第5章 ダイドー事変 ~反撃準備~

第31話 八城の見解

 (SoCoモバイルイベントスペース内 柱付近)


 時刻は9時を過ぎたところだった。


「皆さん適当な場所で話を聞いて欲しい」

 八城はそう呼びかけた。

「あっ、ちょっと待ってください」

 国府達はSoCoモバイルのイベントで使っていたパイプ椅子8脚を適当に並べて置いた。

「ちょうど人数分あるので自由に使ってください」

 棚橋は気を使いながらそう言った。


「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく」

 奥原はそう言いながらいちばんに腰を下ろした。

 「じゃあ、うちも」

 阿古谷は細く引き締まった足を組み、背をもたせかけながら座った。

 明海は俯いたまま柱のベンチに座り八城の話を聞こうとしている。

 鮫島は腕を組みながら仁王立ちしている。


「ついさっきまで恐い思いをしたばかりですし、周りが血で染まっている状況の中で大変恐縮ですが、この残虐な殺戮行為について僕なりの見解を話したいのです」

 八城は立ったまま話を切り出した。全員八城に注目する。


「まず記憶をたどると、ヤツラが急に現れたのは恐らく6時45分頃です。寝ないで周囲を観察していましたが、6時30分頃に歩行スペースを見た時はまだヤツラは現れていなかった」


「え!? 八城さん一睡もしてないんですか!?」

 宗宮は目を大きくする。


「えぇ。4人で川の字になって眠っているのを見守っていました」

 八城は柱の隣に敷きっぱなしのマットや毛布を指をさしながらにこりと微笑んだ。

「あ、はぁ‥‥」

 宗宮は小さな溜息をついた。


「ヤツラが動き出すまで要した時間は30分ほど。若者がちょっかいをかけたことが直接的な理由かはわかりませんが、馬のマスクをしたヤツが動き出したことが、まるで合図かのように他の4体も同時に動き出しました。そこから無差別な殺戮が始まった。ここまでは皆さんも共通して認識しているところかと思います」

 全員うんうん、と頷いている。

 八城は続ける。

「5体の殺戮行為が始まってすぐに、皆さん別々に行動しているはずです。まずそれぞれの行動を把握したい。さきほど聞いた話では、鮫島さんと奥原さんはすぐにバックヤードに逃げ込み、人助けをしながら更衣室に避難していた」


「はいその通りです」

 奥原は答えた。鮫島も無言で頷く。


「阿古谷さんは僕と会うまではどうしていましたか? 兎と闘うまでの行動は?」


「うちはヤツラが動き出すときも2階フロアにいたんだ。柵越しからヤツラを見下ろしてた。兎のヤツがジャンプで2階まで上がってきたのはさすがにビビったね。だから最初はうちも逃げながら100均の奥まで避難してたよ」

 阿古谷はその時の自分の行動を思い出しながら答えた。


「え!? どんな脚力してんですか!?」

 奥原は牛がマシンガンを連射しはじめた時に身の危険を感じてバックヤードにすぐ避難している。

 3番目に能力を使い始めた兎のことは見ていないため、兎がジャンプで2階フロアまで上がってきたことは知らない。それは鮫島も同じだ。


「身体能力が人間の域を超えてるよ。てか、うち的には羊のマスクの野郎がいちばん化け物だと思うけどねー」

 阿古谷はポケットに入れてたガムを取り出し口にくわえた。


「では国府さん達はどうでしたか?」


「僕らは正直馬のマスクが客の首を刎ねたのを見て足がすくんでしまって動けませんでした。棚橋さんが僕らに『逃げるぞ!』と大声をかけてくれた時に我に返って、そのまま4人で全力でホームセンターに逃げこみました」

 と国府も記憶をたどりながら話した。


「牛のマスクのヤツがすでにマシンガンを撃っていましたが、ホームセンターに向かうそこの歩行スペースがカーブしているおかげで当たることはなかった」

 棚橋も説明した。海藤も宗宮も頷く。


「なるほど。ありがとうございます。ちなみに僕は隠れながら移動し、1体1体の行動を観察し分析していました。これで全員の行動がイメージできました。そうなると、見えてくるものがあります」

