第38話 反撃準備

 武器が決まった国府達、八城、鮫島、奥原は、イベントスペースに戻り反撃の準備に取り掛かろうとした。

 阿古谷は2階フロアへ向かっていった。


「あ、あの、みなさん水分補給でもいかがですか? 血とかついてないきれいなやつを選んで持ってきました」

 明海は、お茶、スポーツドリンク、ミネラルウォーター、その他にもパン、カロリーメイト、プロテインバー、チョコレートなどをかごいっぱいに入れて持ってきた。


「こんなに。ありがとうございます。なんか気を遣わせてしまいましたね」

 八城は明海に駆け寄り、かごをテーブルに置いた。国府達や奥原、鮫島もそれぞれ感謝の言葉をかけた。

「いえ、私は上で引き続き監視を続けます。阿古谷さんの分持っていきますね」

 明海は自分と阿古谷の分の飲み物と食料をビニール袋に詰め込んだ。


「無理‥‥してないですか?」

 八城は明海の心配をする。

「はい大丈夫です。何か力になるって決めたんで。それに阿古谷さんも一緒にいてくれてますし。何かあったらすぐに報告しますね」

 明海は小走りで2階フロアに駆けていった。


「では、ここからは各自備えましょう」

「だな。俺は肩慣らししてくる」

 鮫島は刀を左手で持ちながらどこかへ行ってしまった。


「俺もこの奥で準備してます」

 奥原は道具を詰めた買い物かごを持って、イベントスペースの奥の壁際へ行った。


「では僕らも始めましょう」

 八城は棚橋達に呼びかけた。

「八城さんは何も準備とかしなくても良いんですか?」

 棚橋は訊いた。

「僕は大丈夫です。気にしないでください。棚橋さん達の準備が最優先です」

 棚橋は八城が自分の準備する時間を犠牲にしてまで、手を貸してくれていることに申し訳なく思った。

(八城さんはヤツラを倒すことを強制していない。『やる』と決めたのは自分達の意思だ。最善の策を考えてくれた。無駄にはできない)



 八城はかごに入れた道具を次から次へとイベントテーブルに並べていく。


 まず先に、充電式プラズマライター3個全てを棚橋達がイベントで使っていた6個口延長コードの差し込み口に挿し充電し始めた。

 次に、ガスボンベを全て開封しテーブルに並べ、ハンドタイプコードレス電動ノコギリに平形6層電池をセットした。

 刃がしっかり動くかチェックした後、真鍮パイプをガスボンベとコーキングガンにあてながら長さを測り、ちょうど良い長さにカットしていった。

 そして、コーキングガンにガスボンベをセットし、ガスボンベの先にカットした真鍮パイプを装着していく。ガスボンベがズレないように養生テープで固定した。


「あとはプラズマライターの充電が完了したら、ガス噴射口に合うようにコーキングガンの下部にテープで固定しながら装着して火炎放射器の完成です」

 国府達は八城の手際の良さと黙々と作成するスピードに圧倒され、黙って見ているしかなかった。


「なんかこれだけでもう火炎放射器っぽいですね」

 国府は未完成の火炎放射器を手に取りながら言った。

「こんな簡単に作れちゃうんだー」

 宗宮も関心を抱きながら、隣で海藤と棚橋は口をポカンと開けていた。

「火炎放射器ですけどね。でもちゃんと炎が噴き出しますので、大変危険な凶器です。完成した後は扱い方を教えます」

 八城はそう言って板金ハンマーを手に取った。

「次なんですが、これであそこのガチャポンの本体を壊してカプセルを取り出します」

 そう言って、八城はガチャポンコーナーに移動した。

 国府達もついていく。


 八城はガチャポンの上に置いてあった空のカプセルを入れるためのかごを手に取り、国府に渡した。

「カプセルはこれに入れていきましょうか」

「わかりました」

「危ないですので少し下がってください」

 八城は板金ハンマーをガチャポン本体のクリアケース部分に向かって振るった。


 バンッ! バンッ! バンッ! バキッ!!

