第173話 やって来た愉悦の女神と蒼雲の聖騎士 ~ラスボスさんご来場~

 突如としてバーリッシュの上空に出現した帝国の実質的な支配者。

 愉悦の女神ゼステル。


「やはりいけませんね! 慣れない魔法を使ったせいで、魔力も生体エネルギーも随分と消費してしまいました! 手っ取り早く補給しようと思ったのですが、まさか味方の方を狙ってしまうとは!! あははははっ!!」


 先ほど天から伸びて来た魔帯はゼステルが養分補給のために伸ばしたものであり、彼女いわく無差別に得物を狙ったとのこと。

 レンブラントが顔をしかめる。


「私はおやめになるよう申したが。戦場にちょっかいをかけるとは」

「レンブラントは本当に堅物ですねぇー! 窮屈じゃありません?」


「私はこうして半世紀以上生きて来たのだ。余計なお世話だと言わせてもらおう」

「あらあら! ご機嫌を損ねましたかね! アル! お疲れさまでした! もう結構ですよ! お下がりなさい!!」


 アルバーノは帝国聖騎士だが、ゼステルの配下ではない。

 彼は聖騎士としての誇りを持っており、ここまで戦って来た兵士たちの心意気を背負っている。


「それは承服いたしかねる。総責任者は自分です。下がるのはあなた方だ」

「アル? 聞き分けの良い子が私は好きですよ?」


「では、自分はゼステル様と相反するようだ。師匠! あなたからも何か言ってくれ!!」

「アルバーノ。ここは信念を曲げて下がれ。後は私が引き受ける」


「師匠!? できません!! 戦いの責任を全て抱えるべきは大将だと! そう教えてくださったのはあなただ!! どうされたのだ、師匠!! しっ……!!」


 アルバーノの体がぐらりと揺れた。

 そのまま彼は外壁から転げ落ちる。


「レンブラント! 酷い事をしますね! 私がやろうと思っていたのに!!」

「私の弟子だ。私が処理させてもらう。なにか問題が?」


 魔力弾のようなものでアルバーノを貫いたレンブラント。

 ゼステルは肩をすくめておどける。


「いーえ! なにも! では、どうしましょうかねー!! もう少し魔力が欲しいです! 生体エネルギーはもっと欲しいです!! 帯を増やしましょうか!!」

「ご随意に。私はなるべく視界に入れぬようにしよう。醜悪だ」


「あははははっ! 潔癖なのですから!!」


 ゼステルの広げた手から無数の帯がバーリッシュ中に伸びて行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 転がり落ちて来たアルバーノをキャッチしたのはギダルガル。

 すっかり武人の心をゲットした魔王は、敵将に敬意を払う。


「花火様!!」

「なんやねん! ウチのおっぱい狙撃したヤツやぞ!! ウチはやらへんからな!! やらへんからな!! やらへんから……おおい! なんか言えや!! 腹立つわー!! よっしゃ! 治したろ!! んで、このイケメンをバールでタコ殴りや!! おらぁ! 光る右手ぇ!!」


 花火姉さんの異能『癒しの御手ヒーリングハンド』が発動した。

 柔らかい光に包まれるアルバーノ。

 だが、異能は女神の魔力を発する性質があるため、ゼステルの魔帯が察知する。


 4本ほどが同時に飛来した。


「おんどれぇぇぇ! ですわ!! ……あ。花火さんの口調とかぶっちまいましたわよ。わたくしの魔法剣! 切れ味! 氷結! いずれもそこそこ!! 親しみやすいわたくしのおっぱいのようですわ!!」

「あははー! ステラちゃんがついにおっぱいアピールしちゃった! あーあー! 頑張って性的なみんなと区分けされてたのにー!!」



「え゛っ!? ちが、違いますわよ!? 今のはノリで!! んあああ!! 違うんですわよ!! 畜生キノコと同列は嫌ですわ!! もうおっぱいの話しませんわ!! 違うんですの!!」


 ステラ・トルガルトさん。痛恨の失言。



 しょんぼりしたステラんの代わりに、ルーナさんが跳び上がる。


「とあああー!! 『大噴火拳イラプション』!! お空から!! 『撃墜拳デストロイ』!!!」

「ルーナ殿に続け! 魔法は使うな!! 矢を集中的に放てぇ!!」


 エルミナ親衛騎士団の弓兵は腕利き揃い。

 かつて豪水の聖騎士レイドル・ボルテックの指揮下にあった騎士たちが弓に長けており、連邦内の全兵士に広く技術を伝えた成果である。


 魔帯を撃退しながら、アルバーノ・エルムドアの治療が続く外壁付近。

 帝国兵たちは未だ事態が呑み込めず、動けないでいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 東の森では。