 八城は腕を組み右手を口元に添えた。

「それは、全員があの5体全ての特徴や能力を知らない‥‥ということです」

 この八城の言葉に全員目を見開いた。


 確かに、逃げることが優先され、5体全て観察するという選択肢は普通ならありえないだろう。

 ただ八城だけは、5体の目をくぐり、唯一冷静に観察と分析をしていたのだ。


「皆さんにあの5体の特徴と能力をお伝えしておきたい。よく聞いてください」

 八城は全員の目を見て続けた。


「馬と牛は完全攻撃型タイプです。とくに馬の持つ日本刀の太刀筋は人間業ではありません。一振りで簡単に人を真っ二つにできるほどですし、太刀筋が早くて刀身が見えないくらいです。

 牛はマシンガンをひたすらぶっ放してくるのでそれ以外の能力は不明ですが、馬は近距離攻撃タイプで、牛は遠距離攻撃タイプと言えます。

 兎は脚力が超人的で、ジャンプひとつで遠くまで移動もできる長距離型タイプです。阿古谷さんの言った通りジャンプで2階フロアまで簡単に上がってこれるくらいです。指先から伸びた10本の鉤爪が武器ですが、間近で攻撃を受けなければ、さほど攻撃力は高くないかと思います。

 山羊は少し厄介です。武器である大鎌を見て思ったのですが、こいつに関してはをモチーフにしていると考えられます。宗教にもよりますが、悪魔は山羊を象徴として扱うことがあります。例えば、キリスト教の中で黒山羊の頭をもつ悪魔バフォメットが有名です。山羊は5体の中でいちばん残虐性が強く知能が高い。まるで人殺しを楽しんでいるかのように惨い殺し方をしていましたし、行動も頭の中で計算してから動いているようにも見えました。

 そして最後に羊ですが‥‥‥、こいつは5体の中でいちばん特殊です。武器は持っていませんし攻撃すらしてこない。ただ、両腕が長く足も速い。胸から腹部にかけて横に開く牙だらけの大きな口をもっている。見た目はいちばん化け物ですね。羊の役割は掃除係です。あれだけの客達が殺害されたのにどうして死体が無いんだって思いませんでしたか?」


「あっ、それあたし思いました」

 宗宮はいちばんに反応した。国府、棚橋、海藤も驚きを隠せない表情をしている。

「俺も思いました。鮫島さんにもそれは話してました」

 と奥原。


「そういうことか‥‥」

 鮫島は合点がいったように呟いた。


「えぇそうです。羊が死体を食ってたんです。あのでかい腹の口で。阿古谷さんとふたりでその光景を見ました。1体の死体を食うのに約3秒くらいでした。1時間あれば簡単に1000人以上食える計算です。恐らく、腹の口の牙と酸の強い唾液のようなもので溶かしながら無限に食えるんでしょうね」

 宗宮は青ざめた顔をしている。想像しただけで背筋に電撃のようなものが走った気がした。


「え、でもなんで死体なんか食う必要があるんですかね」

 海藤は質問した。


「多分このダイドーをあるものから守るためです」

「あるもの?」

「えぇ。恐らく死臭です」


『死臭!?』

 国府達、阿古谷、奥原は声をあげた。鮫島は無言で目を細めている。


「人間は死んだら2時間ほどで死後硬直が始まり、2日ほど経過すれば腐敗が進行していきます。そのまま放置したら強烈な腐敗臭が漂いますし蛆もわく。あれだけ多くの死体が転がっていたんです。放置していたら想像を絶することになる。つまり、この建物を汚したくないという理由があるのかもしれません」


「でもさ、何のために? なんか計画的じゃない? 5体それぞれ役割分担みたいなのが緻密に設定されてる気がするんだけど」

 阿古谷は組んでいた足をくずし、前かがみになって訊いた。


「確かに。掃除係が前もって用意されているってことは、何か魂胆があるに違いないですよね」

 と国府。他の皆も、間違いないと確信的な表情をしていた。


「結論からいいます。あの5体は何かのなのかもしれません‥‥‥」


(!!)全員八城の言葉に強く反応した。


「実験体ってなんだ?」

 鮫島は眉間に皺を寄せる。


「ヤツラは人間とその動物を組み合わせて創造された生物兵器だ、と解釈するのが妥当かもしれません。仮にと仮定しましょう。その人造人間の動きをテストするために、スーパー内に我々人間を閉じ込めて逃げ場を無くした。そして殺戮行為をさせた‥‥と」

