キノコ男、フルスロットル! ~敏腕営業マンが異世界転生したら、ポンコツ乙女たちと平和な世界征服を目指すことになった~
第144話 佐羽山花火隔離計画!! 犠牲となるのは魔境・インダマスカ!! ~さようなら、花火姉さん~
第144話 佐羽山花火隔離計画!! 犠牲となるのは魔境・インダマスカ!! ~さようなら、花火姉さん~
バーリッシュに帰還したエルミナ特使団は、何をさておき睡眠を貪った。
肉体的、精神的な疲労困憊にあるジオ・バッテルグリフとエリーゼ・ラブリアンは、ほとんど何も喋らずベッドに倒れこむと、息を引き取るように眠った。
他の者もやはり疲労、特に気疲れが多かったらしく、各々が土産話も語らずに寝室へと向かって行く。
「なあ、武光ー。お姉さんの部屋は? あ、分かったで! 自分、さてはウチを部屋に連れ込もうとしとるやろー!! 嫌やなぁー。若い子っほんま、そーゆうとこあるぅー!!」
「私は今回、業務中に数回正気をなくすという失態を犯しました。ゆえに、もう折れません。皆様がお休みになっている間に、私が問題を解決してみせます」
榎木武光。また1つ営業マンとしての高みへと階段をのぼる。
彼は失敗を糧に成長のできる男。
だが、普段は既に完成された敏腕営業マンであるため、武光はほとんど失敗を犯さない。
ゆえに、今回のガチクズ姉さんトラブル欲張りセットは彼を何度も追い詰めたが、その分だけ成長の機会としても役割を果たしていた。
出張を共にした仲間たちが休んでいる間に、後顧の憂いを断つ。
「あいさー。武光ー。話がついたさー」
「ありがとうございます。リンさん。しかし、本当にお休みにならずとも良いのですか?」
「平気さー。鬼面族はフィジカルに問題があるのさー。だから、疲労のリスクマネジメントは基本なのさー。ボクは2徹までならいつでも耐えられるように体力を調整しているのさー。こんな時こそお任せさー」
「ああ……。神様。感謝いたします。エルミナ団の営業部は、リンさんがおられるだけであと20年は戦えます……!!」
優秀な後輩社員の存在が、武光の心を力強く支える。
苦労を共にできる同僚がいるだけで、残業だって頑張れるのがエリート社畜。
「おー。リンリン!! 働き者やなー!! よっしゃ、お姉さんがマッサージしたろ!!」
「うあー。捕まったさー。でも、こうなる事も含み済みさー。武光ー。ボクは必要な手回しを多分全て済ましているのさー。あとは上司に頼むのさー。花火は任せて、先に行って欲しいさー」
武光はもう涙を流さない。
代わりに結果で、自己犠牲の精神を見せる後輩社員と己の営業マン魂に応える所存であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
秘密裏に呼ばれていたのは、トールメイさんとソフィアさん。
脳筋コンビである。
「と言う訳でして、花火さんを帝国領にリリースする訳にはいかなくなりました。今後の我が国の進む道を考える際に、大きな指針となるのは確実な情勢です」
「驚いた。まさか、あの最強を誇る聖騎士レンブラント・フォルザ殿をバールで……!! 恐ろしい! 私はあまり会いたくないな!! 絶対にコミュ症が出るぞ!!」
「……私はもっと会いたくないのだが。もう確実に酷い目に遭わせられるではないか。辱められるどころではなく、一生もののトラウマを植え付けられるまで見えた。……私、女神界第8位の女神なのだぞ? 貴様ら、いい加減にしろよ。女神を辱めて、何が面白い!? おい! ソフィア!! 貴様ぁ! 無言でよだれを垂らすな!! 貴様、出会った頃はもっと……!! ぐぅぅっ!! もう下界が嫌いになりそうだぞ、私は!!」
かつてはエルミナさんも通った道。
女神界へのホームシックを発動させているみんな大好きお姉ちゃん。
最近は「姉さん」と言う呼称だけでなんだか不吉なものの代名詞みたいになってしまったので、「お姉ちゃん」と言う字面は眺めているとほっこりしてくるのは何故か。
2人は馬車に乗り、先方に爆弾を押し付ける準備を……もとい、先方に優秀な薬剤師を派遣するための用意をするべく出発して行った。
既に日暮れ前だが、この2人に「日が沈むと危ない」と忠告するのはもぐりのやる事である。
その証拠に、わずか6時間で脳筋コンビは帰還し「問題ないぞ!!」と報告して来た。
深夜を過ぎていたものの、ロギスリン出張業務のまとめをしていたエノキ社員とリン社員は「では、仕上げと参りましょう」「あいさー」と暗躍を続ける。
