第16話 歓迎されないエルミナ団 ~黒眼の男・榎木武光、帝国領のお尋ね者になる~

 フロラリアのように大きな都市になると、だいたい街の案内所が入り口付近にあるのだとステラは語った。

 だが、彼女は実際に見たことがないと言う。


 極めて重篤な方向音痴を患っている彼女にとって、案内所へ行くまでの道案内が必要だからである。


「察するに、あそこの建物でしょうか。帝国文字で確かに案内所と書かれていますね」

「すごーい! 武光、帝国の文字も読めるようになったの!?」


「ええ。ヘルケ村にあった帝国出版の書籍を読んで学びました。難解な文字や、古典のようなものになるといささか自信はありませんが」

「と言うか、ルーナさん。あなた、回復が早すぎませんこと? エルミナ様をご覧なさいな。今にも女神界へ逝っちまいそうですのに」


 ルーナは「ふっふー! あたし、体が丈夫だから!!」と控えめな胸を張る。

 「元気だけなら帝国領でもトップクラスですわね」とステラは応じた。


「さて。では、係の方に情報をお聞かせ願いしましょう」

「武光様! 失礼ですけれど、お金はお持ちになられてますの? 案内所は情報を買うところですので、料金を取りやがりますわ!!」


 武光は「ご心配には及びません」と言って、スーツの内ポケットから金を取り出す。

 これはヘルケ村の洞窟で採れたもので、帝国では紙幣の代わりに金でも取引が行われている事も事前にリサーチ済み。


「失礼いたします。よろしいでしょうか」

「へい、いらっしゃい! 旅の人かい? 何を教えましょう?」


「恐縮です。私どもは腕の良い薬師を探しているのですが、お心当たりはないでしょうか?」

「はいはい、薬師ね! ……ちょっと待てよ。あんた、その目」


 案内所の男性が急に態度を変える。

 彼の所作からは明らかな蔑みの態度が見て取れた。


「料金でしたら、金を持参しておりますが」

「料金じゃねぇんだよ。あんた、黒眼こくがんじゃねぇか! 縁起が悪ぃ! とっとと帰ってくれ!!」


 武光は何故彼に唾棄されているのかは分からないものの、自分の瞳の色に関係がある事は話の流れから察知していた。

 念のため、確認もしてみる。


黒眼こくがんと言うものは、何でしょうか?」

「しらばっくれてんじゃねぇよ! 図々しい野郎だな!! 言ってほしけりゃ、ハッキリ言ってやる!! 黒眼こくがんは不吉の象徴だろうが!! 20年前の黒眼排除法で帝国領から一掃されたはずなのに、まだ生き残りがいやがったか!!」


 そこまで言うと、男は「おい! 誰か入管審査人に通報してくれ!! 黒眼が入り込んでやがる!!」と大声で怒鳴り散らし始めた。

 騒ぎになると面倒だと考えた武光は、馬を走らせとりあず人気のない方角へ向うのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 榎木武光は瞳孔の周辺にある虹彩までが真っ黒であり、これは日本人の中でも非常に珍しい存在である。

 ほとんどの日本人は茶色かこげ茶色の瞳である事はあまり知られていない。


「これは困りましたね。帝国の風土についてまでは知識がありませんでした」

「ステラちゃん、ステラちゃん! 黒眼ってなーに?」


「わたくしもよくは知りませんけれど、実家では黒い瞳の者には関わるんじゃねぇとよく言われておりましたわ。……あっ! あの、武光様! ご気分を悪くしねぇでくださいませ!! わたくしは瞳の色などで人の価値をはかったりしません!!」

