第172話 壁際の戦い ~胸を貫く凶刃~

 外壁の破壊された市街地では、数の劣勢を押し返すべくエルミナ連邦チームの奮闘が続いていた。


 ステラ・トルガルトさん、ルーナ・ミュッケルさん。

 2人とも5人同時に相手をしても引けを取らない戦乙女ではあるものの、数が減ったとは言え未だ約900いる敵兵。

 さすがに勝負にならない。


 2人だけであれば。


 両手に鎌を携えた死神かジョーカーか分からない女傑。

 佐羽山花火姉さん。


 彼女は『花火大砲ナイトメア』を持っており、ルーナさんに「人が死ぬのはダメ!!」と言われたため急遽弾薬の配合を調整。

 10分ほどで戦線に復帰していた。


「おらぁぁぁぁ!! 粉々んなれぇ!! あ。すまん、すまん。粉々はあかんかってん。ルーにゃんが怒るんやもん。ほんならね、骨折せぇ! 試合終わったらウチが治したるわ!! これならええやろ!! おらぁぁぁぁぁ! 次弾装填!! 往生せぇ!!」


 調整済み『花火大砲ナイトメア』は人がギリギリ死なないレベルの凶悪さを秘めており、喰らった兵士はだいたい数十メートル吹き飛ばされる。

 吹き飛び方によっては致命傷になるが、ここで仕事をするのがインダマスカの魔族たち。


 すっかり綺麗になったギダルガルの指示で20ほどの持続飛行可能な魔族が帝国軍の後背に控えており、良くない吹っ飛び方をした兵士たちを空中でキャッチしたのち、離れた場所に降ろすと言う作業を担当。

 花火姉さんよりも人間らしい心をゲットした魔族たち。


「なぁ? ギダやん? なんかさ。ウチ、悪者になってへん? なぁ? 聞いとる? なぁ、ギダやん? なぁ? ちゃうよな? ギダやん?」

「ゲゲゲゲ。……違います」


 ギダやんの指揮は続き、地上戦を得意とする魔族を先頭に、低級魔族も加えた混合兵団を組織。

 自分は最後尾で『花火大砲ナイトメア』ぶっ放しっぱなしまくりな花火姉さんの隣で大量の汗をかきながら、インダマスカ真の魔王の制御に悪戦苦闘しつつ適切な用兵を展開する。


 魔族が組織立って行動する事はあるものの、1つのコミュニティ全ての魔族が一致協力して規律ある戦闘をこなす例は極めて稀であり、これがアルバーノ隊の足を大きく鈍らせた。


「ルーナさん! そろそろキノコの効果がやべぇんじゃねぇですの!?」

「平気ー!! あたしのポケットにあと2個あるよー!!」


「ええ……。キノコ、直でポケットに入れてますの? ちょっと汚ぇんじゃありませんこと?」

「大丈夫だよー! 武光が出してるし!!」


「それもそうでしたわ!! 武光様の出されたものならわたくし!! ゲロウナギだって踊り食いしてやりますわ!! じゃあ、とっととおかわりどうぞですわよ!!」

「はーい! あむっ! んー! お塩だけでも意外とおいしー!!」


 黄茸の効果はルーナさん服用時であれば15分ほどで切れる。

 が、彼女は新しく口に入れたものを除いてもあと1つ持っており、約30分はさらに戦える公算。


 『キノコブースター』の効果は半日という規格外なので、心配ご無用。


「おっ! クムシソやんか!! 除毛剤の調子はどないな感じ?」

「花火様! 遅くなり申し訳ございません!! 我らエルミナ親衛騎士団、現着いたしました!! 指揮権をお渡しした方がよろしいでしょうか!!」


 途中参加の予備兵力は現場最高指揮官の指示を受ける事がベターとされている。

 クムシソ・ガッテンミュラーは迷わず花火姉さんに敬礼した。


「ウチは知らんで? ほらぁ、あれやん? こういうのってさ、戦争終わった後にさ、やれ壁壊しただの、やれ人殺しただの言われるやん? ウチ、何もしてへんのにさ! せやから、戦場では自己責任やで!! おどれの信念胸に持って突き進まんかい!!」

「ははっ! 金言、賜りました!! 全兵! 魔族の方々に前衛をお任せして、市街地の側面から敵兵を押し返せ!!」


 なお、花火姉さんとクムシソ・ガッテンミュラーは割と仲が良い。

 破天荒さんがあだ名を用いらずに呼ぶのは榎木武光とクムシソ隊長だけという事実。


 花火姉さん愛用の特注バールの製造をクムシソ隊長が快く引き受けた事が縁と伝えられている。


 エルミナ連邦の反転攻勢は続く。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 数分前にはもう動き出していた霧雨の聖騎士。