 バンッ! バンッ! バンッ! バキッ!!


 次々とガチャポンが破壊されていく。

 床に破片が飛散り、クリアケースに大きくいびつな穴が開いた。奥で準備をしていた奥原は、何事だ?、と言うような表情でこちらに顔を向けていた。


「こんなもんですかね。国府さんカプセルの回収をお願いしてもいいですか?」

「了解です」

 国府は穴に手を入れて、カプセルを全てかごの中に入れた。


「では、皆でこの殺鼠剤をカプセルに詰めていきましょう。この袋をパーティ開けをしたいんですが、カッターかハサミはありますか?」

 八城は殺鼠剤を3袋テーブルに並べながらそう言った。

「ありますよ。ちょっと待ってください」

 棚橋は小走りで柱の側にまとめて置いていたコンテナケースの所に向かい、中からイベント時に使っていたハサミを取り出した。

「これ使ってください」


「ありがとうございます。あと殺鼠剤を詰める時はこのビニール手袋を着用してください。リン化亜鉛の成分は手汗でもホスフィンが発生する可能性があります。素手で触れるのは危険です」

 八城はビニール手袋の箱の開け口を開けながら言った。

 リン化亜鉛の危険性を考慮し、イベントスペースに戻って来る途中でビニール手袋を奪取していた。


 そして、殺鼠剤の箱を開封した。

 中から箱と同じイラストで、赤文字のDangerデンジャーと、ネズミとドクロのイラストが描かれている白い袋が入っていた。

 その袋を取り出し、イラストを真ん中から裂くようにハサミを入れた。

 すると、中からまるでウサギのうんこのような黒っぽい粒が出てきた。


「よぉし詰めるかー!」

 宗宮はビニール手袋を着用してカプセルを手に取った。

 国府達も八城もビニール手袋をつけながら、カプセルに黙々と流れ作業のように詰めていく。

 5人で手分けしてやればそこまで時間もかからずに詰め終わることができた。


「ふぅ、終わりましたね」

 海藤は小さな溜息をついた。


「えぇ。お疲れ様でした。これだけあれば十分だと思います。全部羊のヤツに食わせる必要はありません。5個くらい食わせれば怯みだすでしょう。追加で投げ入れてもかまいませんよ。できるだけたくさん食わせてガスを充満させてやりましょう」

