第166話 霧雨の聖騎士アルバーノ・エルムドア、混乱に乗じて気合一閃 ~外壁の半分が破壊されたバーリッシュ。大ピンチを迎える~

 百戦錬磨と評しても過言ではない霧雨の聖騎士。

 アルバーノ・エルムドアだが、ただ今激しい混乱に襲われていた。


 眼前で敵陣の外壁が吹き飛んだのである。


「レオーナ。少し話し相手になってくれるか?」

「はい! アル様!!」


 アルバーノは基本的に副官を置かないスタイルで戦争に挑む。


 若く駆け出しだった頃には経験豊富な副官を配置し、戦いの相談をしていた時期もある。

 が、成熟した聖騎士になってからは「他者の意見を求める事で思考が乱れるかもしれない。何より、戦に負けた時に責任感を負わせるのは避けたい」と言う理由から、単騎の大将として多くの戦いに挑み、その全てで勝利をあげてきた。


 そんな彼が、あまりの事態に若い女性将官を話し相手に選ぶ。


「エルミナ連邦には亜人と魔族が共存しているとの情報はあった。上空を飛ぶ羽の生えた輩は見紛うことなく魔族だろう。だが、先ほどの大爆発は何だ? 魔族による謀反か。仮にそうだとして、あれほどの爆撃を放てる輩が戦場に存在する事実。これは極めて深刻な問題だ」

「はい! 具申よろしいでしょうか!!」


「ああ。どうぞ。忌憚なく述べてくれ」

「では! 魔族の動向は大きな気がかりですが、彼らが謀反していた場合は第三勢力となります。敵が減ると言う事実だけは揺らがないかと思います!」


「確かに。だが、何か大がかりな罠と言う可能性はないだろうか?」

「んー。私は所詮、25歳の女の子ですので! 深い軍略は分かりません!! が! 仮に罠だとした場合、市街地に我々をおびき寄せる事になりますよね? かの気高き紅蓮の聖騎士ジオ・バッテルグリフが住人を危険に晒す策を取るでしょうか?」


「……その通りだ。やはり君と話していると考えが纏まるな。歯に衣着せぬ物言いが実に心地いい」

「私は特に責任のない立場ですので!! 昔から、思ったことは口に出すのが良いと祖母に教えられてきました!!」


 アルバーノは柔らかく笑った。


「おばば様の金言だな。自分も今後はそれを見習うとしよう。……さて。ならば、せっかくの機をただ見過ごすのも愚策。少しばかり場を荒らして来るか」

「アル様の剣技が見られるのですね!! 私、目に焼き付けます!!」


 アルバーノは大剣を持つと、単身で崩壊した壁の元へと移動を始めた。

 焦らずゆっくりと、堂々と。


 彼は文字通り一騎当千。

 部隊全ての兵を集めたよりも更に強いのが、最強の聖騎士を師に持つ、当代の最強を冠する男なのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ステラ・トルガルトさんとルーナ・ミュッケルさん。

 彼女たちは市街地側から外壁崩壊の被害状況を探りにやって来ていた。


「やっべぇですわね。残骸がところ狭しと散らばってやがりますわよ。街の方々を先にシェルターにぶち込んでおいて正解でしたわ。人的被害なしなのは、さっすが武光様ですわ!!」

