第1章 SoCoモバイル宮神店 ~イベント準備~
第1話 国府 巧
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黒髪の青年。スーツもよく似合っている。営業経験も長く、総合広告代理店(社名=
乗り換えは1件獲得するのもそう容易な事ではない。なぜなら、単にスーパーに買い物をしに来た客に対して声がけし、ケータイキャリアの乗り換えを提案するからだ。
しかし、イベント事業部の社員は皆持ち場で成果を上げていて、幾度なく様々なショップを数字の面で救ってきた。
中でもSoCoモバイルショップ宮神店の店長 松江 俊介は、国府の事をとても気に入っており、イベントを開催する時はいつも国府を指名するぐらいである。
国府は自分のスケジュールが空けられる時は、松江のオーダーを聞き入れるようにしていた。
♢
9月25日、時刻は16時30分が過ぎた。
「もうこんな時間か。お客さんも少なくなってきたしそろそろ撤収しますかー。最終日だしな」
棚橋は皆に声をかけた。
イベントの最終日は、全撤収しないといけないため、少し早めに切り上げるのだ。
「そうですねー。今日も国府さんが4件の乗り換えを決めてくれましたし。ハンエイスーパーでこんなに成約できたのは凄いですよ」
宗宮が満足そうに笑みを浮かべていた。
「国府さん最終日もありがとうございました」
海藤は国府に近寄りコクリと小さく礼をした。
「いえいえ、こちらこそお手続きとか色々やっていただいて助かりました」
国府は、クライアントに対する感謝の気持ちを言葉で伝えるという事を忘れないよう心掛けている。
PRイベントは、10時開始から18時前くらいには終わる。4件目の乗り換えの客の手続きが終わったのが16時15分頃で切りもよかった。そして、撤収作業が終わったのは17時を回っており外も薄っすらと暗くなり始めていた。
「よーし! 大体いいな。じゃあ終礼しようか」
「はい!」
他3人は棚橋の所に集まった。
「みんな最終日お疲れ様でした。乗り換えが4件、カードプラチナ2件、SOC光回線が1件と星名ちゃんネル7件の獲得だね。今日1日の獲得目標も達成できたし良かったよ。乗り換えに関しては全て国府さんが決めてくれました」
棚橋は振り返った。宗宮も海藤も安堵の表情をしていた。
「国府さんからは何か無いですか?」
「いえ、僕からは特に何もありません。楽しくやらせていただき、ありがとうごました」
「あぁ疲れたーっ」
宗宮は掌を組んで上に伸ばしながらそう言った。
「じゃあ、みんなに告知がありまーす!」
棚橋はかけている眼鏡をきらりと光らせた。
「何ですかー?」
宗宮は上に伸ばした腕を解きながら訊いた。
『ん?』
海藤と国府も棚橋に目を向けた。
「来月、隣町の
「あー、なんか結構前から建設してましたよね。来月の1
海藤はそう答えた。
「あたしも知ってます。100円ショップのダイドーがスーパー事業に踏み切ったってニュースか番組でやってたの見たもん。かなり大きいらしいですよね」
宗宮が肩まであるサラサラのショートボブの髪を揺らしながら言った。
「そうそう。1階フロアに大型スーパーとホームセンターの併設、2階の全フロアは100円ショップなんだってな」
棚橋は言った。
「それは知らなかったです。ただのスーパーができるのかと思ってました」
国府も詳細に関しては初耳だった。ニュースで微かに知ってはいたが、スーパーがひとつできる事などどちらかというと無関心だった。
棚橋の話からハンエイスーパーのような普通のスーパーではないんだな、という程度で理解した。
「ちょっと違うんだなー。だってさ、要は100円ショップがだよ? スーパー始めちゃうんだぜ!? 聞いた事無いよ。凄くない!? 100円ショップってそんな儲かってるのかな? 確かにダイドーは大手だけどさ」
「そうですよね。聞いたことないです。そのダイドーがなんかあるんすか?」
海藤は興味を示した。
「実はな、そのグランドオープン1週目になんとうちの店舗主催でイベント開催する事が決まりました!」
棚橋はパチパチパチッと手を叩きながら言った。
「おぉぉ!!」
3人は釣られて拍手した。
「それマジ話ですか? もう決まってるんですか?」
国府は驚嘆した。
「マジのマジよ。多分国府さんに藤原さんから連絡あると思うよ?『是非ダイドー初イベントは国府さんで!』ってしっかり指名してあるから。藤原さんからもOKもらっちゃってるんだわー。頼んますよー国府さん」
棚橋はにっこりとした顔を国府に向けてそう言った。
—
35歳。国府の直上司で、入社15年目。ゼネラルマネージャーの役職だ。企業的に言うと部長クラスの人間だ。国府以上の営業成績で社内で登り上がり、イベント事業部自体を立ち上げたのも藤原だった。イベント事業部のクライアントで藤原を知らない人はいない。
「いやぁびっくりです。頑張って盛り上げなきゃですね。めちゃお客様が来るんじゃないですか? 乗り換え獲得の大チャンスですね!」
国府は目を丸くしながら言った。同時に無関心だったスーパーダイドーについて一気に興味が湧いてきた。スーパーダイドーを見てみたいという好奇心がぎゅっと胸を鷲掴みにした。俗に言う職業病というやつだ。
