第2章 スーパーダイドー

第8話 スーパーダイドー 【グランドオープン編】

 10月1日、国府は休日だった。


 9時前には目が覚めて、ソファに座りテレビを点けた。

 ちょうど、『スーパーダイドー 新店オープン!大特集!! LIVE』というタイトルで、北海テレビが取材している番組の生放送中だった。

(とうとうオープンしたんだ)、と心の中で呟いた。


 その番組を見ていると、どのくらいの規模のスーパーなのか、店内の様子や、どのくらい初日から混雑しているのか等、客観的な状況や情報を得ることが出来た。

 実際その番組に目が釘付けになったのも、SoCoモバイルのイベントに入ることを事前に聞いていたからだ。でないと、とくに目もくれていなかっただろう。


 一昨日、藤原から10月シフトがPDFで送られてきた後、それをチェックしていたら、4日から7日の4日間『ダイドー SoCoモバイル宮神店主催』と記載されていた。その数十分後に藤原から電話がかかってきて詳細を説明された。


 番組では買い物客がインタビューされていた。

 どの客にも共通していることは、嬉しさに揺れるような笑顔で、

「この日を待ってましたー」

「楽しみにしていました」

「買い物が楽になりますよねー」

 という類の台詞を零していた。


 店内は大変混み合っており、白別町ってこんなに人口いたっけ?、と思ってしまう程だった。

 

 9時を過ぎた頃、友里恵も起きてきた。

「ふぁああ、おはよう~」

「おはようー」

 大きく口を開けてあくびをしながら、寝癖のついた乱れた髪の毛を左右に揺らし、洗面所にノソノソと向かって行った。ただ友里恵の髪質は直毛なので、ドライヤーと手櫛である程度は修復されるのだ。なんとも便利なことである。

 洗面所から戻った友里恵はキッチンに立った。キッチンは大きく窓型に切り抜かれているので、そこから居間やダイニングテーブルが一望できる。

「巧、トーストでいいしょー?」

 キッチン窓から友里恵は訊いた。

「うん、ありがとう。あ、あと目玉焼きも食べたいなー、半熟でー」

 国府はソファから体を反転させ、キッチンに立つ友里恵の方に顔を向けてそう言った。

 朝は特に友里恵の焼く半熟の目玉焼きが好物なのだ。

 半熟の目玉焼きは、誰にだって作ることができるだろう。

 だが、国府にとってはただの半熟じゃ駄目なのだ。黄身をかじった時に、口元からとろりと微量に溢れ出て、少し固まった黄身が舌の上を滑るくらいがちょうど良いのだ。

 その絶妙な熱加減は、友里恵にしか出来ない主婦の業である。


「はいはーい。巧も手洗って、顔洗って準備してー、テーブルも拭いて―、あとその使ってないコップちょっと下げてー」

 キッチン越しから友里恵の指示が飛んでくる。友里恵がキッチンに立てば立派な司令塔と化すのだ。

 その友里恵の指令が、休日の朝の鈍った国府の体を動かすスイッチとなる。

 国府は言われた通りに体を動かし、目覚め切っていない脳みそを起こしていくのだ。休日の朝はいつもこんな感じだ。


「はーい朝食出来たよー。食べよー」

 テーブルには、米パンのトースト、半熟目玉焼き、赤カブのグリーンサラダ、手作りコーンスープ、シャインマスカット、ゴボウ茶が並べられている。

 友里恵は元栄養士なので、いつも栄養バランスを常に考えてくれる。


 国府は朝が基本弱い。仕事の日は、ギリギリまで寝てしまうから朝はバタつく。

 だからこそ、結婚する前は基本朝食を食べていなかった。大学時代からそうなので生活習慣として癖付いてしまっていた。

 しかし、結婚したばかりの時に友里恵から『必要最低限胃に何か入れて仕事に行くようにね』、と口酸っぱくして言われたものだ。だから、食べるにしても手軽にお茶とヨーグルトやフルーツくらいは食べて行くようにはしている。



