第68話 被害者の会 【香咲 真理の能力】
香咲の左目の瞳孔が煌々と蒼く、瑠璃色に光り始めた。
男はその目と合った瞬間、
50代男性:「ぐぅ‥‥」
急に耳鳴りがし始め、まるで大蛇にでも睨み付けられているような感覚だった。呼吸が乱れ鳥肌が頭のてっぺんまでぞわぞわぞわと波のように立ち、声にならない声が喉奥から漏れた。
他の参加者達も驚いていた。八城、鮫島も一体何が起こっているんだと眉を顰めた。
「え、何やってんの!?」
阿古谷も前のめりになり香咲に目を向けた。国府もごくっと唾を飲む。
「そんなに気張らないでください。もっとリラックスして」
香咲は男の額に手を当て右目だけ閉じた。
「や‥‥やめてっ」
隣に座っていた男の妻は両手で口を覆った。
とその時、
―――――「マサヒロ‥‥さん」 香咲はそう呟いた。
「え?」
男は呆然とした。
「マサヒロさん」
「ど、どうして息子の名前を!?」
「うん‥‥、うん‥‥。●&$#%!△%◆$#■^%●&$#!〇‥‥‥」
香咲は天井を見上げながら独り言をぶつぶつと呟き始めた。男と妻は何を喋っているのか全く聞き取ることができなかった。
「な、なんなんですか!?」
妻は恐る恐る訊いた。
「大変恐縮ではございますが、息子様のマサヒロさんはもう亡くなられております」
香咲は閉じていた右目を開けてそう言った。左目の蒼い瞳孔は元の目に戻っていた。
その言葉にふたりは愕然とした。妻は泣き出してしまい、他の参加者達もただ事ではないものを目の当たりにし、騒然となっていた。
「そ、そんなっ!? 私は捜索願を出し警察からも経過報告を受けていた。待てば必ず見つけ出してくれるって私達夫婦はそう信じていたのに‥‥」
真実を突き付けられたふたりは、頭の中が真っ白になったが、これだけは確信した。
————香咲 真理の霊視能力は本物だ、と。
香咲が知るはずもない息子の名前を口にしたことは、ふたりにとって鳥肌ものだった。
「息子様は教えてくださいました。ダイドーで何が起こったのか。さきほどあなたが仰ってくれたことは全て本当でした」
香咲は元ダイドー社員の男性に目を向けてそう言った。
元ダイドー社員の男性:「えっ、あ、はい。全て現実に起こったことです」
――――その後も、香咲は霊視を使い、他の参加者達のダイドー内にいた家族のことや名前を言い当てていった。
行方不明だと思っていた家族はもう帰って来ないこと、全員ダイドー事件の犠牲者となったことを伝えた。
香咲は自分達が遺族になったという現実を受け止めるよう話をした。
しかし、すぐに納得できるわけがなかった。泣き始める人や、事実を事実として受け止めきれず落胆する人もいた。
中には殺されたと考えている参加者もいたが、必ず見つかって戻ってくるだろうと心のどこかで信じていた参加者の方が多かったのかもしれない。
「今日参加していただいたダイドー事件の生存者様は、今後も己の命は大切にするように。またご遺族の皆様はご家族のことをどうか忘れないであげてください」
香咲は両手を広げながらそう言った。
と、次の瞬間、
50代男性:「あんた自分が何を言っているのかわかっているのか! そんな心にも無いこと言って! なにが忘れないであげてだ。忘れるわけがないだろう!! 息子を失った親の気持ち、あんたにわかるのかよ!? 変な術かけるようなマネして! こんな会、参加しなければ良かった」
心を踏みにじられた思いが爆発し怒りに変わった。
他の参加者も
『そうだそうだ!』
『このペテン師が!』
と、同調する者が現れた。もはやこの状況は、被害者の会どころではなくなった。
とその時、
「私は真実をお伝えしただけですよ。じゃないとあなた達は永遠に家族がいつか戻ってくると夢を見続けることになりますから。いい加減現実を受け止めなさい。さっきあそこの入墨の男もそう言ってましたよね!? あなた達の家族はダイドー事件で殺されたんです。無残にね。遺体は喰われてきれいに無くなりました。待つだけ時間の無駄なんですよ。あなた達はおバカさんですか? 死んだ人間は帰ってきませんよ? そんなの小学生でもわかる理屈です。ふふふふふふ。あぁすみません。つい本音が。まったく笑えるわね」
