第10話 イベント開催 当日
10月4日、国府はダイドーでのSoCoモバイルPR初イベント当日の朝を迎えた。
時刻は7時30分になろうとしていた。
国府はスーツに着替え、昨日藤原から届いたメールを再度ノートパソコンでチェックしていた。
その間、友里恵は朝ごはんの用意をしてくれていた。
普段国府は、朝はフルーツとヨーグルトなど簡単に自分で済ませるのだが、
「今日は特にしっかり食べて行かないとダメよ。一大イベントなんでしょ?力出ないよ」
と友里恵は、ブラックコーヒーとこんがり焼いた食パン、ハムエッグをテーブルに並べた。
「ありがとう。久しぶりにちゃんと食べるかも」
国府は後頭部を掻きながら席に着いた。
「ほんとは毎日ちゃんと食べて行って欲しいんだけどね。巧作っても時間無いとか言って残すんだもん。今日みたいに早く起きてくれれば時間に余裕できるのになー」
友里恵も国府の正面に座って、両手を顎に乗せながらそう言った。友里恵もコーヒーを少し啜る。
「あははは、そうだよね、いやぁ今日は7時前には目が覚めてさ。なんて言うか、気持ちの高ぶりというか」
国府は眉をㇵの字にしながらそう言った。
「めずらしいね。巧、それ多分緊張してんのよ。リラックスしてね。いつも通りやれば良いんだから」
「そうだよね。ありがとう。ごちそうさま」
そう言って、国府は朝食を食べ終えた。
洗面所で歯を磨き、髪の毛をワックスでセットし、ネクタイを締め、紺色のジャケットを羽織った。
「あーもう巧、ネクタイ曲がってるよ」
友里恵は国府のネクタイをクイッとあげて整えた。
「あははは、ありがとう」
国府は少し照れくさそうに言って、資料とノートパソコンを入れた鞄を持って準備万全にした。
「もー」
友里恵は腰に手をあてながら唸った。
「あっそうだ、車使っても良いんだっけ?」
「今日買い物で使うからダーメ。電車で行って欲しいな」
「あーら残念。わかったよ。運転気をつけてな」
そう言って、国府は玄関へ向かった。
「頑張ってね! 応援してる。今日の晩ご飯はビーフシチューだからね」
友里恵は右手をグーにしてガッツポーズをした。
「お! それは楽しみだ。17時に終わる予定だから18時半くらいには帰って来れると思うよ。行ってきまーす」
国府は靴ベラを使って、革靴を履きながらそう言った。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
友里恵は右手で小さく手を振りながら笑顔で見送った。
♢
家を出たのは8時少し過ぎだった。
歩いて20分ほどで幌平駅に着いた。改札を通り10分ほどホームで待ち、白別駅行きの電車が到着した。電車に乗り込み、隅っこの席に腰を下ろした。
30分もしないうちに白別駅に到着した。
国府は、電車の中でウトウトと寝かけたり、起きたりを繰り返していたので、外の景色を見ていなかった。
しかし、ホームに降りてすぐに見えるそれは、壮大な城のように聳え立っている。
時刻は9時になる前だった。
「でけぇ‥‥。ここからでも見えるんだな」
国府は1人でそう呟いた。
ぼんやり見えるダイドーを数秒間眺めてから改札を出て歩き出した。
そして、周囲の人も国府と同じ方向に歩き出す人も多かった。ダイドーに買い物に行く人々だということがすぐにわかった。
国府は、15分ほど歩いてダイドーに到着した。
藤原からの共有通り、裏口の従業員入り口から入った。警備室前まで行き、自分の名前を入館者名簿に記入し、入館証を首からぶら下げ売り場へ出た。
「ガラス張りのところだからー、こっちか。にしてもかなり混んでるな」
国府はそう呟きながら、スマホで資料を確認しイベント場所へと向かって歩いた。
スーパー内から歩行スペースまで一旦出て、左側をずっと真っすぐ歩いて行くと、大きな円柱型の柱が見えてきた。背面はガラス張りである。テーブルやパイプ椅子も隅っこに用意されていた。
円柱の柱にはベンチが付いているが、客が座らないようにか仕切りが置かれていた。この広場で間違いない。
「ここだな。結構広いじゃん」
国府はそう言いながら、イベントスペースを見渡した。
腕時計を確認したら9時15分だった。宮神店のスタッフ達はまだ来ていない様子だった。
「皆来るまであと15分くらいあるか。店内少し見て回ってみるか」
国府は、まずずっと歩行スペースを歩いてみた。
