第2話 異世界転生したところ、少女とモンスターに出会う
異世界転生までの一般的な流れは、女神や天使、創造主などの中継地点で簡単な説明を受けたら勢いそのままに現地へ転送。
これが最もベターだろう。
だが、
「それでは、エルミナさん。グラストルバニアに関する情報を全て開示してください」
「あ、はい」
「もちろん、女神のルールに抵触しない範囲で結構です」
「あの……。あなたの世界の百科事典5冊分くらい文献があるんですけど?」
「それは助かります。拝読させていただいても?」
「構わないです……けど……。あの、読むのに2日くらいかかると思いますよ?」
武光はにっこりと笑ってから、ハッキリと言った。
「ご安心ください。私、椅子に座ったまま仮眠を取れますので」
「この人、納得するまでこの部屋に居座る気ですね!! 前代未聞なんですけど!?」
その後、武光は予告通り資料を全て頭に入れるまで女神の執務室に滞在した。
彼の体は現在魂だけの状態であるため、空腹感を覚えることはない。
が、仮に空腹が襲ってきたとしても、この男が作業を止めることはなかっただろう。
約2日の時間が過ぎた。
「結構です。情報は頭の中に入りました。では、エルミナさん」
「えっ。まだ何かあるんですか?」
「ええ。次に『キノコ』についての説明を頂いてもよろしいでしょうか」
「ごめんなさい。あ、違うんですよ!? 別に、あなたに質問攻めされるのが嫌なんじゃなくてですね!! 本音はちょっと嫌ですけど!!」
正直者のエルミナさんである。
「なるほど。お察しするに、女神のルールに抵触するのですね?」
「もうその察しの良さにツッコミは入れませんからね。そうなんです。異能については一切の説明を禁じられていて。すみません」
「いえ。そういうことでしたら仕方がありません」
「でも! 聞いてください! 最低限の準備を整えることはできるんです!! 例えば、装備! 防具を揃えたり、武器を用意したり!! って言っても、わたしの力じゃクオリティはお察しですけど」
武光は「お気遣いありがとうございます」とほほ笑んでから、「ですが、このままで問題ありません」と女神の申し出を丁寧に断った。
「営業マンの戦闘服はスーツと決まっていますので」
「えっ!? モンスターとか、魔族とかと戦うことだってあるんですよ!? わたしのキャパシティでもちょっとした防具は出せるんですってば!」
「では、スーツの予備にその力は回して頂けますか。スーツが汚れたり、破損した状態で先方にお会いするのは失礼ですので」
「モンスターを先方って言う人、多分あなたが初めてだと思います」
こうして、転送前にすべき事を全て済ませた榎木武光。
いよいよ異世界転生の時が来る。
「では、キノコの女神・エルミナの名において、榎木武光を転生させます! 本当に心苦しいんですけど、頑張ってください! できるだけのサポートはしますから!!」
「承知いたしました。これからは弊社のために微力を尽くします」
エルミナが両手をかざすと、武光の体は光で覆われていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
まばたきを2度ほどしただろうか。
武光は、気付くと森の中にいた。
「なるほど。これが転生ですか。体に変化は感じられませんが。さて、まずは現状の認識から始めましょう」
彼は周囲を観察する。
湿度の高い森のかなり奥深くにいるらしい事はすぐに分かり、続けて生い茂る草木に武光の興味は移った。
「広葉樹林が多いようですが、さすがは異世界。見たことがないものですね。おや、このツルは……。実に頑丈です。この木の特徴とお見受けしました」
だが、そこで榎木武光による異世界の森調査は打ち切られる。
それは外的要因によるものだった。
「ひゃあああっ!!」
少女が慌てた様子でこちらに走ってくるのが見えて、武光は様子を注意深く探る。
彼女には随行者がいた。
「グオォォオォォ!! グルゥアアァァァァ!!!」
それは巨人だった。
植物にしか見えないが、2足歩行でドスドスと結構なスピードで移動している。
「これは驚きました。モンスターですね。残念ながら、エルミナさんのところで拝読した資料にはなかったクライアントのようですが。すみません、そちらの方。お忙しいでしょうか?」
武光は少女に声をかけた。
まず、急に話しかけた非礼を詫びて「お時間よろしいですか?」と尋ねる。
「君はバカなのかな!? この状態でよろしいワケないじゃん!? って言うか、逃げて! ウッドグランドに踏みつぶされちゃうよぉ!!」
「なるほど。それは穏やかではありませんね。ああ、申し遅れました。私、榎木武光と申します。どうぞよろしくお願いします」
「わぁぁぁ!! 変な人に絡まれたぁ!! どうしてあたしってこんなにダメダメなんだろ!? 生まれ変わったら人並みの運気が欲しいです、神様ぁ!!」
「事情は存じませんが、そう気を落とされないでください」
涙を浮かべる少女を追いかけていた樹木の巨人・ウッドグランドが突如バランスを崩して倒れこんだのは、少女が命を諦めた直後だった。
「へっ? な、なんで?」
「これは失礼いたしました。出過ぎた真似かと思いましたが、丈夫なツルを持っておりまして。簡易的なトラップを仕掛けてみましたが、存外上手くいったようです」
先ほど見つけた拾い物で、ウッドグランドの足をすくうように素早く罠を設置していた武光。
見事にそれがハマる。
「き、君って何者!? その変な恰好……!! もしかして、神様の使い!?」
「とんでもございません。私、榎木武光と申しまして、今はエルミナ企画で営業をしております」
異世界に転生しても、彼は敏腕営業マンであった。
「よろしければ、お名前を伺っても?」
「あ、あたしは、ルーナ! ルーナ・ミュッケルだよ!!」
自己紹介が済んだところで、ウッドグランドの配慮によるフリータイムは終了する。
樹木の巨人は立ち上がり、気を取り直して2人に襲い掛かった。
「ひゃあぁぁぁ!! やっぱり、あたしには戦士とか無理なんだよぉぉ!!」
「これは……。穏やかではありませんね」
榎木武光。
転生して数分で初陣を迎える。
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本日一挙3話更新です!
3話目はこのあと18時に投稿予定!
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