 彼は脚力を魔力で強化して残っている外壁の上に登っていた。


「ここまで敵に予備戦力があったとは、見誤ったか! こうなると、退路がわずかなスペースしかない我が隊が劣勢になるのは時間の問題。許せよ、バーリッシュ!!」


 アルバーノは剣を構えた。

 大きく振りかぶると、魔力を放出させながら一閃。

 さらに続けて、もう一振り。


「でぇぇぇぇやぁぁ!! 『イクススパロー』!!」


 上空から放たれる十字の斬撃。

 水属性のため殺傷能力は制御されているものの、アルバーノは「可能ではあれば殺さないが、致し方ない場合は斬り捨てるまで」と、熟練の聖騎士らしく迷いはない。


 すぐに飛来する斬撃に気付いたエルミナ団のメンバーたち。


「ステラちゃん!!」

「任せやがれですわよ!! 『アイシクル・バリスタ』!! ルーナさん! 乗っちまえですわ!!」


「オッケー!! いっくぞー!!」

「わたくしの魔力! 山ほどぶち込んだりますわ!! どっせぇぇぇぇい!!」


 巨大な氷柱が斬撃に向かって放たれる。

 残念ながら、ステラさんの魔法ではアルバーノの剣技に遠く及ばない。


 そこでプラスされるのが搭乗しているルーにゃん砲。


「とあぁぁぁぁぁぁ!! 『大噴火拳イラプション』!!!」


 ルーナさんも渾身の一撃。

 火山弾のような勢いで地上から飛び出し、拳を突き立て斬撃を砕く。


「わわわっ! すごい威力だよ!! あとおねがーい!!」

「任せとき!! まだあと3発あるでー!! おらぁ! 消し飛べぇ!!」


 『花火大砲ナイトメア』は霧雨の聖騎士の一閃と押し合い、すぐに相殺し蒸気が立ち昇る。

 水属性の魔法剣に花火姉さんの爆撃が接触した事による現象。


「……やはり女性を撃つのは何度やっても気が進まん。しかし、自分も多くの兵を背負っている身!! 戦場で見えた事が不運だった!! 『スパイクスパロー』!!」


 蒸気で視界が不鮮明の中アルバーノの放った細く鋭いレーザーのような一撃は、迷わず彼女の胸を貫いた。


「は、花火さん!? や、やべぇですわ!! しっかりしやがりませ!!」

「わわっ! ギダさん! 攻撃に警戒お願い!」

「よ、よし。心得た」


 左胸を貫かれた花火さんは口から血を吐く事もなく、静かに倒れ込んだ。

 止血を試みるステラさんの青と白の鮮やかな装備が、血の赤で塗れていく。


「だ、だれか……ちかくに、おるん? もう……めが……みえへんねん……」

「いますわよ! ここにおりますわ!!」


「せやったら……バール、とってくれへん……?」

「わ、分かりましたわ!! どうぞ! すぐに救援が来ますわ!! そうすれば、また元気にバール振り乱せるようになりますわよ!!」


 花火姉さんはバールをキュッと握りしめた。

 そして立ち上がった。

 振りかぶった。

 投げた。

 叫んだ。



「なにさらしとんじゃぁぁぁぁぁ!! 女子のおっぱい貫くとか、おどれぇぇ!! 道徳のテストで0点取る輩か!! 反省せぇ、ぼけぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」



 ステラさんとギダやんは呆気に取られている。

 ルーナさんは「むふーっ」と満足気に鼻を膨らませる。


「いや! そうでしたわ!! この人、なんかチートな異能持ってやがるじゃねぇですの!! くそったれですわ!! わたくしの装備が!! んがあああ!! ベッタベタじゃねぇですの!! 膝枕なんかするもんじゃねぇですわ!!」

「ステラん! 太もも、むっちゃええ匂いしたで!! 柔らかいし、最高やー!! なー。靴下の柔軟剤、なに使っとるん? お姉さんに教えてんか? おんなじの使うわ!!」


「うっせぇですわ!! 自分の甘さが憎いですわよ!!」

「やや! なんか敵さんが増えてる!!」


 こちらも時計の針が重なり、3か所すべての時間が同一になる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 上空に現れた男女。


 蒼雲の聖騎士レンブラント・フォルザ。

 愉悦の女神ゼステル。


 2人は空中を移動してアルバーノの隣に立った。


「苦戦しているようですね! アル!!」

「ゼステル様。師匠。どういうことでしょうか? これは自分の任された戦争ですが」


「そう言うな。ゼステル様にお考えがあるらしくてな。この方は一度言い始めると止まらん」

「意地悪を言わないでください、レンブラント! 私の計画通りです!!」


 役者が揃い、ヴァルゴ帝国とエルミナ連邦の争いは最終局面へと向かう。

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