第2話 松江 俊介
17時30分頃、棚橋達はショップに戻った。
白いハイエースからイベントで使った荷物を、台車に乗せてバックヤードに入っていった。
使い古したコンテナケース4つ、ポップやツールが入った紙袋や筒、折り畳み式テーブル2つ、パイプ椅子、L看板、イーゼル等々、イベントの度にこのような沢山の必要物資を扱う。
店内は1組だけカウンターで手続きをしているだけで、それ以外の客はおらずガラガラだった。
ショップ自体は19時営業終了だが、大体この時間になると客はほとんど来ない。手が空いたスタッフから締め作業に入るのだ。
棚橋達はバックヤードの隅に一旦荷物を下ろす。
その時、店長の
——松江 俊介――
緩くクセ毛でお洒落なパーマのような髪型で痩せ型イケメン。37歳で穏やかな性格。スタッフからの信頼も厚い。背中に白色でSoCoモバイルとロゴが入った紺色のポロシャツを着ている。
SoCoモバイルのスタッフの服装は、白いロゴが入った紺色のポロシャツかTシャツか長袖を、その日の気分で自由に着分けしても良い事になっている。
その上に紺色のジャケットが支給されているので寒い時はそれを着る。パンツは目立たない生地のものであれば何でもよい。企業的イメージカラーは
「いやーお疲れだったね」
松江はイベントから戻ってきた3人にそう言った。
「松江さんお疲れ様です」
棚橋は言った。
「お疲れでーす!」
宗宮が軽い感じで言った。松江はニコッと笑みを浮かべながら、右手をひょいっと上げた。
「店長、これ確認お願いします。イベント最終日、目標達成です。ほとんど国府さんのおかげなんですけどね」
海藤が獲得票を松江に提出した。
「お! ありがとう。さすが国府さんだねー」
「僕らも必死に声かけしたんですが、国府さんみたいにはなかなか」
棚橋は後頭部を掻きながらそう言った。
「あたしだって頑張ってブースに誘導したもん」
宗宮も両手をグーにして頑張ったアピールをした。
「いいんだよ。イベントはチーム戦だ。4人ワンチームで頑張ったんだからそれで良いじゃないか。誰かが欠けていたら今日みたいな結果になっていなかったかもしれないだろ。皆でブースを盛り上げてくれた結果さ」
松江は皆を褒めた。
「もう店長! 褒め上手ー!」
宗宮は小柄な体をクネクネさせてそう言った。
「じゃあ、お客様も多分もう来ないと思うから、宗宮と海藤は締め作業に移ってほしい。棚橋はSVに今日の報告メールを頼む」
松江は手際よく指示をした。
「了解です!」
「俺も店長業務の残りをやってしまいたい。閉店後4人でミーティングをしたいんだが大丈夫かな?」
『大丈夫です』
3人とも返事をして、一旦それぞれの持ち場へ散った。
♢
~閉店後~
19時15分を回った。
役職者と催事担当以外のスタッフは皆退社した。
そして、バックヤードの奥にある会議室に、4人が集まり席に着いた。テーブルには色々資料が置かれている。
「よし! 改めて催事最終日お疲れ様でした」
松江は今日を締め括るように言った。
「お疲れ様でした!」
3人は軽く頭を下げた。
「では本題に入る。皆リラックスしながらミーティングしていこう。飲み物とか自由に飲んでな。俺は皆を残業させるのはあまり好きじゃないから、必要な部分だけ擦り合わせをして、早めに切り上げて帰ろう」
『はい!』
3人は同時に返事をした。
「まず、今月のイベントは、3日間の日程で3回行い、計9日間開催したね。今日は今月最後のイベントだったね。苦戦した日もあったが、しっかり今日で今月の乗り換えの120%達成ラインに見事乗せる事が出来た」
松江は軽くパチパチパチッと拍手をしながら総括した。
「おっしゃー!」
棚橋もあまり音を響かせないように軽く拍手をした。
SoCoモバイルは、乗り換えの基準だけ120%というバーが用意されている。
ショップは、ほとんどが代理店運営である。
お上(SoCoモバイルの電波を統括しているインフラ企業=大元、本部)が、代理店運営の営業許可を出している会社(一次代理店や、その二次代理店等)に、【SoCoモバイル】という看板を貸して店舗運営させている。
営業成績基準の判定及び、評価が高い店舗には、それ相応の「運営費」というものがその代理店に流れ込んでくる。
