第9話 スーパーダイドー 【下見編】

 10月3日、時刻は16時30分になろうとしていた。


 SoCoモバイル宮神店の店内は客がいなかった。

 午前中は客の予約で全枠埋まっていて忙しかったが、夕方になるにつれて予約は少なく来客も減っていった。

 松江はバックヤードでメールの確認をしていた。藤原から転送されてきたスーパーダイドーの店長からの周知メールだ。

 メール内容には、開催日時、イベントで貸し出しできるもの、イベントスペースとその図、ダイドーカードの申し込み方法、店長の名前、注意事項等が記載されていて、資料も添付されていた。それはイベントブース場所とその周辺の写真だった。


「松江さん、そろそろ出発しますか?」

 棚橋は松江に声をかけた。

 朝にショップの役職者で軽い打ち合わせをした際に、今日は明日のイベントのためにスーパーダイドーに行って、イベントスペースやスーパー内を見ておこうという名目で、ショップが暇になれば下見に行くことになっていた。

「そうだね。そろそろ出発しようか。宗宮と海藤にも伝えてくれないか」


「了解です」

 棚橋は2人に伝えるため、カウンターに向かって行った。


 松江は周知メールと添付資料を印刷し、ファイルに挟んで鞄に入れた。そして、上着を羽織り車のキーを持ち、ショップを出る準備を整えた。


 数分後、棚橋、宗宮、海藤も出発の準備が整い松江の元に集まった。

「よし。準備はいいかな?」

 松江は3人に問いかけた。


『はい!』

 3人は同時に返事をした。

 ショップには3人のスタッフを残して、「少しの間お店頼むね」と、松江はフロア担当の女性スタッフにそう言いながらショップを出た。

 そして、スタッフ専用駐車場に停めてある松江の黒いセダンに乗り込んだ。助手席に棚橋、後部座席に宗宮と海藤が座った。

 フロア担当の女性スタッフは、窓越しから手を振ってくれていた。



 ♢



 バイパス道路を35分ほど走らせたところだった。

「明日から4日間は10時から開始で、大体17時半くらいまでにしようか。備品や荷物の搬入とかを考えて、8時45分くらいにはショップを出れるようにしよう」

 松江は助手席に座っている棚橋にそう伝えた。

 

「了解です。下見の後ショップに戻ったら、明日の朝スムーズに出発できるように、在庫やPC以外はハイエースに荷物を積み込んでおいて良いかと」

 と棚橋。


「そうだね。そうしようか。ハイエースは7日まではうちで使えるようにしてあるから、スタッフ用駐車場に停めておこう」


「わかりました」


「あとダイドーが長テーブル4台とパイプ椅子を8脚貸してくれるんだって」


「えっ、それはめちゃ助かりますね。テーブルと椅子の分が無いだけでも荷物の運搬がかなり楽ですよ」

 荷物でいちばん運搬が大変なのは、イベントスペースにもよるがテーブルと椅子だ。重いし車のスペースを取るからだ。


「ダイドーの新店長さんは浅川さんという方らしい。せっかくだから今日挨拶できたらグッドだね」

 松江は運転しながら笑みを浮かべた。

 店長、副店長同士の小さな車内会議を後部座席の2人もやんわりと聞いていた。


「オープンして3日目でも混んでるだろうし、店長さんも忙しいですよね」

 海藤は言った。

「あたし1ついたち休みだったから朝のダイドーの生放送の特集見てましたけど、広いし凄い混んでましたよー。あの勢いだと当分は混雑してるかもですねー。しかも副社長さんインタビューされてましたよー。なんか若い感じの爽やか系イケメン男子でした」