「あとは役割分担ですね」

 棚橋は眼鏡のエッジに指先で触れた。

「そうですね。火炎放射器を浴びさせる3人と、カプセルを投げ入れる約を1人を決めたいのですが、カプセルを投げる人はある程度のコントロール性も重要視されます」


「僕がカプセルを投げ入れますよ」

 国府は右手を挙げながらそう言った。

「国府さん?」

 隣にいた海藤は横目で国府を見た。

「はい。学生時代野球やってたんで、コントロールには自信があります」

「それは心強いです。カプセル担当は国府さんで決まりで良いですか?」

 と八城。

 棚橋達も賛成の意を込めて、うんうんと頷く。

 「では国府さんどうかよろしくお願いします。棚橋さん達3人は火炎放射器を浴びせる担当ですね」


「はい、わかりました。やってやりますよ。な、海藤、宗宮」

 棚橋はふたりにそう問いかけた。

「はい! もうここまで来たらやるしかないですしね! 黙って殺されるの待ってるよりマシ。ヤツラを倒して皆でここから出よっ!」

 さっきまでは恐怖心の方が勝っていた宗宮だが、もう決死の覚悟ができているのか闘争心に火が付いたかのようにそう言った。


「そうですね。僕もさっさと山羊を殺して、棚橋さん達の援護にまわることまで考えています。ではレクチャーに入りたいと思います」

 八城はそう言って、充電していたプラズマライターが満充電になっていることを確認しコーキングガンに養生テープと絶縁テープを使って固定した。


 そして、棚橋、海藤、宗宮に火炎放射器の使い方を教えた。

 持ち方や構え方、プラズマライターの電源の入れ方、ガスボンベの交換し仕方など細かくレクチャーした。 

 初めは3人ともあたふたしていたが、とくに難しいことはないので、すぐに慣れたようだった。その様子を横で国府は見守っていた。


 八城監修の元、3人は横一列に並んで斜め上に向かって炎を放射させた。


 ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ

 ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ

 ぼぉぉぉぉぉぉぉぉっ


 こんな手作りの火炎放射器でも、炎の放射の威力が凄いことに、国府は目を丸くしながら眺めていた。

 奥で準備をしている奥原も、何事だ!?、と驚いた顔でまたこっちをちらちら目を向けていた。


 試し打ちをやめて棚橋は八城に不安をひとつぶつけた。

「八城さん、この威力が凄いのはわかりましたが、これで羊の化け物は本当に怯んでくれるんでしょうか。もし全く効果が無くて襲いかかってきたら‥‥」

 国府、海藤、宗宮もその質問の答えを聞こうと耳を傾けた。


「大丈夫です。羊のヤツが火が弱点だと考える根拠があります。そもそもヤツラが人間と動物の遺伝子操作で生まれた不完全体生物である中で、羊だけがいちばんの特異体型です。人間と羊の遺伝子操作だけでは、あの化け物のような胸の口までは生まれないでしょう」

「え、どういう意味ですか?」

「つまり、羊だけがもうひとつ別の遺伝子が組み込まれている可能性があるということです」

「もうひとつ‥‥別の!?」

「はい。胸から腹にかけて縦に割けた口‥‥、ある植物をイメージさせられます」


「‥‥‥‥‥」

 4人は黙り込む。


―――—「ハエトリグサです」


『ハエトリグサ!?』

 4人は声が揃った。


「えぇ。知ってますか? 食虫植物の一種です」

「あ、知ってます。虫が入ってきたら葉を閉じて捕食する植物ですよね。確かに八城さんに見せてもらった羊の画像と似ていますね」

 国府はテレビかユーチューブで見たことがあるような気がした。

 ハエがその口が開いているような草に止まった時に、一瞬で草が、がばっと口を閉ざして捕食してしまう映像が脳内にフラッシュバックされた。


「そうです。または、少しマニアックな植物ですが『ヒドノラ・アフリカーナ』という植物です。これにもかなり似ています。この植物はアフリカに自生している寄生型植物で、地中で宿主となる他の根に寄生し、奇抜な花を咲かせます。花というより見た目はリアルパックンフラワーのようですがね」


「えー全然想像できない」

 宗宮は首を傾げた。


「まぁ日本には存在しませんからね。ただ、ヒドノラ・アフリカーナの遺伝子がもし使われているのなら少し厄介かもしれません‥‥」


「え、なぜですか?」

 国府は訊いた。

「生肉が腐ったような悪臭を放つ花だからです。口を開けた時、悪臭が漂ってきたら嫌じゃないですか」

「うわぁ、それは最悪ぅ‥‥」

 宗宮は吐きそうな表情をしながらそう言った。


「山羊と人間の哺乳類の遺伝子に、植物の遺伝子が使われているとなれば、確実に炎に弱いと考えられます。あとはもう運です。3人でありったけの火炎をぶっ放してください」


「わかりました。八城さんの見解だ。それを信じて立ち向かうしかない」

 棚橋は3人にそう言った。

「あくまでも可能性の話ではありますが、自分の分析には自信があります」


 国府は棚橋達が八城と話をしているところをぼんやりと見ていた。

 腕時計に目をやると時刻は12時40分を回っていた。午後の時間に突入した。反撃の準備を始めてから1時間以上が経過していた。

 時間は刻一刻と過ぎていく。

 八城の仮説だと、あと2~3時間で命を賭けなければならない。しかし、あと1時間後、30分後かもしれないのだ。

 いくら皆がいるからと言って、準備万全にしたからと言って、八城からレクチャーを受けたからと言って、死ぬかもしれない恐怖心が消えるわけではない。


 人生で初めて直面する『死』という一文字が脳内を染めていく。

 自分が思い描いていた友里恵との平和な日常、子供が生まれたときの生活、仕事で出世すること、マイホームを持つ夢など、築くはずだった幸せな未来を思い返した。


 それと同時に、

(親孝行もしっかりしていなかったな、

 大学の友達にもっと会っておけばよかったな、

 友里恵ともっと旅行に行っておけばよかったな)


