第15話 貿易都市・フロラリア ~はじめての帝国領~

 ヘルケ村の住人が総出でエルミナ団の出発を見送りに出ていた。

 武光はガンガンドゥンに「少しばかり村を空けてしまう事、大変申し訳ございません」と頭を下げる。


「その話はもう6回目だぜ、エノキ! 大丈夫だ、オレらだってあんたが来てくれる前まではどうにかミシャナ族だけで生きて来たんだからよ! 安心してくれ!! バッカススネイルくらいならオレだって命がけで相手すりゃ、どうにかイーブンよ!!」


 バッカススネイルとは、酒に酔ったようにフラフラと動くカタツムリ型のモンスターである。

 肉体強化をしていないルーナにもギリギリ倒せる程度の非常に弱い個体だが、ガンガンドゥンは命を対価にしなければ渡り合えない。


「全速力で帰還いたしますので、どうかご無理なさらぬよう願います」

「ぐっはっは! エノキは心配性だな!! そこがまた気持ちのいいところだが!!」



 榎木武光は底知れぬ不安に襲われたと言う。



 こうして、馬車に乗り込んだエルミナ団は出張業務を開始した。

 まずは山越え。


 だいたい4時間ほどかかる、最初の難所である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 出張に際して、エルミナが装備を新調していた。

 さすがに女神の自覚があったのか、それとも女子メンバーの中で独りだけ20代と言う憂き目を感じたのかは分からないが、ルーナやステラのようにミニスカートは選ばなかった。


 白いショートパンツにブーツ型の防具。

 その上に赤いコートを羽織っている。

 ついでにヘルケ村の倉庫に転がっていた杖も持っているが、別にそれで何かが強くなるわけではない。


 強いて言えば、先に付いた宝玉で敵をしばく事ができる。


「エルミナ様、可愛いー!! あたしも戦士っぽく、そーゆうのにしよっかな!!」

「確かに、ルーナさんは動き回りますものね。スカートが捲れ上がるたびに、同性のわたくしでもドキドキさせられますわ」


「でも、スカートの下はパンツじゃないよ? スパッツだもん!」

「いえ、ルーナさんのスパッツは形状がほぼパンツなので、見ている側からすればそれはもうパンツですわよ? わたくしの穿いているのが一般的なスパッツですわ」


 ルーナは「ほへー。知らなかった!」と言って、ステラのスカートを普通に捲った。


「ちょ、ちょまぁぁ!! 何をしやがるんですの!? ルーナさん!?」

「ほへ? 一般的なスパッツが見たいなーって!」


「いきなりスカート捲る人がいますか!! はしたないですわよ!!」

「でもでも、ステラちゃんのヤツは見えてもいいんだよね? 恥ずかしいの? なんで? なんでー?」


 ステラは顔を真っ赤にして、女神に助けを求めた。

 エルミナは「分かりました」と力強く返事をする。



「ステラさんが恥ずかしがる姿、想像以上に推せるので! ルーナさん、今後も定期的にスカートを捲っていってください!!」

「エルミナ様って実は女神じゃない気がいたしますわ。中身はやらしいおっさんじゃねぇですの?」



 なお、この乙女たちのやり取りに武光は一切関わっていない。

 彼は馬を操る御者の役目を買って出ていた。


 「武光って馬も操れるんだっ!」と目をキラキラさせるルーナに対して、「私のいた世界では、営業職に携わる者の必携スキルでしたので」とほほ笑んだ。


 笑みを浮かべながら嘘をつくんじゃない。


「おや。すみません、ステラさん。少しお願いできますか?」

「はい! お任せになりやがれですわ!! 武光様の命令ならば、わたくし……!! す、スカートを捲り上げる事もいといませんの!!」


「ああ、それは結構です。前方、150メートルほど先にコウモリのモンスターが2匹ほど確認できましたので、狙撃を依頼できないかと」

「そ、そうでしたの。それは残念ですわ。ですけど、わたくしをご指名されるなんて、武光様もお目が高いですわね!! お任せになりやがれですわ!!」


 それからステラは『アイシクルランス』で器用にコウモリを撃ち抜いた。

 「優れた冒険者」を自負するだけあって、彼女は近接戦から遠距離攻撃、剣を持たせても良し、魔法もそれなりに扱えると言う万能型の乙女。


 武光の評価も高い。

 「ステラさんはどのシチュエーションでも頼れますね」と太鼓判を押している。


「素晴らしいです! ステラさん!! ナイス氷結魔法!!」

「ご声援、しっかりと受け取りましたわ! エルミナ様も攻撃魔法を覚えてはいかが? すぐに防御魔法を習得されたのですから、覚えられますわよね?」


「ええ……。攻撃魔法はちょっと……」

「あ、分かりましたわ! 女神のルールに抵触するのですわね? きっと、女神は高貴なる存在ですから、攻撃魔法なんて野蛮なものは使えねぇのですわ!!」



「あ、違います。普通に怖いんです。だって、防御とか支援をしている分には安全ですけど、攻撃魔法を使ったら敵さんに狙われるじゃないですかやだー」

「想像のはるか下をいく、残念な理由でしたわ。失礼ですけれど、それでよくグラストルバニアの平定を目標に掲げやがってますわね」



 エルミナは保有魔力量も多く、全属性の魔法を使いこなせる素養を持っているが、戦士としての心構えがまるでない。

 ゆえにこの女神様を攻撃の面で頼ることはないだろうとは、同じく武光の評価である。


「ふぎゃぁぁぁっ! いだっ!! うぅ……鼻をぶつけました……」

「何事ですの!? 武光さま!?」


 御者を務めていた武光からいつの間にか手綱が離れており、それを笑顔で握っているのはルーナだった。

 当然だが、彼女は馬なんて操れない。


「あははっ! 難しい! 君ってやっぱりすごいなぁ!」

「いえいえ。お目汚し程度の技量です。ルーナさん、頑張って馬を制御できるようになりましょう」


「オッケー! 頑張るぞー!! それいけ、お馬さん!! 走れ、走れー!!」


 その後、馬車は激しく揺れながら山越えを果たした。

 しばらく整備された街道を走ると、巨大な門が見えて来た。


 貿易都市・フロラリアの入り口である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 帝国領に属しているフロラリアには、入管審査がある。

 身分証明を持っていないエルミナ団だが、そこはご令嬢の出番。


「わたくし、冒険者ですの。こちらがライセンスですわ。ご覧になりやがれです」


 入管審査人がステラから冒険者ライセンスを受け取る。

 すると、彼は酷く驚きながら彼女の身分を確認した。


「と、とと、トルガルト家のお嬢様ですか!? どうして冒険者なんかを!?」

「それをあなたに言う必要がありまして? もうよろしいかしら?」


「は、はい! ごゆっくりとお過ごしください!!」


 ステラ・トルガルト。

 彼女は実家の名前をひけらかす事を嫌っているが、それが武光のためとなれば話は別なのだ。


「さあ! 早速街を散策しますわよ!! ……あら?」


 ステラに返事をする者がいない。

 彼女は武光の隣から馬車へ戻って、様子を確認した。


「うううー。気持ち悪いよー。酔ったぁ……」

「ルーナさんはもう……馬車には静かに乗るだけにして……ください……。う、ヴォエ」


「あなたたち、時々ですけど結構なボケナスになりやがりますわね」


 ルーナは自分で馬車を暴走させて三半規管の弱さを知り、エルミナは女神として出してはいけない声でえずく。

 非常に不安な立ち上がりを見せるエルミナ団だが、目的は果たせるのだろうか。

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