 宗宮は自分が得た情報をさらっと伝えた。


「え、ダイドーの副社長って若いの? 何歳くらいだった?」

松江は少し興味を示し訊いた。


「えーっとー、30代くらいに見えました。名前は確かー、大堂 秀…なんちゃらさんだったと思います」


「あれ? 確か、社長が大堂 竜之介でしょ。名字一緒だから息子とか?」

 松江は首を傾げながらそう言った。


「家族経営ってやつですかねー。その副社長さんはどんなこと話してたの?」

 棚橋も興味が湧いた。


「うーん、やっとオープン出来て嬉しいっていうのと、なんちゃらシステムがどうのとか、革命だとかなんとか言ってた気がするー。あたしにとってはなんか難しいこと喋ってましたー」


「ふっ、確かに宗宮には理解不能な会話かもなー」

 海藤は鼻で笑いながらからかうようにぼそっと言った。


「海藤君なんか言った?」

 宗宮は鬼の形相の如くギロッと海藤を睨みつけた。

「いーや、なんも言ってないよ」

 海藤は車窓の外を見ながら話を逸らした。


「おいおい、兄妹ケンカはやめろって。ははははははは」

 棚橋は助手席から2人を見て笑いながらそう言った。


「だって海藤君が意地悪なんだもん。もう一緒に帰ってあげないからねー」


「な、おい、なんで上から目線なんだよ?」

 海藤は少し顔を赤くしながらそう言った。

「なんで動揺してるのかな~?」

 宗宮はニヤニヤしながら海藤に顔を近づけてそう言った。余計に海藤の顔が赤くなった。

「あーもう、近い近い! わかったから。すいませんでした」

 海藤はいつもより声を少し大きめに出しながらそう言った。

「ふふ、よろしい~」


「2人はホントに仲が良いね。海藤もそんな大きな声出せるんだ。ほーら、そうこうしている内にもうじき到着するぞー。あれがスーパーダイドーじゃないか?」

 松江は後部座席の2人の会話に聞き耳立てながら運転に集中し、バイパス道路の出口へ車を走らせた。

 棚橋もやれやれと呆れた様子だった。



 ≪白別町へようこそ≫の看板が見えた。



 バイパス道路の降りるところからも大きな建物が見えた。

 スーパーダイドーが白別町のど真ん中に堂々とそびえ立っているのだ。4人はまるでRPGゲームで最後のボスの城にやっと辿り着いたような感覚だった。その荘厳なオーラを煌々と放っている大きな白い建物に目が釘付けになった。


