第33話 作戦会議

「えっと、今は‥‥‥9時45分ですか。『午後にヤツラがまた現れる』という仮定である程度作戦を立てておきたいと思います。作戦会議ってやつです」

 八城はパーカーのポケットに手を入れながら切り出した。


「何かいい考えがあるの?」

 阿古谷はパイプ椅子に座り直しながら訊いた。

「えぇ。ある程度は」

「どんな作戦ですか?」

 と国府も訊く。


「まずは武器を探します。ホームセンターもありますし、武器になりそうなものは沢山あると思います。そしていちばん重要なのはヤツラの倒し方です」


「倒し方‥‥‥ですか」

 奥原は固唾を呑んで訊いた。


「えぇ。あの5体を倒すにはふたつの選択肢が考えられるかと。ひとつ目は1体づつ全員でしらみ潰しに攻めて倒していくというパターン。ふたつ目は1体に対してひとりで攻めるというパターンです。前者と後者ではどちらが良いと考えますか?」

 八城は全員に訊いた。最後に顔を向け目線を合わせたのは鮫島だった。


「ふん。後者だろ」

 鮫島は口を開いた。


「はーい、うちも後者。前者だと全員で1体づつ確実に攻めれば倒せるかもしれないけど、その隙に別のヤツラに攻撃されたらこっちが全滅でしょ。てかうちはまたあの兎の野郎とタイマン張りたいだけだけどね」

 阿古谷も小さく手を上げながら自分の考えを述べた。


「僕も後者のパターンで考えてました」

 八城は最初から前者のパターンは考えていなかったようだ。


「ちょ、ちょっと待ってください。私達はただのケータイショップの店員ですよ。あんな化け物と1対1で戦えるスキルなんて持ち合わせていません」

 棚橋は困惑した面持ちでそう言った。

 宗宮も目を大きくしながら、うんうんうん、と大袈裟に頭を縦に振った。


「棚橋さん達にはどちらかというとサポートにまわっていただければと考えております。詳細は後ほど話します」

 と八城は答えた。棚橋達4人はお互いの顔を見合わせた。


 この時、国府の中で徐々に不安の種が大きくなっていった。

 どんなサポートをするというのか。サポートと言えど、どちらにせよあの化け物達との対峙に関わることは間違いないのだろう。それだけでも恐怖心が芽生えてくるし、簡単に人の命を奪う化け物だ。あんな危険なヤツラを視界にも入れたくないし近づきたくもない。

 そして、死ぬかもしれない‥‥‥。

 安全な役割なんてありゃしない。

 いっそのこと逃げ出したい。

 寒気のようなものが背筋を刺激した。体全体が拒絶反応を示している。

 両手を膝の上でぎゅっと握った。

 友里恵の元に帰りたい、会いたい。会って抱きしめたい。そんな思いが胸中に湧き上がった。


「この広い店内です。後者の闘い方は5体を僕らで分散させ、バックヤードにヤツラを近づけること無くこっちに集中させるというメリットがあります。ただ‥‥‥」

 八城は険悪な表情で言葉を詰まらせた。


「ただ‥‥何?」

 阿古谷は前のめりになりながらで訊いた。国府達は黙って八城に耳を傾けている。


「殺し合いになります。間違いなく」

 八城は唇を嚙んだ。


『‥‥‥‥‥‥』

 全員が黙り込んだ。


 国府達は俯きながら不安を隠せなかった。

 国府は八城に目を向けた。誰とも目を合わせようとせず下を向いている。八城もここまで今のこの悲惨な状況をどう対処しようか、どう打破しようか、自分なりの見解を述べてきた。

 しかし、作戦の実行ともなれば、八城自身も死を覚悟しないといけなくなる。さすがの八城も自分が死ぬかもしれないという状況に直面したのは初めてなのかもしれない。


 その時、鮫島がこの沈黙を破った。


「ふん。黙ってヤツラに殺されるか、ヤツラをぶっ殺してここから出るか、ただそれだけの話だろ。少なくとも俺はヤツラに殺される義理はねぇ。殺し合いなら上等。なんなら俺ひとりでもヤツラをぶっ殺す。闘えないやつは無理に命を捨てる必要はねぇよ。バックヤードの更衣室に避難してな。俺が近づかせねぇからよ」