つまり、スタッフの給料やボーナスを左右するし、お店が必要とする経費も左右する。さらに、運営費が多ければ国府のような専門アドバイザーを呼ぶ余裕も出てくるのだ。
モバイル業界では、ショップの営業成績基準をより上げるため、国府のような営業能力に長けている人をショップに呼ぶことがよくある。
呼ぶにはもちろんお金が発生する。だからこそ、店長の松江は、国府のような優秀な人材がいる会社に『来てください』とオーダーをするのだ。
このように、運営費に余裕がある代理店は有利になる。恐らく、松江に関しては、運営費が無くても会社予算からなんとか絞り出して、国府を指名するかも知れないが。
「来月からあのダイドーが白別町に、大型スーパーをグランドオープンさせるよね。今日も『昼ダンディ』で特集してたわ。フロアのテレビで丁度放送されてたし」
松江は話を始めた。
「色々キャンペーンもやるみたいですねー」
棚橋はかけている眼鏡をきらりと光らせ、右手の中指でブリッジ部分をクイッと上げながら言った。
「そうそう。12日まで全品10%オフキャンペーンや、新たにダイドーカードに新規入会した人限定で、1000円分の商品券と白別町ブランド米1キロプレゼントだってさ。既にカードを持っている人は対象外らしい。会員数を爆発的に伸ばすための戦略だろう」
「すごっ。あたしも休みの日に買い溜めしに行こうかなー」
宗宮は鼻息を荒くさせてそう言った。
「ダイドーカードってあのクレジット機能付きのポイントカードですよね? そこまで市民に普及してるっていうイメージはなかったですが、申し込む人も増えそうですね」
棚橋は言った。
「客がそのクレジット機能を使ってダイドーで買い物したらポイントもつくし、さらに3%オフになるんだってよ。初日とかで申し込めば、12日までにはカードが手元に届くと思うから、キャンペーン中に間に合えば13%オフになるって訳だ。キャンペーンが終わっても、3%オフになるからメリットしかないだろうな。年会費も無料だって」
松江はキャンペーンに詳しくなっていた。
「すごーい、あたしもダイドーカード持ってないから申し込もうかなー」
宗宮はダイドーの戦略にハマりそうだ。
「めちゃ混みますねそれは」
海藤もいつもは冷静沈着な性格だが、驚きの表情をしていた。
「そこでだ。一旦キャンペーンの話は置いといて、来月の4日から7日の4日間でPRイベントをやることが決まっているよ」
「日にちも確定していたんですね?」
棚橋は具体的な開催日までは頭に入っていなかったようだ。
「そう。なぜそんなダイドーでSoCoモバイルのPRイベントを開催するに至ったか、まずその経緯を説明したい」
松江は話を進めた。
「10月は、営業指標の第3四表期の初めの月になるね。どうにか初月から飛ばしていけないかなーって考えていたんだけど、グランドオープン早々イベント打てたらすげぇよなって思ってね。藤原さんに相談したんだ」
『うんうん、、』
3人はコクコクと頭を縦に振りながら、松江に耳を傾ける。
そもそもSoCoモバイル運営の場合、営業成績は≪四表期≫といって、年単位で4分割される。
4月~6月が第1四表期、7月~9月が第2四表期、10月~12月が第3四表期、1月~3月が第4四表期となる。
仮にひと月で営業成績が悪くても、3か月平均で総括評価が良ければ、ショップの運営上は安パイとなる。逆に今月良くても、来月こけたら四表期に響くのだ。
「3週間くらい前かな。藤原さんがショップに来てくれて2人で打ち合わせをしたんだ」
「あー! だから前に藤原さん来てたんだー。あたし手続き中だったから軽く会釈して手を振った程度だったけど」
宗宮は唐突に思い出しながらそう言った。
「藤原さんは、過去に別事業でたまたまそのダイドーの営業部長さんと知り合いだったらしくて、すぐアポを取ってくれてね。そしたら条件付きで快諾してくれたって連絡を貰ったんだよ。すげぇ偶然だし藤原さんのおかげだよ」
松江は細かく経緯を説明した。
「そうだったんですか。その条件って何なんですか?」
棚橋は恐る恐るそう訊いた。