「おっ旨そう! いただきまーす」

 2人は席に着いた。

「そういえばさ、今日からオープンだね。ダイドーの大型スーパー」

 友里恵は番組に目をやりながらそういった。

「そうだね。なんか朝からめちゃくちゃ混んでるっぽいよ」

 国府はトーストを頬張りながら言った。


「4日からそこでお仕事なんでしょ?」


「そうなんだよ。忙しくなりそうだ」

「あまり無理はしないでね。でも応援してるよ」

 友里恵はニコリと微笑みながらそう言った。



『———さぁ、ここで中継が繋がっております。現場の近藤さーーーん??』

 アナウンサーの声が居間に響いた。2人はテレビに顔を向けた。


『はいはーい! 近藤でーーす。私は今、首都圏内にあります~、あのダイドーの本社近くまで来ておりまーす。ご覧ください。あの大きなビル! えーと、最上階辺りに何か文字がありますねー。えー、大堂N1ビル‥‥と書かれてます。そしてですね、今日はなんとスペシャルゲストがインタビューに答えてくださるということで~、この後にちょっとした特別コーナーもありますのでーお楽しみに~! それでは さっそく本社に向かいましょう―——レッツゴー!!』

 番組は進行していった。


 北海テレビは、道内ではいちばん大きいテレビ局で道民からの支持もあつい。よく道内の産物や観光スポットや、バラエティ番組を道内出身の人気お笑い芸人と一緒によく手掛けている。

 しかし、北海テレビがわざわざ首都圏まで取材に行くというのは珍しいかもしれない。それだけ白別町に大型スーパーができたことを道民に伝えるのには、それだけの価値があるということなのだろう。

 近藤という女性アナウンサーが本社に到着後に中へ入っていき、社内情報が映らない程度に社員の仕事風景や、フロアの様子などが放映されていく。


「スペシャルゲストって誰だろうね?」

 友里恵は少し気になる素振りで国府に訊いた。

「うーん、まさかCMに出てる倉石 真奈じゃないよなー」

 国府は少し頭を捻りながら自分なりの回答をした。



 ——倉石くらいし 真奈まな——

 28歳。この令和を闊歩している超人気女優だ。艶やかな黒髪ロングの美少女。5歳の頃から子役として活躍しており、大河ドラマに出演していたのを何となく覚えている。そこから月9ドラマや映画にも主演で出演するようになり、この日本で彼女の名前を知らない人はほとんどいないだろう。



 そして、100円ショップ業界でダイドーが名を馳せ始めた時に、あの大堂 竜之介が女優の倉石 真奈に目を付け、金を積みCMに起用し成功。

 さらにダイドーは全国的に支社を増やしていき地域密着型として事業拡大。今や店舗は北から南まで全国展開を実現し業界トップに君臨している。海外にも進出しているそうだ。

 強みは商品の豊富さだ。客が求めるものは色も種類もほとんど揃っている。もし客が求める商品が無かったとしても、専門スタッフがその要望を聞き入れ、オーダーメイドで作って販売してもらえる。もちろんそれも基本100円だ。ダイドーは老若男女問わず客の心を握っている。

 「100円ショップといえばダイドー!」と全人類が口を揃える勢いだ。ダイドーは100円ショップ業界に革命をもたらしたのだ。

 CMに関しても、年代と共にその時代時代に適するように新しく改良していき、飽きさせないのも戦略の一つだ。


 藤原は、あの4年前にダイドーからのコンサル依頼で、CMの新バージョンを作りたいという要望で神矢と仕事をし成功させた時に倉石 真奈に会っている。

 倉石 真奈が薄水色のワンピースを身に纏い100円ショップダイドーの店内をスキップしながら走り周り、手に触れた商品が空中を舞うという斬新なアイデアを提案したそうだ。

 それはすでに起用されていて、そのCMは世間ではかなり評判が良かった。


 しかし、そんな大女優の倉石 真奈が、こんな午前中の生放送の番組に急に出て来るとは思えない。であれば、スペシャルゲストって誰だろう?っと国府は頭の片隅で考えた。


「またあの社長さんみたいな人かなー?」

 国府は友里恵が以前に昼番組の特番でそれらしき人物が、テレビで喋っていたのを見たと言っていたのを覚えている。


「まぁ確かに可能性はあるよね」

 2人で『スペシャルゲストは誰だろな予想』を楽しみながら朝食を摂っている間に、番組も進行しており、一通り本社の内部映像の案内や社員にインタビューを終えていた。

 そして、その近藤アナが、ある部屋の扉の前に到着したところで立ち止まりながら喋り出した。


『はーい、みなさーん。お待ちかねです。到着しました! この扉の奥にスペシャルゲストがお待ちいただいているという事で、特別インタビューしちゃいたいと思いまーす。では早速ノックしてみたいと思いまーす。皆さま準備はよろしいでしょうか?