「ねー! なんか金属が溶けてる!! これ、炎で壊されたんだね」


 乙女たちが記録を取っていると、そこに忍び寄る影が2つ。


「おー!! 久しぶりやんか! ステらんとルーにゃん!! やっはろー!! みんな大好き、花火姉さんやで!!」


 爆撃犯が現場にいた。

 なお、ステラさんとルーナさんも誰がやったかは既に詮索していない。


 花火姉さんがどうやってやったかの調査をしている。


「花火さんだ! ダメだよー! 壁壊しちゃ!!」

「いやー。すまん、すまん! ちゃうんやって! これやったの、ギダやんやで? なぁ? ギダやん? ちなみにウチ、返事はイエスかイエスマム以外は嫌いやで?」


 ギダやんが「イエス」と言いながら肩を落とす。

 エルミナ団古参コンビはこの魔王と2度の交戦経験がある。


 が、2人揃って魔王がなんだか気の毒になったため、風当たりは穏やか。


「ま、まあ! 元気出しやがれですわ!! ギダルガルさんも、ほら! きっとそのうちいい事ありますわよ!! ねっ!! 分かんねぇですけれど!!」

「花火さん、花火さん!! 壁って元に戻せる?」


「ルーにゃんも無茶言う子やでー。お姉さん、薬剤師やん? 壁直すのは大工さんやろ? さすがに無理やでー! なはははっ!!」


 壁を壊すのも薬剤師の仕事ではない。


「だいたい事情は分かりやがりましたわね。あっちに騎士団の方がおられましたから、報告書を持って総督府に行ってもらいますわ」

「ステラちゃん、お願いねー!! むふー!! 花火さん! 『キノコブースター』たくさん差し入れしてくれてありがとー!!」


 そう言いながら、ルーナさんは茶色い丸薬を服用した。

 花火姉さんも持参したバズーカ砲を再び肩に構える。


 ギダルガルが数秒遅れて振り返った。

 そこには大剣を構えたアルバーノ・エルムドアが立っていた。


「たぁー!! 超ジャンプー!! からーのー!! 『撃墜拳デストロイ』!!!」


 ミシャナ族は戦闘遺伝子こそクソザコだが身体能力には目を見張るものがあり、五感も優れている。

 ルーナさんは視覚、嗅覚、聴覚を駆使して霧雨の聖騎士の接近を看破していた。


 気付いたからには迷いなき一撃。

 榎木武光の教えである。


「実に思い切りの良い一撃。まだ幼くも見えるのに、大したものだ。よほど師に恵まれたのか?」

「むふふー! あたしの師匠はすごいんだぞー!!」


 クルクルと回転しながら、猫のように着地をキメたルーナさん。

 彼女が後方に退いたことで、花火姉さんの射線に障害がなくなる。


「ほほー。あんたが噂のなんちゃらいう聖騎士か。ふむふむ。なかなかええ面構えしとるやん? これはあれやんな? 強キャラの香りやで。……おらぁ!! 隙ありぃ!!」


 花火姉さん、『花火大砲ナイトメア』を発射。

 巨大な光線がアルバーノに襲い掛かる。


 やっている事はルーナさんと同じなのに、急にヒール感が増すのは何故か。


「これが先ほどの……!! 罠なのかどうかは判断できないが!! ぬぅりゃぁぁ!! 『スラッシュスパロー』!!!」


 アルバーノは花火姉さんの放った光線を真っ二つに切り払う。

 さらに勢いは殺されたものの、斬撃は破天荒さん目掛けて迫っていた。


「やるやんけ!! 褒美にお姉さんの技見せたる!! ギダやん! ちょいこっち来ぃや!! おっけー!! おらぁ!! 『魔族盾ギダシールド』!!」

「げあぁぁぁぁぁぁ!! ぐ、ぐぅぅぅ!!」


 ギダルガルが盾になり、正確には盾にさせられ、死にたくない魔王は全魔力を放出して身を守った。

 アルバーノは「なるほど」と何かに納得して、斬撃の行方から視線を切る。


 代わりにまだ辛うじて形を保っている外壁に向かい、斬撃を2発ほど放つ。

 音を立てて崩れ去るバーリッシュ防衛の要。


「あー! こいつぅ!! どないなっとんねん!! 普通敵を無視して壁壊すぅ!? 信じられへん!! それが帝国のやり方かいな!! 汚いわー。嫌やー。ええー。お父さんとお母さんが故郷で泣いとるで?」

「はははっ。その話術も策略のうちかな? 残念だが、自分の両親はとうに他界している。天涯孤独の方がこの仕事は向いている」



「あ。ほんま? ごめんな。ギダやんにはウチがよう言って聞かせとくわ。ほんまにこの子な、すーぐ空気読まんで言うんや。ほれ! ギダやん!! ごめんなさいせぇ!!」

「ご、ごめんなさい……」



 ギダルガルが頭を上げた時にはもう霧雨の聖騎士は姿を消していた。

 代わりに、兵士たちが一斉に市街地へと進行を始める。


「なー。ルーにゃん? 大砲ぶっ放してもええかな? 多分、みんな死ぬけど」

「じゃあダメー!! 武光が怒るもん! 敵でも命は取らずに提携業務を進めるのが営業マンの嗜みだって言ってたし!!」


「えー。ギダやんさー。殺さんと兵士の足止められる? 無理やんなー? るろうに剣心やないんやで? あっ。バールがあったわ!! ウチもイケるか!! 不殺の誓い!!」

「ゲゲゲゲ」


 メッセンジャーに報告書を託したステラさんが現場に戻って来ると、迫りくる兵士たちに向かって上空から攻撃するルーナさんとバールでボカスカ殴る花火姉さんが視界に入り、「あ。この中に加わりたくねぇですわ」と彼女は思った。


 そんな折、バーリッシュ東の森で轟音が響く。

 一斉に野鳥が飛び立つ。


 敏腕営業マンはいつ戻って来てくれるのだろうか。

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