「ほんとだー! でかっ! ここからでもわかりますね。存在感スゴッ」

 宗宮は興奮した面持ちでそう言った。


 松江はダイドーが見える景色からフロントガラスに目を向け直し、安全運転をキープした。バイパス道路を降りて一本道を真っすぐ行くと到着する。

 駐車場入り口付近まで行くと、他の車もみるみるスーパーダイドーの駐車場に吸い込まれていく。

 松江も駐車場の入口へ速やかにハンドルを切った。かなり広い駐車場である。

 とりあえず今日は下見ということもあり、入り口付近に近い駐車スペースを探して車を停めた。


 4人は車から降り、まずその建物を全体的に眺めた。


 ♢


 ~外観は次のようになっている~


 1階と2階の間くらいの中央部正面に大きく『ダイドー』とデザインされた看板が掲げられており、少し暗くもなって来ているためか文字盤に電気がついていて目立っている。

 3階は屋上駐車場の出入り口のフロアとなっている。

 建物自体は、シンプルに白を基調としているお洒落なデザインで、2階部分には薄くグレーのストライプ柄のような模様が縦に入ってる。


 正面から右側の角が、丸みを帯びたガラス張りのようなデザインになっており、2階まではそのような作りになっている。

 そのガラスは、ガラスブロックという素材で出来ており、中がぼやけているため外から中ははっきりと見ることができない。


 また、正面から左側には『Food Court』と書かれている看板が掲げられている。

 ・北海道の観光地で有名な嗚長布おしゃっぷ町人気店のラーメン屋『玄戒』

 ・たこ焼き・お好み焼き屋の『鳩や』

 ・たい焼き・クレープ屋の『一夢茶屋』

 ・丼物専門の『丼すけどん』

 の看板が並んでいる。

 どのお店も道内での人気店だ。フードコートにも力を入れているのがわかる。


 入口は東側と西側に分かれている。


 正面から見て大きな自動ドアが2つあり、距離は離れている。

 両サイドどちらからでも入れるようになっている。正面から見て左サイド(西側)の入口は、フードコート側でスーパーの入り口にも近い。

 それに対して、右サイド(東側)の入口は車道側で、ホームセンターの入口と、3階まで吹き抜けの壁がガラスブロックの広場(:ここがSoCoモバイルイベント場所である)の空間に近い

 どちらの入口自動ドアも風除室を挟んで、もう1つ自動ドアがあり、そこを通過し歩行スペースに出るのだ。そこから各売り場へ行けるようになっている。


 ♢


「わぁー、大きいですね!」

 宗宮は目を丸くしながらそう言った。


「なんか建物もお洒落なデザインだから一見スーパーには見えませんね」

 棚橋はかけている眼鏡のブリッジ部分を左手の薬指でクイっと上げ、その建物を見上げながらそう言った。


「フードコートに入ってる店も有名店ばかりですね。普通に食いたいわ」

 海藤はフードコートの建物を見ながらそう言った。


「そうだね。なんかデパートにも近いような感じだね。よーし、中に入ってみよう」

 松江は穏やかな口調で興奮している3人にそう言い、4人はフードコート側の左正面入り口の自動ドアに向かい中へ入っていた。


「わぁー! 広ーい!」

 宗宮は少し小走り気味にトコトコ駆け出しながらそう言った。

「おーい、人にぶつからないように気をつけろよー」

 海藤はまるで小さな子供のような宗宮にそう言った。


「おぉ良い感じじゃん! 結構混んでますね。んで、えーっと、イベント場所はどっちだろ」

 棚橋は周囲をきょろきょろ見渡した。


 ♢


 ~内観は次のようになっている~


 中の造りは、入ったらまず横に広く歩行スペースが広がっている。

 客はその歩行スペースを歩きながら、スーパーやフードコート、ホームセンターに行き来できて、3階吹き抜けのガラス張りの広場の空間へ行けてベンチで寛げる。大きな円柱型の柱にもベンチが備え付けられている。


 また、歩行スペースの中央にはエスカレーターがあり、各フロアに行けるようになっている。

 そして歩行スペースを歩いていると、スーパーの入口である仕切りのようなものが2個所(西側と東側)ある。

 フードコート側に1カ所と、中央のエスカレーターの側にもう1カ所だ。

 仕切りは近づくと自動で開閉する。それを通ると両サイドに買い物かごやカートが置いてあり自由に使ってスーパー内で買い物ができるのだ。

 スーパーの中は、広さと品数を抜きにすると、一般的なスーパーとそんな変わりはない。野菜コーナー、お肉や魚コーナー、乳製品コーナー、お総菜コーナー、お菓子コーナー、日用品コーナーなどしっかりエリア分けされている。


 特集でも紹介されていたのだが、一般的なスーパーとダイドーが一味違うのは、オーガニック専門コーナーもあるということだ。

 有機米、有機野菜、有機きのこ、果物、オーガニックコーヒーやオーガニック紅茶など、幅広い種類のオーガニック製品を扱ったコーナーが別に設けられており、オーガニックマイスターのスタッフがそのコーナーで雇われている。

 わからない事はその人に訊けば詳しく教えてくれるのだ。


 また、地元の名産食材コーナーも設けられている。

 主に産卵期にしか獲れない稀少な「白鮭はくしらず」、「白別昆布」、「毛ガニ」、ジャガイモで有名な「シライト」、良質な白別町のブランド米を食べて育てたもっちもちの肉質で有名な「雪豚ゆきぶた」のロースやバラ肉などなど、種類も豊富で多くの客で賑わっている。


