第40話 拡散作戦

 シュッ!


 八城は山羊に目掛けてペティナイフを投げつけた。切っ先が山羊の頭部に向かって一直線に飛んでいった。


 グサッ


 ペティナイフは山羊の左手の甲に突き刺さった。山羊は咄嗟に左拳を上に向け頭部を守ったのだ。ナイフが突き刺さった左手をゆっくりと下ろしながら顔を八城に向けた。じーっと睨みつけているかのようだった。


「フシュゥゥゥゥ‥‥‥」

 山羊はマスクから呼吸を漏らした。


「こっちだ。こっちへ来いっ」

 八城はそう言って、もう1本ペティナイフを山羊に向かって投げつけた。それを山羊は右手で弾き返し、ゆっくりと八城の方へ向かって歩き出した。


 ♢


 馬は、山羊が動き出したことに気付き頭を上げ、八城の声がした方に顔を向けた。馬は山羊に加勢しようとしたのかはわからないが、八城のいる方へ一歩前進した。その瞬間、ぴたっと動きを止めた。視線を感じたのだ。殺意に満ちたその視線を。馬は元の位置に体を戻すと、20m先で鬼のような双眸そうぼうで睨みつける鮫島がいた。

 鮫島は動かない。馬も微動だにしない。鮫島の眼力による威圧が馬を留めさせた。目で、お前の相手は俺だ、と訴えかけるかのように。馬もそれを受け入れたのか鮫島にじっと顔を向けたまま動かない。お互い目で会話をしているのだ。ふたりのその20mという間隔にはとてつもない闘気がぶつかり始めていた。


 ♢

 

 パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ!!


 牛の左肩、左腕あたりに釘が突き刺さった。牛は少し体勢を崩したが、釘が飛んできた方向にばっと目を向けた。奥原はネイルガンを5発命中させたのだ。


「すげぇ威力だ。まるで拳銃だな」

 奥原はそう呟きながら、最新モデルのネイルガンの発射口を牛に向け続ける。


 フゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥‥、


 牛は体勢を直したが、馬のもっと先にいる鮫島が目に入った。牛はそこで動きを止めた。馬と鮫島の間にただならぬ空気を感じたのだ。第一波の時の牛なら構わずにマシンガンをぶっ放していたに違いない。しかし、牛は鮫島を攻撃しようとはしなかった。ふたりの間の異様な雰囲気を感じたからだ。牛は状況観察力を身につけたのだ。つまり牛は空気を読んだということだ。

 その時、馬はちらっと頭を横に向け小さく頷いた。こいつは俺がる、と言っているかのように。

 牛は標的を奥原に切り替えた。レインコートの内側からマシンガンを取り出し、奥原に向かってぶっ放した。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!

 

「うわぁっ」

 奥原は姿勢を低くしながらセール品のワゴン裏に隠れた。牛が撃ってくることを予測していたので早めに回避することができた。


 のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、牛はスーパー入り口の仕切りを通過した。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!


 牛は奥原が隠れたワゴンに向かってマシンガンを連射させた。

 ワゴンが大きく振動する。足元側の床に穴が空く。ワゴンの上の商品が宙に舞い、吹っ飛ばされた。

「クソがっ!」

 奥原は身を屈めながら反撃する。

 パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、


 牛は両手で急所になり得る箇所を防御しながら近づいてくるが、腕や腹に釘が突き刺さる。牛の筋肉質な体格がたい故にどこまで釘が食い込みダメージを与えているかはわからない。うぅぅぅぅぅぅ、と唸りを上げている。

 その隙に奥原は走りながら、ホームセンターへの連絡通路へ向かった。


 のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!

 牛は容赦なく連射して奥原を追ってくる。完全に奥原は牛の標的とされた。


「っく、うわっ!」

 奥原はダイブするように、連絡通路入口向かいの商品棚の影に回避した。


 パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、

 牛がまた防御している隙に、連絡通路内へ入っていった。

「牛野郎!! こっちに来やがれっ!」

 パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、

 奥原はネイルガンを連射させ追撃を食らわせる。腕、腹、太腿に釘が突き刺さる。牛の血が床に飛び散る。効いているに違いない。


 フゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥‥、


 のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、のしっ、

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!