「お気遣い、痛み入ります。そう言われてみれば、皆さん瞳の色は赤だったり青だったりと鮮やかでいらっしゃる。意識がそこまで及ばなかったとは、営業マン失格ですね」


 と、ここでようやく馬車酔いから復活したエルミナがヨロヨロと立ち上がった。

 彼女は武光の傍まで来ると、自分の知っている情報を提供する。


「グラストルバニアでは、はるか昔に国を興した神の使いが黒い瞳をしていたと伝えられています。ですが、神の使いの数は減っていき、代わりに台頭してきたヴァルゴ帝国が神の使いから完全に権力を奪い取るために黒き瞳は不吉を呼ぶと風聞を流したのが始まりだとか。うっ、急に立ったら、うゔぉぉ……」


 武光はしばし言葉を失った。

 ステラは「やはりショックを受けておられますわね」と彼を慮る。


 数分続いた沈黙ののち、彼は率直な感想を口にした。



「エルミナさん。初めて女神らしい有益な情報をくださいましたね! 驚きのあまり、言葉をなくしてしまいました!!」

「あ、全然落ち込んでおられませんでしたわ!! さすがは武光様ですの!! メンタルがくそ強いところもステキでやがりますわね!!」



 その後もとにかく人気のない場所を選んで移動し続けていたエルミナ団は、いつの間にかスラム街に入っていたようである。

 確かに人目を気にせずとも良さそうだが、代わりに治安が明らかに悪く、身の安全には引き続き注意する必要があるかと思われた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 スラム街は道が狭く、馬車での移動には適さない。

 エルミナ団はここからは徒歩で移動する事にした。


「大丈夫ですか? 武光さん」

「はい。問題ありません。エルミナさんにまでお気遣い頂けるとは」



「あ、いえ。武光さんのメンタルの心配ではなく、こんなところに馬車を置いて盗まれたりしないのかなって思いまして。わたし、歩きたくないです!」

「確信しましたわ! エルミナ様、心根がくそったれでございますわね!!」



 だが、エルミナの指摘も無視できない。

 多くの浮浪者がたむろしているこの場所に馬車を放置していく事は「ご自由にお持ちください」と宣言しているようなものである。


 そんな彼らに、早速1人の老人が近づいてきた。


「あんたら、こんなところに何の用だね?」

「こんにちは! おじいさん! あたしたちね、薬師さんを探しに来たの! でも、武光の目が黒いからって追い払われちゃったんだよー!!」


 ステラが「ちょ、ルーナさん!!」と、慌てて彼女の口を塞いだ。

 だが、老人は「はっはっは! 黒眼の方を見るのは久しぶりだ!」と豪快に笑った。


「いや、笑ってすまない。私がかつて仕えていた主人も黒眼でね。帝国に連行されちまったが、実に良い人だった。よし、これも何かの縁だ。馬車が心配なんだろう? 私がここで見ておこう」

「これはご親切に。では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 ステラが武光に耳打ちする。


「よろしいんですの!? そう言って、馬車を盗むつもりかもしれませんわよ!?」

「この方にその気はないと思います。この馬車は黒眼のお尋ね者が乗っていたと情報を開示しましたので。そんなものを盗めば、たちまち面倒ごとに巻き込まれます」


 「なんてクールなお考えでありやがりますの!!」と、世間知らずなご令嬢は武光への好感度をさらに上げた。


 老人は有益な情報を教えてくれる。


「薬師を探してるんだったか? だったら、腕利きのヤツが1人いるよ。まあ、変わり者だがな。なにせ、こんなスラム街の外れに好んで住むような人間だ。……けれど、まだ若いのに実に優れた効果の薬を調合してくれる。私たちがこの不衛生な環境で健康を保っていられるのも、その人のおかげさ」


「ほへー。すっごい人なんだね! しかも良い人っぽい!! 君の力になってくれるよ、きっと!!」

「そうですね。まずはその方を訪ねてみましょうか」


 榎木武光とルーナのポジティブ師弟は住所を聞くなり歩き始めた。

 対して、ステラとエルミナのチーム慎重は「なにかあった時には戦う用意ですわね」「わたしは逃げる用意をしておきます」と、トラブルに備える。


 果たして、噂通りの薬師がスラム街に住んでいるのだろうか。



~~~~~~~~~

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