第70話 極秘資料
「何だよ奥原ー」
鮫島はそう言うと、奥原は「ちょっとこれを‥‥」と言って、スマホを操作し始めデスクの真ん中に置いた。
画面には『極秘資料』というタイトルが付けられており、再生ボタンが表示されていた。
「これはダイドー事件の特捜メンバーにしか共有されていない極秘資料です」
「極秘資料‥‥ですか」
八城はきょとんとした顔で奥原のスマホに目を向けた。
「はい。これはある音声データです。もちろん守秘義務があるため情報を漏らすことは固く禁じられていますが、今はそうも言っていられない。このメンバーだけの秘密としてこの中身をお聞かせしたいと考えています」
「いいんですか?」
「正直迷ったんですが、俺はどうもマニュアル通り動くのは苦手みたいで。俺らはダイドーの殺戮から生き残った仲間であり、殺人鬼を倒した同志じゃないですか。だからこそ、あなた達には知る権利があるはずです」
「奥原さん」
国府は、
(でた。これが奥原さんの警察組織を活用した能力なんだ)
そう思った。
「うちら後から罰せられたりしないよね?」
阿古谷は目を細めてそう訊いた。
「あははは、内密にしておいていただければ大丈夫です。俺もバレたら首飛ぶから」
奥原は笑いながら冗談なのか本気なのかわからない言い方をした。恐らく本気だろう。
バレなきゃいいだろ。国府はそんな奥原が不良警官に見えた。
「奥原、それはどんな音声なんだ?」
鮫島はそう訊くと、奥原は真剣な顔で、
「はい。これは国府さんの上司である藤原 洋臣さんと、ダイドーの営業部長だった神矢 行雄との会話の肉声です。神矢は現在失踪中で容疑者のひとりとしても浮上している人物です」
「藤原さんの!? ですか」
国府の声が会議室内に響き渡った。八城、鮫島、阿古谷は国府にぶんっと顔を向けた。
「そうです。藤原さんがジャケットの内ポケットにボイスレコーダーを忍ばせて録音したものだそうです。録音されたのは10月5日の13時57分からで、録音場所は白都支社内の神矢 行雄のオフィスです。収録時間はおよそ40分ほど。最後の方は藤原さんと神矢 行雄の激しく言い争う音声が収録されています」
「藤原さんからは何も聞いてませんでした」
と国府は言うと、
「10月5日の14時頃って‥‥確か俺らは武器を決めて、第二波を待ち構えているときじゃなかったか?」
鮫島は、藤原が行動していた時間帯とダイドー内での行動の時間を記憶を、辿って照らし合せた。
「確かにその頃ですね。藤原さんがこの音声を白別中央警察署に証拠物として提出されたのは同日16時頃。この証拠物を預かったのは俺の上司の相馬という男です」
「藤原さんはひとりで警察署に来たんですか?」
国府はそう訊くと、
「いえ、松江 俊介というSoCoモバイル宮神店の店長さんと一緒に来てました。国府さんも彼を知っておられますよね?」
「はい。いつもお世話になっていたクライアント様でした。あのニュースを見た時はショックでした」
「遺書らしきものが現場にありましたから、自殺の線で捜査を進めてます。藤原さんも襲われて殺されかけたそうですね。怪我はもう大丈夫なんですか?」
「はい。まぁ体は丈夫ですから」
「なんであんたの上司が襲われたのさ?」
阿古谷にそう訊かれた国府はうまく説明ができないでいると、
「相馬が言うには、藤原さんは神矢からダイドー事件の真相を聞いてしまったからだそうで、そのふたりの会話がなぜか外部に漏れた。恐らく盗聴されていた可能性が高いです。ダイドー事件の秘密を知った部外者は死のターゲットとして狙われた‥‥ということでしょうね。その内容がここに全て収録されています」
と奥原は説明した。
「そんなヤバい内容なの? これ‥‥」
阿古谷は表情を曇らせた。
「はい。あと藤原さんが言うには、神矢 行雄はもうすでに殺されているかもしれないとのことです」
「死のターゲット‥‥。神矢もそのひとりだったということですか。でもなぜ神矢が殺されたと?」
八城は眉をひそめてそう言った。
「藤原さんは奴らの仲間だった女の殺し屋に襲われたんです。その女がそう話していたそうです。しかも白都支社の受付嬢でした」
「殺し屋‥‥。どんな組織ですかまったく」
「信じらんない」
阿古谷も吐き捨てるかのように言った。
「まぁ、その話も含め白都支社に関しては今も捜査中です」
「奥原さん、是非ともその音声聞かせていただきたい」
「えぇもちろんです。では再生しますよ」
奥原はゆっくり再生ボタンをタップした。
4人は流れてくる音声に黙って耳を傾ける。
【ボイスレコーダー再生】
『神矢さん、一体ダイドーに何が起こってるんですか?』
藤原の音声から始まった―――――
¦
¦
¦
『神矢! もういい!