「手元の資料を見て欲しい。条件は3つあるんだけど、ひとつ目は、4日以降であればOKとのことだ。ここは4日から7日で藤原さんが決めてくれたから大丈夫だね。ふたつ目は、イベントブースの場所はダイドーが指定するとのことだ。後日、ダイドーの店長さんから周知メールをもらうことになってるから決まり次第展開するね。そしてみっつ目は、ダイドーカードの入会訴求も俺らのイベントブースで一緒にやって欲しいとのことだ」
松江は、資料に目を通しながら詳しく説明した。3人はまじまじと資料を見つめる。
「ダイドーカードの入会訴求もですか?」
宗宮は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「そう。例えば声かけしたお客様や、ブースに座ってくれたお客様にケータイの訴求と一緒に『ダイドーカードの加入はお済ですか?』みたいな感じで一緒にヒアリングをする感じだね。入会していないお客様には入会のサポートも手伝うことになってる。以上が条件だ。入会のサポートのやり方は追々共有するね」
「なるほど。なんかそこまで難しい条件じゃなくて良かったですね」
棚橋は安堵した。
「内容はわかりましたけどー、それにしても藤原さんって何者ですかー。顔広すぎじゃん! しかも国府さんが来てくれるんですもんね?」
宗宮は驚きを隠せないでいた。
「そう! 藤原さんに直接国府さん指名したらOKが出たんだ」
松江はご満悦な様子でそう言った。
「しかもイベントの場所取りに関しては、ほとんど藤原さんが提供してくれていますからね。まさかダイドーまでアポ取れたのは本当に凄いです」
海藤も冷静な口調で口を開いた。
「俺らはイベントの場所取りまでする余裕は無いからね。ありがたくチャンスに変えていこう。広めのスペースになりそうだから、とりあえずテーブルは4つにしよう。ノベルティ(客に配布する景品)は増やそうと思う。もう発注かけてるからどんなのが来るかは当日のお楽しみということで。あと、ガラポン抽選を導入しようと思う。内のオープン記念イベントで使った大き目のガラポンが倉庫に眠ってるからそれを使おう。他に案がある人は挙手!」
松江は自分の考えを述べた後、3人にもアイデアを求めた。
「はいはーい! ロゴ入りバックパネル置きましょうよ。あの骨組みがビヨーンって伸びるデカいやつ! あれも倉庫にありますよね」
宗宮も勢いよく手を挙げて、自分の案を述べた。
「いいね。採用!」
松江は親指を立ててグッドサインを出した。
「はい!『ガラポン抽選やってまーす』みたいな大き目のポップも欲しいです。目立たせるように」
海藤も積極的に手を挙げてそう言った。
「オーケー作るわ。採用! 棚橋はなんかあるかな?」
松江は、ミーティング内容をメモしながらボールペンを走らせている棚橋にも意見を問う。
「あ、そうだ。ブースを今まで以上にもっと盛り上げるために、あの人気声優の水樹 星名ちゃんを呼んで、萌え声でガラポン抽選盛り上げてもらうっていうのはどうで・・・・」
「はいっ! 却下!」
松江は下らないことを言い始めたと察し、棚橋が言い終わる前に遮断した。
隣で宗宮と海藤は吹き出しながら笑っていた。棚橋は後頭部を掻きながら、松江自身も笑いが込み上げた。
「はははは。まっ大体おおよそのイメージは付いたかと思う。3日くらいに俺らで、夕方とか店の暇な時間帯になったらイベントスペースの下見に行こう。ちょうど俺ら4人とも出勤日だし。残りのスタッフにその間だけお店を任せよう。店から車で30分くらいか」
松江はそう提案した。
「いいですね。了解です」
棚橋も納得した。
「下見とか楽しみー」
宗宮はまるで遠足前の小学生かのように胸を躍らせていた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。資料は各々持っててくれ。企業秘密案件だから絶対に紛失だけはしないように。紛失したら俺の首だけじゃ済まなくなるかもだからね。心配な人は自分のロッカーに入れておいても良いよ。必ず施錠はしてね」
松江は左腕の腕時計を見ながらそう言った。
『はい!』
3人は引き締めた顔で返事をした。
時刻は20時を回っていた。
松江はショップ内の防犯蛍光灯以外の電気を消し4人はショップを出る。松江は入口の施錠をした。
第3話へ続く・・・。
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