第168話 フロラリア防衛完了!! ~キノココンビ「母ちゃん? 塾終わったから迎え来てくれる?」~

 ようやく出て来たキノココンビ。

 榎木武光とエルミナさん。

 フロラリアでの後始末も終わり、後はバーリッシュへ戻るだけである。


「少しばかり時間がかかってしまいましたね。予定していた時間を37分ほどオーバーしています」

「もぉぉー。武光さんが増えたままだからですよー? どうして元に戻るのにこんなに時間かかってるんですかぁー」


 『増加の黒茸ドッペルアバター』は強力だったが、色々と問題も発見されていた。

 まず、何を置いても「不味い」と言う点は無視できない。


 胃腸の弱い者は苦手なものを我慢して食べるだけでも胃の不調をきたす。

 事実、エノキ社員は胃の不快感に苛まれ、先ほどエリーさん調合『第一最強胃腸薬エリクサー・プラス』を飲んでどうにか落ち着いたところ。


 さらにエルミナさんが言及した「効果発動後の余波」が大問題。

 増えたドッペルエノキであるが、なかなか消えないのである。


 どうもオリジナルエノキ社員の強すぎるイメージの力が影響しているらしく、ドッペルたちが「まだ何かできるはずです」と自律して思考した結果、「やる事がなくなるまで全然消えない」と言う現象を起こしていた。

 そのため、当初はフロラリアを防衛したらすぐにマザーの転移魔法によってバーリッシュから兵を流入する予定だったにも関わらず、事後処理までエノキ社員とドッペルエノキたちが担当した。


 オリジナルエノキが「これで本当にやる事はなくなりましたね」と納得した瞬間にドッペルたちが全員揃って消滅する。

 パッと霧散するのではなく、ドロドロと溶けて消えて行く妖怪人間スタイルだったため、そのシーンを目撃したエルミナさんが「ふぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」と絶叫したのは言うまでもない。


「では、お迎えを頼みましょうか。ぬんっ」

「おー。景気よく砕きましたねー。はー。疲れましたぁー。バーリッシュに戻って、とりあえず一杯やりたいですよぉー」


「あなたはまた、そのように緊張感のない事を。現在のバーリッシュがどうなっているのか分からないのですよ?」

「平気ですよぉ! 平気ー!! 皆さんがいるんですからぁー!!」


 諸君もご存じの通り、平気ではない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 緊急事態の総督府からお送りしております。


「まずい……!! 完全に挟撃態勢を取られたとは……!! 外壁が壊れ、そちらは帝国兵! 無警戒だった東の森から亜人の大軍!! これはいかん。下手をすると、バーリッシュが落ちるぞ」


 ステラさんのレポートが届けられ、東の森の状況は総督府横の物見やぐらで視認済み。

 まごう事なき大ピンチであった。


「とにかく指示を出すべきさー。後手に回り続けると籠城戦を選択したボクたちの不利が大きくなる一方さー」

「まったくもって反論の余地がないな。よもや、最悪の想定が起きるとは……。私の用兵が甘かったか……。クムシソくんを呼んでくれ、リンくん」


 リンが「あいさー」と言って駆けて行った。

 談話室に控えているクムシソ・ガッテンミュラー隊長がすぐに応じる。


「クムシソ、こちらに! 迎撃ですな! どちらに向かいましょうか!!」

「このようにリスクの多い戦場へ君たちを投入する事、本当に申し訳なく思っている」


「ジオ様! とんでもありません!! 小官どもは身のも心もエルミナ様と女神様たち! そしてジオ様と住民の皆様に捧げておりますれば! 盾となり矛となってエルミナ連邦の勝利に寄与するだけが全て!! 危険なき道などあるはずないのです!!」


 騎士団を纏める若武者は今日も実直に敬礼する。

 なお、クムシソ隊長のトレードマークだった青ひげは花火姉さんが開発した除毛剤でスッキリなくなっている。


 たまにはちゃんと仕事をするのに、クムシソ・ガッテンミュラーの個性を奪った事実の方が罪深い気もしてしまうのは何故か。


「リンくん。両陣営の予想到達時間は?」

「あいさー。亜人さんたちの方が距離的にも近いのさー。東側はあと20分もすれば総督府に到着してしまうさー。外壁突破中の帝国軍は1時間弱くらいかかりそうさー」


 ジオさんは「なるほど」と頷いて、命令をくだした。


「では、クムシソ・ガッテンミュラー隊長。君は騎士団を率いて、市街地へ向かうように! ステラくんとルーナくんが交戦中らしいので、援護を。可能であれば壁外に敵兵を押し戻してくれ!!」