という藤原の罵声が流れたタイミングで、奥原は音声を止めた。ここは藤原が神矢の胸ぐらを掴んだところである。
音声が止まってからも数秒間沈黙が続いた。
国府は、まばたきする間も無いくらい夢中になって聞いていた。
まるで映画のワンシーンでも見たかのようだった。しかも普段温厚な藤原があんなに怒鳴り散らしているところも初めて耳にした。
数秒間沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは阿古谷だった。
「ねぇ、何‥‥これ」
「俺も最初聞いたときは耳を疑いました。でも、これが俺らが巻き込まれた『スーパーダイドー無差別殺人事件』の真相です」
奥原は言った。
「ヒュドラー計画‥‥。あの殺戮行為にそんな名が付けられていたなんて」
国府も声に力が入らなかった。
「これでいちばん知りたかった『なぜダイドー事件が起こったのか』、『なぜ僕らがあんな目に遭ったのか』という理由をやっと知ることができました」
八城は音声を聞いている間ずっと閉ざしていた口を開いた。
「俺がさらに驚いたのは八城さんが立てた仮説のほとんどが当たっていたことです」
と奥原。
「仮説を立てることは難しくありませんでした。物事には必ず原因と結果が生じます。その点と点を結んで分析さえすれば、見えるはずのないものが見えてくるものですよ」
「よくわかんないけどさ、あんた医者じゃなくて探偵とかやった方が良いんじゃないの?」
阿古谷は冗談半分にそう言った。
「ふん、八城が探偵か。それも面白いな。そこら辺の探偵より切れ者なのは間違いねぇよな」
鮫島は鼻を鳴らして阿古谷の冗談に便乗した。
「はいはい、そりゃどーも」
八城は苦笑した。
「八城さん。俺はまずあなたの見解を聞きたい。この音声を聞いてどう思いましたか?」
奥原は話を元に戻すようにそう訊いた。
鮫島、阿古谷、国府も八城に注目する。
「はい。まずこの極秘資料を僕らに共有してくれたことに感謝します。おかげで見えていなかった部分が見えてきました」
八城は頭を下げた。
「いえいえ。くれぐれも内密にお願いしますね」
奥原は口元に人差し指を立てながら声を小さくして言った。
すると、八城の目つきがふと変わった。場の空気に緊張が走る。
「まず整理すると、殺人鬼つまりは人造人間の細胞を使って、秘密裏に新薬の開発を進めることが目的で、殺戮はそのためのテストだった。その過程で、第一段階としてスーパーダイドーを閉鎖させたのは神矢 行雄だった。そして、ヒュドラー計画というイカれた計画に罪の無い人間が巻き込まれた。そもそも人間の細胞と動物の細胞を掛け合わせてクローン人間を作り出すことは違法ですし、例えキメラ細胞というものが作れたとしても、それで癌や指定難病を完治させる薬を開発できるなんて到底思えません。仮にそれが開発できたとしても、そんな信用できない薬を世に浸透させるわけにはいきません。どんな副作用が生じるかも考えただけで危険の極みです」
4人は八城の話に小さくうんうんと頷く。
「主犯格は恐らく大堂 竜之介ではなく、坂田 廉治郎という男でしょう」(この男の名前、どっかで聞いたことある気がする)
八城は奥原に顔を向けた。
「はい。それは俺も同感です。ヒュドラ―計画は一見社長の大堂 竜之介が指揮をとっていたかのように思えますが、実際に裏で糸を引いているのは常務の坂田 廉治郎の可能性が高い。人造人間に武器を与えたのもこの男です。坂田は裏社会の人間で『闇のフィクサー』とも呼ばれている超危険人物です。なぜ上場企業の常務の座についているのかはわかりません。過去に俺ら警察はワッパを2度かけたことがあります。ですが、必ず証拠不十分で釈放になり戻ってくる」
「ヤクザが絡んでるんですか!?」
国府は声を張った。