 後悔の念が唐突に襲いかかってきて目頭が熱くなった。


 (死を覚悟するってこんな心情なのか。第二次世界大戦時の特攻部隊の人達もこんな感情を抱きながら敵の船にぶつかっていったのかな。友里恵‥‥ごめん。俺、帰れそうにない。きっと今日死ぬだろう。でも必死の抵抗をしようと思ってる。後悔の無いように。さっきヤツラを倒す覚悟をしたばかりなのに。やっぱり恐いよ。友里恵にもう一度だけで良いから会いたい。話がしたい。こんなに大変だったんだよって伝えたい。なぁ友里恵、『死ぬ』って痛いのかな? 苦しいのかな? どうなるのかな? 天国って本当にあるのかな? また人間になれるかな? ひとり残してごめんな。死んでもずっと君を見守っているから。あとで遺書でも書い――――)と、その時、


「おい!」

 この呼びかけに国府は、はっ!、と我に返った。その呼び声の方に顔を向けた。国府の肩には大きな手がぽんっと置かれている。


「お前、何しょぼくれた顔してんの。遺書でも書きだしそうなつらしてんじゃん」

「さ、鮫島さん!? 戻られたんですか?」

「あぁ。たった今な」

「そ、そうでしたか‥‥」

「お前、死を覚悟するのはまだ早ぇよ」

 鮫島は低い声でそう言った。

「あ、いや、そんなことは‥‥」

「顔にそう書いてんぞ」

「そ、そうですかね‥‥あはは」

 国府はごまかし笑いをした。

「ヤツラをぶっ殺してここから出るだけだろ。任務としてはイージーだぞ。何をそんなビビってんだ」

「不安が急に襲いかかってきたというか」

「まぁ無理もねぇか」

「鮫島さんは恐くないんですか? あんな化け物と対峙するのに」

「恐くねぇよ。自衛官時代は散々化け物を相手にしてきたからな。死だって何回覚悟したかもわからねぇ」

「そんなに!? 鮫島さんは格が違い過ぎますよ」

 国府は俯く。

「ふん。国府、お前今ひとりなのか? ちげぇだろ。俺らがいる。心配すんな」

 鮫島はそう言い、国府の背中をポンポンと軽く叩いて柱の方に行ってしまった。

「鮫島さん‥‥」

 国府はさっきまでのネガティブな感情はどこかへ消え失せていた。心の中を真っ暗に覆っていた闇に一筋の光が差し込んだように感じた。

(そうだ。俺は生きてここから出て友里恵の元に帰るんだ。死にたくない。死ねない。俺の日常を取り戻すんだ。鮫島さん、ありがとうございます)


「全員揃ったみたいですね」

 と八城は周囲を見ながらそう言った。


「俺はいつでもオーケーですよ」

 奥原は右手にネイルガンを握り、ショルダー工具バックを肩から斜めに掛けている。まるでショットガンの弾薬帯みたいだ。

 そのショルダー工具バックのポケットには、はみ出ててはいるもののロール状の釘が装備されている。見るからに重そうだが奥原は平然としている。


「明海さん、阿古谷さん。状況は異常無しですか? どうぞ」

 八城はトランシーバーで2階で監視をしているふたりに問いかけた。


「特に異常無しです。どうぞ」

 明海は応答した。

「了解です」


「鮫島さんも大丈夫そうですか?」

「あぁ。いつでもいける」

「僕らも準備はできました。今ちょうど13時です。ヤツラが現れるまで恐らくあと1~2時間くらいです。各自最終調整です」




第39話へ続く・・・。

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