第17話 キャラ作ってる系天才薬師の少女・エリー

 貿易都市・フロラリアのスラム街を行くエルミナ団。

 老人からもらった地図によれば、そろそろ到着する頃合いのはずだが。


「ないねー? あたし、あっち見てくる!! ほあっ! 行き止まりだった!! じゃ、こっちも見てくる!! えー!? こっちも行き止まりー!?」

「やっぱり妙じゃありませんこと? 腕の良い薬師がスラム街の袋小路にいるだなんて、信じられねぇですわ」


「武光さんはどう思います? 前世は凄腕の営業マンだった訳ですし。凄腕ならではの共通点とか、何か感じませんか?」

「そうですね。とりあえず、ルーナさんが元気に先を見てくれるので助かっています」


「全然関係ないじゃないですかぁ……。わたし、怖いんですよ? ほら、女神ですし? ガラの悪い荒くれ者に捕まって、やらしい事をされるのではないかと……!! 知ってるんですからね!? 女神はすぐに……え、エッチなことされるってぇ!!」

「エルミナさんは想像力が豊かですね。まあ、もう少し探してみましょう」


 「私が助けますって言ってもらえなかった!!」と静かにダメージを受けてうな垂れるエルミナを残して、武光も注意深く周囲を観察する。

 ルーナの言うように、どうやらこの道はここで行き止まり。


 つまり、目的地は近いはずなのだ。


「それにしても、この辺りはやたらと植木鉢が置いてありますわね。足元に気を付けないと転んじまいそうですわぶっ」


 ステラが「足元に気を付けよう」と宣言した瞬間に足元をお留守にする高度なテクニックを披露した。

 その音を聞いて、廃屋から家主が現れる。


「ひゃい!? も、申し訳ねぇですわ!! わたくし、騒音を立てるつもりはなかったのですが、これは事故と言いましょうか、その!!」

「いや、気にしないでくれ。ワシが置いた植木鉢で転ばせてしまったのじゃ。謝るのはワシなのじゃ。すまんすまん」


 老人のような喋り方だが、声の主は女性。

 それも少女だった。

 ルーナよりも幼く見える。


「これは弊社の社員が失礼をいたしました。ものはついでとお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「もちろんじゃとも。なんでも聞いておくれ」


「この辺りに薬師さんが住んでおられると聞いて、社員総出でお探ししているのですが。ご存じありませんか?」

「ふふっ。お主、なかなか曲者じゃな? ワシが薬師じゃと気づいて言っておろう?」


 武光は「重ねて失礼をお詫びいたします」と頭を下げる。

 ステラとエルミナがリアクションを担当するらしい。


「えええっ!? あなた、薬師ですの!? どう見てもまだ子供じゃありませんこと!?」

「子供とは失礼じゃな。ワシはこれでも16歳じゃ」


「子供じゃないですかぁ……。武光さん、どうするんですか?」

「まずはお話をさせて頂いてから、商談に移らせていただきましょう。申し遅れました。私、エルミナ団の営業担当をしております。榎木武光と申します。よろしくお願いします」


 そう言って、名刺を差し出す武光。

 少女は「礼儀正しい人じゃな! まあ、上がっていくがよい!」と笑顔でエルミナ団を歓迎した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 廃屋の中は外観からでは想像ができないほど整理整頓されており、大学の研究室のようだと武光は思った。


「すごい、すごーい! なんか変なのがいっぱいある!! あっ! あたしね、ルーナ! 君のお名前は?」

「う、うぐっ。……エリーじゃ」


 武光は薬師のライセンスが壁に立てかけてあるのを見つけて、念のため確認する。


「失礼。そちらには、エリーゼ・ラブリアンと書かれておりますが?」

「ふぎゃああ!! み、見るなぁ!! ラブリアンじゃないもん! エリーだもん!! ……はっ!? ……いや、今のはなしじゃ。ワシはエリーで通っておるゆえ、エリーと呼んでくれ」