香咲の口調が急に変わった。
さきほどまでの優しく心を包み込むような声色は無くなっていた。国府はその変貌ぶりに鳥肌が立った。
参加者達の怒りが頂点に達し怒号が飛び交った。
『あなた何笑ってんのよ!?』
『おい今なんて言った!? もういっぺん言ってみろ!!』
『食われたって‥‥何!?‥‥』
『それがあんたの本性かぁ!!』
『ペテン師野郎!! 許さねぇ!』
『訴えてやる!!』
『なにが心を救うだよぉ!』
「あのねぇ私はペテン師ではありませんよ。本当のことをお伝えしておりますし、あなた達からお金もいただいておりません。むしろ私に感謝していただきたい。あんたらの殺された家族の声も届けましたし、真実を知れて帰れるんですから。まぁ平和ボケしたあなた達に何を言っても無駄でしょうけどね。この状況がそう物語っています。ほんと愚かな人達。呆れてモノも言えない。これ以上救いようが無いですね。死んだ家族も泣いてるわ」
香咲の目つきは何の感情すら感じない冷酷そのものだった。
『なんだと!』
『ふざけんな!』
『誰が愚かだってこらぁ!』
『お前に何を感謝しろってんだぁ! あぁ!?』
参加者達の怒りにさらに拍車がかかる。
「いいですか? 私は言った通りあなた達を救いました。ありもしない空想世界の没入から現実世界に戻してあげたでしょう。本当ならこれかかるくらいですよ?」
香咲は冷静な口振りで、人差し指と親指を輪っこにしてそう言った。
バンッ!!
「ちょっとあんたっ! いい加減にしなさいよ!!」
阿古谷はこれ以上はもう聞いていられないと、デスクに両手を打ち付けて立ち上がった。イスが勢いよく後ろへ飛んでいった。
「あら、お姉さんは生き残れた側の人間ですよね。なぜそんな恐い顔をしているのですか? 自分のその命大切にしなさいね」
「あんたにそんなこと言われる筋合いないね。皆に謝んなよ! でないとぶっ飛ばすよ!」
阿古谷の拳に爪が食い込む。
「もう私の役目は終わりました。被害者の会はこれでお開きと致します。皆さんさようなら」
入口の扉を、白いスーツの女性ひとりが開けた。香咲はそのまま出て行こうとした。
その時、50代男性の参加者が「おい待て! まだ話は終わってないぞ!」と叫んだ次の瞬間、
―――――ガッ!!!
香咲は鬼のような形相で、顔を参加者全員に向けた。
参加者達の動きがぴたりと止まった。
いや止まったわけではない。動けなくなったのだ。
まるで集団で金縛りにあっているかのようだった。八城達も同様に指一本動かすことができなかった。阿古谷も立ったまま硬直している。
(くっ‥‥嫌な感じだ。吐きそう‥‥)
国府は気分が悪くなり動けなくなった。香咲と目を合わせてからである。
参加者全員は香咲の左目を見たのだ。
その左目の瞳孔は瑠璃色に光っており、その光は忌々しさを漂わせながら少し黒ずんでいるようにも見え、光の度合いも強く感じた。
「しっつこいのよぉぉぉ!!」
香咲は吐き捨てるかのようにそう言って、左目を手で押さえながら黙って出て行った。
参加者達が身動きが取れない間に、白いスーツの女性達も香咲の後を追うように出て行き扉がバタンと閉められた。
参加者達だけがこの会議室内に取り残される形となった。
♢
数分後、徐々に金縛りのような体の違和感が取れ始め、皆は体を動かし始めた。
「くそっ!」
八城は急いで扉を開けて外に出て、周囲をきょろきょろと見渡した。
「八城さん!?」
国府は表に出た八城を追った。
「いない‥‥」
八城は唇を嚙んだ。
香咲達の姿はもうどこにも無かった。
「八城さん大丈夫ですか?」
「‥‥色々してやられましたね」
「してやられた?‥‥ですか」
「えぇ、話があります。一旦戻りましょう」
「はい」
八城はかなり深刻な顔をしていた。
時刻は14時10分だった。
被害者の会はそもそも15時に終わる予定だったが、大幅に早く終了していた。
第69話へ続く・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます