第171話 紅蓮の聖騎士ジオ・バッテルグリフ、決死の戦い

 時計の針を少し戻して、15分ほど前。


 榎木武光率いるジオ・バッテルグリフ救援部隊は急いでいた。

 よく知った自分たちの住む街であるにも関わらず、何度も迂回を余儀なくされる。


「参りましたね。まさか道の形を変形させてしまわれるとは。力による工作かとお見受けしました。手の出しようがない点もお見事です」


 総督府へと通じる道は一本だけであり、他に古い小道が2つ。

 獣道が1つある。


 最も大きな道は先に通過したドラゴニュートとサイクロプスによって掘り返されており、地割れの後のような惨状となっていた。

 強引に通れない事もなかったが、隊列が伸びて足元に注意力を割いている最中に敵の奇襲を受ければひとたまりもないと言うソフィアさんとナハクソ隊長の進言に武光も同意した。


 この効果的な嫌がらせの発案者は、ご存じ不死身のじいちゃん。

 マリリンによるものである。


 同じく鬼面族のリンさんも戦争が始まり軍事分野で知略の冴えを見せており、鬼面族の有能さの証明はとっくに済んでいる。

 にもかかわらず、マリリンじいちゃんは依然としてハッスル中。


 エノキ部隊は注意しながら急ぐと言う高度な進軍を求められていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その道の端では、亜人部隊がジオ・バッテルグリフと遭遇していた。

