第174話 派手な火遊び ~現代の猛者を消してリセットする事を選んだ愉悦の女神~

 ゼステルの元に魔力や生体エネルギーを吸収した帯が戻り始める。

 だが、釣果はいまひとつのようで彼女はため息を漏らした。


「意外と皆さんしぶといですね! 大気中を漂っているものしか拾えません! んー! 先ほど愚かな母上から回収した女神の魔力は幸運でしたが。もう少し欲しいですね! 仕方がありません! あちらに見える庁舎から奪いますか!!」


 愉悦の女神が選んだターゲットは、総督府であった。

 レンブラントは眉間にしわを寄せながら沈黙を続けている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 これほどの異常事態になれば、総督府の留守を預かるリンさんエリーさんコンビも当然窓から様子を伺っている。

 伸びて来る帯を見て、事態を把握した2人は迎撃態勢を整える。


「こりゃいかんのじゃ!! ルゥ!! シェルターに避難するのじゃ!」

「待つのさー! 今から外に出るのは危険さー!! ボクとエリーの後ろでじっとしているのさー!!」


「う、うん! ルゥね、リンお姉ちゃんとエリーお姉ちゃんの後ろから動かないね!!」


 リンさん、エリーさん。

 エルミナ団において、いずれも戦闘を専門とする部署ではない。


 だが、完全な非戦闘員のルゥだけは絶対に守り抜く構え。

 まずエリーがスリングショットを取り出した。


「久しぶりに敵に使うのじゃ! エルミナにばかり撃っておったからな!! そぉりゃ!! 『鬼炎弾きえんだん』じゃ!! この間調合した新種の火薬なのじゃ!! ……あんまり効いてないのじゃ」

「ボクにお任せさー!! とぉー!! 雷さー!!」


 高熱の爆薬が破裂したのち、リンさんの雷が真横に走った。

 充分な威力のはずだが、帯は依然として5本ほど残存しており、真っ直ぐに総督府へ。

 ガラスを突き破り屋内へと侵入する。


「うぐぅ。まずいのじゃ。ルゥ! なるべく動いてはいかんのじゃ! ワシが魔力を高める!! たいしたことはないけども、注意は逸らせるのじゃ!! リンはその間にルゥを連れて逃げるのじゃ!!」

「それはできないさー! ボクは合理的で効率的な判断をするのが好きさー! けどさー! 大事な仲間を見捨てるのは大嫌いさー!!」


「ルゥ! お姉ちゃんたちと一緒にいる!! 怖くないもん!!」


 少女たちにゼステルの魔帯が迫る。

 だが、この世界には主人公にのみ許される「ご都合展開」というものが存在している。


 今、主人公は誰なのだろうか。


 圧倒的優位を保つゼステルか。

 正義のために剣を振るう聖騎士たちか。

 少女のために命を賭けた乙女たちだってそうだろう。


 ガラスを突き破って、男が転がり込んできた。

 総督府の執務室は3階にある。

 このような芸当を躊躇なく行うのは、彼しかいない。


「お待たせいたしました。エリーさん。リンさん。ご立派でした。ルゥさん、頑張りましたね。私が参ったからには、あなた方に手出しはさせません!!」


 キノコ男。榎木武光。

 この瞬間、彼は紛れもなく主人公であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 武光は帯を素手で掴むと、力を込める。


「ぬぅぅぅん!!」


 力任せに引きちぎると、帯はサラサラと砂のような形状に変化し消えて行く。


「これまでのリサーチで、どうやら物理攻撃の類の方が効果的なようなのです。タイミングよく、『強化の黄茸ストレングス』を食しておりましたので、ご安心ください。ぬぅぅぅぅぅん!!」


 手際よく帯を引っ張り、裂いて行く武光。

 その様子を見てルゥが歓声を上げた。


「すごい、すごい!! エノキさん! すごーい!! ね! エリーお姉ちゃん! リンお姉ちゃん!!」

「武光はさすがさー。ボクの出番なんかなかったさー」


 だが、エリーさんの表情はいささか暗い。

 先ほどの絶望に染まったものとはまた違う、懐疑的な色をしている。


「妙なのじゃ。武光や」

「はい。なんでしょうか。少しお待ちを。最後の1つです。ぬぅぅぅぅあぁ!」


 仕事を終えると、武光は床に膝をつく。

 エリーが駆け寄って診察をすると、数秒で腕利きの薬師は全てを理解した。


「武光! お主、『キノコブースター』を飲んでおるのじゃな!? ヤメろと言ったはずなのじゃ!! しかもこの症状! 今日、キノコをいくつ食べたのじゃ!?」

「さすがですね、エリーさん。既に4つ目を頂きました。そちらはどうにかなるかと愚考したのですが、やはり『キノコブースター』はどう見積もっても私には過剰な……。うっ……」


