第6章 ダイドー事変 ~死闘~
第39話 第二波
植松は本社内の自室でひとりパソコンを開き、人造人間の第一波サンプルデータをチェックしながら第二波のタイミングを見計らっていた。
「第一波の実験は大成功だな。ふふふ、知能や体力が大きく成長している。あれだけ興奮物質が分泌されていれば当たり前か‥‥‥。よぉしこの調子だ。もう14時半か。30分後だ。このエンターキーを押すのが待ち遠しいよ‥‥。あの第一波を生き残った奴らだ。さぞ生きが良いんだろうな。だがもう終わりだ。ふふ‥‥‥、ははははははははははぁぁ‥‥」
植松の不気味な笑い声が薄暗い室内に広がった。
♢
柱の時計は14時30分を指した。
「もういつヤツラが現れてもおかしくない。警戒しましょう」
八城は時計に目を向けながらトランシーバーで伝えた。
「こちら異常無し。警戒、了解」
トランシーバーから明海の報告が流れた。
国府達4人、八城、鮫島、奥原、阿古谷はいつ戦闘が起きても良いように準備は出来ている。
棚橋達は自分のリュックにガスボンベを入れ、国府はSoCoモバイルの紙袋にカプセルを詰め込んだ。
全員は歩行スペースを注視できる範囲で散らばり待機している。国府達4人は西側スーパー入り口の仕切りよりもさらに西側で固まっていた。
鮫島は具体的な拡散作戦を提言していた。
ヤツラが動くまで多少のタイムラグが生じることを狙い、攻撃をこちら側から仕掛け自分に注意を引かせながら拡散させるという作戦だ。
注意を引くことによって、ヤツラが他の仲間を襲撃することを完全阻止する
明海は歩行スペースの監視を継続、阿古谷は2階フロアで待機、鮫島は馬がイベントスペースにいちばん近い模様から出現することを覚えておりイベントスペース前にて待機、国府達と八城、奥原はスーパー内で待機している。
国府は、周囲を見渡しながら聴覚に神経を集中させた。
ダイドー内は静まり返っている。
嵐の前の静けさ、という言葉が今はいちばん
耳鳴りがしているような気がした。
昨日までたくさんの客達で賑わっていた店内、今朝の無差別大量虐殺による悲鳴や叫喚。
様々な音や声をずっと聞いていたのに、今はもう仲間達の声しか聞こえない。
「段取りの確認をしようか。羊は恐らくまたあの屋上駐車場へ繋がるエレベーター前の模様から出現するはず。出てきた直前の煙には気を付ける。俺ら3人で距離を取って火炎放射器で攻撃する。その隙に国府さんが毒入りカプセルを食わせる、で大丈夫かな?」
棚橋は西側エレベーターを指差しながら国府、海藤、宗宮に再確認した。
「はい。恐いですが黙って死ぬよりはマシです。やってやります」
国府は鮫島に背中を後押しされ遺書を書くのをやめたのだ。覚悟は決まっている。
「あたしも」
宗宮も真剣な眼差しで言った。海藤も、うん、と頷いた。
「俺も恐いけど君達を絶対守るから」
と棚橋は言った。
その時、トランシーバーから八城の声が漏れた。
「こちら八城。あと10分で15時になります。ヤツラが出てきたら鮫島さんの拡散作戦を決行します。僕は山羊をこのスーパー内に引き付けます」
「こちら阿古谷。うちはこの2階フロアでやらせてもらうよ。兎の野郎を2階までジャンプで飛んでくるように仕向けるわ。どうぞ」
「こちら奥原。俺は牛をホームセンター内に引き付けます。よろしくどうぞ」
「俺はこの歩行スペースで馬を
「こちら棚橋。私達4人はフードコート内に羊を追いやりながら仕留めたいと思います。どうぞ」
「棚橋さん、羊は恐らくですが最初から動き出すことはないと思います。あの時羊は死体が出始めてから動き出しました。それまでは頭をぐるぐる動かしたりと不可解な行動に出るはずです。僕が山羊をスーパー内に完全に引き付けが終わるまでは隅で待機をお願いします。トランシーバーで合図しますね。どうぞ」
と八城。
「了解です」
棚橋は返答した。
4人は片膝をついて待機する。
