キノコ男、フルスロットル! ~敏腕営業マンが異世界転生したら、ポンコツ乙女たちと平和な世界征服を目指すことになった~
五木友人
第1章
第1話 敏腕営業マン、うっかり死ぬ
「はい。それでは明日、10時に伺います。よろしくお願いいたします」
ここはナメタケ企画と言う名前の中小企業。
コンサルティングから食品流通まで手広く業務を拡大させたは良いものの、地盤が整っていなかったためその負担は主に営業部に降りかかった。
そんな営業部の救世主として全社員に崇められているのが、この男。
「すごいな、榎木くん! また新しい仕事を取って来たんだって!?」
「いえ。私は社の営業方針に従っただけですので」
「いやいやいや! 君、今月だけでもう8件目の契約だぞ!? 今月、まだ5日なのに!! ちょっと働き過ぎじゃないか? 君に倒れられたら困るのだが!!」
「部長。ご安心ください。先月の健康診断の結果も良好でした。私は趣味も特技もありませんので、余暇の時間は仕事をしていた方が楽です。お気遣いありがとうございます」
彼の名前は
27歳にしてナメタケ企画営業部の絶対的エース。
「これはさすがに無理だろ」と上司が匙を投げた案件だろうとお構いなしに、翌日には新規契約を結んでくる敏腕営業マンである。
去年の初めに悪ふざけで仕入れたとしか思えない「ドラゴンが剣に巻き付いているキーホルダー」を20000個、大手アパレルメーカーに納入する契約を半日で勝ち取った件は未だに伝説として語られている。
本人も言っているように、無趣味でやる事がないという理由で仕事に打ち込む姿勢は周囲からワーカーホリックを常に心配されるほどであるが、武光は特に苦痛を感じていない。
「よし。じゃあ、飲みにでも行くか! なあ、榎木くん!」
「せっかくのお誘いですが、片付けておきたい資料が3件ありますので。またの機会に」
「そ、そうか。あまり無理をしないようにな?」
「はい。心得ております」
万事手回し良く、何をさせても完璧な男。
そんな彼が、翌日の朝にはデスクに突っ伏して冷たくなっていると誰が予想しただろう。
榎木武光はその生涯を独りで静かに終えた。
死因は過労。
彼がこの人生で犯した、唯一にして致命的なミスであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
武光は気が付くと真っ白な壁に囲まれた部屋にいた。
どれだけ見上げても天井は確認できず、四方に出入口のようなものも見当たらない。
この非現実的な場所を見て、彼は論理的に考えた。
「なるほど。私、どうやら死にましたね」
営業マンに必要な資質は多くあるが、現状認識力もその1つ。
彼は非常に優れた営業マンであり、その点も秀でたものを持っていた。
「いや! 物分かり良すぎじゃないですか!? 普通、もっと戸惑うでしょ!?」
あまりにも潔い生への諦め。
思わず飛び出してきたのは、背中に羽を生やした女神だった。
「これは。お初にお目にかかります。私、榎木武光と申します。この度は、うっかり死んでしまいご迷惑をおかけいたします。……おや、名刺がありませんね。これは失礼を。あなたは天使の類でしょうか?」
「ええ……。なんですか、この人。呼び寄せたわたしが言うのは違うと思いますけど、ちょっと怖い……」
女神はとりあえず、武光に軽く引いた。
「ま、まあいいでしょう。これから転生するのにこの落ち着きっぷり! むしろ、素質があるってものですね!」
「転生、ですか。私は天国、あるいは地獄に行くのではなく、別の世界に生まれ変わるのですね? 分かりました。まずは見積もりを頂けますか?」
「いや、やっぱりこの人おかしいわよ!! なに!? 転生者に見積もり求められたの初めてなんですけど!?」
「なるほど。御社は見積もりを出す習慣がないのですか。承知いたしました」
女神はどうにか混乱する頭を抱えながら、自己紹介をした。
「わたしはエルミナ。これからあなたを、異世界・グラストルバニアへ転生させます。そこで、騒乱の続く世界を平定に導いてください。あなたは英雄に選ばれたのです」
「なるほど。つまり、営業職ですね」
「……ホントに。物分かり、良すぎじゃないですか? あと、営業職ではないです」
「ですが、現状断るだけの材料が私にはございません。そもそも、断った場合は何かしらのペナルティがあると考えるのが自然かと。私といたしましても、できれば自我が消滅するのは避けたいと考えております」
「わたし、すごい人を引いちゃいましたよ、これ」と呟いたエルミナは、説明を続けた。
「あなたには、異能の力を授けます」
「拝受いたします」
「いやもう! 素直過ぎて怖い!! なんですかぁ、この淀みのない流れ!! あなた、心が鋼か何かでできてるんですか!?」
「申し訳ありません。心の材質は存じ上げないのでお答えできかねます」
「……ふぅ。あなたに授ける異能は『キノコ』です」
「失礼。お聞きしたい事があります。まず、私以外にも転生する人間がいるのでしょうか」
「えっ? あ、はい。います。そんなに多くはないですけど」
「つまり、女神もあなた以外に複数人いらっしゃると」
「あ、はい。そうです」
「なるほど。それで、『キノコ』とはどのような力なのでしょうか?」
「体からキノコが生えてきます」
「なるほど。すみません、エルミナさん」
武光は座っていた椅子から立ち上がると丁寧に頭を下げた。
続けて、ハッキリと言った。
「この案件は一度持ち帰って、検討させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「初めて意思を見せたと思ったら、露骨に私の贈った異能を嫌がってる!! ちょっと待ってください! 説明だけでも最後まで聞いてってください!! お願い!!」
エルミナは正直に事情を話した。
自分はキノコを司る女神であり、女神の序列は下から数えて5番目と言う切ないもので、ついでに今回の担当する転生者が結果を残せなかったら女神の座を解任されると。
「だからお願いですよぉ! どうにか、キノコの力で異世界を救ってぇ!! わたし、まだ消えたくないんですよぉぉぉ!!」
「なるほど。事情は分かりました。そういうことでしたら、善処しましょう」
「えっ!? あの、女神って全部で500人いるんですよ? わたし、その中で序列496位なんですけど……」
「よく分かりました。やりがいのありそうな案件ですね。それでは、詳しい契約内容を詰めて参りましょうか。すみません。紙とペンをお貸し頂けますか? ひとまず、私は御社に再就職いたします」
こうして、物語は始まった。
これは榎木武光が英雄『キノコ男』として異世界グラストルバニアに名を刻む、その戦いの記録である。
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本日は一挙3話更新!
次話は12時に投稿予定です!
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