 牛もマシンガンを連射させながらホームセンターへの連絡通路に向かってくる。その入り口付近や壁にはたくさんの小さな弾丸穴が空いた。

 奥原は連絡通路を通過してすぐに壁に背をつけて回避しネイルガンを構えた。汗が蟀谷こめかみからツーッと流れた。心拍数が上がる。射撃訓練は散々やってきたが、実際にマシンガンを持った奴に標的にされるのは人生で初めてのことだ。今は訓練ではない。殺し合いだ。撃たれて殺される可能性がある。しかも相手は得体も知れないイカれた化け物だ。

 しかし、奥原は警察人生で大きな分岐点だと思った。ヤツラを倒してこの事件の真相解明に尽力できれば多大な評価にも繋がるだろう。母親の期待にも応えることができる。(来やがれ。あの牛野郎を殺す手段はあるんだ‥‥)


 ♢


 兎は頭を上げて周囲を見渡した後、2階フロアにきょろきょろと目を向けた。

 その時、上から丸皿がまるでフリスビーのように飛んできた。左手の鉤爪を出し、シャンッ!、と素早く叩き割った。床に皿の破片が散らばった。

 皿が飛んできた方向に目を向けると阿古谷が見下ろしながら兎を睨んでいた。100円ショップの食器コーナーから大き目の丸皿を投げて注意を自分に向けさせたのだ。

 兎は阿古谷と目が合う。阿古谷の顔は鮮明に覚えていた。下っ腹をえぐられるくらいに殴られたことも。


 フゥキュィィィィィィィィィィィィィィッ!!


 突然、声なのか呼吸音なのか区別がつかないような奇声を発した。第一波では、自分の殺戮行為を唯一邪魔され、かつ客からの攻撃をもろに食らわされたのは兎だった。兎はその屈辱からか、恨みにも近い怒りのようなものが湧き上がってきたのだ。

 そして、すねが床と平行になるくらいに体勢を低くし、


 ピョーーーーーーンッ!


 兎は2階フロアの手摺りの上に飛び移りそのまま直立した。左手からはまるで鷹の爪のような鋭く湾曲した5本の鉤爪があらわになっている。顔を右に向けると、阿古谷は黒いウインドブレーカーに両手を入れながら待ち構えていた。


「待ってたよ、兎野郎」


 タンッ‥‥、兎は床に着地した。阿古谷と対面する。

 シャンッ!、と右手からも5本の鋭い鉤爪が突き出した。


 フゥキゥゥゥゥゥゥゥ‥‥‥、、、、


「またうちにボコられに来たの? もう逃げられないよ」

 阿古谷は両手をウインドブレーカーから出し構えた。

 それは掌を兎に向けるような構えで、両手の掌でそっと空気に触れているような、そして水の流れを連想できるような綺麗な構えだ。左足を前に出し、肩幅よりも大きく開いたスタンスで重心を少し落としている。


「来なよ」


 兎は左足を後ろに下げた途端、それをバネにして阿古谷を鉤爪で切り裂こうと突っ込んできた。


 ♢


 国府達は、横目でスーパー入り口の仕切りを通過する山羊を見ていた。国府達のいる位置から山羊とは30mは離れている。

 八城はペティナイフを山羊に投げつけ、注意を自分に引きつけながらスーパー内の奥へ奥へと誘いこもうとしている。

 にしても見事な投げ技だ。むやみに投げているわけではなさそうだ。切っ先がしっかり的を得ているきれいな動線。国府はこんな状況下なのに感心してしまっていた。それを腕で振り払う山羊も人間業ではなかったが、山羊の左手の甲にはナイフが突き刺さったままだった。