 10月だからこそのハロウィンコーナーもしっかりエリア分けされている。

 お菓子やぬいぐるみ、デコレーション用品や、お化けやカボチャなどのかわいいお部屋のレイアウト用品なども置かれいるので、家族連れ、カップル、女子高生達で賑わっていた。


 ♢


「えーっとねー、スーパーとホームセンターの境目の通路あたりで、ガラス張りのところだから‥‥‥」

 松江は、鞄から印刷してきたメールやイベント場所の写真の資料を取り出し確認した。「うん、こっちだね」

 右腕をピンッと伸ばし、入ってきた入口から右側の方を指さしながらそう言った。


 4人は、歩行スペースの右方向へと歩き始めた。その突き当りまでずっと歩いていくと、大きな円柱型の柱が見えてきた。

 すると、その柱の所に黒いエプロンをした男とスーツの男が2人立っていて何か話をしているのが見えた。


 近いづいていくと、松江はそのスーツの男と目が合った。

「ん? あれっ‥‥‥藤原さん!?」

 松江は驚きながらそう言った。

 後ろ3人も目を丸くしてキョトンとしている。


「松江さん! これまた皆さんお揃いで」

 藤原も目を丸くして言った。隣のエプロンの男性も笑みを浮かべた。


「下見に来たんですよ。いよいよ明日ですからね」

「おー! そうでしたか。ならちょうど良かったです。こちら、店長の浅川さんです」

 エプロン姿の男性は店長だったのだ。浅川が松江達の方に顔を向けた。

「名前だけ先に存じておりました。明日からお世話になります、SoCoモバイル宮神店店長の松江と申します。よろしくお願い致します」

 松江は挨拶を交わしながら慌てて名刺を取り出した。

「店長の浅川です。こちらこそよろしくお願いします」

 浅川もゆっくりと名刺を取り出し、2人は名刺を交換した。

 棚橋達も挨拶を交わしたが、海藤と宗宮は表情が固くなっていた。


「藤原さんがいらっしゃるとは思いませんでした。店長さんにもここでお会いできるなんて良かった良かった」

 松江は言った。


「浅川さんにご挨拶を兼ねて、私もイベント場所の下見に来たんですよ。今後もお世話になりたいですし」


「そうだったんですか。我々も夕方以降の来店予約が入っていなくて、店も落ち着いたのでメンバーで下見に行こうかってなって。ここのスペースは全体的にお借りしてよろしいのですか?」

 松江は藤原と浅川の顔を見ながらそう訊いた。


「えぇ大丈夫ですよ。お客様の邪魔にならないようにしていただければ思う存分やってかまいません。向う側でもエナジードリンクのイベントや、ダイドーカードのイベントもやってますので大賑わいですよ。SoCoモバイルさんも他のイベントに負けないよう頑張って下さいね。ははははは」

 浅川は笑いながらそう言った。陽気な雰囲気の人柄に安堵した。年齢は40代くらいだろう。


「ありがとうございます。ダイドーカードの申し込みも含め頑張ります。みんなもブースのイメージを膨らませておこう」

 松江は3人に問いかけ、棚橋達も「はい!」と俄然やる気を示した。


「裏の従業員入り口から入っていただくと警備室があります。その警備室前にある来店者名簿に名前を記入して下さい。確認後警備の者が入館証をくれるので、それを首にかけて中に入って下さいね。イベントの開始時間等はお任せしますので」

 浅川は松江達に入館方法を伝えた。


「はい、承知しました。こんなに広いスペースをご用意してくださり感謝します」

 松江は軽く頭を下げながら一礼した。

 

「いえいえ。ここはちょうどスーパーとホームセンターへの通路ですから、今もこうやって多くのお客様が通りますでしょう? だから明日以降もたくさん人が通るはずですよ。あ、でも後ろの壁がガラス張りですから昼間とかは陽射しが強いかもですが」

