第169話 働け! マザー!! あっちこっちに転移する女神界のおっかさん!!

 フロラリアのスラム街に移動していた榎木武光&エルミナさんコンビ。

 これはマザーの転移魔法を衆目に晒さないための措置である。


 かなり低くはなったものの、未だフロラリアに敵の目がある可能性は否定しきれない状況であれば、少しの手間を惜しんでリスクを取る事を良しとしない敏腕営業マン。

 つい数分前にマザーが空間を歪めて出現しており、現在はエルミナさんの前で胸を押さえて「うぅぅぅぅ……」と泣き崩れていた。


 何があったのかは分からない。

 が、マザーはエルミナさんのおっかさん。



 エノキ社員が遠慮をするとは思えないので、そう言う事である。



「マザー様。伺った情報は確かなのですね?」

「は、はい。と言っても、私は途中からシェルターに避難していましたので、確実と言う訳ではないのですが。あ。どうして右腕を振りかぶるのですか? エルミナ? エルミナぁ!! 武光さんをお止めしなさいってば!! この方、もう女神界を征服できる胆力を身に着けておられますから!! あ! 確実です! 確実ですよ!! 武光さん!! あああっ!!」


 再び何かが行われた様子。

 バーリッシュの無辜の住人たち、ひいてはエルミナ連邦の国民たちの命が掛かっているのである。


 ならぱ乳の1つや2つ。叩いて正すが榎木武光の仁義である。


「うひぃー。よく考えてみたらわたし、自分以外の人がおっぱいビンタされてるの初めて見ましたよぉー。これは凄まじいインパクトですねぇー。あと、全然エッチじゃない!! 何ならちょっとしたブラクラですよ!! サンドバッグみたーい!!」

「では、マザー様」


「では!? ま、まだ私をいたぶられるのですか?」

「人聞きの悪い事をおっしゃらないで頂けますか。私はエルミナ団の営業担当。営業活動に支障が出る場合は、心を鬼にして上司だろうと忠言いたします」


「おっぱい叩いといて忠言とか言ってますけどぉ! もぉー! 武光さんってば冗談キツイんですからぁー!! あ。これ以上はヤバいです。わたしも学習するんですっ!!」

「結構です。改めまして、マザー様。転移魔法の準備をお願いできますか」


 マザーは素早く立ち上がると、すぐに魔力を溜め始めた。

 危機管理能力を娘に遺伝させたのはこの母親である。


 リスクを回避するのは得意なのだ。


「でもでもですよぉ? 武光さん。マザーの転移魔法って女神の魔力を基点にジャンプするので、今の着地点ってお姉ちゃんたちがいる場所しかないんじゃ?」

「女神の魔力ならば、エルミナ連邦中にあるではないですか。プリモ様は大きな仕事をしてくださいました」


「あっ! タケノコですかぁ!? すごい! マザーって具現化されたタケノコにも転移できるんですか!! おおー! ちょっと見直しましたぁー!!」

「ええ。できますよね? マザー様?」

「ひっ!!」


 この展開で「できません」と言えば、乳を引っ叩かれるのは必定。

 となれば、マザーは「はい!」と笑顔で対応するしかない。


 かつてない集中力をみなぎらせたマザーが魔力を弾けさせると、3人の姿がフロラリアから消えてなくなった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 マザーを先頭にエノキ&キノコ女神が出現したのは、ロギスリン領の南端。