全員のトランシーバーでの会話が途切れた後、再びダイドー内は静寂に包まれた。
国府は店内を見渡した。
床に散らばった商品、倒された商品棚やカート、壁に付けられた銃弾の痕や刀傷、飛び散った血痕が痛々しく残っている。
その状況を見ていると、あの惨劇がまだ新しい記憶として鮮明に蘇ってくる。頭の中で殺された人達の悲鳴が響いてくる。その記憶を掻き消すかのように頭をぶるぶるっと左右に振った。
「国府さん、大丈夫?」
宗宮は国府の様子を心配して言った。
「えぇ。大丈夫です‥‥」
国府は左頬に一筋の汗が流れたのを感じた。
心拍数が徐々に早くなっていく。
ヤツラが再び現れるのが目前に迫っている。
自分を、仲間を信じるしかないと何度も心の中で言い聞かせた。
国府の視界からは、イベントスペース前の通路に鮫島が鞘に収めた日本刀を左手で握り仁王立ちしてヤツラを待ち構えているのが見える。
スーパー内中央の歩行スペース近くに八城がパーカーに両手を入れながら立っているのが見える。
スーパー内東側のホームセンター行きの通路付近に右手でネイルガンを持ちながら立っている奥原が見える。
全員反撃の準備が整っているのだ。
国府は腕時計に視線を移した。
時刻は15時を指していた。心拍数がさらに上昇したのを感じた。耳までその鼓動が伝わってくる。それだけ静寂しているのだ。
その時、
静寂を断ち切るかのように、トランシーバーから明海の声が響いた。
「こちら明海! 歩行者通路の模様から煙のようなものが上がり始めていますっ! 私はバックヤードの更衣室へ避難します。生存者には伝えるべきこと伝えておきます!」
明海はトランシーバーから口を離して、
「阿古谷さん、絶対に負けないでくださいね。信じてます」
と涙目で阿古谷にそう言った。
「ふふ、ばーか。うちが負けるわけないでしょー。ほら頼んだよ」
阿古谷は微笑みながら、明海の肩をポンポンと叩いた。
「はい!」
明海は全速力で2階バックヤード入口へ駆けていった。
「来やがったな‥‥」
阿古谷は立ち上がり手摺りに手をかけながら呟いた。
「こちら八城。ヤツラが来ます! 煙が消えてヤツラの出現を目視するまで待機しましょう!」
「こちら奥原。準備はできています」
「こちら鮫島。お前ら、うまくヤツラを拡散させろよ」
———ボワァッ‥‥‥!
煙が立ち上がりをみせた。
八城は、明海が言っていた煙のようなものはこのことだったのか、と思った。
その煙は周囲に広がるわけでもなく、充満するわけでもない。
そして、煙の中に一瞬光のようなものが見えた気がした。まばたきした時には既にその煙の中に黒く大きな影が、ぬぅっと現れていた。
国府達はヤツラが初めて現れた時はまだ眠っていたので、見たこともない光景に目が釘付けになった。
国府は急に猛烈な恐怖と不安が込み上げてきた。
煙が徐々に消えていく‥‥‥。
5つの黒い影が姿を現す。
黒いレインコートに身を包んだ2m越えの物体。
皮と皮を無理やりつなぎ合わせたような不気味で
背格好は同じ。最初に見たのと全く同じだ。
動き出す気配はない。
煙は完全に消えた。
歩行スペースにまるで5本の黒い柱が
東側SoCoモバイルのイベントスペースに近いのが馬で、西側のフードコートにかけて牛、兎、山羊、いちばん奥には羊、の順に並んでいる。
第一波と同じ配置だった。
国府達もそうだが、八城や奥原、鮫島も動く気配がない。
実際にヤツラを目の当たらりにしたら、恐怖でそうなってしまうのかもしれない。またダイドー内は静寂に包まれた。
シーンとしている。何も音も聞こえない。
八城のトランシーバーの声がその静寂を断ち切った。
「皆さん、絶対に死なないでください。作戦決行します!」
時刻は15時12分を回っていた。
ヤツラが現れてから12分間も警戒の時間が続いたのだった。
第40話へ続く・・・。
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