 浅川は、声かけには最適な場所だろうと、言わんばかりにそう言った。


「いえ、お気遣いありがとうございます。うまくこの大きな柱が日除けになってくれるかもしれません」


 その円柱型の柱は、その吹き抜けになっている3階の天井まである。恐らくこの建物の主柱の1つなのだろう。その柱に沿って木製のベンチもついている。

 この空間は、ちょっとした広場のような休憩スペースだ。

 自動販売機やガチャポンも設置されており、この空間の壁だけがガラスブロックになっている。先ほど外から正面を見た際に、右側の角が丸みを帯びたガラス張りのようなデザインになっているのはこの場所だったのだ。

 このガラスブロックは分厚い材質で外を覗いてもぼやけるようになっていて、内側からもしっかりと外の景色を見ることができない。


 ホームセンターの入口はまた別のところにある。

 この場所が歩行スペースの突き当たりであるが、ここから左にカーブを描くように歩行通路が続いている。

 このカーブの通路を数メートルさらに真っすぐ行くと、スーパー同様の自動で開閉する仕切りが見えてくる。同じくその仕切りを通ればホームセンターの世界が広がるのだ。

 つまり、この円柱の柱とガラス張りのスペースは、まさにスーパーとホームセンターを客が往来する歩行スペースのちょうどカーブの境目なのだ。


「大体この辺りでティッシュやガラポン抽選券を配って声かけるのがいいかもしれませんね。あとは向うの入口あたりとか1人立たせてティッシュ配ったりとか。色々ポジション考えられますね」

 藤原は動いて実際に立ってやる場所を想定した。


「そうですね」

 松江は人さし指と親指を顎にあてながら言った。


「向うの入り口付近も立ってティッシュとか配って良いんですね?」

 棚橋はずっと向うにあるフードコート側の入口の方を指さしながら訊いた。


「大丈夫ですが、売り場の中に入るのと2階での声かけ、しつこい声かけ等はご遠慮ください。基本的にはイベントブース周辺でのサンプリングでお願いします」

 浅川はそう言った。


「はい、かしこまりました。ありがとうございます。このイベント場所と、この通路の写真撮ってもよろしいでしょうか?」

 棚橋はスマホを取り出しながら浅川に訊いた。

「えぇ。大丈夫ですよ」

 浅川はこくりと首を縦に振った。

「ありがとうございます」

 棚橋は数枚スマホで色々な角度から写真を撮った。

 松江の資料に添付されている写真に加え、自分でもイメージを湧かせるように撮っておきたかったのだ。

 