「うーん‥‥俺の感覚だとマフィアに近いかもしれませんね」
「でも首謀者達は行方を
阿古谷は言った。
「確かにその可能性はあります。しかもヒュドラ―計画を俺らは一旦阻止していますから、奴らにとっては面白くない状況です。八城さんの言う通りいつ仕返しがあってもおかしくはありません」
「そもそもみなさんはヒュドラーという怪物を知っていますか? ヒドラとも言いますが」
八城は質問を投げかけた。
「あ! 僕知ってますよ。ドラゴンズバーストにヒドラっていう敵モンスターが出てきます。ゲーム内では蛇みたいな頭がたくさんあるドラゴンでしたけど」
国府は真っ先にそう答えた。
ドラゴンズバースト(略してドラバス)とは、仲間と協力して自分の育てあげたモンスターで、各ダンジョンに出現する敵モンスターを倒していく今流行りのスマホゲームアプリだ。
「うちもそのゲームやってる。ヒドラって『禁忌の谷底』にある洞窟のダンジョンのボスだよね。めちゃ強いヤツ」
「え、阿古谷さんもやるんですね!?」
「まぁうちはたまにだけど。稽古の合間とかにね」
「はい。ふたりの言うそのゲームの敵キャラのイメージでしょう。そもそもヒュドラーはギリシャ神話に出てくる9つの首をもつ大蛇の怪物です。斬っても斬っても再生する不死身さと、吐く息は猛毒で吸った者を即死させるという能力をもっています。これがそのヒュドラです」
八城はスマホで検索し出てきたヒュドラーの画像を見せた。
「さすが元心霊研究会!」
奥原は両手をぱんっと打った。
「なら、俺達はそのヒュドラーとかいう怪物をイメージした戯曲に弄ばれていたってことだよな?」
鮫島は腕を組みながらそう言った。
「どういうことですか?」と八城。
「5体の人造人間が出現するとき、煙が立ち上がっただろ? 毒ガスがよ。そのヒュドラーの吐く息は猛毒なんだろ?」
「ん? あ! ちょっと待ってください。そういうことですか!?」
「しかもよ、俺らがぶっ殺した5体の人造人間が、ヒュドラーでいう9つの首のうちの5つだったとしたら?」
「なるほど。そして、ヒュドラーは斬られた首を再生させる不死の怪物‥‥。となると、また新たな人造人間が創造されるかもしれない、と鮫島さんは言いたいんですね?」
「あぁそうだ。あくまでも俺的仮説だ」
「もしその仮説が正しいとなれば、別に人造人間があと他に4体いることにもなりますし、新たな5体の生成も阻止しなければなりませんね」
「あんな化け物があと4体も!?」
国府は声を荒げた。
「でもどうやって? 首謀者達は逃げて雲隠れしてるわけでしょ?」
阿古谷も鮫島の仮説に対して疑問を投げる。
「ふんっそんなことわからねぇよ」
「まぁまた新たに人造人間を作り出すとしても、ギリシャ神話上のヒュドラーみたいにすぐに再生とはいかないでしょう。人造人間を作り出すのにもある程度の時間と労力が必要になるはずです。でも鮫島さんの仮説は着眼点が面白い。床から噴射した毒ガスに関しても、言われてみればと思いました」
「もうひとつ気になったことがある」
鮫島は話を続ける。
「なんですか?」
「この音声に出てきたテンカイっつーワードだ」
「えぇたしかに言ってましたね」
八城はそこまで気にはしていなかったようだ。
「俺が闘った馬、いただろ。あいつ途中でしゃべり出したんだ」
「は!? しゃべったの!?」
阿古谷は目を丸くした。
「それは初耳ですね。人造人間がしゃべるだなんて」
八城も驚いた。
「他のヤツラはしゃべらなかったのか?」
鮫島は皆の顔を見て訊いた。
4人は自分が闘った人造人間はしゃべることはなかったと頭を横に振った。
「馬の野郎もテンカイがどうのって言っていた。ヒュドラ―計画となにか関係があるのかもしれない」
