第45話 帝国腐敗の象徴 領主ボンスケル・ヒデブラス
大きな都市ではまず案内所へと向かうのがセオリー。
敏腕営業マンは1度覚えたことを忘れない。
バーリッシュの案内所は閑散としていた。
「貿易都市と工業都市の差でしょうか」と少し首をかしげながらも武光は肘をついてやる気の無さそうな役人に声をかけた。
「失礼いたします。よろしいでしょうか」
「……ああ。客か。どうぞ」
「いくつかお聞きしたい事がございまして」
「だろうな。ここはそれに答える場所だ。内容にもよるが、バーリッシュの相場だと1つにつきだいたい帝国銅貨3枚もらうぞ」
既にフロラリアの西方第六騎士団の屯所にて、ガッテンミュラーの部下に頼んで金を両替しておいた武光。
準備は万全であった。
「もちろんでごさいます」
「……よし。なら、何でも聞きな」
武光の後ろでは、耳の良いルーナと記憶力の良いステラが控えている。
優秀なエノキ社員が聞き漏らすとは思えないが、こちらも盤石の布陣。
「この近辺に聖騎士様がおられると聞いて参ったのですが、その所在地はお聞きする事が可能でしょうか」
「聖騎士ね。1人は領主様の隣で常に控えてるよ。名前はジオ・バッテルグリフ。昔は相当な使い手で、いくつも帝国勲章をもらったらしいが、ここに赴任して来てから4年はほとんど何もしてねぇな。……と、こりゃいけねぇ」
「なるほど。もう1人いらっしゃると伺っていたのですが」
「別料金だぜ。確かに、昨年まではバーリッシュに2人の聖騎士がいた。が、どうも折り合いが悪かったらしくてな。片方は今、郊外の森で静かに生活しているよ。名前はソフィア・ラフバンズ。年は20半ばだったか。聖騎士になりたての才気あふれる女がいきなり僻地に赴任させられてやる気がなくなったんじゃねぇかって噂だな」
案内所を初めてまともに利用できた武光だが、ここまでスムーズに求めていた情報を得ることができるとは。
情報を武器に戦う営業マンは感動していた。
後ろでは、ステラが情報をしっかりと書き留めて、ルーナがそれを確認している。
事務職にも適性を見せ始める少女たち。
なお、エリーは「ワシは話を聞くのは苦手なのじゃ」と馬車で待機。
エルミナは「ラブちゃんさん、奇遇ですねー! 実はわたしもなんですよぉー!」と、その豊かな胸でエリーを抱きしめていた。
心底不服そうな表情のエリーだが、該当する理由がいくつもあってどれに立腹したのかは分からない。
武光は「これを聞いても大丈夫でしょうか」と少しだけ考えるものの、やはり武器は1つでも多く持ちたいと言う思考が勝ち、案内所の役人に尋ねる。
「もう1件だけよろしいですか」
「構わねぇよ。あんたみたいに色々聞いて来るヤツは久しぶりだからな。オレもいい稼ぎになる。で、何を聞きたい?」
「このバーリッシュに来てまだ少ししか経っておりませんが、なにやら皆様に活力が感じられません。理由を知りたいのですが」
役人の口が急に重くなった。
そののち、彼は渋い表情でつぶやく。
「帝国銅貨9枚だ。それなら、ある程度は教えてやれる」
「もちろん、お支払いいたします」
通常の3倍の料金を要求した役人は、交渉が成立するとより小さな声で話し始めた。
「ここの領主が変わったのが5年前でな。それまでは、帝国領の僻地とは言えみんなが仕事に誇りを持ってた。だが、新しい領主様はとんでもねぇ重税を課してきてな。1か月の稼ぎの8割を持っていくって言う、まあむちゃくちゃな話だった。で、それが払えんヤツは役人として働けと。要するに、領主様の手下になれって命令が出たんだよ。おかげで、この都市に残ってるヤツは大半が役人。支払われる給料はどうにか飯が食えるレベル。この状況でやる気出して働くヤツがいたら、変態か狂人のどっちかだ」
武光は「なるほど」と短く答えてから、料金を支払い案内所を後にした。
彼は「これがガッテンミュラー様の言っておられた、帝国の腐敗ですか」と納得して、馬車の中で作戦会議を開く。
「どうするの? 君の性格だと、きっと領主様のとこに行くよね!」
「おや。ルーナさんには見抜かれていましたか」
「大丈夫ですの? 今の話を聞いた限り、領主様はくそったれなお方に間違いないですわよ? 武光様はただでさえ帝国領では行動に制限がありやがりますのに」
「ご心配ありがとうございます。ですが、聖騎士の方はひょっとすると服従しているだけの正義の人かもしれません。……可能性は低いですが。とは言え、何かしらのアクションを起こさなければ前には進めませんので」
既に嫌な予感しかしないと言う見解は、武光も同意見であった。
だが、わざわざラジルーニ地方の端まで来て何の成果もなしでは帰れない。
エルミナ団は領主の屋敷へと馬車を走らせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
門兵に「我々は行商人でして。領主様にご挨拶をいたしたいのですが」と申し出た武光。
紙に包んだ帝国銅貨をそっと差し出すと「取り次ぐから待ってろ」とすんなり中に入る事に成功する。
「このような賄賂を使った交渉は営業マンとして最も下策なのですが……」
「いいじゃないですかぁー! スムーズに仕事ができるなら、下策だろうが何だろうが、バンバン使っていきましょうよ! 大丈夫! 武光さんの精神が汚れるだけで、わたしたちには何の影響もありませんよ!!」
「畜生ですわ……」
「俗物じゃな……」
馬車から降りたエルミナ団は、領主との謁見に臨む。
貴賓室に通されてからしばらくすると、初老の男性が面倒くさそうだと顔に書いたような表情で入室して来た。
隣には赤い鎧を着た、屈強そうな中年男性。
「あー。なんだ。わざわざこんなところまで、行商ご苦労。私が領主のボンスケル・ヒデブラスだ。……それで?」
明らかに「何か出すものがあるだろう?」とボンスケル。
この展開は予想していた敏腕営業マンは、帝国銀貨を5枚紙に包んだものを「お納めくださいませ」と差し出した。
帝国銀貨5枚もあれば、平民が2か月は裕福な暮らしができる。
ヘルケ村からは金が山ほど採れるので、財政状況だけは余裕のあるエルミナ団。
「ほほう! なんだ、貴様ら! 意外と見どころのある連中だな! 近頃は行商人も私のところまで挨拶に来る者が少なくてな。来たら来たで、カスみたいな挨拶しかしない愚鈍ばかりよ! その点、貴様らは世の中の道理をよく弁えておる!! なあ、ジオ!!」
赤い鎧の男をボンスケルは「ジオ」と呼んだ。
ジオ・バッテルグリフとは、この都市に駐在している唯一の聖騎士。
早速顔を合わせる事ができたエルミナ団。
ここからは商談のお時間である。
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