その歩行スペースは大きくて広いし、多くの客で行き交う様子はまるでお祭りのようだった。
歩行スペース中央部分辺りのエスカレーター付近では、『ハイパーキメラ』というアメリカから日本初上陸で人気のエナジードリンクのイベントの男女4人のスタッフが準備をすすめていた。
CMでもよく宣伝しており、最近若者の間では人気を博している。
ハイパーキメラは、とにかく超強炭酸でパンチがあり、2種類のフルーツが合体した味なのだとか。
缶が4種類あり、その缶の色で味が違うそうだ。日本で強炭酸が流行りを見せている中で、それを上回るほどのバッチバチの超強炭酸が売りだそうだ。
国府はまだ飲んだことが無い。どのように声かけしようかイメージしながら周りを見渡し観察した。
そして、ホームセンターの方にも行ってみた。中はとても広く、また家電製品や、木材、DIYコーナー、ペット用品などなどあらゆる種類の商品が並んでいた。
また、ホームセンターとスーパーは、通路を通って売り場の中でも行き来できるようにもなっている。ホームセンターで買い物が終わった後そのままスーパーで買い物ができるようにもなっているのだろう。
腕時計に目をやると、時刻は9時30分を回っていた。
「そろそろブーススペースに戻るか」
国府はそう言って、小走りで広場へ戻った。
戻った時、ちょうどばったり棚橋、宗宮、海藤の3人が歩行スペースから台車2台にコンテナケースを乗っけて来ているところだった。
「くーにーふさ~ん!」
宗宮は大きな声で手を振りながら向かってくる。
そして、3人はイベントスペースの円柱の柱の側に台車を停めた。
「おはようございます! 今日から4日間よろしくお願いします!」
国府は、3人に挨拶を交わした。
3人も笑顔で「おはようございます!」と返した。
「いや~頼むね! 国府さん」
棚橋はかけている眼鏡をきらりと反射させながらそう言った。
「はい! 頑張ります。やはり賑わってますね。建物のデザインとかもお洒落ですしイメージと違ったというか」
「そうだよね。 てか昨日さ、皆で下見に来たんだけどね、海藤が帰りに変なこと言い出して皆一瞬戸惑ったのよ」
棚橋は国府の耳元でコソコソと話した。
「え? どんなことですか??」
国府は首を傾げながらそう訊いた。
「なんか、国府さんも歩いて来たと思うけどさ、このずっと向こうのフードコートまで続いてる歩行者通路の床のデザインが変だとか言ってきてさ」
「あぁ、なんかあの円形の茶色っぽい模様のことですか?」
「そうそう。俺らは言われるまで全然気にならなかったし、そういうデザインだべって言ったんだけどさ。別に変じゃないよな?」
「んー、とくには気にはなりませんね」
「だよね? あいつまた意味不明なこと言うかもだけど、なんかそういう話されたら適当に流しておいて」
棚橋は右手で後頭部をポリポリ掻きながらそう言った。
「あ、はい。わかりました」
「棚橋さん、荷物はこれで全部ですか? まだ車にありましたっけ?」
海藤は台車からコンテナケースやイーゼル等を床に下ろしながらそう訊いた。
「うーん、まだあるかも。あったら持って来てくれ。宗宮も一緒についていってあげてくれ。宗宮はそのまま台車で残りの荷物を持って来てもらって、海藤はそのまま車を裏に停めて来てほしい」
棚橋は2人に指示した。
「はい!」、「了解です」
2人は返事をして、駐車場へ向かって行った。
「じゃあ、俺達はイベントブースをセッティングしようか」
棚橋はそう言った。
「藤原と考えたイメージ図があるので、一旦参考程度に配置してみませんか? その後色々変えてみたり微調整していきましょう」
国府は、鞄から印刷したイベントブースの構成図を出して棚橋に見せた。
「おー! いいね。やってみよう」
棚橋はニコリと笑みを浮かべながらそう言った。
まず棚橋と国府は、2人でバックパネルを組み立てた。
骨組みが伸縮するように出来ており、ストッパーを外すと一気に拡がる。その骨組みに、『SoCoモバイル』とロゴが入った紺色の大きな布をつける。骨組みの縁にマジックテープでくっつける仕様になっているのだ。このバックパネルは、かなりデカいので遠くからでも目立つ。このバックパネルを円柱の柱の前に設置し、目の前の歩行スペースの通路からばっちり見えるようになった。
その時、宗宮が台車に残りの荷物を乗せて戻ってきた。