 八城の表情が険しくなる。


「ふん、なるほどな。自動ドアが特殊な強化ガラス素材が使われていること、窓が無いこと、電波を遮断して外部との連絡手段を断つこと、非常扉もイカれていること、なんか変だと思ってはいたが、最初から俺らを完全に閉じ込めるためだったってことか。ナメてやがるなそれ」

 鮫島は怒りの感情が体中から溢れて出している。


「あともうひとつわかったことがあります。海藤さんが気になっていた歩行スペースの床のデザインです」


「え!?」

 海藤は即座に反応した。


「5体が最初に現れた時、どこに立っていたと思いますか?」


「え!? ま、まさかっ!?」

 海藤は背筋が凍り付いた。八城の言葉の意味がわかったのだ。

 5つの丸い模様、5体の敵‥‥‥それはつまり‥‥。


「そのまさかです。あの5体はそれぞれその模様の上に立っていました。つまり、床の5つの茶色い円形模様はそもそも模様ではなかった。恐らくですが、あの5体の出入り口、つまり玄関です」

 海藤の歩行スペースの床の模様の違和感は的中していたのだ。

 棚橋と宗宮は帰りの車の中で海藤が言っていたことが、まさかこの事件に関係していたことに驚いていた。


「え、ちょっと待って!? 全然意味わかんない!」

 阿古谷は立ち上がりながらそう言った。パイプ椅子が、ガチャン、と音を響かせた。


「あくまでも全て仮説です。ですが、模様の役割は間違いないでしょう。あの2m越えの5体の化け物は床の模様を玄関口として出入りし、殺戮行為から死体の処理までやる。この建物はもしかしたら建前上は大型スーパーだが、本当は何かしらの実験施設で、今後も何かに使うために死体をきれいに掃除した‥‥ということかもしれません。また、このスーパーで客達を一夜過ごさせたのも客達に弁当など無料で自由に食べさせて、あの5体の獲物として餌付けさせたとか。ただわからないのは、何のためにこんな殺戮行為が行われたのかってことです。理由が全くわかりません。恐らく主犯格、つまり5体を操っている人間は他にいます。このスーパー内も監視カメラで筒抜けなんでしょうね」


「その仮説が真実なら大事件です。たちの悪い劇場型大量殺人ですよ。それだけじゃない。人間と動物の遺伝子を悪質に操作し、人造人間をつくったとなればクローン技術規制法にも違反している。完全なる違法行為です。主犯格がいるとなれば恐らくひとりではないと思います。複数人でやってるに違いありません」

 奥原の警察魂が一気に燃え上がろうとしていた。


「えぇ。僕も奥原さんの言う通り犯人はひとりではないと考えています。ひとりでは無理です。主犯格とその仲間が数人いるでしょうね」


「そのクソ野郎共が本当にいるんなら、昨日からずっとこのスーパー内の騒ぎを監視カメラで見て笑ってたってことでしょ。許せない‥‥‥」

 阿古谷は怒りをあらわにする。


「じゃあどうしてあの5体は急に消えたんですか? もし何かの実験中ならいなくなるって変じゃないですか?」

 海藤は率直に感じた疑問を八城にぶつけた。

 5体がどうして急に消えたのか、ということはここにいる全員が疑問に思っていた。

「僕もそれは考えていたんですが、思いあたる節があります」


『??』全員八城に視線が集中する。


「それは、恐らく体力の問題かと思います」

「体力? え、どういうこと?」

 阿古谷は目を丸くしながらそう言った。


「阿古谷さん覚えてないですか? 兎と闘っていた時、急に兎が呼吸を荒くしていたのを」

「あっ確かに」

「過呼吸のような感じでしたよね」

「あれさ、てっきりうちの打撃が効いたからだと思ってたんだけど」

「それもあるかもしれませんが、ヤツラは活動時間に限界があるのかもしれません」


「人造人間だから‥‥ということですかね」

 奥原は恐る恐る訊いた。

「はい。今はそう考えるのが妥当です。恐らくヤツラの活動時間は1時間くらいが限度です。それはあの5体に共通していた。だから同時に消えた。今はこの建物のどこかで体力の回復でもしているんでしょう。探し出して叩きたいところですが、この広すぎる建物内です。探し出すのは不可能に近い。探しているだけでこっちの体力が消耗してしまいます」