 では行きますよー』

 番組の進行は淡々と進み、近藤アナはその目の前の重厚感のある扉をノックした。


 国府と友里恵の顔はTVに釘付けになった。



 コン、コン、コン、、



「どうぞー」

 中から男の声が返ってきた。

 その扉の向こう側から聞こえた確かな肉声を番組のマイクがしっかりとキャッチしていた。


「失礼しまーーす」

 そう言いながら、近藤アナはガチャリと扉を開けて中に入っていった。

 その部屋には、大きな円盤型の黒いデスクに、大きなデスクトップのパソコンが置かれて、首都圏の街並みが一望できるような窓ガラスが広がっていた。

 番組のカメラが映し出せる範囲にも限度があるだろう。とても広い部屋だということがイメージできるようなオフィスだ。


 その円盤型のデスクの向こう側にひとりの男が立っていた。


 短髪で前髪を少し立てており、ピシッとグレーのスーツに身を包み、両手を前に組んで姿勢良く立ちながら近藤アナに一礼した。

 見た感じ若目の男だ。左腕の腕時計は金色の光沢を放っている。紳士っぽく気品のある風貌だ。その男は近藤アナに近づき口を開いた。

「初めまして。本日はようこそおいでくださいました」

 その男は、口角を上げ白い歯を見せながら近藤アナに握手を求めた。


「初めまして! お忙しい中お時間を作ってくださりありがとうございます! よろしくお願い致します」

 近藤アナも一礼しながらそういってその男と握手を交わした。

 先程、扉の前で話していたよりも少し表情が強張っている。

 国府は、彼女がアナウンサー歴が長いのか短いのかはわからないが、その男の前で緊張しているのが一目瞭然だった。


「どうぞこちらへ」

 その男は、近藤アナとテレビスタッフ達をガラス張りの商談スペースのような広い空間へ誘導した。

 大きな円形のデスクとオフィスチェアがいくつもあった。

 男は一番奥の椅子に腰を下ろし、「おかけください」とその男に示された斜め向かいの椅子に近藤アナも座った。

 カメラマン達も各々撮影しやすいポジションについた。

 そして、近藤アナから話を始めた。


「はい! それでは始めさせていただきます。改めまして、今回特別インタビューをさせていただきます北海テレビアナウンサーの近藤 広美です。よろしくお願い致します」


「わざわざ北の大地から取材に来て頂けるとは光栄です」

 その男はそう言いながら深々とお辞儀をした。


 近藤アナはカメラに目を向け、コーナーの進行を始めた。

「なんと今回インタビューにお応えしていただけるこちらのお方はですね、この大堂ファインディングエコロジーの専務取締役兼副社長の大堂だいどう 秀策しゅうさくさんです!」

 国府は今の会話を聞いて思った。確かに、大堂 竜之介という社長の存在は知っていたが、副社長の名前までは気にしていなかったし知らなかった。その男は見た目が若いし、同じ名字であることから恐らく息子か親戚だと予想した。


 ―――――インタビューコーナーが進んでいく―――――



「大堂 秀策です。よろしくお願いします」


「ついに北海道白別町にスーパーダイドー第1号店がグランドオープンしましたね。どのようなお気持ちですか?」


「やっとこの日を迎えられてとても嬉しく思っています」


「ダイドーと言えば100円ショップ、世間でもその名を知らない人がいないくらい有名でありますが、なぜスーパー事業に参入しようと考えたのですか?」


「我々は今までダイドーブランドを通して、『安く便利に快適に』をモットーにお客様の私生活を支えてこれたと実感しております。そして、次のステップとして何ができるのかを考えた末、お客様の食卓を支えて行こうという考えに至り、スーパー事業に踏み切りました」


「スーパー事業に踏み切るにあたって最も苦労されたことはどのような事でしたか?」


「まず何処にスーパーを造ろうかを悩みました。1号店なわけですから、お客様のニーズにより多くお応えしながらインパクトをつけたい。そんなことができる場所をとにかく検討しました。弊社は、北海道の大自然と広大な敷地に恵まれた環境下でダイドーファームという農場経営もしております。そのダイドーファームの急成長をきっかけに、白別町にスーパーを造ろうという思いに至りました。他県に造るよりは、そのまま北海道に事業展開した方が良いと考えました」


