第94話 レッツ・ネゴシエーション!! ~エルミナ団に優秀な営業の後輩が増えてむちゃくちゃ嬉しいキノコ男~

 それから、エルミナ団は馬車で夜を明かした。

 「夜分に押しかけては失礼になります」と言う武光の意見を、リンが「お兄さんは交渉の基本が分かってるさ!!」と肯定したためである。


 夜が明けて、約束の刻限となった。


「では、参りましょうか。皆さん、武器は置いて行きましょう」

「なに!? ちょっと待て! それは危険すぎるぞ!!」


「うむ。ワシはスリングショットがないとただの薬師になるのじゃ。ソフィアに至っては剣がなければただの乳がデカいコミュ症じゃぞ。まともに戦えるのは武光とルーナだけになってしまうのじゃ」

「エリー……。私の事をよく理解してくれているな!! 嬉しいぞ!!」


 ガチのコミュ症は自分の欠点をディスられても嬉しいものらしい。


「営業の基本は信じる事でございます。先方との取り決めも最後は信頼がものを言いますし。今回、私どもはリンさんを信頼する。この一点で勝負しましょう」

「おおー! 武光っぽい考え方だー!! あたし、君のそういうとこ好きだなー!!」


「ボクも好きさー! お兄さんからも優秀な交渉人の匂いがするのさ! どこかでやってたんじゃないさー?」

「いえ、私は営業マンですので。交渉も時には行いますが、それ以外も幅広くやっております。リンさんのようなプロフェッショナルと同列に語っていただくのはおこがましいかと」


 リンは「ははっ! お兄さんは面白いさ!」と言って、面を被った。

 何でも、「まず相手はボクの幼い顔を見たら舐めてくるからさー。最初は仮面を外さないのさ!」とのことである。


 エルミナ団、いざウェアタイガーと2度目の商談へ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 植物で作られた檻の中には、エルミナとステラが囚われていた。

 ウェアタイガーは約束をきっちり履行するらしく、彼女たちは怪我をしている様子も見られず、元気そうだった。


「……逃げずに来たか。その心意気は認めよう。エノキ。我らは強者に敬意を払う。心の強さにもだ」

「恐縮でございます。実は、今回は交渉人に同行願いました。問題ないでしょうか?」


 人虎の戦士長グラッシュは「交渉人?」と首をひねるが、最終的に「好きにしろ」と承諾する。

 「寛容なお心遣いに感謝いたします」と頭を下げる武光。


 敏腕営業マンは顔を上げる瞬間に、エルミナとステラに目配せをした。

 「作戦がございます」と言う意図をステラはすぐに察する。


 さすが、武光の嫁を自称するだけの事はある。

 よく彼の事を理解している証拠であった。


 もちろん、エルミナさんは。


「武光さぁん! 武光しゃあん!! 助けてくださいよぉー!! もぉー! この虎さんたち、一晩中わたしのこと見てるんですよぉー!! 確実にやらしい事を考えてます!! もう目がね、エロを訴えて来てますもん!! 助けてー!! 助けてくださぁーい!!」


 何も察する事が出来ていない。


「ちょ、畜生キノコ!! ちょっと黙りやがれですわよ!! 武光様の目を見てねぇんですの!?」

「見ましたよぉ! 少しくらいやらしい目に遭っても我慢してください! って言ってましたぁ!!」


「頭だけじゃなくて目まで腐ってやがりますの!? いいから、ちょっと黙ってろですわ!!」

「うぐぅぅ。ステラさんまで、黙ってエロタイガーの生贄になれって言うんですかぁ……」


 リンの瞳が光った。

 タイミングはここだと判断したご様子。


「ボクはリンと言うさー。今回、エルミナ団の代理人としてあなたたちと交渉するさー。まず、その人質はもう好きにしていいさ! その上で、フラットな交渉をしたいさー。人質なんてイニシアティブがあれば、建設的な話はできないさー」


 ステラは「なるほどですわ。あの女の子、なかなかやりますわね」と思った。

 エルミナさんは。


「何言ってるんですかぁ!! 誰ですかぁ、その女の子は!! ちょっとぉ! 急に出て来てとんでもない事言い出してますけどぉ!? 人としての心はないんですかぁ!? 命の大切さを学んでないんですかぁ!? わたしクラスのおっぱいの希少性を理解してないんですかぁ!?」


 もはや様式美として、普通に喚き散らした。


 だが、このリアクションもリンの想定内。

 むしろ、人質が「そんな話聞いてへんぞ!!」と騒いでくれた方がこちらのブラフの信憑性がグッと増すのだ。


 エルミナの性格を聞いただけでこうなる事を想定していた鬼面族の少女は、結構どころか相当に頭が切れる。


「見損なったぞ、エノキ。人間は仲間を見捨てるのか。同族を……!!」

「今の私は代理人に全権を委任しております。リンさんにお聞きください」


 グラッシュは苛立ちを隠しきれない様子。

 リンは言葉を続ける。


「ウェアタイガーの里に起きてる飢饉については全部知ってるさー。それがなければ、そっちにいる隻腕のガルムさんだって腕を奪われなかったさー。魔族の襲撃で仲間が大勢死んだけど、結果的にそれで1人の食料が増えた事に二律背反な思いを抱いてるのも分かるさー。それは生き物としては普通の考えだから、恥じる事はないのさー」


 口を半開きにしたまま、無言のグラッシュ。

 「どうしてそんなことを知っているのか」と顔に書いてあるのを全員が読み解く。


 本来、ウェアタイガーは交渉事に長けていないどころか、苦手とする種族。

 それが「人質の放棄」と言う想定外の申し出から交渉のテーブルに引きずり出された時点で、この勝負は決していた。


 戦士長に代わり、首領のグイールが応じた。


「そこまで知っておるのならば、もはや何も言うまい。我らは誇り高き種族。落とし前を付けて手打ちとする。お主らは去れ」


 リンは止まらない。


「それはおかしいさー。誇り高き種族は、そもそも女子供を人質には取らないさー。普段はあなたたちがそんな蛮行をしないのも知ってるさー。食糧不足で、誇りの行使方法を見失ってるのさー。仕方がないさー。それに、首領や戦士長はそれで良いかもしれないけどさー? 奥の方にいる子供たちにも苦しい生活を強いるのさー? 子供たちの未来を考えれば、お腹も膨れない誇りなんて捨ててしまえばいいのさー」


 理詰めの連打。

 ジャブで動きを封じて、「子供の未来はどうでもいいのか」と渾身のストレートで打ち抜く。


 これにはグイールも言葉を失った。

 リンは仮面を外して武光にウインクする。


 「なるほど。お見事です」と武光は頷いた。


「グイール様。改めて、インダマスカの愚行をお詫びいたします。そして、これは別件ですが。私どもには食糧支援の用意がございます。飢餓に苦しむ皆様のお力になれるかと」

「……哀れみか? 我らは同情など受けぬ」


「いいえ。違います。ウェアタイガー様は、先日私どもの事故を起こした荷馬車を救ってくださいました。そこに同情はあったのでしょうか? 僭越ながら、真心によっての行動だとお察しします。私どもも、真心には真心でお返ししたい。それは許されないことでしょうか」


 武光の言葉を黙って聞いていたリンは、小声で彼に耳打ちした。

 「お兄さんもやっぱり腕利きの交渉人さー」と。


 武光は小声で応じた。


 「私はただの営業マンでございますよ」と。


 力で争えばどうなっていたか分からないが、言葉を使った勝負はエルミナ団の圧勝であった。

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