「この先どうすれば‥‥。またすぐヤツラが現れるかもしれない」

 棚橋は怯えた表情で言った。


「あの5体は当分の間は現れないでしょう。あの呼吸の感じだと人でいうところの体調不良に近いようにも見えました。回復するのには十分な時間をかける必要が出てくると思います」


「で、でもまた気付いた時にはあの模様の上に立ってるみたいなことは―――」


「あ、あの!‥‥‥」

 柱の方から声がした。その声は海藤が喋っていたのを遮った。

 全員ベンチを見る。


「あの、私、見たんです‥‥‥」

 明海がベンチに座りながら、俯いて声を発したのだ。弱弱しい声だが、何かを伝えようとしているのがわかった。


「何を、見たんですか?」

 八城は優しく問いかけた。


「あの5体が出てくる瞬間をです‥‥‥」


「えっ」

 八城は言葉に詰まった。


「八城さんの言う、あの床の模様がヤツラの出入り口というのは間違いありません。あの模様からすっと出てきた瞬間を見てましたから。ヤツラが出てくる合図があります‥‥‥」


「え、どういうことですか!? 出てくるのがわかるというのは?」

 あの八城が知らない情報を、明海は持っていたのだ。


「ヤツラが出てくるとき、あの模様からふわっと煙のような、蒸気のようなものが上がったんです。その煙のようなものが消えた時にヤツラが立っていたんです。またヤツラが出てくる時は、その煙みたいなのが上がるはずです!」


「明海さん。教えて下さり感謝します。あなたのその情報は武器になる」


「いえ、私も何か役に立ちたいって、そう思っただけです‥‥‥」

 明海は顔を上げてそう言った。目から涙が溢れそうになっているのをぐっと堪えている。


「ならその床の模様に張り付いていれば、出てきた瞬間を叩けるんじゃ!?」

 棚橋は眼鏡をくいっと上げながら言った。


「や、やめた方がいいかと思います‥‥‥」

 明海はまた声を張った。

「え、どうして?」

 棚橋は訊いた。


「あの煙みたいなやつ、多分、毒ガスかも‥‥‥」

「え!? ど、毒ガス!?」

 棚橋は声を荒げた。全員が明海の言葉に動揺を隠せなかった。


「明海さん、どうして毒ガスだと?」

 八城は訊いた。


「あの5体が出てきたときの煙を吸い込んだ人が、急に呼吸困難になったり、顔が青ざめてトイレに駆け込んでいたりしてましたから。女性用トイレを覗きに行ったんですが嘔吐してたんです。多分あの5体を守るためのものなんじゃないですか? やつらはマスクをしてるからガスを吸っても大丈夫なのかも。だから、近づくのは危険だと思います。私は恐くて近づきたくもないですけど‥‥」


「そこまで計算されてんのかよ」

 鮫島は真顔で言った。

「待ち伏せ作戦は自殺行為ですね‥‥」

 国府は頭を左右に小さく振った。


「生き残る方法はひとつです」

 皆の視線は八城に移った。


 ―――「反撃です」


「やるしかねぇな」と鮫島。

「次はもう逃がさない」と阿古谷。

「あの5体は逮捕対象にはなりそうにありませんね。消滅させて犯人グループを逮捕します」と奥原。


「阿古谷さんのように闘いはできないですけど、我々もできる限り協力したい」

 と棚橋。国府達4人はお互いの顔を見た。

「怖いけどあたしも頑張る!」

 宗宮は足をがくがくさせながらそう言った。


「ここまでやられたんです。必ずヤツラはまた姿を現します。返り討ちにしてやりましょう」

 全員、うん、と頭を縦に振った。心の中の決意が一致した瞬間だった。


「では、ここから作戦会議といきましょうか」



 国府は腕時計に目を向けた時には9時40分だった。

(頼むからまだ出てこないでくれよ‥‥‥)

 心の中でそう強く願った。




第32話へ続く・・・。

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