 紅蓮の聖騎士は単騎で出撃。

 いかにかの男が歴戦の雄であるとしても、100に迫ろうかと言う亜人の軍勢をたった独りで相手にするのは無謀と言わざるを得ない。


「来たか。亜人の諸君。名乗った方が良いかね?」

「いえいえですさー。紅蓮の聖騎士様とお見受けしたですさー。わたくし、マリリンと申しますですさー。ただのじじいですさー」


「ふっ。そのように冗長な挨拶で、後ろに控えている味方に戦闘準備をさせるか。なかなかに食えない御仁だ」

「これはお恥ずかしいですさー。小細工がバレときほど顔の赤くなる場面もないですさー。そんな事を言いながらわたくし、常に血の気はないのですさー」


 ドラゴニュートが槍を携え、サイクロプスはその辺に生えている木を引っこ抜いて武器にする。

 大変ワイルドなスタイル。


「まあ、良かろう。私としても少しの時間稼ぎを積み重ねたい」

「正直な方ですさー。倒してしまうのが惜しいですさー。そこで交渉ですさー。紅蓮の聖騎士様は降伏なさる気持ちはないですさー?」


「つくづく曲者だな、あなたは。じわりじわりと竜人たちが間隔を広げている。遠距離攻撃が来るのかね?」

「じじいの小細工がまったく通じませんさー。では、仕方がないですさー」


 マリリンが引っ込み、代わりにドラゴニュートたちが10人。

 さらに翼を羽ばたかせて上空に8人。

 ジオを取り囲むように立体的な半球陣形を作った。


「これは骨が折れそうだ。最初から全開で行かせてもらおう!! だぁぁぁ!!」


 ジオ総督が魔力を解放した。

 紅い炎が揺らめく。


「たかが人間!! 命を取るのは造作もない! 恐悦至極!!」

「我らの神を崇める槍で串刺しになるが良い! 恐悦至極!!」


 ドラゴニュートたちは普段から狩猟によって食料を得ており、どれほど強力なモンスターを相手にしても引けを取らない屈強な部族。

 古くから伝わる製法で鍛え上げられた槍の切っ先が敵を貫く。


「すまないが、多勢に無勢であればこちらは距離を詰めさせんよ!! でぇいあぁ!! 『紅蓮拡散弾クリムゾンバレット』!!」

「ぐぇぇ!! なんという威力だ! 恐悦至極!!」

「竜の鱗を砕くか、人間! 恐悦至極!!」


 ジオは魔力を感知できる。

 先ほど出現したのは、スリラーと人虎、人象。

 遠方で置き去りにされていたはずの彼らが急にこの地に現れたと言う事は、すなわち来援の知らせに他ならない。


「さらに続けるぞ!! 紅蓮の炎弾を捌けるのならば!! 是非ともやってみたまえ!!」


 そうなれば、ジオの戦闘スタンスも変化する。

 当初は捨ての大将として自爆覚悟の殲滅戦を想定していた総督閣下だが、遊撃隊が帰参した事実はあの頼りになる営業マンの帰還も意味すると、この男は知っている。


「はぁ……はぁ……。さすがに、この数を相手にした連発は……。堪えるな……! 年は取りたくないものだ!! まだまだいくぞ!! ぬぅぅおぉぉぉぉあぁぁぁぁ!!」


 命を燃やして灯る紅蓮の炎。

 気合が魔力に変換されるわけではないが、ジオの気迫に亜人たちは圧されていた。


 だが、やはり1対100の戦いには限界がある。


 サイクロプスたちが大ジャンプを見せ、ドラゴニュートだけではなくジオの頭上を飛び越えていく。

 慌てて振り向いた時には完全に挟まれる形になっており、こうなると絶えず攻め続ける事は叶わず、防御すら満足にできない。


「ぐぁぁぁっ!! やれやれ。また怪我をしてしまった。戦場に出る度にこれでは、エリー殿にまた叱られるな」

「へへへっ! 悪く思わねぇでくだせぇよ! 旦那!! ワシらも仕事ですよって!!」


 引っこ抜いた木で乱暴に殴られたジオさん、頭部から出血する。

 紅い鎧に血の赤も加わり、まるで紅蓮の死装束のようにも見えた。


「ああ。危ないところだった。私にはまだ小さい娘がいるのだ。あの子が家庭を築くまでは……死ねないのだよ!! 『紅蓮昇天突クリムゾンスカイハイ』!!!」


 上空に向かって斬撃を打ち上げたジオ。

 そこには『強化の黄茸ストレングス』で肉体の基礎を底上げしたエノキ社員が跳んでいた。


「お待たせいたしました。ジオ様。咄嗟のご判断、さすがでございます。はぁぁぁぁぁ!! せぇい!!」


 武光はジオの斬撃を掌底で弾き返した。

 それは細かく砕けながら亜人部隊の体に降り注ぐ。


 くるりと回転してジオの隣に着地した武光。

 背中を合わせて敵に備える。


「しかし、エノキ殿。私の必殺剣を素手で撃ち返されると、立場がないぞ」

「申し訳ございません。あれが最適だと判断いたしまして」


 武光は次の攻撃を仕掛けない。

 後続の部隊が追いついたからであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 白銀の聖騎士ソフィア・ラフバンズ。

 久方ぶりにちゃんと剣を抜く。


「残念だったな! 亜人たち!! 推し活中につき女神様には剣を向けられなかったが!! あいにくと私は、亜人と魔族とモンスターは大好きだ!! 喰らえ!! 『真空一刀エアスライド』!!」


 マリリンが咄嗟に指示を出す。


「皆様、落ち着いて防御魔法ですさー。聖騎士の魔法剣は魔力による攻撃ですさー。皆様の魔力ならば恐れる事はひぃん」

「おがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いった! 痛い痛い痛い痛い!!」


 ソフィアさん、剣を地面に突き刺し堂々と宣言した。


「愚かな! 私は魔法が使えん!! 私の剣は、一応魔法剣と呼んでいるが!! 魔力なんてほとんど纏っていない!! 腕力でカマイタチを起こしているのだぁ!!」



 立派な胸を張って、堂々と「実は今まで魔法剣使ってませんでした」と白状するソフィアさん。



 吹き飛んだマリリン。

 背中から血が噴き出している。


「おおお! じいさん! 大丈夫か、恐悦至極ぅ!!」

「マジかよ、おじいちゃん! へへっ! ワシの手ぬぐいで止血しな!!」


 結構慕われているマリリン。

 だが、彼は普通に怪我が治る男。


「死ぬかと思いましたですさー。これは作戦を考え直さなければならないですさー」

「そうはさせんぞ!! スリラー! 突撃せよ!!」


 時刻が現在と重なる。

 それすなわち、上空から魔帯が降臨してく時間であった。


 この戦場にも愉悦の魔帯は襲い掛かる。


「どいてろ、お前ら!! ウェアタイガーだって! 出番は欲しい!! 覇者の腕よ敵を掴み取れぇ!! 『剛腕バニシュ』!!! 誰か知らんが、横槍入れてんじゃねぇぞ!!」


 帯を右手で掴み、魔力を分解したグラッシュ。

 連撃に備えて他のウェアタイガーたちも右腕を構える。


「わたくしをお助けくださったのですさー?」

「おうよ! 同じ亜人だ! お前らがどう思ってるか知らねぇが! ウェアタイガーは相手の心内を知るまでは、仲間だと思って対処するのが習わしよ!!」


 戦線が停滞し、多くの者が空を見上げた。

 照りつける太陽の下に、2人分のシルエットが確認できたと言う。

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