「なるほど。今すぐに導き出せる仮説は思いつきませんが、念のためそのワードは覚えておきましょう。今の僕らは首謀者を見つけるためのなんの手立てもありません。このまま誰からも邪魔されずに、平穏な日常を送るのがいちばん望ましいことです。しかし、僕らは首謀者達の計画を阻止し、ダイドー事件から解放された数少ない生き残りです。恐らく敵側には僕らの顔も割れているでしょう。もし今後なにかあるとしたら、敵側から仕掛けてくると思います。そのためにも僕らはグループラインで繋がっていますから、なにか不審なことがあればすぐに連絡し合いましょう。ってな感じで、僕の見解はざっとこんなところですがいかがでしょうか? 奥原さん」
八城は話をまとめた。
「はい、ありがとうございました。今後の捜査のためになるような内容で非常に助かりました。是非とも参考にさせていただきたい。俺らが阻止したヒュドラー計画には、坂田 廉治郎が深く関わっているので警戒は必要です。一旦俺は署に戻ります。これから特別捜査本部に報告作業をしながら、引き続き捜査していきます。なにかあっても皆には一応警察の俺がついていますのでご安心を」
「ふん、自分の身くらい自分で守れるっつーの」
鮫島は小さな意地を奥原にぶつけた。
「あ、まぁ鮫島さんはそうかもですが、ほら、レディーもいることですしね」
「はぁ!? うちだって自分の身くらい自分で守れるし」
阿古谷も男気剥き出しでぎろっと奥原を睨みつけた。
隣で国府は(はぁ、また始まったよ。仲が良いんだか悪いんだか)、と思い口元が緩んだ。
「まぁまぁ」
八城もにこっと笑みを浮かべてなだめた。
国府は腕時計に目を向けると16時を回っていた。2時間近く話をしていたことになるが、時間の経過を忘れてしまう程内容が濃かった。
新たな仮説も立てられたことによって、せっかくダイドー事件から解放されて日常に戻れたのに、もしかしたら今後まだなにかあるかもしれないという、どこか釈然としない気持ち悪さが心の中に残った。
その反面、今日この被害者の会に参加したことで、また八城達に再会できたことは国府にとって大きな収穫だった。こんな心強いことはない。
「じゃあ今日は解散しましょうか」
八城はそう言って、立ち上がった。
椅子とデスクを元の位置に戻し、電気を消して会議室を出た。八城は受付に行き、会議室の利用を終えたことを伝えた。
5人は外に出て駐車場に向かった。微かにやわらかく冷たい風が頬をなでる。
時刻は16時20分。徐々に日も暮れ始め、夕焼け空が辺りを包み込もうとしていた。
「お疲れ様です。なにかあればラインで」
八城はそう言って自分の車のところへ歩いていった。
「でわでわ」
「おうまたな」
「お疲れ様です」
国府は皆がどんな車で来たのか気になり目で追っていた。
八城は黒のベンツだった。しかも最新モデル。鮫島は白のランドクルーザー。奥原はレクサスだった。
国府のとなりに阿古谷がちょこんと立っていて、
「なーにみんな生意気に高級車なんか乗り回しちゃってさー」と言ってきた。
「阿古谷さん」
「やっぱ車は軽でしょ。いちばん運転しやすいし」
「阿古谷さんの車は?」
「うちはあれ。ハスラー。かわいいでしょ」
阿古谷は赤いハスラーを指さして、「じゃあまたね、バイバイッ」と言って、すたすたと早足で車に乗り込んでいった。
国府も自分の車に乗り込んでエンジンをかけた。
「はぁ、帰ろう。今日はなんか疲れたな」
スマホを開き、友里恵に
『終わったよ。今から帰るね』
とラインを送るとすぐに既読が付いた。
『はーい。お疲れ様! 今日は肉じゃがだよー。気を付けて帰って来てね。待ってまーす』
と返信が来た。
国府は「ありがとう」、と小声で呟いてアクセルを踏んだ。
第71話へ続く・・・。
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