっとこのまま後悔していても自分の人生になんら変化も起こらねぇ、ただ年老いていくだけだって気付かされた。もう前を向いて歩き出しても良いんじゃないかって。その決断こそが死んでいったあいつらへの弔いになるんじゃないかって、そう思った。だから自分の決断を曲げないために体中にタトゥーを刻んだでやった。このタトゥーにはヘタレた自分への戒めの言葉が彫られている。今は別な形で自衛官共との関係を築いている」
「そんな意味が込められているなんて‥‥」
と海藤は唖然とした。
「あ、あの、どんな関係なんですか? 今も自衛官なんですか?」
国府は質問を続ける。鮫島の話に興味が湧きのめり込んでいた。
「俺は今、民間軍事会社を創設して自衛官を育て上げる仕事をしている。俺みたいなバカなリーダーが誕生しないようにな。俺のクライアントは国防軍事省だ。日本の自衛官共に戦闘教育、ヘリやドローン、戦闘機の操縦訓練、警備や警護などの軍事的サービスの提供を行っている。現役時代の功績や経験を評価してくれている人間がいるってことだ。つー意味で元自衛官なんだよ俺は」
「う、うわぁ、鮫島さんって社長さんだったんですね」
海藤は舌を巻いていた。
「肩書はな。だからお前らにはっきり前を向いて生きろと言ったんだ。俺の経験を踏まえてな」
「は、はいっ」
海藤は、鮫島の説得力ありすぎる言葉を聞いて、暗闇の中から一気に引っ張り出されたかのような感覚になった。
「海藤、後悔することは悪いことじゃねぇ。だが、それで自分の人生を狂わせたり、他人に迷惑かけるのは間違ってる。何も変わらねぇ。後悔なんてものはな、自分を立ち直させるためにするもんだ。お前はさっき思いきり後悔したはずだ。だからもうそれで終わりだ。あとは足に力入れて立ち上がれ。じゃねぇと死んだ棚橋とお嬢ちゃんは天国でも報われねぇだろうが。お前も男だろう。しっかり前を向け」
「はい‥‥鮫島さん、ありがとうございます」
海藤は深々と頭を下げた。鮫島の言葉ひとつひとつが心の髄まで染み渡った。
「まぁ若いお前らには難しいことかもしれねぇけどな」
鮫島は目を細めた。
「鮫島さん、あの、体は大丈夫なんですか? 深い傷だと思うんですけど‥‥」
海藤は話題を変えた。
「あぁ、全然大丈夫じゃねぇな。これ以上動いたら出血多量で死ぬわ」
「なのに平然と話す感じがまた強いですね‥‥」
海藤は少し困った表情をした。
「まぁ鍛えてるからな。でも今ここに別の1体が来たらお前らを守れねぇよ」
鮫島は真顔でそう言った。
「あのー鮫島さん、話してて思ったんですが、なんか周り静かすぎませんか?」
国府は眉を顰めてそう訊いた。
「あぁ俺もそう思っていた。他の敵が襲ってくる気配がねぇ。変な気配があれば始めっからこんなに話なんかしてねぇよ」
「なんか変ですね。敵の気配が無いだけではなく、八城さん達の声や気配もない。今どういう状況なんでしょう」
国府は周囲を見渡しながらそう言った。
「八城さんなら盗み聞きとかしてそうですけど」と海藤。
「恐らくだが、ヤツラがまたどこかへ帰ったか、八城達が倒したか、または‥‥相打ちでくたばったか‥‥、それくらいしか考えられねぇ」
鮫島もダイドー内の状況に違和感を感じていた。
とその時、
ビーーー!! ビーーーー!! ビーーーー!! ビーーーー!! ビーーーー!!
昨日の耳障りなブザー音だ。しっかりとふたりの耳には残っていた。自動ドアの上部からまた聞こえてきた。2階フロアからも同じブザー音が聞こえている。
そして、またあのAIロボットのような音声が店内に響き渡った。
【タダイマ キンキュウシステム エラーノタメ ロックシステム カイジョイタシマス。 アンロック アンロック。 タダイマ キンキュウシステム エラーノタメ ロックシステム カイジョイタシマス。 アンロック アンロック。 タダイマ―————】
「え!? 解除!? 今解除って言いましたよねっ!」
海藤は、国府に顔を向けて両肩をぎゅっと掴みながら言った。
「え、えぇ。間違いありません! 解除って言ってます」
ふたりはその音声を聞き取るのに夢中になった。
「ふっ」
鮫島も口角をくっと上げた。この音声の意味を即座に理解した。
シャン!!
自動ドアの
ポォォォォォォォォン
自動ドアの起動センサー上部に5つのランプが灯った。
3人は確信した。あの殺人鬼5体は消滅したのだと。八城、阿古谷、奥原は、作戦通り一人一殺の死闘でヤツラを殺したのだと。
八城の言っていた自動ドア上部の5つの窪みが今光っている。八城の推測、見解は合っていたということだ。5つ点灯させることこそ自動ドアを開錠する条件。5体の消滅を意味している。
ただ‥‥‥‥、
≪八城、阿古谷、奥原はどうなったのか‥‥‥?》
国府達3人の疑問は合致していた。しかし、探しに行く体力、余力はもう残ってはいなかった。それぞれ闘ったエリアは把握してはいるが、この広いダイドー内を探しに行くのは困難であった。
そして、何かが突如動き出した。
ガタン!、、、 ウィ~~~~~ン
ダイドー内の自動ドアが一斉に開いたのだ。
カーテンの隙間から差し込むベールのような白く温かな光が広がってきた。ダイドー内はより一層明るく照らされた。
国府は、その光景を見て天国への入口かとも思った。『いや、僕は生きている、しっかり呼吸をしている、心臓も動いている、死んでなんかいない、生きて外に出られる、生きて外の新鮮な空気が吸える、友里恵にやっと会える、早く話がしたい、
あの地獄のような悪夢からようやく解放されるのだ。今までに味わったことのない究極の安堵だ。この包まれるような守られているような感覚はいったい何なのだろうか。光ってこんなにも人に安心感をもたらすものなのか。
外の景色が見える。夕焼けが見える。国府は腕時計に目を向けた。17時前だった。
『そうか、もう夕方か‥‥。この忌々しい空間にどれだけの時間いたんだろう。何時間だ? いや、何日間だ? 待て、、何年間だ?』
この悪夢は昨日から現在までたった2日間の出来事だ。しかし、国府にとっては、とてつもなく長い時間が残酷にも過ぎ去ったような感覚だった。時間の感覚が麻痺している。同時に、恐怖の極限状態に陥っていたことによる精神的・肉体的ストレスが荒波かのように国府を襲った。意識が遠のいていく。目の前が真白になっていく。『あれ、おかしいな‥‥』
バタッ
国府は電池が切れたかのように倒れ込んだ。
「おーい! おーーい!」
『あれ? 誰かの声が聞こえる。どこからだろう。気のせいか‥‥』
第54話へ続く・・・。
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