「肝心のガラポンが忘れられてましたよー。あとは松江さんが印刷かけてくれた大きいポップやポスター類もあったから一応全部持ってきましたー」
宗宮は、小柄な体で頑張って台車を押してきたので息をハアハア言わせていた。
「お! サンキュー。助かったわ。じゃあ、宗宮はガラポンの組み立てと、この紙見ながらカラーボールを割合よく入れて、テーブルの景品分けもしてくれ」
棚橋は1枚の紙を宗宮に渡しながらそう言った。
その紙は、カラーボールで〇等と分けられており、景品は〇〇、と書かれているものだった。
「ラジャー!」
宗宮は、敬礼の素振りをしながら言った。
「カラーボールも割合よく入れるんだぞー。1等、2等入れ過ぎたりするなよー。バランス良くなー。ははははは」
棚橋は、笑いながら揶揄うようにそう言った。
「わかってますよーだ」
宗宮は無駄に意地を張った。
そして、国府は折り畳まれたテーブル4つを組み立て、それぞれ円柱の柱とバックパネルを大きく囲うように離しながら配置した。
テーブルにも『SoCoモバイル』というロゴが入った紺色のクロスをかけていった。そのテーブルにノベルティ(景品類)をどんどん出していく。
「宗宮さん、ノベルティこのテーブルに一通り出しておいたので、あとで景品分けお願いします」
国府は、ガラポンを組み立てている宗宮に言った。
「ラジャー!」
宗宮は、またもや敬礼の素振りをしながらそう言った。それを見て国府はフフッと少し笑った。
棚橋は、手続き用のPCやタブレット、コピー機などシステム関係の準備に取り掛かっていた。
その間に海藤も戻ってきた。「ただいまーっす」
「おう! 車ありがとう。停める場所わかった?」
棚橋は、PCのコードを繋ぎながらそう訊いた。
「はい。普通に裏の従業員用駐車場に停めてきました」
「オッケーオッケー。じゃあ、海藤はこの延長コードをあそこに挿して養生テープで固定してここまで持ってきて欲しい」
「了解です!」
海藤も作業に取り掛かった。
国府は、商談用テーブルのセッティングを始めた。
声かけしてSoCoモバイルのサービス内容に興味をもってくれた客に、テーブルに着座してもらい見積もりを書いて提示したりキャッシュバックなどのキャンペーンを伝えたりと、より詳しく話をするためのテーブルだ。カタログやパンフレット、料金表、電卓などを商談用テーブルにきれいに並べた。
宗宮も大きなガラポンの組み立てが終わり、カラーボールも入れ終わった。
ノベルティも盛り盛りに積み上げられている。たくさんの景品があり、賑やかにも見える。
景品は1等から5等まであり、順位別にテーブルに並べられた。
1等はなんと高級ボックスティッシュ『鼻天国』の3個セットだ。ドラッグストアとかで買ったら500円はするだろう。その他にもハンドタオルセットや、アルコール除菌セット、カップラーメン、全国の湯めぐり温泉の素セットなどもらって損はないようなラインナップだ。
大きなガラポンも、歩行スペースを往来する客に目立つようにブーススペースのど真ん中に設置した。
そのガラポンの横にノベルティを盛ったテーブルを置いて、スムーズに景品を渡せるように工夫した。
海藤はポスターや手作りポップもL字看板にぶら下げたり、壁に貼ったりとキャンペーン内容も分かりやすいようにしてくれていた。
ある程度イベントブースの形が出来上がった。
ノベルティの盛り具合も、バックパネルも、ガラポンもイベントブースで存在感を掻き立てており、かなり目立つようにセッティング出来た。
フードコートからも見えるくらいかもしれない。
『イベントブースは大袈裟に目立つくらいが丁度いい』
と、藤原が言っていたのを国府は思い出していた。
イベントブースをセッティングしている間にも、歩行スペースを行き交う客はチラチラこちらを見ていたり、『なんのイベント?』と声をかけられたりした。
イベントが始まったら、盛り上がりを見せるのは間違いない!、と国府は確信していた。
時刻は10時20分を回ったところだった。
「よーっし! 良い感じにできたな。みんな集合!」
棚橋は声を上げた。3人は棚橋の周りに集まった。
「準備お疲れ様! 少し時間掛かっちゃったけど良い感じにブースも作れたし、イベントの雰囲気かなり出てるぞ」
棚橋はテンション高めにそう言った。
「ノベルティも豪華ですね」
国府は言った。