 武光の顔色がみるみるうちに悪くなっていく。


 彼は帯がゼステルから放たれた瞬間、まだ総督府から400メートル離れた場所にいた。

 すぐに敏腕営業マンの頭脳が回転し、総督府を救える人材で最適なのは自分であると判断。


 念のためにとスーツの内ポケットに忍ばせておいた『キノコブースター』を服用するのに迷いなどなかった。

 結果として、無事にエリー、リン、ルゥの3名を救助できた。


 が、その代償として、榎木武光は胸を押さえて息も絶え絶え。

 とても戦闘に参加できるコンディションでないことは、エリーでなくとも、誰の目から見ても明らかだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ゼステルは帯と感覚をリンクさせているため、その先で何があったのかを全て把握している。

 彼女は楽しそうに笑った。


「あはははははっ!! これは愉快です!! 謎だったキノコ男!! どうやら私、運よく倒してしまったようですよ!! んー! ツイていますが……少し残念ですねー! 今回のゲームの1番大きな楽しみと言っても良いイベントでしたのに!!」

「それは結構ではないか。障害が減ったのだ」


「レンブラントはつまらないですねー! まあ、隣につまらない男を置いておくのもまた愉快です!! しかし残念な事がもう1つ! ベルとフゴリーヌに付けておいた魔力球、壊れてしまいました! どなたかが高密度な治癒魔法を使ったようですね! 愚かな母上でしょうか?」

「ゼステル様が言っておられた、女神界に放った毒か」


 愉悦大好きゼステルさん。

 彼女は女神在任中から良くない事に精を出していた。


 その最たるものは、「多くの女神に暴走の発端となる魔力球を植え付けた」事である。

 察知したマザーが速やかに抹消に動いた結果、凄惨な出来事が起きる事となった。


「実はですね! 母上にも付けておいたのですよ! 魔力球! 軽微な影響しか出ないように調整して!! それも壊れてしまいましたが、まあここまで女神界が衰退しているのであれば、もはや問題ないでしょう!! あはははっ! とても楽しい事になりましたね!!」


 神々の声が聞こえてくる。

 「フゴリーヌさん、暴走してても綺麗やったやんけ」や、「マザーは今さら魔力球の影響やったとか言って、罪が軽くなると思うなよ」と言ったものが多いだろうか。



 マザーに乳ビンタを何度すれば良いのか、これは大変難しい問題である。



「なるほど。ゼステル様の用意は全て整ったと言う訳か……」

「ええ! レンブラント! あなたと交わした約束! 今ここで果たしましょう!! 帝国を全ては消せませんが!! それでも北部を中心に4割は消し去れます!! 私、1度見た魔法は真似ができるのです!! 母上直伝の消滅魔法! ご覧に入れましょう!!」


 レンブラントは「ふっ」と笑った。

 次に彼は腰の剣を抜く。


「おや? レンブラントも暴れたくなりましたか?」

「ああ。私とて、何もしていないではこれまでの人生に示しがつかん。ゆえに、ここで生きた証を立てる!! つぅぅぅぅりゃああ!!」



 レンブラントは抜いた剣でゼステルを斬りつけた。



 彼女は一瞬驚いた表情を見せると、スッと距離を取る。

 もう一振りも抜刀し、蒼雲の聖騎士は剣気を放つ。


「あはははっ! レンブラント! あなた、ここに来て!! まさかアトラクションになってくれるのですか!」

「そうだ。私はゼステル様。あなたを助けた罪がある。仮にあの瞬間に時間を巻き戻したとしても、愚かな私はまたあなたを助けるだろう。ゆえに、あなたを殺すのは私の役目!! この時を待ちわびていた!! 手出しできなかったあなたの膨大な力だが……。ずいぶんと魔力が減ったようだな? ゼステル!!」


 レンブラントの一撃は、ゼステルの左腕に裂傷を負わせていた。

 流れ落ちる赤い血が蒼雲の聖騎士の背中を押す。


「皇帝の圧政。その地獄から臣民は解放できた!! だが、あなたは別の地獄を産み出すだけの存在だ!! それをここで止める!! 多くの犠牲を出した……! 悔いはあるが、冥府で詫びる!! 今は何をおいても!! その首! 貰い受ける!!」


 二刀流の構えで間合いを図るレンブラント・フォルザ。

 笑みを浮かべるゼステルに向かって、壁の側面を蹴り突進した。

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