夜が明けると同時に、まず済ませるべき大問題の解決へと舵を切った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほんまに? ウチの住むとこ作ってくれたん? えー。なんや悪いなー。しかも、ウチ専用の研究設備とかあるん? 嘘やんかー。もー。どいつもこいつも、お姉さんのこと好きすぎるやろー」
佐羽山花火姉さん。職業は薬剤師。
癒しの女神によってグラストルバニアに降臨した転生者である。
ちなみに、特技はバールによる背後からの襲撃。
帝国最強の聖騎士すらも殴りつけるその御業はもはや説明のつかない次元のものであり、彼女の武勇伝を聞いた者はまず耳を疑い、そのあとに彼女の存在を疑って、最後はこの世の諸行無常についてまで懐疑的になると言う。
薬剤師とは何なのか。
「花火さんには、是非その優れた手腕でエルミナ連邦の医療を発展させて頂きたいと考えております。つきましては、研究に没頭できるよう配慮いたしまして、静かで未知の薬草も多く採取でき、住民の皆様も花火さんを大歓迎している土地をご用意いたしました」
「あらー! ほんまにこの子ら、ええ子やんかー!! で? そこ、イケメンおるん?」
「……メンズはおられますが。……人ではないかもしれません。……いえ、人の形に限りなく近いので、あの方々はもはや人と申しげても過言ではなかと。……はい」
「おー? なにー? なんか引っ張るやんかー!!」
エノキ社員。言葉に詰まり始める。
やはり彼は根っこの部分が善人であるため、このように「嘘ではないけれども限りなく騙しているような営業スタイル」を取ると、挙動と言動が不審になる。
そこは後輩社員の出番。
「あいさー。インダマスカは良いところさー。一年を通して日が射さないから、紫外線対策も完璧さー。沼地には人間のテリトリーでは採取できない毒素も満載さー。研究者にはもってこいなのさー」
「ほーん! ええやん! 楽しそうやん!! ただな、武光? 聞いてもええかな?」
破天荒さんは、基本的に「〇〇しても良いですか」と聞いた時点で、「〇〇するけど文句言うなよ?」と脳内で置換しており、それは誰にもブレーキを踏ませない程の速度で対象に襲い掛かる。
武光が弁明を試みる前に、彼女は続けた。
「……そこさ。人、住んでへんの?」
「……はい」
最後はやはりストレート勝負。
しかし、この姉さんは直球に極めて強い。
100マイルの剛速球にも振り遅れない。
「魔族やな? その情報から導き出されるのは、間違いなく魔族やろ?」
「……はい」
「で?」
「……はい?」
「やってええんか?」
「……すみません。何をでしょうか?」
「人体実験に決まっとるやん!! ほらぁ! 魔族相手やったらさ! 倫理観でやいやい言う子もおらへんやろ!? な! どうせ、かつて殺戮の限りを尽くしとるんやろ!? つまり、何やってもええやんな!?」
「……少しばかりお待ちを。……。…………。はい!! ギダルガル様たちも分かってくださると思います!!」
「武光が何かに屈したさー。でも、それもまた交渉なのさー。双方を立てる事が叶わない時もあるのさー」
エノキ社員。
インダマスカを生贄に捧げる決断を下す。
そこからは実にスムーズ。
「せやったら、ウチ行くわ!! そんなん聞いたら、ウチの中の研究者魂が燃えて来るやん!?」と、花火姉さんは荷解きしていないバッグを載せたままの馬車に自分も乗り込んだ。
リンが気を利かせて立ち上がる。
「ボクがご案内するさー。インダマスカには5回ほど行ってるから、みんな顔見知りさー。おー。ステラさー! 良いところに起きて来てくれたさー!! 武光がどうしても、ステラに馬車を運転して欲しいと言っているのさー! お願いできるさー?」
「マジですの!? そんなもん、ガッテン承知じゃねぇですの!! 行ったりますわ!!」
寝間着姿のステラさんを釣り上げたリンさんは、そのまま花火姉さんを隔離……放牧……出向! 出向させるために送り出したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ゆっくりとロギスリン出張組が部屋から起きて来る。
武光はその全員に笑顔で説明をした。
「平穏な時が戻って参ります」と。
何度同じ説明をしても疲れないどころか、繰り返すたびに気分が高揚して来ると言う不思議体験を果たしたエノキ社員。
ガチクズ姉さん、これにて一時離脱である。
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