 今の鮫島の言葉を聞いた国府は、今すぐにでも更衣室に逃げ込みたい思いでいっぱいになった。


「うちは闘うよ。あんた達を守ってあげる。何のために長年武道をやってきたっていうのよ」

 阿古谷は足を組み、嚙んでいたガムを紙に包んで自動販売機の横にあるゴミ箱にきれいなアーチを描きながら投げ入れた。


「へぇ。お嬢ちゃんの実力は知らねぇけど、お手並み拝見するのも悪くねぇか」

 鮫島は阿古谷を横目で見る。

「ふん。あんたこそ」

 阿古谷も腕を組みながらそう言い返した。


「あ、俺も武道はやってますよ。警察なんでね。俺は隠れてやり過ごす性格たちではありません。国民を守る義務があるんでもちろん闘います」

 奥原は立ち上がり、敬礼しながらそう言った。


「奥原、お前はそう言うと思ったよ」

 鮫島は口角を上げた。

「えぇ。国民を守れるなら本望です。死ぬつもりはさらさらありませんがね」


「僕は格闘家や武道家ではありませんが、自分なりに対処したいと思ってます。棚橋さん達にはあるサポートをしていただきたいと思っていましたが、もちろん無理にとは言いません。ここから先は命に関わります。自己判断でお願いします」


「そのサポート内容を聞いてから判断したいと思います。私もこの子達を守る義務がある。ただ協力もしたいという気持ちもあるんです」

 棚橋は眼鏡のエッジの部分を触れながらそう答えを出した。


「僕自身はショップの人間ではありません。だから僕も協力できるところは協力したいとは思っています。ただ、棚橋さん達は僕の大切なクライアント様です。危険に晒したくはありません」

 国府は立ち上がりながらそう言った。


「あれ、国府はケータイ屋じゃないのか?」

 と鮫島は訊いた。

「はい。僕は広告代理店の人間で、棚橋さん達とは全くの別会社です。SoCoモバイルのサンプリングやイベント企画のヘルパーとして入らせていただいてました。このイベントスペースもうちが手配したんです」

「へぇ。そういう仕事もあるんだな」


「私は宮神店の副店長という立場です。このようなイベントには大抵責任者がひとり入ります。だからこそこの子達を守りたいんです」

 棚橋は拳に力が入る。


「わかりました。棚橋さん達のお気持ちをしっかりとんだ上で話を続けます」

 また全員八城に顔を向けた。


 八城は棚橋達や国府がヤツラと戦えないということはわかっていたし、無理に戦わせたり協力させたりするつもりはなかった。

 色々情報提供をしてくれたことに感謝しているし、ヤツラの犠牲にはなってほしくない、むしろ守らねば、とそう思っていた。

 だからこそ、4人で対抗しようという考えに移行した。

 八城は続ける。

「まず、現段階でヤツラと闘えるのは、鮫島さん、阿古谷さん、奥原さん、そして僕の4人です。1対1で対処したい。目標はただひとつ。完全にヤツラを抹殺することです。誰がどの殺人鬼を相手するのかを決めたいんです」