「おい! マジかよ! ババア!! ふざけんなよ!! あんたに仕返ししたかったあたしの欲求がよぉ!! くそぅ! くそぅ!!」


 強欲の女神ベルさんの泣き声が響いている。

 なお、トールメイさんとプリモさんは目を伏せていた。


「おい。プリモ。どうするのだ。マザー様、全然お亡くなりになる気配はないぞ? エルミナが急に凄まじい治癒魔法使ったせいで、多分もう治っておられるぞ? 今元気そうに目を開けられると、また面倒な事になるのではないか?」

「そうですね! けど、治ったらエルミナはそれを告知すると思います! あの子は目立ちたがり屋なので!! ちなみに、私たちが止めに入るとそれはそれで刺激しますね!! はい!! 詰んでいます!! ドドン!!」


 実際のところ、マザーの顔をよく観察して見ると。


「…………あ。…………。…………」


 瞼が小刻みにプルプルしていた。

 意図して瞼を数分閉じていると、プレッシャーから痙攣する事がある。

 諸君も死んだふりをする時は思い出して欲しい。


「はむはむはむっ。あむあむっ。私はもう降参するよー。ゼステルが私たちにお構いなしで攻撃して来たし。匿ってもらってた恩はあるけどー。今回の出征とベルが狙われたのでご破算かなー。ねー! プリモちゃん! タケノコおかわりー!!」

「任せてください!! どんどん出します!! 食用じゃないのですが!!」


 豚の女神フゴリーヌさん。

 一足お先に建設的な判断に行きつく。


 プリモさんが「もう何やってもダメです! いっそタケノコを差し上げましょう!!」と判断した結果、彼女はそれをボリボリかじる事で満足感も得ていた。


 そこにやって来るのが憎き魔帯。

 帯は迷わずマザーの腹部を狙う。


 エルミナさんが治癒魔法を発動中のためである。

 もう治っているのに「治りました」と申告しなかったマザーにも問題があった。


「…………え。…………ちょ。…………帯。………エルミあ゛。いったぁぁぁ!!」


 マザーの腹部に再び帯が突撃。

 だが、今回は貫かれる前に防がれた。


「てめぇ……! ゼステル!! あたしの仕返し欲求の邪魔しやがって!! あったまきた!! あんたに一発入れる方が欲求高まって来た!! ババアなんか知るか!! 天国で安らかに見守ってやがれ!! あれ? 今、ババア叫んだ?」

「…………エルミナ! …………エルミナぁ!!」


 エルミナさんが大きく頷き、代弁する。


「何でもありませんよ! ババアは死にました!!」

「くっそ!! ババアがあたしを守って……!! 許さねぇ……!!」


 ベルさん、魔力を蓄え始める。

 しかし先ほどまで景気よく魔法波を放ちまくっていたため、出力はかなり低下。


「とあー!! 『ブタさんパンチ』!!」


 フゴリーヌさんが飛んでくる帯を迎撃中。

 豚の顔が拳から浮き出て、帯ごと呑み込んでは消えていく。

 結構なホラーであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは東の森と総督府の中間地点。

 相変わらずマリリンが帯に狙われ続けていた。


「なんでじいさんばっかり狙われてんだ!? エノキよぉ! 説明してくれや!!」


 ウェアタイガーのグラッシュが『剛腕バニシュ』で打ち消しているが、手数が足りない。


「ぬぅぅぅあぁぁぁぁ!!」

「せぇぇぇぇい!!」


 そこは紅蓮と白銀の聖騎士たちがカバーする。


「マリリン様と申されましたね? あなたの体から、魔力が発生していると言う事はございませんか?」

「心当たりがあるのですさー。とある女性に謎の薬を頂いてからですさー。絶えず治癒の魔力が体内で活性化し続けているみたいなのですさー」


 マリリンから事情を聞いた武光は表情が暗くなった。

 実行犯の目星がすぐについてしまったのである。

 『癒しの御手ヒーリングハンド』を応用して、怪しげな薬を調合したと言う推理は彼女を知っていれば誰にでも可能。


「あなたは我々が必ずお守りいたします。……お許しください」

「頭を下げられる理由ないですさー。わたくしがお礼を申し上げる立場ですさー」


 ジオ総督とソフィアさんも続いた。


「本当に申し訳ない……!」

「許して頂きたい! 花火さんも悪気があった訳ではないはずだ!!」


 悪気はなかったかもしれないが、見ず知らずのじいさんにバックドロップかますのは悪質である。


 未だ大量の帯がバーリッシュを漂っており、その数は少しずつ増していくようだった。

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