「そうなんだよ。松江さんの厳選でね。鼻天国とか当たったら絶対嬉しいよね」
棚橋はノベルティの方に手を向けながら言った。
「盛り上げよーねー!」
宗宮も両手をグーにしながら気合十分にそう言った。
「バテんなよ」
海藤は宗宮を横目で見ながら言った。
「バテないもーん。フンだ」
宗宮はそっぽむく感じで海藤のいじりを回避した。隣で国府は目が点になっていた。
「はいはい、じゃあ今回のイベントの販売目標を周知するね。まず今日から4日間で他社キャリアからの乗り換えを20件は成約していきたい。日別で5件ペースだね。光回線も5件は欲しいかな。あと星名ちゃんネルも取れるだけ欲しい。そして、お約束のダイドーカード加入促進もダイドーから取れるだけとお願いされているから、SoCoモバイルユーザーのお客様にもどんどん加入促進の声かけをしていこう。宮神店のキャンペーン内容は、乗り換えのお客様には一括0円スマホもあるし、機種をそのまま使うお客様には、最大2万円分の商品券のキャッシュバックもできるからね。使える施策はどんどん使ってくれ。あと商談テーブルも2つセッティングしたけど、足りなくなったら店から持ってきたテーブルあるから、それも出して商談スペースを増やしていこう。初期設定やデータ移行も無料でサポートしてあげてくれ」
『はい!』
3人は返事をした。
「あ! ダイドーカードの申し込みのやり方ってどやってやるんですかー?」
宗宮は手をピンっと上げて質問した。
「あーごめんごめん。説明するわ。商談テーブルにも置いたんだけど、まずこのラミネートされたQRコードを読んでもらって申し込みフォームが出てくるから入力する。そして運転免許証やマイナンバーカードの本人確認書類をアップロードして完了って感じ。簡単だろ? ちなみにこのQRコードは国府さんがラミネートして持ってきてくれました」
棚橋は説明した。
「おー! 簡単ですな。了解しましたー。国府さんもありがとうー」
宗宮はにこりとしながら国府にお辞儀した。
「いえいえ」
国府も笑顔で返事する。
「声かけとかイベントの流れとか役割とかどういう風にやっていきます?」
海藤は質問した。
「とりあえず声かけできる場所は限られているから、4人でどんどんこのガラポン抽選券入りポケットティッシュ配ってガラポンに誘導しよう。景品も渡しつつ『今携帯どこ使ってますか?』とヒアリングしていこう。そこで商談出来そうなら着座してもらって乗り換えの提案をしていこう。そこはまぁ今まで通りだね。国府さんもいるけど、国府さんだけに頼りっきりにならないで、俺らでもやっていかないとダメだからね。俺も頑張るから!」
棚橋は事細かく説明した。
「声かけNGな場所はありますか?」
宗宮が質問した。
「あっちのフードコート側はNGだね。エナジードリンクのイベントの邪魔になってしまうからね。あとは2階フロアもNGだ。基本このイベントスペース付近と、そこの自動ドア辺りまでにしよう。だから、そこの自動ドア付近に1人立って抽選券配布して『あちらでガラポン抽選会やってまーす』って誘導する役割の人もいてもいいかもね。あと、この歩行スペースを通る客の歩行の邪魔になったり、しつこい声かけや訴求もNGね。見切り付けながらやっていこう」
「了解です!」
宗宮はそう言って、海藤も国府も頷いた。
「そんな感じで大丈夫ですかね? 国府さん、他にこうした方が良いとかありますか?」
棚橋は現場のプロである国府に意見を求めた。
「はい。大丈夫です。初めての場所ですし、まずはやって見てですね。そしたらまた別の良い方法も見つかるかもしれませんし。まぁ、イベントなので4人で楽しんでやって盛り上げていきたいです」
国府は3人の顔に目をやりながらそう言った。
「そうだね。まずはこのイベントを盛り上げながら楽しもう! 細かい事ばかり気にしてたらできることも出来なくなるからね。4人で力合わせて頑張ろう」
棚橋は3人の前に手を甲を出した。
宗宮もその棚橋の手の上に自分の手を重ねた。雰囲気を掴んだ海藤も国府も釣られて手を重ねた。
「がんばるぞーーー!」
『オーーーー!』
4人は重ねた掌を少し下に沈めながら、思いっきり天井に向かって上げて叫んだ。
「よーし、開始だ!」
第11話へ続く・・・。
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