「うちは兎野郎を相手させてもらうよ」

 阿古谷は八城の質問に対し、待ってましたと言わんばかりに飛びついた。


「えぇ。そういうと思ってましたよ」

 八城はにこりと笑みを零した。

「もう逃がさない。次で決着をつける」

 と阿古谷の闘志は燃えたぎっている。


「ヤツラの特徴はさっき言った内容です。ただ‥‥‥」

 八城は言葉を詰まらせた。

「ただ、なんだ」と鮫島は眉間に皺を寄せた。


「あの5体の中でいちばん強いのは、間違いなくです。馬だけは他の4体とは何か違う異質さを感じました。僕でも避けたくなるような恐ろしい何かが‥‥‥」

 と八城が言ったその時、


「馬は俺がる」

 鮫島は口を開いた。

 全員鮫島の方に顔を向けた。八城は目を丸くしている。


「え、鮫島さん。今なんて‥‥」

 奥原は、聞き間違いじゃないよなと疑った。


「だから、馬は俺がぶっ殺すって言ったんだ」

 鮫島の表情には恐怖など微塵も無かった。


「でも、鮫島さんも見てましたよね? ヤツのかたなさばき‥‥‥。いくらあなたの強靭な肉体でもあの刀に斬られたりでもしたら」

 奥原はこの先の言葉を失った。


「誰が馬と素手でやるって言ったよ。これから武器を探すんだろうが」


「え、えぇ。まぁ‥‥確かに」

「ヤツを殺しても殺人罪で現行犯逮捕とかは勘弁な。そんで? 奥原はどいつを選ぶんだ?」

 鮫島はにやりと笑みを浮かべたが目は笑っていなかった。


「逮捕なんてまさか。ヤツラは人ではないんですから。俺は牛を相手します」

 奥原は少し俯きながらそう答えた。

「ほぉ。牛か。あいつはマシンガンを持ってるんだぞ。勝算はあるのか?」

 鮫島は頭一個分違う身長差で、奥原を見下ろしながら険しい顔をしていた。

「はい。策がちょっと。武器として考えている道具があります」

「なるほど。なら後で聞かせてくれ」

「はい。後ほど」


「では、僕はいちばん残忍な性格の山羊を相手します」

 八城も自分が闘う敵を決めた。

「山羊か。俺はソイツのこと見てないから知らねぇな。大丈夫なのか?」

 鮫島は真顔でそう訊いた。

「山羊に関しては、僕と奥原さんしか実態を知らないかもしれません。ヤツはとにかく知能が高い。あの大鎌も厄介です。気を付けないと一発KOです」


「俺もスマホで撮影した時に山羊を知りました。かなり残忍な殺し方をしますね。映像は署に提出する証拠品で、内容も内容なのでお見せすることはできませんがね」

 奥原は撮影したスマホを掲げながらそう言った。


「あとは羊野郎だけが残っているね。いちばん見た目が化け物の。どうするの?」

 阿古谷は言った。

「そこで棚橋さん達にサポートしていただきたい話に移ります」

 八城は4人に顔を向けた。


「え、まさかあたしらがあの化け物を退治しろってこと?」

 宗宮は立ち上がりながら後退りした。


「断られること前提で話しますが、結論そういうことです。ただ5体の中で羊だけは特殊です。ヤツに関しては、そもそも攻撃をしてきません。武器も持ってない。それに死体が無いと動き出しません。なので、羊を倒す方法を考えたので手伝っていただきたい、というのが内容です」

 八城は目を細めた。


「その倒す方法ってどんなことですか?」

 棚橋は訊いた。

「はい。羊を刺激し、あの腹の大きな口を開かせます。その時にを口の中に放り込むという方法です。成功した時は、恐らく羊は即死します。あるものとは武器を集めながら詳細を説明します」


「‥‥‥内容は理解しましたが危険過ぎます。もし羊を刺激して豹変して襲ってくる可能性だってあり得ますよね。そもそも私らは羊がどんな存在か見ていないから実態すら知らないんです」