「なるほどですね。大きなきっかけはそのダイドーファームの急成長があったからこそだったんですね! 凄いです。農場経営もしているのは知らなかったです」


「はい。スーパーを経営したいといっても、別の会社からわざわざ仕入れたらその分コストが掛かりますね。自社で作ったものを自社で販売することこそ強みであり、お客様に安く良質な商品を提供出来ますからね」


「ちなみに、スーパーダイドーはホームセンターも併設しているんですよね?」


「そうですね。ホームセンターに関しては、うちの子会社に協力をいただきました。ホームセンターを併設することで、皆様の生活をより強固に支えることができます。食卓はスーパーで、私生活は2階の100円ショップで、そして、居間や庭はホームセンターで、とお客様の生活に必要なものは全てスーパーダイドーで解決できます。あとテナント貸しもしているので、ちょっとしたフードコートや本屋、ゲームコーナーもあります。高校生の溜まり場にならないことを祈るばかりですね。ははははは」


「大型スーパーですものね。今後どんなスーパーにしていきたいですか?」


「はい、まずはやっとオープンできたスーパーです。恐らく、白別町ではいちなん大きなスーパーになったことでしょう。老若男女問わず気軽に立ち寄って頂き、より多くのお客様で賑わっていって欲しい。そんなスーパーにしていきたいですね」


「御社としても非常に大きな一歩となったわけですよね?」


「その通りです。このスーパー事業には社長の強い信念や思いがあります。まさに革命です。スーパーダイドーはただのスーパーではありません。このスーパーの存在が世間を大きく変化させ、多大なる影響を与えていくことでしょう。そのスタートの第一歩が北海道の地だったということです。社長の思い‥‥‥いや、父の思いがこの大型スーパーという函の中で実現できるのです」


「社長はお父様でしたか!?」


「そうなんです。社長の大堂 竜之介は私の父でございます。そして我社は、先祖代々大堂家の世襲制で経営をしてきました。駆け出しの頃はほんの小さな雑貨屋だったんですが、今はお陰様でここまで大きくなりました」


「そうだったんですね! 素晴らしいことだと思います。最後にテレビの前の視聴者の方にもメッセージをお願いします」


「えー、北海道へ足を運ばれた際には、是非スーパーダイドーにもお立ち寄りください。スーパーダイドーの新しい姿を中からも外からも見ていただきたい。日常では感じられない体験や感覚を得られる日があなたにあるかもしれません。お待ちしております」


「はぁい! ありがとうございます! 熱いメッセージが皆様に届いたかと思います。是非ともスーパーダイドーへお買いものに来てくださいね。大堂さん! 本日はお忙しい中ありがとうございました」

 近藤は、インタビューを終え深々と頭を下げた。同時に、大堂も「こちらこそありがとうございました」と言いながら小さく礼をした。


「それでは、白別町にお返ししまーす!」

 テレビはスタジオに戻された。

 映像はスーパーダイドー店内を移し続ける。2階フロアはとても広く、100円ショップエリアも混雑していた。向かいには『とぐち書店』という本屋が見えた。建物全体的に多くの客で賑わっており活気に溢れていた。


「副社長さん? だっけ。なんか気合入ってたというか、なんというか。大型スーパー開業と言えど、革命だとか、日常では体験できないスーパーだとかさー」

 友里恵は、大堂 秀策が述べたインタビューの受け答えの言葉を噛み締めるかのように反芻した。


「まぁなー。それだけダイドーにとって大きな一歩だってことなんだろ。新事業な訳だしさ。初日でこんなに客で賑わってるし、白別町の人達もそりゃ喜ぶわな」

 国府は大堂 秀策のインタビューの回答よりも、SoCoモバイルのスタッフさんとイベントを盛り上げているイメージを頭の中で思い描いていた。


「そうだよね。混んでるんだから人に気を付けながらやるんだよー」

 友里恵は心配しながらそう言った。


「ありがとっ、まぁ気楽に楽しんでやるさ」

 そう言って、国府は食べかけのトーストにかぶりついた。



 ―――—国府の挑戦がもうじき始まるのだ。




第9話へ続く・・・。

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