 八城が投げているあのナイフは、棚橋達とホームセンター内に避難した時にキャンプや登山客向けのアウトドアコーナーにあったものだと気付いた。アウトドア派ではない国府にとってプライベートでもあまり馴染みのないコーナーではあったが、様々な道具や刃物があるんだなぁと思って眺めたのを覚えている。八城はそのナイフを武器として選んだのだ。しかし、国府はあんな小さいサイズのナイフで山羊をどう倒すのか見当もつかなかった。


 国府は山羊が八城を追うのをやめて、こっちに来てしまうのではないかという不安と恐怖にかられた。棚橋達もきっとそうだ。山羊の方に目を向けずに黙って片膝をついて床を見つめながら待機している。国府も山羊の方を見るのをやめた。牛だってマシンガンをホームセンターの方で連射させているし、兎も阿古谷の挑発で2階フロアへと上がっていった。国府達はぐっと息を殺す。

 山羊は国府達の方を見る事もなく、八城を追っていきスーパー内の奥へと消えていった。国府達は八城の合図を待つ。


 その時、

「棚橋さん達! 引き付けは完了しました。健闘を祈ります」

 トランシーバーから八城の合図が聞こえた。八城が完全に山羊を引き付けたということだ。


「やるか。準備はいい?」

 棚橋はそう国府達3人に声をかけた。海藤、宗宮、国府は、うん、と頷いた。

 そして、4人は前方に立っている羊へと目を向けた。


 羊は頭を、ぐるぐる、きょろきょろきょろ、ぐるぐる、ぐるぐる、と動かしている。黒いレインコートにはそでを通していない。

「八城さんが言っていた不可解な動きってこのことか‥‥」

 棚橋はそう呟いた。

「どうしてあんな頭を動かしてんのよ」

 宗宮も気味悪がっている。

「さ、さぁ」

 国府は首を傾げた。

「いきましょう」

 海藤は火炎放射器を持ち直しながら言った。


 4人は歩行スペースに出た。羊の目の前に立っているにも関わらず、羊はずっと頭をぐるぐる、きょろきょろ、と動かしているだけだ。確かに襲ってくる気配はない。身長は2mあるか無いかで、4人と比べたら相当デカい。

 4人は羊を見上げるようにして、その不可解な動きを眺めた。皮と皮を雑に縫い合わせたようなマスクの歪さは不気味そのものだった。国府は他の4体とは何か違う雰囲気を感じていた。

 そして、棚橋、海藤、宗宮は火炎放射器を羊に向けた。


『せーのっ!』


 ぼぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!


 3つの光線のようなオレンジ色の炎が羊を襲った。


 ギャアャアァァァァァァァァァァァァァあぁあぁあぁあぁあぁあッ!!


 羊は、針が鼓膜を突き刺すかのような甲高い奇声をあげた。頭の動きを止めて、細く長い両腕を出しバタバタともがき始めた。レインコートが燃えている。火を消そうともがいているのか、熱さに耐えられないのか。そして、上半身があらわになった。

 国府達は、羊の細く足のすねくらいまである長い腕と上半身に胸部からへそ辺りまである手術痕のような縦の傷を見て驚愕した。上半身の口は開いていない。「も、もっとだ!」と、口を開かせるように棚橋は追撃の指示する。

『はい!』海藤、宗宮は火炎放射器をもがいている羊に向かって放射した。


 ぼぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 3人は追撃する。海藤は羊の頭に向かって炎を放った。


「ギャアァァァァァァァァアァァァァァァァァァァ、、、、」

 羊は両手で頭を抱えた。かなり苦しんでいる様子だ。マスクも炎で包まれた。


「よし、効いてるぞ! このままフードコートに追いやろう!」

 棚橋はさらに指示する。

『はい!』

 海藤、宗宮も羊がフードコートへ逃げ込むよう仕向ける。


 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、


「キァァァァァァァァァァ、、、、」

 羊は奇声を発しながらフードコートへ逃げていった。


「追うぞ!」

 4人は羊の後を追った。



第41話へ続く・・・。

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