「そうですよね。もちろん無理なお願いだと思っておりました。申し訳ない」


「やりますよ」

 全員がその声がした方に目を向けた。——————その声の主は、海藤だった。


「え‥‥‥?」

 八城もまるで不意を突かれたかのように海藤を二度見した。


「俺、やりますよ。皆こんなに命を張ろうとしているのに、俺だけ隠れるなんてダサいマネはできません。早くここから出たいですし、協力させてください」

 国府は海藤が話す横顔を見ていた。覚悟は決まっているという目をしていた。


「僕も海藤さんをサポートします。ひとりよりふたりの方が良いですよね」

「国府さん‥‥‥」

 海藤の視線を感じた。


 国府も覚悟を決めたのだ。

 恐怖心は消えることはないだろう。ただ自分のクライアントのひとりが命を懸けるとなれば話は変わってくる。

 本当に死ぬかもしれない。

 本当に遺書を書く時が来たかもしれない。

 しかし、友里恵をおいて先に死ぬわけにはいかない。殺されないようにしないといけない。心の中で様々な感情が交錯した。


「もぉー! ふたりだけじゃ絶対無理でしょ。あたしも手伝うよ。でも身の危険を感じたら一目散に逃げるからねー」

 宗宮は国府と海藤の片方の肩に手をかけながらそう言った。そして棚橋と目を合わせた。

「おいおい何を言っている。危険だ! 遊びじゃないんだぞ。これに関しては許可を出せない。俺は3人をまも‥‥‥」

 棚橋はハッと息を呑んだ。

 3人の眼差しが突き刺さるのを感じた。そんなことわかってますよ、と訴えかけているかのようだった。


「棚橋さん。この作戦には続きがありましてね」

 八城は棚橋の目の前で片方の膝をついて中腰になった。棚橋は、え?と声が漏れた。


「恐らくですが、あの5体を抹殺したら店内全ての自動ドアが開きます‥‥‥」


「え! それ本当!?」

 宗宮は一驚を喫した。棚橋も目を見開いた。


「えぇ。自動ドアの上部の起動センサーのところに5つの窪みのようなものがありました。恐らくやつらと何か関係があるかと。だからこそ、あの5体を倒す価値があるんです。皆さんの力が不可欠です。覚えていますか? 僕が昨日立てた『仮説その3』のことを。ここを出るためには、ってやつです。それがあの5‥‥だとしたら?」

 八城は立ち上がり、全員に再度5体を抹殺する意味を伝えた。


「それなら最高のオチじゃねぇか」

 鮫島は掌をグーで殴る素振りをしている。

「ほんとね。開けばの話だけど。まぁ信じてやるしかないでしょ」

 阿古谷も立ち上がった。

 国府達3人はまだ棚橋に視線を浴びせている。


「はぁ‥‥。わかった、わかったよ。俺もやるよ。ただ約束してくれ。海藤、宗宮、国府さん。危険を感じたら中止だ。すぐに全速力でバックヤードの更衣室に非難すること! いいかい?」

 3人は、『はい!』と返事をした。


「八城さん、もう一度羊を倒すための手順を詳しく教えてください」

 棚橋は目の色を変えた。

 中途半端な気持ちでやれば間違いなく殺される。棚橋自身も覚悟を決めた瞬間だった。


「えぇもちろんです。後ほどしっかりとお伝えします。ご協力感謝します」

 棚橋はこくりと小さく頷いた。


「では、作戦を総括します。恐らく午後のどこかの時間帯で、必ずあの5体がまた現れるでしょう。それまでに武器を調達します。そして、ヤツラとは1対1で対抗します。目標は殺人鬼5体全ての抹殺と、この建物からの脱出です。対抗は、鮫島さんは馬、奥原さんは牛、阿古谷さんは兎、僕は山羊、そして棚橋さん達4人は羊を消滅させます。よろしいでしょうか?」

 八城は作戦内容をまつめた。


「絶対にバックヤード内にヤツラを侵入させるなよ。もう犠牲は増やしたくない。あと、国府達は命の危険を感じたらすぐに更衣室に避難しろ。無理はするな」

 鮫島も作戦内容に細かな指示を追加した。

 バックヤードの更衣室には、浅川店長や鮫島や奥原、八城達が命懸けで助けた人達が避難している。

 今もまるで怯える子犬のような顔をして、身を寄せ合って恐怖に慄いているだろう。そんなところにヤツラが侵入したら、間違いなく皆殺しにされるのは目に見えている。


「はい。鮫島さんの言う通りですね。僕も尽力します。これで作戦会議は終了ですが、最後にひとつ‥‥‥」(はぁ‥‥)

 八城は溜息ひとつついた。全員は八城に注目する。


「命を懸けた殺し合いが始まります。全員が勝って生き延びるという保証はありません。ですが‥‥、絶対にヤツラを倒して、皆でここから出ましょう」


「当たり前だろうが」と鮫島。

「うちが負けるわけないでしょっ」と阿古谷。

「俺もこの事件の真相を解明するまでは死ねませんよ」と奥原。

「怖いですが、私達も協力します」と棚橋。国府達3人も頷く。


「皆、死ぬなよ」

 そう言って、八城はこの作戦会議に終止符を打った。


 時刻は10時30だった。

 その時、柱のベンチに座っていた明海が立ち上がり八城に近づいた。



第34話へ続く・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る