「実際に場所も目で見て確認できたし、そろそろ我々はこの辺にしてショップに戻りますね。浅川店長ともご挨拶もできて良かったです。明日からよろしくお願い致します」

 松江は一礼しながらそう言った。浅川はにこりと目を細くした。


「国府にも私から共有しておきます」

 藤原は言った。

「はい。明日は荷物の搬入もあるので、国府さんには9時30分くらいにここに集合でとお伝え頂けませんか? 道路状況によっては多少前後するかもですが」


「わかりました。伝えておきます」


「テーブル4つとパイプ椅子8つでしたっけ? その隅っこ辺りに置いておきますので自由に使ってください。足りなかったら言ってくださいね」


「ほんとですか!? ありがとうございます。助かります」

 松江は浅川に頭を下げた。


「それではお邪魔しました。藤原さんも帰りお気を付けて」

 藤原は小さく手を振った。

 松江達はその場を後にした。


 ♢


 4人はダイドーを出て車に乗り込んだ。時刻は17時45分になろうとしていた。

「いやぁ、下見して良かったですね」

 棚橋は眼鏡を少し曇らせながらそう言った。


「やっぱりすごい混んでましたねー。でもイベント場所は最高ですね。たくさん声かけできそう」

 宗宮は先程の固い表所から一変していた。緊張が緩和されたのだろう。


「3人とも明日からよろしく頼むね。俺は店で応援しているよ」

 松江は車にエンジンをかけハンドルを握り、発進しかけた矢先だったその時、


「あの、気になったことあったんですけど‥‥‥」

 海藤は呟くようにそう言った。


「ん!? どうした」

 棚橋は助手席から少し振り返りながらそう言った。宗宮も海藤の方を向いた。松江は発進しかけたのを止めた。


「なんで歩行スペースの床は白っぽいというかクリーム色というか何かそんな色だったのに、茶色っぽい丸い模様が至る所にあったんすかね」

 海藤は首を傾げながらそう言った。


「え? そんなのあったか?」

 棚橋は姿勢を前に向き直して言った。

「はい。ありました」

「私は気付かなかったけど、そういうデザインなんじゃないのー?」

 宗宮も特に気にする素振りを見せなかった。


「あぁ、確かにあったかも。変わったデザインだなって思ってはいたよ」

 松江は海藤の言う茶色っぽい円形の模様の存在には気付いてはいた。


「ですよね。あ、棚橋さん帰る少し前に歩行スペースやイベント場所の写真撮ってま

したよね。見せてくれませんか?」


「おう」

 棚橋はスマホを取り出して写真を画面に出した。

 海藤は前のめりになりながら棚橋の撮った写真を覗き込んだ。松江も宗宮も釣られて棚橋のスマホを覗き込んだ。


「ほんとだ! 確かにあるね。でもただの床の模様でしょ?」

 棚橋は言った。


「でも模様ならバランスとか、なんていうかその一定の法則みたいな感じを取り入れて付けませんか?」


「んー、まぁ、わざとそういう風にしてるんじゃないか? 俺らの知らないデザインアートの世界を再現してるのかもよ」


「あたしもそう思うけどー」


「何がそんなに気になるんだい?」

 松江は言った。


「うーん、だって、あんな広い歩行通路に茶色い丸い模様が5つあったんですよ。多分全て同じ大きさですね。僕らはダイドーでほぼほぼ端から端まで歩きましたよね。その時、歩きながらその丸い模様の数を数えてたんです。あれ少なくとも5つはありますよ。気になったのはその模様がまるで無作為に付けられた感じがしたんです」


「ん? どういうこと? あたしにはムサクイの意味がわからないけど」

 宗宮が困った顔をしながらそう言った。


「だーかーらー、床の模様の場所が変だって言いたいのさ俺は。見てくださいよ、この丸い模様と模様の間の間隔もバラバラだし、普通一定の間隔をあけながら綺麗にしませんか?」


「プッ、海藤ってそんな模様にうるさい男だったっけ? ははははははは」

 棚橋は吹き出してしまった。


「そうだよ。なんか変だよー海藤君。ははははははは」

 宗宮も真面目に聞いて損した、と言わんばかりな反応をした。


「まぁまぁ、自分の意見をはっきり言えることは大切なことだよ。んー、ただあれだな。気のせいだと思うよ。海藤が気にするぐらいの不思議なデザインなんだよ」

 松江もこの空気を一気にまとめるようにそう言った。


「んー、なるほどですね、すみません。なんか気になってしまって。お騒がせしました」

 海藤は自分が言ったことが恥ずかしくなったのか、急に顔をふんわり赤くして黙り込んだ。


「ふふ、海藤君って面白ーい」

 宗宮は海藤を茶化すかのように言った。


「うっせ」

 海藤はまた黙り込んで、窓の外へと目をやった。宗宮はまだくすくすと笑っている。


「よーっし! 戻るぞー。棚橋、お店に今から戻ると電話してくれ」

 松江はアクセルを踏んで発進させた。


「了解です」

 棚橋は店に電話をかけ始めた。


 車はバイパス道路に乗った。

 海藤は車窓から見える町の明かりを眺めていた。その隣で宗宮は海藤の横顔を見つめていた。



第10話へ続く・・・。

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