「ははっ! 拝承いたしました!! 失礼します!!」


 美しい敬礼と共に、エルミナ親衛騎士団が出動して行った。


「ジオや? どうして近い方の軍勢に対応させぬのじゃ? 総督府に到着されるとまずいのではないのか?」

「すまんが、事務職員で手の空いている者。私の装備を持って来てくれるか。エリーくんの考えも間違ってはいない。だが、亜人部隊の方が少数。そちらに防衛の重点を置いた途端、兵国兵に全軍で攻められると、もはや手の打ちようがなくなる」


「なるほどなのじゃ。少数の敵ならば、ジオがどうにかできると言う訳なのじゃな?」

「どうにかできるかは分からんがね。どうにかするしかなかろう。リンくん。申し訳ないが君に指揮権を預ける。エリーくんは補佐してあげてくれ」


 ジオ・バッテルグリフ、出撃へ。

 司令官が戦場に出るのは兵の士気が高揚すると散々言及してきたが、それは攻める場合である。


 防衛に専念している状態で司令官が出張って来ると、勘の良い者やネガティブな者は「え? うちの陣営、ヤバ過ぎ?」と悟り、最悪の場合脱走者が出たりして戦線が瓦解する事まで想定される。


 が、何もしなければただ攻められるのみ。

 選択肢はもはやないのである。


 なお、先ほどから『血の鼓動石ブラッドルビー』がバキンバキン割れているのだが、緊急事態につき誰も気付いていない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 再びフロラリア。

 エノキ社員が怪訝な表情を浮かべていた。


「妙ですね」

「マザーもお年ですからねぇー。きっと気付かないんですよ!」


「マザー様が気付かなくとも、うちの社員の皆様は優秀ですので。どなたも気付かれないと言うのはいささか不自然です。対応しましょう」


 武光は手のひらにキノコを生やした。

 これ以上食べると先の業務に支障が出るのだが、そこは敏腕営業マン。

 リスクマネジメントも完璧である。


 生やしたのは緑のキノコ。

 拡大解釈がもはや屁理屈レベルの『転移の緑茸テレポータブル』だった。

 それを地面に突き刺して、エノキ社員は念じる。


「わぁぁー! 相変わらずすごいですねぇー!! テレビ電話キノコ!!」

「テレビのないグラストルバニアでテレビ電話と言っても誰にも伝わりませんよ。さて。マザー様。こちら、榎木武光です。応答願います」


 バーリッシュ総督府と通信が開かれた。

 緑茸の通信は女神の魔力を放出するため、場合によっては敵陣営の女神に気取られる事が想定され『血の鼓動石ブラッドルビー』の連絡よりもリスクが高いと思われる。


『あら! 武光さん! お仕事は終わったのですか?』

「はい。ですが、合図にリアクションがありませんでしたので。勝手ながら、通信させて頂きました。はて? マザー様? そちら、総督府ではありませんね?」


『ええ。ここはシェルターです』

「シェルター? 事情がやや呑み込めませんが。それはジオ様のご指示ですか?」


『いえいえ。自己判断です。危ないかと思いまして』

「なるほど。何となく分かって参りました」


 おわかりいただけただろうか。

 このマザー様。



 自分だけシェルターに避難済みである。

 妙に静かだと思ったら、既に現場にいなかったのだ。



 エノキフェイスが営業スマイルから冷血にチェンジする。

 隣でゲロウナギの素焼きをモグモグしていたエルミナさんは「ぴゃっ!!」と短い悲鳴をあげた。


「マザー様」

『はい。あ、あの? 武光さん。何か怒っていらっしゃいますか? ちょっと、お顔が険しいかなと……。う、うふふふっ。え、あの?』



「無礼を承知で申し上げます。マザー様。場合によっては、私。あなたの乳をビンタいたしますが。よろしいですか?」

『ひ、ひぃぃぃぃ! す、すぐに! すぐにそちらへ参ります!! お待ちください!! エルミナ! ちょっと武光さんを宥めておきなさい! 良いですね! 良いですね!?』



 マザーがこの直後転移しますが、恐らく乳をビンタされるかと思われます。

 榎木武光、バーリッシュへの帰還任務がスタートした。


 迅速にこなすべき案件である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る