 どうやら、マザーの「乳叩かれたくない熱」が初めての挑戦を成功に導いた様子であった。


「やや! あそこにいるのは!! 亜人の皆さんじゃないですか!! どうもどうもー! 皆さん!! ピュアでキュートなエルミナが来ましたよぉー!!」


 そこにはトールメイ遊撃隊が先導する者を失って動けずにいた。

 むやみに動かれるよりはずっと良いため、ここはウェアタイガーとガネーシャの知恵が良い仕事をしたようである。


「おう! エルミナ様!! オレらの出番はまだか?」


 戦いに飢えている人虎の若大将グラッシュ。

 彼に率いられて来たウェアタイガーの戦士は総勢20人。


「我らは既に心が萎え始めておるが。なにゆえこのような荒野に我らを捨て置く? スリラーの逞しい肉体がなければ命を落としていた」


 性欲に飢えている人象の族長ルドラ。

 「女神様を見られるらしい!!」と欲に引き寄せられて来たエロい象たちは40人。

 一族総出である。


 ちなみに象さんの性欲に亜人は含まれないらしく、人虎たちは事なきを得る。

 代わりに事なきを得られなかったのが特殊工作騎士団スリラー。


 ナハクソ・ガッテンミュラーは憔悴しきっていた。


「エノキ殿。お仕事ご苦労様でございます」

「ナハクソ隊長もお疲れ様です。少しやつれられましたか?」


「は、はい。ガネーシャ族の方々の熱狂的な圧に屈しておりまして……。できれば、戦場に連れて行ってくださいませんか? このままでは小官ども、ストレスで死にます」


 これほどまでにネガティブな闘争本能があっただろうか。

 エノキ社員はマザーに指示を出した。


「マザー様。では全員を1度で転移させて頂けますか」

「え゛っ。ぜ、全員をですか!? 100人はおられますけど!? 5回に分けても良いですか?」



「ダメです」

「ひぃぃ。もはや私の立場で取れるマウントなど存在しないのですね……」



 武光も別にマザーに意地悪をしているつもりはなく、1度の転移で済まさなければならない理由があるのだ。

 次の転移先で最後。


 そこは戦場のど真ん中である。


 分散して転移を試みれば、二便が標的になるのは明白で三便以降は出せないかもしれない。

 よって、同時転移は最低条件かつ絶対条件。


 マザーが息を切らしながら魔力を放出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 バーリッシュ東の森では。


「ちょ、困ります!! 先輩!! 私のタケノコを食べないでください!! 困ります!!」

「そんなこと言われてもだよー!! いい匂いがするんだもん!! これは! 食べずに!! いられないよー!! 次のヤツちょうだい!! 次のヤツ!!」


 タケノコの女神が豚の女神に襲われていた。

 だが、フゴリーヌさんはタケノコを食べる事が最優先目的であり、とりあえずタケノコ出しておけば足止めは可能。


 なお、タケノコがなくなった瞬間に襲い掛かって来る仕様なので、プリモさんの魔力が尽きると次に食べられるのは彼女の可能性が高い。

 急にスプラッターな空気を出してくるフゴさん。


「ぐっ……あぁぁぁぁ!! 何という出力!! ソフィア! 私がどうにかこらえておる間に!! 先達に反撃せよ!!」

「しかし、トールメイ様!! あちらの女神様も私! 結構推せるのですが!! 貧乳にコンプレックスを持っている女神様とか!! 私の庇護欲が高まって仕方がありません!!」


「バカ者が!! なら貴様が避雷針になれば良かったであろうが!! 私が攻撃を受ける前に申し出ろよ!! これは最悪の形ではないか!! 心を鬼にして斬りかかれ!!」

「で、できません!! 推し活が私のぼっち生活で唯一の癒しですのに!! 私! トールメイ様×貧乳の女神様の絡みが見たいのです!!」


 バカ者聖騎士ソフィアさん。

 カップリングでトールメイさんの怒りを買ったのち、名前が分からないためベルさん指して貧乳を司る女神みたいに断定することで強欲の女神もキレさせる高等テクニックを披露する。


 そんな混沌とした空間の上空から、山ほどの人が降って来た。

 彼らはロギスリン領南端からやって来たトールメイ遊撃隊。


「うぎゃ!! 痛いですよぉ。マザー。なんで空に転移するんですかぁ?」

「お黙んなさい!! 私の魔力だって限りがあるんですよ!! しばらく待てば充填されますけど! 1度に大量に使ったらこうなります!! ……あ゛あ゛あ゛!!」


 マザー、気付く。


 目の前にいるのが、かつてぶち殺そうとした娘たちである事に。

 つまり「私がここにいたら目標を独占するのでは!?」と言う予感。


「では、エルミナさん。こちらはお任せします。亜人の皆様、スリラーの皆様。私たちは総督府へ。別動隊を背後から襲わせて頂きましょう」


 エノキ社員はすぐに戦線離脱。

 亜人とスリラーを纏めて、孤軍奮闘中と思われるジオ・バッテルグリフの救援に向かう。


「え゛っ!? や、やですよぉ!? わた、わたしも行きますぅ!!」

「いえ。エルミナさん。邪魔なので来なくて結構です。できるだけ死なないでください。まだ仕事が残っております。もしも死ぬときはちゃんと苦しみ抜いて、絶命するまでの時間を稼ぐように。では」


「ガーン!! すっごい勢いで見捨てられましたぁ!! わたし、国家元首なのにぃ!!」

「ば、バカな子だよ! エルミナぁ! そんな事を口に出したら!! はっ!?」


 ちょっとだけ正気に戻ったベルさんとフゴさんの澄んだ瞳が、エルミナさんとマザーの母娘を見つめていた。

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