第3話 キノコが手から生えたので、食べない理由はなかった

 まず、敏腕営業マンはルーナに尋ねた。


「ルーナさん。あなたは戦士と仰いましたが、戦いの心得がおありなのですか?」

「い、一応! だけど、あたしまだ駆け出しで……! ラミューラビットくらいしか倒したことがないんだよぉー!!」


「なるほど。参考までにお聞きしますが、そのラミューラビットについてお話を伺っても?」

「今じゃないとダメかな!? 無事に生きて帰れたら、どんな話でもするからぁ!!」


 武光は「確かに。まずは身の安全を確保しましょう」とルーナの言葉に同意する。

 だが、彼には戦う手段がない。


 現代日本ではご存じの通り、戦闘行為が日常的に行われてはいない。

 よって、榎木えのき武光たけみつも特殊部隊出身で体術は一通り習得している、と言ったチートな身の上ではなかった。


 大学時代に空手サークルで4年間体を鍛えた経験はあるが、それがモンスター相手に役立つとも思えない。


「そうなりますと、致し方ありませんね。不確定な要素に賭けるのはいささか信条に反するのですが」

「な、なに!? 君、もしかして魔法が使えるの!?」


 武光はルーナの質問に敢えて答えず、手のひらに力を込めてみた。

 すると、ポンッと景気のいい音と共に、赤いキノコが生えてきた。


「……えっとぉ。君の出した、それは何かなぁ?」


 武光にとっても初めての事なので、慎重に状況を分析してから答える。



「見たところ、キノコのようですね」

「うわぁぁぁん!! 一瞬でも期待したあたしがバカだったよぉぉぉぉ!!!」



 へたり込んだルーナを見て、紳士らしく「ああ、お気の毒に」と同情してから武光は論理的に考えた。

 女神エルミナは『キノコ』と言う異能を授けると言った。

 つまり、この手から生えてきたキノコには、何か特別な効果があると考えるのが筋ではないか。


 では、キノコが宿す力を発揮させる方法は。


 敵に向かって放り投げるか。

 もしかするとそれも正解なのかもしれないが、武光は一般的な回答を選ぶ。

 キノコが生えた時から何やら直感めいたものを覚えていたので、それに従う。


 彼はキノコを思い切って口に入れ、モグモグと咀嚼した。


「……ふむ。味は悪くありませんね。大きなマッシュルームのような見た目ですが、意外と歯ごたえがあります」

「ほへ……? 何してるのぉ?」



「キノコを食べてみました」

「もぉぉ! やだぁぁ!! 変な人なら咄嗟に罠作ったりして期待させないでよぉぉ!!!」



 武光は変化を待った。

 もしかしたら何も起こらないかもしれないとも思ったが、それでも彼は待った。


 ウッドグランドは着実に距離を縮めて接近してくる。

 幸いなのは、先ほど武光が仕掛けた罠が記憶に残っているのか警戒しながらの接近だったため、それなりの時間を得ることができた点である。


「……はて」


 武光は右腕が熱を持ち始めた事に気が付く。

 それは加速度的にスピードを上げていき、数秒後には燃えるような熱さに変わっていた。


「ルーナさん」

「なにー? ……あっ。もうどうせ死ぬからって、あたしにやらしい事しようとしてる!? 男の人ってそーゆうとこあるー!!」


「それは心外です。私、子供に欲情は致しません。それよりも少しお尋ねしますが、先方はどう見ても植物の類。でしたら、炎は効果的かと愚考します。この認識は正しいでしょうか」

「そりゃ、火炎魔法でも使えたらウッドグランドだってどうにかできるもん! でも、あたし魔法使えないし……。って、君。その右腕。どしたの? 燃えてる!?」


 武光は右手をウッドグランドに向けて、力を込めてみた。

 不思議と、そうすれば何かが起きるような気がしたのだ。


 ガォンと轟音を残して、火球が樹木の巨人めがけて猛スピードで飛んでいく。


「なるほど。だいたい理解しました。ルーナさん」

「ほ、ほへぇぇぇ!?」


 榎木武光は笑顔を絶やさない。

 商談の際にはクライアントに不安を与えない事こそが寛容。


「反撃開始です」


 営業マンは静かに、だが力強く言い切った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「どうやら、私は一時的に炎の球を飛ばせるようになっています。ですが、無限に撃てるほど余裕があるわけでもなさそうなのです。今の一発で、かなり疲労感を覚えました。愚考するに、撃ててあと2発と言ったところでしょうか」


 ルーナは「うんうん」と変人から救世主に、そして変人に戻り再度救世主になったスーツの男がもう変人にならないように祈りながら、彼の声だけを聞く。


「そこでお知恵を拝借したいのですが。先方のウッドグランドさん。あちら様に効果的なダメージを与えるにはどうすれば良いでしょうか」

「え、えと。ウッドグランドは魔力核があって……! あの、光ってるとこ分かるかな!?」


 ウッドグランドの頭部には角のようなものが一本生えており、その先端は淡い光を放っていた。

 「確認しました」と武光は頷く。


「あれを吹き飛ばせば、倒せる! ……と、思う。多分」

「なるほど。ルーナさんは倒されたご経験がないのですね?」


 「……うん。そだよ」と力のない返事をする少女を見て、武光は「結構です。よく分かりました」と応じた。

 続けて、彼は手のひらを目標の角に向ける。


「……はぁっ!!」

「うわぁぁぁんっ! 外れたぁぁ!! もう終わりだよぉぉぉ!!」


「慌てないで下さい。今のは照準合わせです。本命は最後の一発。……はぁっ!!!」

「グォォォオォォォォォォォン」


 ウッドグランドの角が燃え始めると、瞬く間に樹木の巨人の体が塵になっていく。

 そのまま5メートルはあった巨体は音もなく消えてなくなった。


「ほへっ!? た、倒した!? す、すごっ! ウッドグランドを倒しちゃった!! 君ってホントに何者……って、どしたの!? 怪我しちゃった!?」


 深刻な表情で右腕を押さえている武光に気付き、ルーナは「あわわわ」と慌てる。

 彼は失ったものについて、少女に告げた。



「スーツが焼けてしまいました……。これでは、恥ずかしくてどこにも行けません。近くに紳士服店はありますか?」

「あっ。やっぱり君って変人だね。何言ってるのか分かんないもん! でもでも、変人だけどとっても強い人!! えへへっ!! 助かったよぉ! やたー!!」



 こうして榎木武光は初陣を勝利で飾る。

 だが、異能の力を使った副作用なのか、激しい疲労感が彼に襲いかかっていた。


 スーツも早速1着失ってしまい、武光は「新人研修でこの荒っぽさとは。異世界は大変なところですね」とグラストルバニアの感想を述べるのだった。




~~~~~~~~~


 明日は2話更新予定!

 よろしければお付き合いください!!

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