「そっかー! エリーちゃん! ねね、エリーちゃん!!」

「なんじゃね? ルーナ」



「キャラ作ってるの? 普通の喋り方の方が可愛いのに!! キャラ作ってるんだよね!?」

「ふにゃあああ!! ヤメてよ!! なんでそういうこと言うの!? 察したんなら合わせてよぉ!! もぉ、帰ってもらうよぉ!?」



 薬師エリーゼ・ラブリアン。

 彼女は自分の名前にコンプレックスがあるらしく、「エリーと呼ばぬなら帰れ!!」と語気を強める。


 武光が無礼を謝罪して、本題に入った。


「実はですね。私ども、胃薬を調合できる方を探しておりまして。ああ、胃薬と言うのは」

「知っておるぞ? 食べ過ぎや胃酸過多の不調を緩和する薬なのじゃ」


「これは驚きました。ご存じでしたか。てっきり、この世界には胃薬が存在しないものかと」

「んー。存在はしておるが、数はごく少数じゃろうな。なにせ、異世界の薬じゃ。その製法まで知る者と言えば、それはもう希少生物じゃよ」


 女神様が珍しく違和感に気付く。

 さすが、転生者の管理をしていただけの事はある。


「あの、エリーさん? 異世界の存在を知っているのですか?」

「知っておるよ? ワシのお師匠様が異世界から来た人でな。ニホンと言ったかの? そこの製薬会社なるものに勤めておったらしい」


 何事にも動じない榎木武光だが、これはさすがに驚きを隠せない情報が飛び出してきた。

 まさか、こんなにも早く他の転生者の情報を耳に遭遇し、それが日本人であったとは。


 武光は自分の出自を隠さずエリーに伝える。

 今度は彼女が驚いた。


「なんと! お主も異世界の人じゃったか! しかも、お師匠様と同じニホン!! これは奇遇じゃ!!」

「ええ。私もまさか、グラストルバニアで故郷の話題が出るとは思いませんでした」


「そういう事なら、協力しよう。師の同郷の者に冷たくはできんのじゃ。これがワシの調合した胃薬。『最強胃腸薬エリクサー』じゃ。参考にした薬の元の名前はもっと長かったが、面倒なんでワシはエリクサーと呼んでおる」

「何となく元の薬に心当たりがございます。第一三共と頭に付きませんでしたか?」


「おお! そんな感じじゃ! ワシには馴染みのない言葉じゃからのぉ」

「よろしければ、試飲しても構いませんか? もちろん、代金はお支払いします」


「もちろんじゃよ。グイっとやっておくれ。苦いのが平気なら顆粒がお勧めじゃ」

「感謝いたします。では、その前に……」


 武光は手のひらからキノコを3つほど生やした。

 全て『強化の黄茸ストレングス』である。

 それを一気に口に入れ、モグモグと咀嚼するキノコ男。



「のぉ? ニホンでは手からキノコが生えるのか? やだ。ちょっとキモい」

「ああ……。そうですよね。キモくてすみません! わたしがご説明します!!」



 キノコの女神がエリーに異能について説明をしている一方で、武光の胃は順調にもたれてきた。

 彼はエリーの『最強胃腸薬エリクサー』に手を伸ばし、服用した。


 それから数分ほど、彼は目を閉じて効果が現れるのを待った。

 すると、明らかにスッキリとした気持ちになってくるのを実感する。


「素晴らしい! エリーさん。あなたの胃薬は実に良いものです! あるだけ買わせていただけませんか!? 言い値で買い取らせていただきます!!」

「ちょ、ちょっと待て! お主、この世界を平定すると言う話は本当なのじゃ!?」


「ええ。それが弊社の目的でございます。そうしなければ、エルミナさんが消滅してしまいますので」

「……くすん。消えたくないですよぉー」


 エリーは「はっははー!」と笑った。

 続けて、少女らしい可愛い笑顔で、武光の肩を叩く。


「気に入ったぞ! ワシはお師匠様に異世界の話を聞いて、憧れておったのじゃ! 聞けば、自由で身分に縛られないらしいな!? この世界がそんな風になれば、きっとお師匠様も喜んでくれる!! ゆえに、このエリーが武光! お主の体を預かろう!!」


 武光にとって、この上ない話であった。

 だが、良い事と悪い事は表裏一体。


「武光、武光!! なんか、鎧着た人がいっぱいこっちに来るよ!!」

「帝国軍ですわ! これはやべぇですわよ!!」


 「そう言えば、私は指名手配になったのでした」と思い出す武光。

 ここはスラム街の袋小路。


 忍び寄る凶兆。

 逃げも隠れもできない状況に、敏腕営業マンはどうするのか。

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