「国府さんが入ってくれたら恐いもの無しっすね」
海藤は口角を上げながらそう言った。
「あたしも頑張って声がけするもん」
「もちろん当日も今日と同じメンバーでやるつもりだ。かなりの集客が予想される。ブーススペースも広く借りられそうなんだ。テーブルやポップも増やして、今日とは比にならないくらい大々的にブースを作ってやるつもりだ。詳細は後で松江店長と一緒にミーティングで作戦会議をしよう。国府さんも藤原さんから共有を受けて欲しいんだ」
棚橋は今後の動きを簡単に述べた。
「了解しました。確認します」
「じゃあ今日はこれにて終了! お疲れっした!」
「お疲れ様でした!」
終礼が終わり、棚橋たちはまとめた荷物を社用車のハイエースに積むため駐車場へ消えて行った。
♢
国府は自宅前に到着した。腕時計に目をやると18時を回っていた。イベント会場から電車で2駅だったからそんなに遅くならずに帰宅できた。
国府の住まいは9階建てマンションの4階だ。妻の友里恵と平凡な夫婦生活を満喫している。間取りは2LDKで比較的広い。
「ただいまー」
国府は暗い廊下の電気をつけて玄関で靴を脱いだ。玄関まで夕食の香ばしい香りが漂っている。
「おかえりなさーい! 今日もお疲れさまー」
友里恵は料理をしてくれているのだろう。キッチンの方から声がした。
「はぁ疲れたー」
国府は手提げ鞄を椅子に置き、ネクタイを緩めながら部屋着に着替えようと自分の部屋に入っていった。
着替え終わり、リビングにある丁度良い硬さのグレー色のソファにダイブした。買ったばかりの特注ソファだ。
「今日もよく頑張りました。ご飯できてるよー。食べよー」
「ありがとうー腹減ったー」
ソファから立ち上がり、ダイニングテーブルに並べられた夕食を覗き込んだ。
「おぉ! 豚カツかーうまそぉ」
「そうだよー、一生懸命パン粉つけて米油で揚げたんだからねー。美味しいよー」
友里恵は油にこだわりを持っている。揚げ物をする時は、歯ごたえとか、触感とかを特に気にしている。米油で揚げる事によって、その好みの食感で揚げられる事を最近発見したようだ。
ダイニングテーブルにはキツネ色にカラッと揚げられた豚カツに、オニオンサラダ、白味噌とナスの味噌汁とホカホカに炊きあげられた五穀米が並べられていた。2人は椅子に座り箸を手に取る。
「いただきまーす!」
「はーい召し上がれー。ゆっくり食べなよ」
友里恵はいつも早食い気味になる国府を心配した。
「やっぱり友里恵の手料理はうまいなー。 絶品だよ。まさに店味だねー」
「ふふ。ありがとっ」
友里恵の顔が緩む。
—国府
国府の妻。一個下で結婚して2年目になる。子供はまだいないが、ふたりの結婚生活をゆっくり過ごしてから追々考えるつもりだ。2年目にして夫婦仲は良好。友里恵は主婦をしながら一生懸命に家事をやってくれている。お互いの事を理解し合って支え合い生活出来ていると感じている。国府はそんな友里恵にいつも感謝しているのだ。
「なぁ友里恵ー、ところでさー」
「ん、なーに?」
友里恵は啜っていた味噌汁のお椀をテーブルに置きながら言った。
「来月ダイドーが大型スーパーをオープンさせるじゃんかー?」
「うん知ってる。今日もお昼の『昼ダンディ』で特集してたよ。名前忘れたけど社長さんみたいな人がインタビュー受けてたよー」
「そうなんだー。社長は
「そーなんだー。それで? ダイドーがどうかしたの?」
友里恵は首を少し傾げながら聞き返した。
「今日イベント終わりに宮神店の棚橋副店長から、グランドオープン1週目のどこかでイベント開催する事が決まったって聞いてさ。俺の事指名してるからって。びっくりして」
「えー! すごいね。指名されるとか嬉しいじゃん! かなり混むんじゃないのー?」
「絶対な。ブースも盛り上げないとなー」
「巧ならやれるよ。しかもその特集でその社長さんみたいな人が言ってたけど、オープン初日から12日まで全フロアの商品10%オフキャンペーンやるんだって!」
友里恵は特集で知り得た新しい情報を教えてくれた。
「まじかよ! 消費税無いようなもんじゃんか」
「いやいや消費税はなくならないけどさ。でも凄いよねー。私もどこかのタイミングで行こうかなー。巧が仕事の日は邪魔しちゃ悪いから行かないでおいてあげる」
友里恵はクスクス笑いながらそう言った。
「まー別に来ても良いけどさ。隣町だからちょっと遠いよ」
国府は素直にそう言った。
「そうだよね。たしか白別町の真ん中あたりだっけ」
「とりあえず、詳しいことは後から藤原さんに聞くから、決まったらまた教えるね」
「わかった。頑張ってね」
「おう。このダイドーでのイベントが成功出来れば、多分会社からも大きく評価されると思うんだよなー」
「そうだね! きっと評価してくれるよ。給料も上げてもらわないとね」
友里恵は期待に胸を膨らませているかのように言った。
「まぁそんなすぐに給料なんて上がらないと思うけど頑張るよ」
国府は少し照れ臭そうに返答した。
「ご飯冷めちゃうよー。食べて食べてー」
友里恵は箸の動きが止まっている国府を見てそう言った。
「あ、あぁ、ごめんごめん」
第2話へ続く・・・。
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